第6話 スティンの生い立ち
ダスティンとジョンは一つ一つのプレーを話し合いました。外野からのバックホームをカットマンが中継するかどうかの判断は、ファーストのランナーにセカンドへの走塁を阻止する目的で行い、一塁ランナーとボールが届くタイミングを計っている、とか、ランナーが一塁、三塁にいてワンアウトの場面で、一点をとってツーアウトになってもランナーが得点圏の二塁に残れるスクイズをすべき、などなど10歳にも満たない子供の会話ではありません。ジョンは勿論さエイドリアン爺さんからの「受け売り」ですが、ダスティンも負けずに詳しい事をよく知っていました。勿論、お互いの身の上話はしませんでした。
身の上話をしたのはヴェックさんでした。特にマクドナルド家の事やヴェック一族の事を話したのではありません。ダスティンの事をケビン父さんに子供達から離れて話したのです。
「まず、ダスティンについて知っておいていただきたいのは、この子は親がいません。ジャッキー・ロビンソンの三番目の子で次男のデイビッドが18歳時に同じ年の女の子に産ませた子なのです。結婚をして居た訳ではないのですが、結局二人は別れ、その後、大金を手にしたこの女の子が麻薬中毒になり、この子は育てる人がいなかったため施設に入れられました。デイビッドもロビンソン家の家名を汚す、とかジャッキー・ロビンソンの栄光の記録に泥を塗る、と言う事で誰一人として引き取ろうとはしなかったのです。私は、野球で生きてきた人間で、ジャッキーの活躍に多いに励まされた一人として、いま引き取って一緒に暮らしているのです。今や、この子がジャッキー・ロビンソンの孫であると云う証明は出生証明書だけなんです。何とも悲しい話です。シカゴの南の方にある、いまだ屠殺と牛の糞が匂う惨めなシャーマン・パークの孤児院に見学に行った時のこの子の惨めな姿や慄いた『目』は忘れられません。痩せ細って恐怖に慄きながら震えていた姿が目に焼き付いています。人の道に外れていると思ったのです」。
ケビン父さんもミミ母さんも、薄っすら目を濡らして聞いていました。ヴェックさんの話ではその後、栄養が行き届いた事や、野球場に遊びにくるようになってからは笑顔も戻ってきたようです。会話をするようになったのもここ一年位だそうです。ジャッキー・ロビンソン自身が晩節を汚した訳ではないのですが、後味が悪過ぎる出来事です。本来の「子供に夢を売る」商売なのに、こんな不幸な出来事があんな有名な選手に関係していた事も肯けません。野球観戦の帰りの車の中で、ジョンが疲れて寝てしまった後に、ケビン父さんはエイドリアン爺さん、クリスティーナ婆さん、そしてミミ母さんにダスティンの話をしました。残念ながら、ダスティンの様な境遇の子はアメリカではよく耳にする話です。特に、黒人の子供が犠牲になる事が多いのです。それは、黒人のおかれている境遇が悲惨であるのと同時に、麻薬やシンジケート紛いの暴力団組織か関係して不幸な子供が生まれてくるのです。恐怖は自衛のための武器の所持につながり、その武器の入手も不正な手段となってしまいます。そこに裏の組織が儲かる様になっています。さらに麻薬やアルコールの依存症を抱える若者も多く、抜け出せない黒人が大量に全米の都市に広がっているのです。そして、そんな負の悪循環の末に犠牲となるのはいつも女・子供となってしまうのです。
ヴェックさんの奥さんが入退院を繰り返す病気にかかり、ヴェックさんがまともな親としての愛情が注げなくなっていました。お金でナニー(nanny - 乳母。住み込みで子供の面倒をみる、育児や教育の専門知識を持った女性)を雇う事は出来ますが、親としてもっと深い愛情を注げなくなってきてしまっている事がヴェックさんの悩みなのでした。ヴェックさんはハッキリ依頼をしませんでしたがマクドナルド家で引き取れないかと、頼んでいる様にも思えました。
仮に養子に取るとしても懸念事項があります。まず本人がどう思うか、です。ダスティンがヴェックさんと離れたくないとか、マクドナルド家が好きではない時はどうすればいいか、という問題です。一番重要なことです。さらに、マクドナルド家はアイリッシュの人が多く住んでいる環境で家を構えていますので問題は起こらないか、ということです。そんな環境で、ダスティンに友達ができるかという事も心配しなくてはなりません。ジョンが通っている学校に入れるかどうかも考えなくてはなりません。アメリカでは通常は初等・中等教育を称してK-12『幼稚園から12年生まで』と呼び、一貫教育が行われますが、中途で黒人の子を入れてくれるかも心配です。しかし、いろいろ話し合いをした結果、マクドナルド家で引き取る事をダスティンが受け入れるかどうかが最も重要な問題で、後の懸念事項はマクドナルド家全員で協力すればどうにでもなると、結論を出しました。(実はこの結論にたどり着くまで約一ヶ月かかりました。)
一旦、結論が出ると、ケビン父さんは行動しました。まず、ヴェックさんに会いに行きました。そして、ヴェックさんが「よろこんでお願いします」、と言ってくれたので、後はダスティンの気持ちです。ケビン父さんは通りあえず、ダスティンを暫く預かり、本人がどの様な反応を示すか様子をみる事になりました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます