第5話 ダスティン・ロビンソンとの出会い
「ジョン、今日の8歳の誕生日にコスミック・パークに行く約束は覚えているかい?」、と、朝一番にケビン父さんは聞いてきました。
「勿論さ!エイドリアン爺さんや友達、それにいろんな本でホワイト・ソックスの勉強をしておいたから何でもきいていいよ」。自信満々です。「コスミック・パーク(現在はUSセルラーフィールド)のホワイト・ソックスはワールドシリーズに優勝したのは1919年の事で、けちん坊のオーナーであるチャールズ・コミスキーに反抗して八百長をしてしまい、それ以来、優勝していないんでしょう? で、八百長ってどういう意味?」。
「八百長というのは、お金や何かを貰ってわざと負けたり失敗したりする事。勝ち負けにお金をかける賭博野球と八百長は野球ではやってはいけないことなんだよ。ところで、このニュースは八百長事件を『ブラックソックス事件』と呼ぶんだ。もともと、ケチのオーナーが洗濯代を出さなかったのでソックスが汚れていることを言ったんだが、この事件から悪いことの色、「黒」と云う名前をつけて『ブラックソックス事件』と呼んだんだ」。
「八百長事件って多いの?」。
「お父さんには分からない。バスケットボールなら、プロの選手だったから『目』を見れば変な事をすれば分かるけれど、野球は分からない」。
エイドリアン爺さんが口を挟みました。「ジョン、お前のダディーが言った通り選手同士やそばにいる関係者ならともかく、一般のファンは『目』で判断するしかないと思うよ。スポーツで真剣勝負はいつもの相手の目を見てやるもんだ。グランドパ(grandpa=お祖父さんという意)はジョッキーだから相手に向かい合う事はなかったが、馬の調子は『目』で見て判断したもんだ。グランドパはシャムロックスターの『目』で何でも分かったもんだよ。八百長をする選手は目を合わせないから」。
「うーん、そう言うもんなんだ」。ジョンは何となく分かってくれた様でした。
ジョンの8歳の誕生日にはエイドリアン爺さんからバット、ケビン父さんからキャッチャーミットをもらいました。ケビン父さんが何故、キャッチャーミットをくれたかは判りませんでしたが、ジョンはとても気に入りました。その日に家族全員で早めにコスミック・パークに出かけました。それは、練習の時に子供をフィールドに招待すると言うプログラムを申し込んでいたからです。エイドリアン爺さんは死ぬまでにヤンキース・スタジアムのフィールドに立ちたい、と云う夢がありましたので、羨ましかった様です。ケビン父さんはこの時にホワイト・ソックスからも仕事を貰っていましたので、フィールドに何度も入っていました。そこで、エイドリアン爺さんに付き添う役を譲っていましたのでエイドリアン爺さん自身がジョンよりワクワクしている様でした。エイドリアン爺さんはケビン父さんが子供の頃に使っていたグローブを屋根裏から探し出してきて、準備万端です。駐車場に着くとエイドリアン爺さんは球場に歩く間、肩をグルグル回しています。クリスティーナ婆さんは首を横に振りながら「エイドリアン、貴方は66歳なんだから、あんまり無理してはダメよ!」、と、微笑みながら叱っています。
エイドリアン爺さんとジョンは招待された時に送られて来たグランドへの入場券を持ちながらグランド入り口に向かいました。残りの、ケビン父さんとミミ、そしてクリスティーナ婆さんは、指定席を目指してあるいて行きました。ジョンとエイドリアン爺さんは、ダグアウトの横の入り口からフィールドに入りました。観客はまだいませんが、その大きさに圧倒される迫力がありました。それに、音の響き方が、すり鉢の底にいると全く違っています。既に、キャッチボールしている人の補給の瞬間にグローブから出る「バシィ」、と言う音が響くのです。ジョンにとっては異空間にいる様でした。エイドリアン爺さんは、競馬のトラックの経験がありますが、音の響き方は全く違ったものでした。この年からホワイト・ソックスはユニフォームが代わり当時では珍しい襟付きでした。そのユニフォームに身を包んだホワイト・ソックスの選手が何人か混じって、子供のキャッチボールの相手をしてをしていますが、エイドリアン爺さんとジョンは二人でキャッチボールを始めました。ジョンは新しいキャッチャーミットを使っていましたので、皮がまだ馴染んでいなくて、ポロポロ落としていました。8歳の子供ではなかなかうまくいきません。でも、ジョンは楽しくて、楽しくて有頂天でした。
そんな時、一人のおじいさんと黒人の子供がそばによって来ました。そのおじいさん(後でエイドリアン爺さんと同じ年だと判りましたが...)はエイドリアン爺さんに声をかけました。「失礼ですが、エイドリアン・マクドナルドさんではないでしょうか?」。
「はいそうですが、あなたは?」。
「私は、ビル・ヴェックと言います。球団関係者です。(後で分かったのですが、クリーブランド・インディアンズ、セントルイス・ブラウンズ((現オリオールズ))のオーナーを経てコラミストとなり、シカゴ・ホワイト・ソックスのオーナーになるべく交渉していた人でした。没後、アメリカ野球殿堂入りもしている人でした。)今日のこの子と招待を受けました。お声をおかけしたのは、子供の頃からシャムロックスターの大のファンで、マクドナルドさんではないかと思ったものですから」。
「そうですか、声をかけていただいて有難うございます。この子は?」。
「ダスティン・ロビンソンと言う子でジャッキー・ロビンソンの孫です。ジャッキーは6年前に死にましたが、ジャッキーの次男の子供なんです。複雑な事情があり孤児院に居まして、ジャッキーへの恩返しと思って暫く預かっているのです」。
70歳近い老人の元有名人が集まると、止め処のなく話は長くなります。ジョンはエイドリアン爺さんからグローブを借りて、ダスティンと言う子とキャッチボールを始めました。ダスティンと言う子は、殆ど何も話さないようですが、キャッチボールの最中はニコニコとしていました。一つ驚いたのが、この子は、右でも左でもボールを投げる事ができるようです。しかも、かなり強い正確なボールを左右関係なく投げるのです。お互いに8歳ですから、強烈なストレートではなく山なりのボールですがそれでもジョンは注意しないと掌が痛くなりました。
「ジョン、そろそろ終わりだから行こうか? こちらのヴェックさんがロイアルボックス席にマクドナルド家全員を招待してくれたんだ」。ロイアルボックス席には通常、オーナーや大金を寄付しているクラスの人しか入れない特別室で、食事もフルコースで用意される場所の事です。(ただし、エイドリアン爺さんはホットドックを楽しみに来たのですが。)
プレイボールの掛け声と共に始まったその日の試合は東部地区からボストン・レッドソックスを迎えての試合でした。所謂、SOX対決です。(両チームともsocksをsoxと綴っています。)ヤンキース対レッドソックスの敵対関係は有名で、ヤンキースファンのエイドリアン爺さんやクリスティーナはホワイト・ソックスを応援して居ます。有名な言葉で「野球は単なるゲームにしか過ぎない。生きるか死ぬかの戦いではない。レッドソックスを除いて」、と言うのがありますが、いま、このロイアルボックスで死ぬか生きるかの戦いをしているのは、エイドリアン爺さんとクリスティーナ婆さんの二人です。人の話なんか聞いては居ません。それではヴェックさんに失礼だと思ったのでしょうが、ケビン父さんが色々な話をヴェックさんとして居ます。ケビン父さん自身が有名な選手でしたので、ヴェックさんも退屈していません。退屈になったのは、野球見学にも飽きてきたダスティンとジョンでした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます