第3話

つい十日ほど前に入学し、通うことになった教室のドアの前に悟仙は立っていた。週明けの月曜日は一週間の中で一番やる気がでない日ではないだろうか。休日からの落差が激しく、憂鬱でしかない。しかし、そんなことを考えても仕方ない。思考を止めてドアを開け、自分の席を目指す。入学早々の席替えで運良く手に入れた窓際の一番後ろの席だ。席に着くと見知った顔から声を掛けられた。


「よう、相変わらず遅いな」


加藤竜二かとうりゅうじ、細いながらもしっかりと筋肉のついた長身の男子である。

短く整えられた髪に爽やかな顔立ちでいかにもスポーツマン風であり、その通り運動神経も良い。だが、運動部に入ったことがない。それが小学校からの付き合いである悟仙にとっても不思議なことである。

また、いかにもモテそうな顔立ちだが、悟仙の知る限りでは彼女がいたことはない。この件については何ら不思議ではない。竜二は所謂幼なじみの女子とくっ付きそうでくっ付かない、友達以上恋人未満という関係を繰り広げており、そちらに夢中だからである。

また、その女子は小学校こそ悟仙と竜二と同じだが何を思ったのか中学校は二人とは別の少し遠い女子中に通っていた。


「別に、遅刻はしてない」


そんな腐れ縁といってもよい友人に仏頂面で答える。


「何かあったらすぐ遅刻するぞ?」


いつも通りのニヤケ顔で言われ、悟仙はこれまで何度言ったかわからないセリフを口にする。


「例え遅刻したとしても、それは俺の問題であって周りの奴らにも、お前にも何の問題もないだろ、だから」


そう、このセリフを……


『俺には関係ない』




☆☆☆




「そうかもな」


いつも通りの眠そう目に仏頂面で、これまたいつも通りのセリフを口にする悟仙。そんな旧友に向けてため息交じりにそう言うと、竜二は一人の少女に目を向けた。高校からまた同じ学校に通うことになった少女だ。昔は短かった黒髪を今はポニーテールにしている。幼なじみの九条夏子くじょうなつこは昔より少し大人びた顔を縦に振った。夏子が頷くのを確認すると体を悟仙に向けて言う。


「なあ、一つ頼みがあるんだけどさ」


「断る」


頬杖をつき、間髪入れずに言う悟仙に怯まず竜二は続ける。


「春休み、お前一回俺との約束すっぽかしたろ?」


悟仙の眉がピクッと動いた。


「あの時の貸しを今使う」


「わかったよ、でもそれは俺しかできないのか?」


ため息をつきながらも了承してくれたことに喜びながら言う。


「ああ、お前が一番適任だ」



☆☆☆



「今、ナツの隣にいる女子の名前分かるか?」


悟仙は廊下側の後ろから二番目の席に座る夏子の方に目を向ける。竜二と腐れ縁の悟仙は当然夏子とも顔見知りである。

竜二の言ったとおり、夏子の隣には一人の女子生徒がいた。百七十センチに届かないくらいの悟仙の背丈より十センチほど、女子にしては長身の夏子より少し低い背丈の女子生徒である。


「わからん」


もちろん知らない。


「そう言うと思ったよ。彼女の名前は井上麻理いのうえまり。可愛いだろ?女子校育ちらしいぜ」


悟仙はまたいつものように言う。


「可愛いかろうが、俺には関係ない」


「そう言うと思ったよ。だからお前が適任だと言ったんだ」


「どういう意味だ?」


意味が分からずが聞くのとほぼ同時に担任教師が教室に入ってきた。もうすぐホームルームが始まる為ここで会話はホームルーム後に持ち越しになるのだが、竜二が前を向く前に言ったことが引っかかった。


『まあ、平たく言えば、彼女の護衛だよ』

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