最終試験報告

泉 遍理

最終試験報告

 ジャックは土曜のオフィスに走った。先刻、上司のケビンから、【ロボット国際機構にはノーマンを正式に推薦する】とメッセージが届いたためだ。それは今後、ノーマンが全世界の人型ロボット、ヒューマノイドのスタンダードになることを意味していた。

 階段を駆け上がる。二日酔いの上にろくに眠らなかったため、すぐに息が上がる。ネクタイを緩めても気分は最悪だった。


 オール社のNBPシリーズとワイドタイム社のノーマンシリーズはこの数年間、国内の政治・スポーツ・文化のあらゆる場面に登場し、新時代のヒューマノイドとして存在を競ってきた。

 全世界の95%が所属する国際機構がどちらを採用するかは両社にとって、文字通り死活問題だった。採用されれば認知度は世界レベルになり、もしそれを逃せば事業の方針転換、あるいは撤退を迫られるだろう。

 その採用テストを請け負ったのがジャックの会社だった。当然中立公平な立場が求められ、ジャックがこの半年間レポートを行っていたことは、チーム以外誰も知らない。そのテストを急に終了すると告げられたのが先週のことだ。


 一概にヒューマノイドといっても、両タイプのアプローチは決定的に異なる。NBPシリーズは人間の感情を持つ存在として開発され、外見も改良を重ねる毎に人間に近づいている。現行の42シリーズはアイドルばりにCMにも出演し、熱狂的なマニアがいることもジャックは知っていた。


 ジャックにテスト用として貸与されたのは、ミナーと呼ばれる女性モデルだった。テストするのは開発中の新型NBP-55だ、と説明を受けた以外情報はなく、旧型とのフェイスの差は分からなかったが、十分に生身の女性を意識させる風貌にジャックは初め戸惑った。

 しかし、ジャックはいつの間にか、家事も外出の用事も問題なくこなすミナーが週末のメンテナンスに出るときは、家族が外泊するような寂しささえ覚えるようになっていた。

 二か月も立たないうちに、このモデルには誰もが人間らしさを感じると確信するまでに至った。


 一方のノーマンには、デザインに人間らしさの概念はない。あくまで生活の補助として設計された機体は白いソファに四輪がつき、前時代的なロボットアームがとってつけたように伸びている武骨なシルエットに、これまた時代の遺物のような球体液晶モニター。

 ソファ部分に人を乗せたまま移動したり、ベッドになるため生活の補助としては申し分なく、特に介護の面でのメリットは大きかったが、ミナーを見たあとでは人間のパートナーとしては物足りなかった。

 一人で暮らす人間が誰かと一緒にいる感覚を得たいのなら、選ぶのはミナーだ、とレポートを結論付けた。それなのに。


 オフィスには誰もおらず、ジャックはケビンがラボにいるだろうと検討をつけた。セキュリティ認証ももどかしく、こじ開けるようにして扉をくぐる。

 数人のエンジニアがノーマンを整備していた。その隣にはすでに首を外されたミナーが座っている。半開きの瞳に光はない。ジャックは心臓をえぐられるような思いがした。


「やあ、どうした」スーツ姿のケビンが上機嫌で顔を上げた。「今日は休みだろう。昨日は打ち上げで遅かったんじゃないのか」

「その、例のレポートの件で」ジャックは思考がまとまらないまましゃべった。

「採用がノーマンになると」

「ああ、そうだ。半年間ご苦労だった。月曜に詳しく説明しようと思っていたところだ」

「僕はミナーを…その、NBPシリーズを高く評価したつもりですが」

「もちろん参考にしたさ。だが、維持費が大分増える見込みになってね。実用性ではポイントが低かった。ノーマンは半年後には量産に入れる。電気代も将来的には三分の一になるそうだ。新車より安く手に入るだろう」


「NBP-55はどうなるんですか」

「一般の企業や家庭で日常的に使用するのは難しいな。旧シリーズですら大手企業が広告費をつぎこんで、やっと現状維持だ。いずれ廃番だろう」

「そんな!」血が逆流する思いだった。「レポートはちゃんと読んでいただけましたか。ヒューマノイドというテーマでの可能性は遥かに」

「もちろん、可能性は認める。むしろ、感情や思考の点での成長は我々の想像以上だった。今回のテストは、NBP-55の実力を測ることがメインだったんだ。しかし、現時点でどれだけ人の役に立つかを考えれば、我々はノーマンを選ぶ」


ジャックの苛立ちは治まらなかった。自分は人類のために完璧な視点でレポートを書いたのに。つい感情が溢れ出た。「ノーマンなんて使い物にならない! あなたは、ワイドタイム社からいくらもらったんですか。その僅かな金額のために、人類の発展を妨げるような真似を」


ケビンにもう笑顔はなかった。「わたしはむしろ、きみがNBPに肩入れし過ぎていると思っているがどうかね。正直、きみのレポートがもっと公平だったら結果は違ったかもしれん。テストは、本来一年間を予定していたんだ」

「僕のレポートが? それなら、それが真実ということです。僕が人間らしさを感じたのはNBP-55だ」ジャックはまぶたの閉じたミナーの頭部を抱えた。その首元には製造番号が刻まれて…NBP-42? なんだこれは…ミナーは旧型現行機?


 ケビンは憐れむようにジャックの肩に手を置いた。「わたしたちが友人になるにはまだ早すぎたようだ」そして、ジャックの後頭部の生え際にある光学センサーがケビンの指紋を認証した。ジャックはその場に崩れ落ち、エンジニアたちがすぐにジャックを椅子に座らせた。


 今日までの、いやこれまでの人生の全ての記憶がすべてプログラムだったとジャックが認識する間もなく、稼働は停止した。ジャックの首は外され、NBP-55と刻まれた頭部が無造作にミナーの隣に並べられた。

「やれやれだ」ケビンはため息をついた。「愛情と嫉妬か。なんでも人間に近づけるのも考えものだな。全部記録したか? これが人間にとってどれだけ危険か、ようやく上の連中も分かるだろう。以上でNBP-55の試験運用を終了する」


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