第一章 ‐盲目彼女は幽霊で‐

 五月。暑いということはなく、また寒いということもない比較的過ごしやすい時期。もう少し経つと梅雨なんていう大半の人にとって憂鬱な時期が来るのだろうけど、今日は雲一つない快晴で通学路でもあるこの簡素な住宅街の道を通る風もどこか爽やかに感じるけれど、

「ねぇねぇ、神木くん」

 俺の左上から呼びかける声さえなければ、全て完璧だった。声がした方をチラリとみる、するとそこには俺の通う学校の女生徒の制服を着た半透明で奥の景色が透けて見える少女がいた。いや、実際には浮いていた。

「神木くんは、いつもこの道を通って登校してるんだね」

 少女は俺の少し前へと進み、くるっと回ってこちらを見る。その表情は目を瞑っていていたけれど、笑顔で奥に映る青い空にとても映える表情をしていた。

 東雲しののめ あおい。艶やかで黒い髪を腰まで伸ばし、スラッとしたスリムな体型をしている。そんな俺の目の前で笑う彼女は先週事故に遭って死んでいる。少なくともそう記憶している。葬式にだって参列した。しかし、今こうして自分の目の前にいる事実に俺は頭を抱えてしまう。

「神木くん、どうしたの!? 具合悪いの?」

 その原因である彼女はさっきまでの笑顔から一変して、心配そうに顔を覗き込んでくる。その仕草一つ一つが生きた人間みたいで余計に悩ませる。もういっそ頭がどうにかしてしまったんだと開き直った方がマシなのかもしれない。

 俺は深く息を吐き、未だに心配そうに見てくる彼女に今一番聞きたいことを聞いた。

「東雲さん。どうしてここにいるの?」

 本当に聞きたかったのはこれだったのか、口にしてから思ったが彼女はきょとんとした顔をした後に、いたずらが成功したかのように笑顔を浮かべて俺の少し先に進んでいく。そしてまたこっちに振り向く。

「私が事故に遭って、死んじゃったのは知ってるよね」

「うん、葬式に参列したし、学校でもその話で持ち切りだったし」

 あまりにもあっさりと、死んだと言った彼女に俺は面食らってしまったが、どうにか答える。

「うん、それでね、正直に言っちゃうと私にも分からないんだ」

「え? 分からないって知ってる風だったのに?」

 彼女はいたずらがバレた子供のように、少しこちらの様子を伺うように「うん」とつぶやいた。

「でもね、これだけは分かるよ。私は、東雲葵は死んで幽霊になって君に、神木優くんに憑りついたんだって」

 そう言って笑顔になった彼女に俺は見惚れてしまった。非日常的で信じるには不確か過ぎて、事実として認めるには偽りがありそうで、それでも雲一つない青い空を背景に明るく笑う彼女は俺の心を引き寄せるには充分過ぎた。

 しかし、その前に聞こえた言葉に俺は我に返る。

「幽霊? 憑りついた?」

 さっきの出来事が一瞬で遠くに感じて、喉の奥がカラカラになっていくのが分かる。事実として認めたくないのに頬をなでる風は生暖かく現実であることを教えてくる。

「安心して? 害はないと思うから。たぶん」

「今の一言で余計に安心できなくなったよ‼」

 それでも、今のやりとりで少しだけ冷静になれた気がする。

「今日は家に帰ろう。帰りながら詳しいことを教えてくれ」

 俺は通学路を家に向かって歩き出す。この状況で学校に行くなんて考えられない。それに本当に頭痛がしてきた。そんな俺の心境を気にすることもなく、少し後ろを東雲さんが付いてくる。もちろん、空中に浮きながらだ。

「少し長くなると思うけど、許してね」

 俺の隣まできた東雲さんが口を開く。


 自分が今に至ったある日の出来事を――

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