盲目彼女の叶わぬ夢

静戯(せいぎ)

‐盲目彼女の序章《プロローグ》‐

 すすり泣く音、とある女の子の名前を呼ぶ声、焼香の独特な匂い、目を閉じた女の子の遺影。五感で受け取るそれらの情報がどこか遠くで起きてることのようだった。五月の上旬。一人の女の子が交通事故で亡くなった。自動車側の信号無視が原因だったそうだ。

 俺はその女の子の葬式に参列していた。クラスメイトだった。別段仲が良かったわけではなかったけれど、挨拶を交わす程度ではあったと思う。

 東雲しののめ あおい。同じ高校で同じクラスだった女の子。艶やかな黒髪を腰まで伸ばし、明るい笑顔を浮かべる日向が似合う子だった。でも、彼女は盲目だった。そのせいで暮らすから少し浮いた存在だったし、実際イジメなんかもあったのかもしれない。

 それでも彼女は常に笑顔を浮かべていた。前向きに生きることは楽しいことだと言っていた。やりたいこともあると言っていた。そんな彼女は十七という歳で亡くなったのだ。

 お焼香をあげる番が来た。前の人に習い真似て焼香をあげる。長居してもしょうがいないので、その場を立ち去る為に出口へと向かった。途中会場の端で俯いて泣いている中野なかのの姿が見えた。東雲さんの親友で目の見えない彼女をいつも心配そうに一緒に行動していた。その中野の近くで寺島てらじまが声をかけて慰めていた。

 俺は二人に声をかけることなく、会場を後にしようとした。その時、その日一番はっきりと声が聞こえた。微かにではあった。それでも足を止めるには充分過ぎるほどはっきりと聞こえた。

 俺は後ろを振り返る。そこでは今でも葬式に参列した人たちが焼香をあげ、手を合わせて東雲さんの冥福を祈っている。

「神木……くん」

 すぐ隣で俺の名を呼ぶ声が聞こえた。

 一人の女の子が立っていた。

 目が合った。いや、実際にはその女の子は目を閉じていた。それでも目が合ったんだと感覚で分かった。

 そして、その女の子は涙を流した。

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