第3話

 襲来直後は、ドラゴンによる暴虐とその異様な姿に圧倒されていた王室だったが、すぐさま本来の機能を取り戻した。

 レビル指揮のもと、ドラゴン討伐のために騎士団が出撃した。藍色のサーコートの上に鎧の肩当てを身につけ、膝丈のロングブーツを履いた騎士たちが、一斉にドラゴンを取り囲む様は壮観だ。また、速やかな民衆避難に次いで国内での兵器使用が許可され、ドラゴンは頭部にライフルやマシンガン、ガトリングガンやロケットランチャーといったショルダーウェポンによる集中砲火を浴びていた。

 機械都市としての本領を、貴賓らは固唾を飲んで見守った。

「充分なお礼ができなくてごめんなさい。宿も用意してアドルスタンを満喫してもらうつもりだったけど、それもむずかしいみたい。あなたは国外へ逃げて」

 イサミにそう言うと、リムは彼の胸の中から離れて、倒れたテーブルや散乱したガラス片を避けながら走り去っていった。イサミはその背中がレビルのもとにたどり着くまで見守ると、彼女たちを窮地に立たせている元凶に目をやった。

 アドルスタンの兵力の結集が立たせた爆煙が風に運ばれる。ドラゴンは、頭部の右半分が損壊した姿を晒した。

 さすがは機械都市自慢の兵器群、インロードによりさらに強靭になったドラゴンの肉体を抉り取った。機械部が露出し、巨大な歯車が街路に落ちる。

 ただし、感嘆の声をあげる者はいない。皆よく知っているのだ。ドラゴンという生物のことを。

 言い伝えられるドラゴンの凶悪さの一片が、インロードされてなお存続しているのか。その確証を得るために、誰もが瞬きすらせずドラゴンを注視していた。

 爆撃が止んで森閑としていた辺りに、聞き慣れない音が響き始める。金属と金属が細かくぶつかり合うような音。耳障りというよりも神秘的な響きだが、人類にとっては悪魔の囁きと変わらない意味を持つ。

 削られた部位がみるみる再生し、次の瞬間には国に降りたときと変わらぬ姿を取り戻した。

 ――

 ドラゴン特有の天賦の力は、インロードしてなお健在だった。

 いや、むしろこれによってわかったのは、この怪物がどこかの国によって生み出された機械兵器ではなく、自然界に生まれたドラゴンのインロードが全身まで行き届いた結果の産物であるということだ。

 そして、この完璧なまでの再生能力。

 半端な兵力は無価値であると告げていた。


「頭部以外も狙え! ドラゴンの生態は知れない。常識を捨てて挑まなければ倒せんぞ!」

「お父上!」

 指示を受けて部下が散った影から、美しき少女が駆け寄ってくる。騎士と同じくらいまでしか近寄らない義娘との距離に、二人の関係性が如実に表れていた。

「戦況はどうなっていますか」

「リム、なぜまだこんな所にいる。ここもまた戦場になりかねない。早く身を隠すのだ。――おい!」

 レビルは騎士一人を呼びつけたが、リムは手を払って拒絶の意を示した。

「わたしはここを離れません! こんなときに後方へ退くなんて」

「こんなときだからこそ、だ。今日でお前も王位継承権を得た」

「な、何をおっしゃりたいんですか、お父上」

 思いがけない言葉に、驚愕を隠せないリム。一方、レビルはより表情を険しくした。

「この意味がわからぬお前ではないだろう。王位の正統なる後継者であるお前が、その継承権を得た。つまり、この国はようやく本来のあるべき姿に戻れるということだ」

「それほどに血脈が大事ですか……」

「だから、私はお前を守らなければならないのだ。たとえ、この命が潰えようとも」

「そんな……わたしは、わたしは……」

 気持ちが溢れ出すのを、リムは懸命にこらえていた。レビルと本当の父娘のようになれたらと願っていた。先ほど、そうイサミに打ち明けたばかりだ。

 けれど、それはレビルには伝わらない。義父は血統を第一義として、あくまでも自分はネオモルトとリムの間を埋める繋ぎだと考えていたのだ。

 むしろ、レビルにとってこの事態は願ってもいないことなのかもしれない。

 リムが王位継承権を得たその日、自らの存在価値が消え失せるそのとき、命を散らして潔く義娘に王位を譲る好機が転がり込んだ。

 現王の退位ではなく、殉職による新王の擁立。

 正統な王室の復活は、ドラゴン襲撃による傷痕には格好の薬となる。

 まだ王になるには年端も経験も及ばぬリムが、アドルスタンの国民たちに温かく迎えられるためには、最高のシナリオかもしれない。

 しかし、リムがレビルに求めていたのは、そんな政治的な配慮ではなかった。


 痛そうに胸を抱くリムの横をすり抜け、騎士は王に向かって敬礼する。

「申し上げます! ドラゴンの頭から足先まで、あらゆる部分への攻撃を試みておりますが、いまだ有効と思われるものはありません! より深層部に弱点があるか、もしくは……」

「脆弱性など存在しない、か……。わかった、主砲の準備をせよ。アドルスタン最大戦力で、奴を塵芥に変えてやるのだ」

「はっ!」

 騎士は敬礼を解くと、弾むようにして走り去った。

 アドルスタンが誇るは彼ら鍛え抜かれた騎士団や機械兵器の数々である。

 しかし、それらを遥かに凌ぐ軍事力を隠し持っていた。

 あまりにも強大なため、使用機会のなかった隠し玉。

 アドルスタン備え付けのため、遠征にも持ち出せない壁の花。

 ただ、その存在を知る騎士らの間では、一度は相見え、その威力を体感したいと熱望していた死蔵品。

 それがようやく日の目を見るときがやってきたのだ。

 国家の危機をよそに、悲願が叶うのをつい件の騎士は表現してしまった。

 その念願は団員たちに士気として伝染し、主砲発射の準備は直ちに整った。

 重たげな低音とともに、よもや動くとは思わなかった部分が動き出す。

 城の上部が二つに割れ、下から巨大な筒がせり上がってくる。ガチンと固定されると、砲口がドラゴンに狙いを定める。

「レビル様! 国民の避難、完了しております!」

 伝令の報告を受けて、レビルは無線に向かって叫ぶ。

『主砲発射用意――』

 命令とともに、エネルギーが充填される低音が響く。時々、電気が弾けるような音とともに、充填音が緩やかに高音域へ移っていく。

 未曾有のエネルギーが溜まっていくのを、国中の人間が耳で感じていた。主砲に向けられる視線は、力への期待と不安の入り混じったものになっている。

 次第に回数を増していた電気の爆発が止み、音の変化も収まった。充填完了のサインだった。

 砲口はドラゴンを完全に捉えている。

『撃て――――――っ!』

 直後、白い閃光が闇を貫く。

 アドルスタンの空が真昼のように明るくなる。

 空気が瞬間的に膨張し、雷鳴のごとき爆発音が轟く。

 エネルギーの塊は一瞬にしてドラゴンを貫通し、彼方へと消えた。

 あっけないほど短い時間だった。

 空は再び夜を取り戻し、音も止んだ。

 砂塵が失せると、体部の大半がキレイな円形に削り取られたドラゴンの姿が現れた。

 想像以上の速度と威力にどよめいていた国民たちだが、

 ――勝った。

 その圧倒的な力に、どっと歓声をあげた。

 遭遇すなわち絶望とされるドラゴンだが、アドルスタン相手ではさすがに分が悪い。

 人類の叡智を甘く見るべきではなかった。

 生物界の頂点と目されるドラゴンも、所詮は生物。智恵を結集させた兵器の前では、我が物顔で闊歩することを許されない。

 誰もが人類の底力に感嘆していた。

 が、それは虚しい妄想だったと、すぐに知ることになる。


『も、申し上げます! 主砲直撃。しかし、……っ!』

「な、なに……っ?」

 無線が漏れ聞こえ、屋上庭園にいた者たちは一斉にドラゴンを注視する。

 すると、またあの音が聞こえてくる。

 金属と金属の奏でる悪魔の囁き。

 ドラゴンの再生の音。

 歓声が止んだせいか、静寂の中で耳に主張してきた。

 損壊が激しいためか、さきほどのような一瞬の再生ではない。

 しかし、肉体の大半が失われたドラゴンが、また元の姿を取り戻すのは時間の問題だった。

「次の発射までは?」

『畏れながら閣下、主砲の再充填はドラゴンの再生に間に合いません。完全体のドラゴンに対しては有効とは言えず、二射目も同様の結果になると存じます……!』

「主砲でも倒しきれないというのか……っ! ほかに有効な手はないか? これまで試していない手段なら何でもよい!」

『主砲で不十分という状況下、あのドラゴンに対して有効と思われる対抗手段は……ありません…………っ!』

 無線越しにも悔しさに歪んだ顔が想像できる。それはレビルにおいても同様で、いまにも無線機を握り潰しそうだった。

「皆様! 安全のため、騎士団の指示に従って、速やかに国外退避をお願いいたします!」

 貴賓たちが茫然とする一方、リムは気丈に声を張り上げた。そして避難の誘導を始めたが、その聡明な判断の裏には冷徹な認識があった。もはや王室は到来した厄災に対して有効な手を持たない。であれば、被害を最小限に抑える方へ切り替えることが求められていた。

 幸い、ドラゴンによる直接的な被害がまだ小さいためか、貴賓たちは混乱もなく誘導に従っている。リムも騎士たちとともに避難誘導にあたっていた。

 彼女と同じ早さで頭を切り替えた者が、もう一人だけいた。


「リム」

 そこへイサミがやって来る。リムは一寸驚いた後、困ったような顔を見せた。

「イサミ、まだいたの……さっき言ったとおりよ。アドルスタンの安全はもう保障できない。ほかの方たちと一緒に」

「リム、火薬の残数はどのくらいだ?」

「え?」

「火薬の残数だ。あの尖塔に詰め込めるくらいは残っているか?」

 イサミは、城脇に立つ一棟の尖塔を指差した。アドルスタンで親しまれるシンボルである。

「え、ええ。火薬なら、まだ大量に地下倉庫に格納されているはずよ。あの尖塔の容積なら、どんなに少なく見積もっても残量は一棟分以上あるわ。……でも、そんなことを聞いて、あなた」

「じゃあ、全火薬と騎士戦力、それとあの尖塔を俺に預けてくれ。そうすれば、奴を倒せる可能性がある」

 リムは意図を測りかねていた。一度森で助けられたが、彼がつねに突飛な発想をする人間だというところまで、まだ見極められていなかったのだ。

「そんな……でも、どうやって……?」

「それは、君の父さんにも一緒に聞いてもらおうか」

 リムは戸惑いながらも頷くと、彼を義父のもとへ連れて行った。イサミはしばし討伐対象を見つめると、リムの後を追った。

 その間にもドラゴンの再生は進み、すでに半身が復活していた。


「なに、ドラゴン討伐の可能性がある?」

 レビルは渋い顔で義娘らを見た。ちらついた希望に安易に飛びつかない、懐疑的な構え。先代ネオモルトの側近騎士として、そしてその後任の王として、国の戦力を預かっていた身として、すでに最善は尽くしていた。それから現れた僥倖を訝しむのはごく当然のことだった。

「はい、閣下。ドラゴンのインロードは当初一部だったはずですが、自らの再生能力によって全身に渡っています。その力の大きさを考えると、と考えられます。私の力を使えば、可能性はあります」

「その力とは?」

機械化能力シルバライズです、お父上」

 イサミが答えるより先にリムが答えた。

「イサミには、どんな物でもインロードする特別な力があります。その力を利用して、アドルスタンの窮地を救おうという提案なんです」

「そんな力が……にわかには信じがたい話だが……」

「可能性があるなら、検討すべきだとわたしは思います。だからイサミ、作戦を聞かせて」

 シルバライズの威力を知らないレビルが信じられないのも無理はないが、リムはその力を目の当たりにしている。イサミの力を信じて、レビルを説得する――それができるのは自分だけなのだと、信念に燃えていた。

「作戦はシンプルです。あの尖塔に火薬を詰めて、インロードします。それをドラゴンの口から入れて、爆散させる。騎士団には、そのサポートをしてもらいたいんです」

「尖塔をドラゴンの口へ……? そんなことができるのか」

「はい、閣下。その点はご令嬢の一件から、信用してください、と」

「……して、それでドラゴンを確実に仕留めることができるのか?」

「わかりません。ただ可能性があるのはこれだけです」

「ふむ……」

 いかにアドルスタンとは直接的な関係のない風来坊とはいえ、イサミの強気な提案の仕方に、むしろ周囲の貴賓、騎士たちの方が気を揉んでいた。

 しかし、レビルの方は明け透けな物言いを気にする様子もなく、純粋に提案を飲みかねると悩んでいるように見えた。

「お父上。より被害を抑えられる方法があるなら、試してみてはいかがですか」

「しかしなぁ……全火薬、騎士戦力を投入すれば、たとえドラゴンを倒せたとして、その後の国防に大きな課題を残すことになる」

「倒した後のことも踏まえるべきというお考えはわかります。ですが、このまま何もしなければ、その後があるかもわかりません」

「未知数である力に頼った作戦というのも難点だ。賭けの要素の強い方法に、騎士団を動かすのはむずかしい」

「確かに、彼らも国民です。ですが、この国を守る職務を負った者たちでもあります。作戦を説明した後、加わるかどうかの判断を任せるという方法もあるのでは」

「しかし、しかしなぁ……」

「お父上。課題も未知も多いのはわかります。ですが、もっと可能性も見てください!」

「可能性…………」

 レビルは次第に下がっていった目線を上げると、やや控えめに聞いた。

「イサミ、と言ったか。作戦には尖塔を使うとあったが、ほかで代用はできんか?」

「できません。火薬倉庫の場所やドラゴンとの位置関係、サイズ、材質その他諸々の条件を考えると、あれがベストです」

「うぅむ……」

「確かにあの尖塔は国のシンボル的なものですが、作戦実行のためにはそのようなこと……」

「……………………」

 目を伏せて押し黙るレビルの様子が少しおかしい。そのことで、リムは何かに気づいたようだった。

「まさか、あの尖塔を建立した人物に……いえ、わたしに遠慮しているのでは……」

「いや…………」

「あれがネオモルトの建てた物だとして、お父上が配慮なさる必要はないんです……」

「私は……」

「どうして、そんなことをずっとずっと気にして……わたしは、わたしは、お父上と……」

「リム、私は王失格だ。お前を傷つけたくないばかりに、有効な作戦を」

「そんなこと気にしなくていいのに……」

「ネオモルトの遺産を犠牲にしたくはないと、私は」

「そんなことじゃなくて、いますべきと思う選択を、したいと思うことを選んで…………――!」

 加熱し、感情を帯びていった掛け合いは、リムの強い語気によって制止した。

 彼女は疾走直後のように呼吸を荒げ、肩を上下させている。

 時々、乾いた喉を潤すため、うっと唾を飲む。そしてまた、息苦しそうに呼吸を再開する。

 沸騰した頭では、自分が何を言ったのか、きちんと理解できてはいないだろう。

 ただ、ずっと理性で押さえ込んでいた心底の気持ちを一気に吐き出した高揚感と焦燥だけが残っていた。

 本人もその初めて味わう気持ちをどう処理していいかわからず、目は焦点が合わない。

「…………わかった」

 レビルもまた、父娘の関係になって初めて突きつけられた強い感情に動揺し俯き、表情は読めずにいた。しかし、口元がかすかに動き、娘の気持ちに答えた。

「イサミ、卿の提案を飲もう。我が国の全火薬、騎士戦力、そしてあの尖塔を預ける。私にできることがあれば、言ってくれ。すべてやろう」


      ×    ×    ×


「急げーっ! 火薬を詰めるだけ詰めるんだ!」

 まずは、尖塔への火薬の詰め込みから始まった。

 要するに、尖塔を火薬入りの巨大な弾丸にしてしまうということである。中では火薬を下から順番に積み上げ、外では窓の補強が行われた。

 作業にあたっている者の大半は騎士ではない。率先して手を挙げた一般人たちである。できることがあるなら協力したいと申し出る者がこれだけいた。彼らによって、尖塔の弾丸化は想像以上の早さで進行していった。

 一方、騎士団は別の作戦行動の準備にあたっていた。

 尖塔をドラゴンの口から突っ込むという突飛な作戦を成功させるためには、ドラゴンを転倒させる必要があった。立って動ける状態では避けられるなどして口から入らない可能性が高く、たとえ入ったとしても喉元付近で爆裂して、せいぜい頭部を消し飛ばす程度になる。

 しかし、必要なのは全身を一度に爆散させること。そのためには尖塔を腹の奥まで突っ込まなければならなかった。

 ドラゴンを転倒させる準備を進めつつ、尖塔が弾丸化されるまでの時間を稼ぐため、騎士団は強襲部隊と誘導部隊に分かれた。

 そうこうしているうちに、ドラゴンの再生が完了する。

 あれほどの損壊を負ってなお、完全体として復活するのは信じがたいが、もはやそれさえ想定内であり、騎士団は速やかに行動を開始した。

「撃ったら、すぐに後退して! これは倒すためでも、足止めのためでもない。注意を引きつけることが目的だ! 無駄な危険は避けて!」

 ドラゴンを目的地へと誘導するため、誘導部隊が囮となってドラゴンを引きつけた。

 指示を飛ばしているのはイサミである。実績どころか、どこの誰とも知らない彼に騎士たちが従っているのは、何より彼の跨る白馬の存在が大きいだろう。リムという後ろ盾があることで、イサミは円滑に作戦を遂行させることができた。

 この戦術はうまくはまった。

 ドラゴンは周辺のビル群をなぎ倒しながら、執拗に誘導部隊を追っている。遊撃を主とする騎士たちで組織された誘導部隊は、倒壊するビルの間隙をすり抜けながら、次の指示あるまで作戦を続行した。

『尖塔の弾丸化、準備完了!』

 無線で報告を聞いたイサミは、次の作戦へ移る。

「誘導部隊へ告ぐ! 対象を作戦地点へと移動させる! フォーメーション変更! 全員集まれ!」

 これまでの囮役から、いよいよ本来の誘導へと作戦が切り替わる。

 ドラゴンの進行を遅らせるため、ある程度散開していた誘導部隊は、このときをもって一箇所に固まった。攻撃が集中し、被害の可能性は急激に高まるが、必要なことである。勇敢な騎士たちによって、この作戦は成立していた。

『イサミ、王女としてお願い。みんなを守って……』

「ああ、わかってる。無茶させてるのは俺だ。可能な限り守る。だから、多少街の形が変わるのは勘弁してくれよ」

『うん。でも、無理もしないで……あなたはこの作戦に絶対必要なひとなんだから』

「それは誰としてのお願い?」

『……どっちも』

「了解」

 無線を切ったイサミは白馬から降りると、その首筋を撫でた。

「お前は先に作戦地点へ行ってろ」

 そう言って背を叩き、馬を走らせる。戦場で一人馬を失ったが、イサミはむしろ前へ出てドラゴンに向かって気合いを入れた。

 囮の時点では無傷だった騎士たちも、危険な作戦行動により、少しずつ数を減らしていった。それでも彼らは逃げ出すことなく、ドラゴンをおびき寄せ続ける。

「みんな、持ちこたえてくれ――――っ!」

 もはやイサミに白馬というリムの後ろ盾はない。しかし、騎士たちは彼に従い、命を張り続けている。

 それは、騎士たちよりもつねに前で、もっとも危険な場所で、ドラゴンを刺激し続けつつ、シルバライズによって皆を危機から救い出しつつ、戦い続けているからだ。

 異邦人にここまでされて、逃げ出すような臆病者も、手を抜く卑小な人間もいない。彼らはむしろ自らの誇りのため、作戦成功にすべてを賭けた。

『対象が作戦地点に移動! 誘導部隊、退避!』

 指令を受けて、誘導部隊が退避していく。苛烈な戦術だったにも関わらず、その多くが生き延び、自らの足で退けた。

 彼らの視線は自然と敬意を示すべき相手へと向く。その青年は、帰還を待ちわびていた白馬に跨るところだった。この戦場を乗り越えてなお、彼は次の戦場へと赴こうとしているのだ。

「これから尖塔へ向かう。次の作戦の成功報告を待ってるよ。次に話すのは、奴を倒した後だな」

『うん……大変なことは全部押しつけてごめんね……本当に、気をつけて』

「言い出しっぺは俺だ、気にすんな。じゃあ、行ってくる」

 無線をしまうと、イサミは白馬をターンさせる。そして、「はっ!」という掛け声とともに、尖塔へと急いだ。


 気づけば、ドラゴンは建物の少ない開けた場所に立っていた。通常であれば、家族連れや恋人どうし、友だちどうしで賑わう自然豊かな公園である。しかしここが、今回の作戦実行には最適な場所だった。

「退避完了! 強襲部隊、撃て!」

 発令と同時に、ドラゴンの後方に潜んでいた騎士たちが砲台から背部に徹甲弾による一斉攻撃を開始する。

 その目的は二つ。一つは両翼をもいで空への逃走手段を奪うこと。もう一つは前方への転倒を促すことだ。

 次々に爆煙があがり、ドラゴンが苛立ちの色濃い悲鳴をあげる。

 肉を削るより転倒を優先させた攻撃は、外見上さして効いていないように見える。しかし、ドラゴンの足元は確実に揺らぎ、重心は前に傾き始めていた。

 それでも、この巨体を支える強靭な脚力に、倒しきることはできない。

『対象の傾斜を確認! 次、地雷爆破!』

 ドラゴンの周囲で、次々に爆音が鳴る。公園を円形で囲むように設置された地雷が順番に爆破され、硬質なレンガで固められていない地面は崩れていった。

 強襲部隊の攻撃だけでドラゴンを転倒させられないことも、予想されていた。それをあくまでも補助として、確実に転倒させる手段を用意していたのだ。

「「倒れろ――――――っ!」」

 騎士たちが力強く叫んだ。

 足場を失ったドラゴンは、作戦どおり前傾姿勢によって前方に倒れこむ。巨体は、地鳴りを起こしながら転倒した。地盤はバラバラに割れ、遊具や噴水も無残に破壊された。

『対象が転倒! 全人員散開!』

 強襲部隊が任務を完遂すると、屋上庭園から照明弾があがった。

 最終指令である。

 無線が使用できない状態にあるため、最後の合図はこの方法が取られることになっていた。


 すでに皆が避難して、しんと静まり返っている尖塔。そこにはイサミと白馬だけがいた。何度戻れと言ってもきかない白馬が見守る先で、青年はすっと手を挙げた。

 その手で、弾丸と化した国のシンボルに触れる。

 ――

 すると、触れたところから銀色が環状に広がっていく。

 銀が尖塔の表層を駆け上がる。

 すべてが銀色に変わると、インロードした尖塔は内部から歯車の回る音をさせながら、根元からゆっくりと折れ始める。

 シルバライズによって生まれた機械仕掛けによって、尖塔はその先端をドラゴンへと向けた。

 転倒したドラゴンの目が尖塔を捉える。その瞳には、自らが人間の仕掛けた罠にはまったという実感はない。どれほどの攻撃にあっても命の潰えることのない不死の力によって作り上げられた、危機への無関心で染まっている。そのどこまでも深い闇色の瞳に、どれだけの生命が恐怖し、生を懇願し、そして奪われてきたか。

 しかし、イサミも、リムも、レビルも、騎士も、アドルスタンの国民たちも、それら生命に仇なす故敵としてではなく、眼前に現れた取り除くべき障害として、対峙しているだけだった。

 故に、その顔に恨みや憎しみ、怒りや悲しみといったものはない。

 ただ自らに与えられた使命を全うしようという信念と、仲間が目標を完遂するのを見守ろうという眼差しだけがあった。

 その視線をいま、イサミは一身に受けて最後の一撃を放つ。

 高速回転を始めたトルクが白煙をあげる。

 限界を超えた出力に尖塔の根元では電気や火花が飛び散る。

 塔内の火薬に引火すれば作戦は失敗し、イサミの命も消える危険な状態。

 白煙が風に巻かれると、傾いた尖塔に触れて立つイサミの姿が見える。

 漏電した電流がイサミの周囲で、ジリジリと鳴る。

 手元ではバチバチと火花が爆ぜている。

 しかし、イサミはそんなことを一切気にせず、口角をわずかに上げて、笑んでいる。

「よぉ、ドラゴン。よくも俺の料理をひっくり返してくれたな。知ってるか? 食べ物の恨みは怖いんだ。そのことを、いまから身を持って知るんだな」

 届くはずのない宣戦布告を独りごちる。

 そしてイサミは尖塔を掴み、右手で振りかぶる体勢を取った。

 上げた左脚で力強く踏み込み、身体ごと投げ捨てるようにして、右腕を思い切り振り抜く。

「いけぇぇぇぇぇぇぇぇ――――――――っ!」

 尖塔周辺の大地が剥がれる。

 コンクリートの割れる音が断続的に響く。

 そしてついに、最大の地響きとともに尖塔が大地を離れた。

 尖塔がまさに弾丸のようなスピードで、アドルスタンを横断する。

 その風圧で、ビルのガラスは割れ、屋根が吹き飛ぶ。

 これほど巨大な物体が人の力で飛ぶ奇跡に、人々は息を呑んだ。

 そのとき、作戦成功を祈りながらも、このマージナルマンの力に半信半疑だったことを皆が痛感した。

 こんな奇跡に成功の可否を賭けていた自身に驚愕した。

 そして、その実現に身震いした。

 それ故、人々にとって衝撃の時間は長く感じられたかもしれない。

 けれど、実際にはほんの一瞬の間に尖塔は城脇を離れて街を横断し、ドラゴンへと到達した。

 完璧な位置、完璧な角度で突っ込み、尖塔の形に沿ってドラゴンの口が開かれていく。

 尖塔は喉、食道を通って胃へと到達し、あとはその鋭利な先端部で内臓を掘り進めて行った。

 内部機械の破壊される耳障りな音が漏れる。

 ドラゴンは内臓を削られる苦痛に身悶えし、悲鳴をあげた。

 貫通とまでは行かなかったが、尖塔はドラゴンの深部まで入りこんだ。

 その証拠に、尖塔は根本が少し口からはみ出ているくらい。元々の長さを考えれば、先端部は腹を突き破る手前まで来ているはずだ。

「いいぞ、リム!」

 呑気にしている時間はない。

 ドラゴンの体内には大量の爆薬が詰まっているが、その再生能力によって体内に入った異物を無効化してしまうとも限らなかった。状況を見て爆裂させる計画だったが反応が鈍く、イサミは決断を促した。

 しかし、屋上庭園では、レビルが爆破スイッチを押せずにいた。

「お父上」

「よいのか、リム。本当に」

 スイッチに置かれた指はかすかに震えていた。その目からは、いまだ迷いの色が消えていない。

 リムは答えないまま近づいて、父の手を包むようにして取った。

「わたしも一緒に押します」

「……いや、これは私の役目だ。お前にさせるわけには」

 動揺しながらも王たる責任を果たそうとする父に、リムは優しく首を振った。

「一緒に押すんです。……だって、家族は一緒に乗り越えるものだから」

「…………ああ」

 レビルは救われたような表情を一寸見せた後、目を伏せた。それ以上は、王として、いや父としても、見せられないものだったのだろう。

 二人はスイッチに指を置いた。

「「尖塔、爆破――――」」

 ドラゴンの体内から光が漏れる。

 ドラゴンはいやいやと首を振るが、もう誰に止めることもできない。

 爆発は爆発を呼び、ドラゴンの全身を爆散させた。

『最後の仕事だ。全員、捜索開始!』

 火薬を詰めて弾丸化した尖塔を口から投げ入れ、ドラゴンを爆散させる――作戦はここで終わりではなかった。総仕上げがある。

 尖塔のあった場所では、イサミが再び白馬に跨っていた。その表情は、ドラゴンが爆散したというのに少しも緩んでいない。

 周囲にとってはここまでが賭けだったかもしれない。が、イサミにとってはそれより、その後の方が賭けの要素が強かった。

 なぜなら、ここからは未知の領域、推測に過ぎないから。


 ――時は少し遡り、レビルがイサミの提案を飲んで、尖塔への火薬の積み込みや地雷の設置などが進められているときのこと。

「ドラゴンが所定の位置で目論見どおりに転倒したら、シルバライズ能力を使って尖塔をインロード、ドラゴンの口に投げ込みます。そのとき、ほかの騎士たちはもちろん、手が空いているひとは総出でやってほしいことがあります。ドラゴンを中心に、できるだけアドルスタン全体をカバーするように配置していただきたいのです」

「わかった、私から騎士団長に指示し、全国民をアドルスタンに遍く配備しよう。それはいいが、なぜそのようなことが必要なのだ?」

「ドラゴンを確実に止めるためです、閣下」

「ドラゴンの全身を爆散させると言ったな。それでは足りぬと?」

「仰せのとおりです。これまで、ドラゴンを倒したという話はいくつか耳にしたことがありますが、どれも事実無根。実際にドラゴンが倒されたと証明できている例はありません。この最大の原因は、ドラゴンの類まれなる生命力にあると考えます。ご承知のとおり、ドラゴンにはほかの生物にはない再生能力があります。これにより、どれほどの打撃を被ってもいずれ再生し、になっているのです。おそらく、あのインロードしたドラゴンも同様と思われます」

「ではドラゴンを仕留めることができるという卿の話は偽りか」

「半分はそうです」

「なにっ?」

 思わぬ回答にレビルは声をあげ、周囲もどよめく。風来坊の提案を王に上申したリムにいたっては、梯子を外されたように動揺した。こんなことを平気でしてしまう悪癖が、イサミにはあった。とはいえ、本人はちっとも悪びれず、ただ本心を言っているだけだというのだから、始末が悪い。

「単体戦力としては、アドルスタンの誇る主砲は世界でも指折りです。それをもってドラゴンの肉体を一掃できないとなると、おそらくドラゴンを完全に抹殺する方法をこの世界は持っていない、と言っていいと思います。もちろん、シルバライズ《能力》を使っても、です。ですが、ドラゴンを無力化するために、何も殺す必要はありません。殺すのが不可能なら、別の方法を取ればいいのです」

「何か策があるのはわかった。そのために協力も惜しまん。だから、その方法とやらを話してくれ」

。ドラゴンが生物界のトップに君臨する所以となっている、その再生能力を」

 イサミはにやりと不敵な笑みを浮かべた。

 説明を聞くや、レビルは騎士団長と協力して人員配置の計画を立て始めた。

 確証の持てない方法ではあったが、ほかに有効と思われる手立てがない以上、それを鵜呑みにするしかなかった――


 爆散後、アドルスタンの国中にドラゴンの肉片ならぬ機械片が散乱していた。

 騎士から女子どもにいたるまで、人々はそれらを虱潰しにチェックしていった。

 夜明け前の明かりに乏しい時間、森の中から目的の小枝を一つ見つけるような作業に腐心していると、男が声をあげた。

「あった! ありました! 動く機械です!」

 報告を受けた付近の騎士が無線で連絡を取る。

『申し上げます! いま五三区で、捜索対象と思われる機械片が発見されました!』

 同じく報告を聞いていたイサミに、レビルは確認する。

「見つかったそうだ。……では、卿の提案どおりの指示を出すぞ」

「はい。うまくいくはずです……きっと」

 イサミの回答にレビルは頷くと、無線を口元にあてた。

『対象を周囲の小石に接着させよ! 繰り返す、対象を周囲の小石に接着させよ! 完了し次第、周辺を捜索中の者は退避!』

『はっ!』

 騎士からの無線が切れた。

 推測が外れれば、もう打つ手はない。そうなれば、国を捨てることになる。機械都市アドルスタンが、ドラゴンによって蹂躙されていく様を、遠くから見ていることしかできない。

 岐路に立っているという自覚から、鼓動が痛いほど高鳴る。極度の緊張から、悪心を催す者までいただろう。

 イサミは自らの戦いの結末を見定めようと、報告のあった地点をまっすぐ見据えていた。


 捜索対象が見つかった地点から人がはけてしばらく経つと、石にヒビが入るような、ミシッという音が鳴った。

 付近には誰もおらず、聞いた者はいない。しかし、それが始まりだった。

 鳴る頻度が高まると、その音は石が割れるガリッというものへと変わった。

 そして、まるで水が沸騰したときのあぶくが立てるような頻度で音が鳴り始める。

 それは頻度を変えずに、巨大な岩どうしの衝突音へと変わり、ついに人々の耳に届き始めた。

 地割れのような音が、揺れを伴わずに鳴り続ける違和感に恐怖を覚えながら、人々はじっと同じ一点を見つめていた。

 すると、ビルの陰から、とうとうそれは姿を現す。

 膨らみのあるドラゴンの腹だった。ただし、材質は機械ではなく、岩石である。ビルの裏には巨躯を支える脚が隠れているに違いなかった。

 そして、凄まじい速度で、岩石がドラゴンを形作っていく。

 ――再生能力。

 ドラゴンにだけ与えられた特別な力は、粉微塵になったとしても有効だった。

 恐るべき生命力。すべての生命を絶望に突き落とす天賦の力。

 それを、アドルスタンの衆目は再び目の当たりにしていた。

 悪夢の再現。

 全戦力をもって繰り広げた作戦は、ドラゴンの再生によって締めくくられる。

 それを人々は、悲壮とも絶望とも取れない、いわば無の感情で見つめていた。

 真に夢を砕かれた人間は、こういう表情をするものなのだろうか。

 その視線の先で、ドラゴンは喧しく音を立てながら完全体を取り戻していく。

 そして。

 

 再誕したドラゴンは、その喜びと苦痛を込めて鳴く。

 それを自身にもたらした者たちへの復讐をせんと動き出す。

 が――

 岩に亀裂が入るような音を立てると、ドラゴンは止まった。

 自分の意志で、ではない。身体を動かすことができず、静止した。

 もはや、鳴き声をあげることもできなかった。


「………………や」

「「ったぁぁぁぁぁぁぁぁ――――――っ!」」

 それまで、呼吸さえ止まっているのではないかというくらいの沈黙を保っていた人々が、一斉に歓声をあげた。

『止まりました…………ご覧のとおり、対象は完全に静止しました――――――っ!』

 国中が湧き上がる。

 報告を受けた屋上庭園でも安心して腰を抜かす者、抱き合う者、担ぎ上げられる者など、みんな思い思いの方法で喜びを表していた。

 リムも、傍らにいた父に思い切り抱きついた。レビルは少々戸惑っていたが、最後には優しく肩を抱きしめた。

 イサミはそれを横目で満足げに眺めていた。

「ドラゴンがその再生能力で全身機械になったなら、全身石にしてしまえばいい。ただ、どこが再生能力のコアかわからないから、爆散させてコアを探し、それに石の肉体を再生させる――何とかうまくいってよかったな」

 そして、もはや巨大な石像と成り果てたドラゴンを、暁紅が照らしていた。まるで、新たなアドルスタンのシンボルは自分であると、ふてぶてしくも主張するかのように。

「ふぅ……」と。

 イサミはようやく息をついた。綱渡りではあったが、何とかここまで漕ぎ着けることができた。

 思えば、アドルスタンの全戦力を、確証のない作戦に使い果たそうとしていた。先ほどまでは夢中で気がつかなかったが、ずっと張り詰めていたのだと、イサミはようやく気がついた。感じることのなかった疲労感が、身体をずんと重たくした。

 ふと、気配を感じて振り向く。

「ありがとう、イサミ。また助けてもらっちゃったね」

 力の抜けた笑顔を見せるリム。それを見ると、これまで彼女もずっと気を張っていたのだとわかる。少し身体が軽くなる。この笑顔を見せてもらえただけでも、値打ちはあったとイサミも微笑んだ。

「本当に、礼を言わねばならんな」

 心底からの本心を、レビルは述べた。跪こうとするイサミを、王が慌てて止める。

「いいのだ、いいのだ。頭を下げるのは、むしろ私の方だ……」

「え、いやいや! やめてください、そんな……っ!」

 王の頭頂を見るほど恐ろしいことはない。イサミは両手を振って止めようとするが、レビルは深く頭を垂れた。

「ありがとう……本当に助かった……!」

「…………」

 こんなにも素直な謝辞を、誰が止めることができようか。イサミは一呼吸して、その身に余る賛辞を受け取った。

「とんでもありません。やりたくてやったことですから」

 イサミを、そして父を見て、リムは目尻を拭った。


      ×    ×    ×


 ――同刻。

 祝賀ムードに乗り遅れまいと、城を目指していた騎士二人がいた。

「おい、早くしろ! 酒がなくなっちまうぞ!」

「今日はリム様の生誕祭に、ドラゴン討伐の祝いだ! 浴びるほど飲んでも有り余るほど出るさ!」

「それでも急ぐんだよ! もういまにも騒ぎたくって仕方ねぇ!」

「お、おいっ、ちょっと待て!」

「何だよ、こんなときに水を差すなって!」

「ほらあそこ……殉職者だ」

 騎士の一方が、路地から脚だけ出ているのを見て、馬を降りた。もう一方も引き返すと、彼に追随した。

「今回の作戦の功労者だ。丁重に葬ってやらないと」

「家族にもきっちり引き渡したいしな。よし、一緒に運ぶぞ」

 どんな作戦でもそうだが、犠牲ゼロというわけにはいかない。今度も少なからず犠牲は出ており、彼ら彼女らは殉職者として国葬される。二人は殉職者への哀悼と称賛を胸に、その遺体を運び込もうと近づいた。が、

「おい……この方はまさか……っ?」

「まさかも何もねぇ……このご尊顔は確かに……!」

「先代の王…………ネオモルト・ストレン様……っ!」

 レビルとは違った親しみのある顔。その左半分はインロードしてしまっているが。

 この国の者なら見紛うはずのない先代の王にして、リムの実の父親。

 

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