12#ツキノワグマがくれた風船

 ピンク色の風船をくわえた子オオカミのムウガは荒野を抜け、川を渡り、草原を駆け抜けた。


 「うーん、風船が邪魔で地面の匂いが嗅げないな。」


 ムウガは、空に黒光りする鼻を突き上げて、くんくんと匂いを嗅いだ。


  微風が風船を揺らし、ムウガの鼻に当たった。


 「風船のゴムの匂いと風の匂いが混じって、嗅ぎわけられないや。」




 ドドドドドドドドド・・・




 「ん?何だぁ?」


 何かがムウガに、迫ってきていた。




  のっしのっしのっし・・・




 それは、あのムウガが探してた風船の束を口にくわえていた。


 「うわ!ツキノワグマだあ!」


 子オオカミのムウガは仰け反った。


 そのツキノワグマは、脚取り軽くやって来た。


  「風船!風船!こんなに風船!」


 ツキノワグマは顔をにやけて、口にくわえたカラフルな風船の紐をゆらゆら揺らしていた。




 どんっ!




 風船に夢中になりすぎたツキノワグマは、子オオカミのムウガと激突した。


 「あ痛てっ!」


 子オオカミのムウガは、吹っ飛んで尻餅をついた。


 「何すんだ・・・うわっ!」


 ツキノワグマは、ぶつかった衝撃で離してしまった風船にあたふた慌てた。


 「あれ?あった!」


  ツキノワグマはのっしのしと浮力がすっかり無くなり、荒野の岩場でゆらゆら揺れている風船の束に駆け寄った。


 「ああっ!僕の・・・」




 バシッ!!




 ツキノワグマは、子オオカミのムウガに張り手をお見舞いした。




 ドサッ!!




 子オオカミのムウガは揉んどりうって転がった。


 「な、何しやがる!!」


 ムウガはムクッと起き出したとたん、肝心なことを思い出した。


 「あっ!僕のくわえてた風船が!」


  ムウガのピンク色の風船は、ぽーんぽーんと転がったいた。


 「あっ!風船だぁ!」


 ツキノワグマは、のっしのしとピンク色の風船を掴もうとした。


 「あぶな!」ムウガはクマの爪と尖った岩場に風船が触れる寸前で、受け止めた。


 「ふう・・・間一髪で割れるとこだった!」


 子オオカミのムウガは、トキが膨らませてくれた大事な風船の結んだ吹き口をくわえて、はあはあと荒い息をした。


 クマは、風船の束の側に来て、ひょいっと紐をくわえ振り向いた。


 「どうだあい!俺の風船の方が、お前のより多いぞ!」


 ツキノワグマは、鼻高々に言いはった。


 「いや、それも僕の・・・」


 「だから、どこがお前のなんだよ!」


  「だって・・・それ、僕がずっと探していたんだよクマ公!」


 「何だ『クマ公』って名前じゃねぇ!俺の名は、『ブーフ』って言うんだよ!」


 「そんなこと知らないよ!割れた風船・・・あ・・・また割れてる・・・!!」


  「知らないよ!その風船は見つけたら既に割れてたんだよ!」


 ツキノワグマのブーフは、膨れっ面で反論した。


 「あ、カワウソさんに膨らませて貰った風船は無事だ!!あー良かった!!」


 「いったい何なんだよ! オオカミ・・・え?オオカミ?!君、オオカミなの?」


 「そうだよ、クマさん。僕、オオカミの『ムウガ』っていうんだ!」ムウガは鼻高々に言った。


 「で、このパンパンな風船がカワウソが膨らませたって・・・」


 「うん!」


 「まじかよ!生きてたのか…オオカミもカワウソも。つい、絶滅したのかと・・・」


 「絶滅?!」ムウガは身を乗り出した。


 「な、何だよ!その悲しそうな目は・・・」クマのブーフはたじろいだ。


 「僕、今ね・・・」


  ツキノワグマのブーフはうつむいた。


 子オオカミのムウガは解った。ムウガの先祖も人間に根刮ぎ殺されたと伝えられたからだ。


 「本当に人間は身勝手だね・・・」


 ムウガも思わず貰い泣きした。

 ブーフは、涙目で風船の束を見詰めた。


 「ねえ君、俺にも風船を膨らませさせてくれないか?ほら、あの緑色の風船。萎んじゃってるじゃん!」


 「あ、いいよ!でも、割らないでね。」「あいよぉっ!」


  ツキノワグマのブーフは、緑色の風船を束から外すと、息を深く吸い込んだ。




 ぷうっ!!!




 「どうだ!一発でパンパンだ!」


 「クマさん!すげえ肺活量!」

 

 「いや、それほどでも!!」


 ブーフは風船を束に付けた。


  「そうだ!俺の巣穴に来ないか?割れてる分の風船を分けてあげよう!俺、飛んできた風船を拾うのが趣味でさあ、拾いすぎて手狭になったんだよ。」


 「本当にいいの?」「いいよ!」


 ブーフは、鼻の孔を拡げて言った。


  「着いたぞ!ここだ!」


 木の根っこ側ににある、クマのブーフの巣穴からゴムの匂いがつんとした。


 「ははっ!ゴムが劣化して発酵した風船があってね。ほれ割れた風船の代わり!」


 ブーフは萎んだ風船をムウガに差し出した。


 「えっ?僕が膨らますの?」


 子オオカミのムウガは困惑した。


 クマタカやカワウソが風船を膨らますのは見た。だが、自ら風船を膨らますのは未経験だった。


 「うん、やってみる!」ムウガは、息を吸い込んだ。


 ムウガはブーフに渡された水色の風船の吹き口をくわえ、そっと息を吹き込んだ。




 ふーっ!




 ちょっと、風船が膨らんだ。


 「おっ!君も膨らませられるじゃん!もっと膨らまそう!」ブーフはニヤニヤした。

 

 「じゃあ、膨らますよ!!せーの!」


 子オオカミのムウガは息を深く吸い込むと、思いっきり息を風船に吹き込んだ。




 ぷぅーっ!ぷぅーっ!ぷぅーっ!ぷぅーっ!ぷぅーっ!




 ムウガは無我夢中で風船を膨ませた。

 頬をはらませ、鼻の孔をパンパンに拡げて、顔を真っ赤にして、ムウガは水色の風船を膨らませた。


 「おーい!そんなに膨らますとパンクしちゃうよ!」


 クマのブーフは耳を塞いで叫んだ。


 「あっ!!」


  ムウガは慌てて口を離した。


 そして、大きく大きく膨らんだ風船をうっとりと見詰めた。


 「うわあ!僕の息が詰まってるんだね!この風船!!・・・ん?クマさん何やってるの?」


  ツキノワグマのブーフは、風船の束を子オオカミのムウガの体に結びつけ、今度は次々と巣穴から風船を取り出しては、口でぷーぷー膨らませ、吹き口を結びその風船の束にどんどん結わえていった。


 「えーっ!」

 

 「どおだ!」


  みるみるうちに子オオカミのムウガの体全部に、沢山の風船が覆い被さってしまった。


 「どうだ!これで、誰もオオカミが歩いてるとは思えないだろ!風船が歩いてると・・・」




 ぱぁん!




 「うぎゃ!」



 ムウガの耳元で風船がパンクして、思わず飛び上がった。


 ふわふわ・・・ゆらゆら・・・


 ムウガが動くと、体中の風船が揺らめいた。


 「ちょっと、恐怖なんだけど・・・でも、ありがとう!」


 「いやいやどうも! これで、巣穴の風船もだいぶ処分出来たし。あ、割れた風船のとこに君の風船を結わえるよ!貸して!!」


 「いいよお!じゃあ、割れた風船ちょうだい!!」


 「どうするの?」


 「爪に結ぶ。」


「あいよ!」ブーフは割れた白い風船をムウガに手渡した。


 クマタカが膨らまし割った風船。


 カワウソが爪で割った風船。


 そして、拍子で割れたツキノワクマが膨らました風船。


 みんな友達。


 家族を探して、風船の束を探して、出会った大切な友達のメモリー。


 ムウガは、爪の割れた風船のゴムの匂いを嗅いだ。

 

 身体中が風船だらけの子オオカミのムウガは、何度も労いの声を告げるツキノワグマのブーフに別れを告げ、両親を探しに再び荒野を歩いた。


 ぽーん、ぽーん、ぽーん。


 風船は、歩く度にフワフワ揺れた。


 

 


 

 

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