9#カワウソと風船

 ムウガは、鉛色の空に鼻面を突き上げてくんくんと匂いを嗅ぎ、地面の河原に鼻面を押し付けて匂いを嗅いだ。


 「何処に・・・?ん?なにこれ?」


 ムウガの脚元に、赤い萎れた袋が転がっていた。


 「これは・・・」


  子オオカミのムウガは、脚爪に結わえた割れた風船の破片と、転がっていた萎えた袋の匂いを嗅いだ。


 「これは・・・あの『木の実』の・・・」


 ムウガはその萎えた袋をくわえた。


 「絶対この辺に『木の実』が。」


 ムウガは四方八方を振り向いた。

 耳をそばたてた。ムウガは、水音がする方へゆっくりと歩いた。

 口にくわえた萎えた赤い袋は、緊張するムウガの荒い息で膨らんだり縮んだりしていた。




 そろ・・・そろ・・・そろ・・・そろ・・・




 ゆっくり、ゆっくり、ゆっくり。




 「えっ!」  


 すると・・・




 バシャッ!!バシャッ!!バシャッ!!バシャッ!!バシャッ!!バシャッ!!




 水の跳ねる音が聞こえてた。


 「川の側に何かがいる!か・・・カワウソ?!」


 子オオカミのムウガは、絶句した。


 「確か、カワウソって僕らの今は亡い長老が行ったことによると、僕らオオカミと同じく人間によって・・・

 まさか、僕らと同じく『新天地』を見つけて?」


 

子オオカミのムウガは、興奮で鼻の孔をパンパンに膨らませた。


 「でもなあ、『天敵』であるオオカミの僕が来たらカワウソ達は・・・」


 と、カワウソのはしゃいでるすぐ上を見た。


 「ああっ!『木の実』だあ!」




  ばしゃーん!!ばしゃーん!!




 カワウソ達は、いきなり空から降りてきた『木の実』・・・風船の束を、前肢を伸ばして取ろうと川の中からジャンプしていた。



 ばしゃーん!!




 前肢の爪が、風船を何度もかすめた。


 「うわーっ!僕の『木の実』ーっ!」


 子オオカミのムウガは、思わず飛び出してしまった。


 「げっ!犬だあ!野良犬だーっ!」


 カワウソ達はムウガの姿を見ると、一斉に川に潜った。




 ばしゃん!!ばしゃーん!!



 「違うよーっ!犬じゃなくてオオカミだよーっ!」


 子オオカミのムウガは川面を高くジャンプすると、漂っていた風船の束の紐を口にくわえて、




 ばしゃーん!!



 と、着水した。


 「どひゃぁーっ!」


 「えっ?オオカミ?!」


 「何でオオカミがいるの?!」


 「僕らの風船持っていくな!オオカミ!」


 1頭のカワウソが、川面からミサイルのように飛び出してきた。




 ぷすっ!




 パァーン!!



 カワウソは青ざめた。


 「やば!割っちゃった・・・!!」


 子オオカミのムウガの目から、涙がポロポロ流れてきた。


 「うっ・・・うっ・・・うええええーーーんん!!『木の実』があーーっ!『木の実』があーーっ!」


 

ムウガは、大声で泣きわめいた。


 「『木の実』だって!」


 「へえ!風船じゃなくて、『木の実』だって!」


 「これは『木の実』かよ!」


 他のカワウソ達は、腹を抱えて大笑いした。


 「うるさい!」


  一喝したのは、風船を割ったカワウソだった。


 カワウソは、川の水面に漂う割れた桃色の風船の破片をさらうと、嗚咽をやめない子オオカミのムウガに差し出した。


 「本当にすまん。俺はカワウソの『長』のソウだ。


  これ、お前さんの『木の実』・・・いや、風船だよね。」


 「『木の実』じゃなくていいよ。風船って言うんでしょ?これ・・・あ、どうも。」


 やっと泣き止んだムウガは、風船の破片をカワウソのソウから受けとると、 前肢の爪に同じく割れて結んだ黄色い風船のそばにきゅっ!と結んだ。


 「何で、爪に割れて風船を結んでるの?」


 カワウソのソウは聞いた。


 「僕、家族を探してるんだ。」


 子オオカミのムウガは、俯いて言った。


 「で、家族に拾ったこの『木の実』・・・じゃなくて、風船を見せようと思って探してるの。」


 「そうなんだ・・・」


 カワウソのソウも、禍々しい顔をして頷いた。


 「俺達カワウソ族だって、過去に人間に『居場所』をどんどんぶっ潰されて彷徨い、この『新天地』を見出だしたんだ。

 お前さん達、オオカミだって人間にどんどん殺されてった過去があるんだろ?

 お互い様だよね・・・」


  カワウソのソウは、子オオカミのムウガを身を乗りだして肩を両前肢でポンポンと労うように軽く叩いた。


 「泣いてるの?カワウソさん。」


 ムウガはソウに聴いた。


 「違うよ川から上がってばかりで、目に水が。」


 カワウソのソウは、必死に涙を堪えていた。


 「あのぉ、これ。」後ろで、他のカワウソが萎んだあの赤い風船をくわえていた。


 「オオカミさん、あたしリーヴァ。この風船の空気を抜いちゃったの!栓が取れてちゃって、 ぷしゅー!って、吹っ飛んでっちゃったの!だからあたし、膨らますね!」


 カワウソのリーヴァは、思いっきり息を吸い込んだ。




 ぷうう!!ぷうう!!ぷうう!!




 リーヴァは、赤い風船に息を吹き込み始めた。

 子オオカミのムウガの脳裏には、クマタカが黄色い風船を膨らます所を思い出した。


 ・・・なるほど!あの時は『木の実』を食べてんじゃなくて、『木の実』に息を吹き込んでたんだ・・・ 




 ぷうう!!ぷうう!!



 カワウソのリーヴァは鼻の孔を拡げ、目をたぎらせ、頬をめいいっぱいはらませ、顔を真っ赤にして、風船を大きく大きく膨らませた。


 「リーヴァ嬢さん!!そんなに膨らますとパンクしちゃうよ!」


 ソウは耳を塞いだ。

 

 「わー!割れちゃうー!!」 他のカワウソ達も耳を塞いで、ぎゃあぎゃあ騒いだ。


 「それもそうね!」リーヴァは、パンパンに大きく膨らんだ風船を口から離した。


 「ほっ・・・!」カワウソ達は胸を撫で下ろした。


  カワウソのリーヴァは、きゅっ!と風船の束の栓に膨らませた赤い風船をしっかりと止めた。


 「はいっ!オオカミさん。風船元通り!!」


 リーヴァは子オオカミのムウガに振り向くと、ニコッと微笑んだ。


  時間が経って半ば縮んで性が抜けてきた他の風船より、カワウソの膨らませた赤い風船の方が元気に見えた。


 「あれ?私の浮いてない。」


 「当たり前じゃん!リーヴァ嬢さん。軽いガスで浮いてんだぜ?風船は。」

 

 「ふふん。」カワウソのリーヴァは、ほっぺたを膨らませてニコッと微笑んだ。


 「オオカミさあん!」他のカワウソ達が目を輝かせて、子オオカミのムウガを見詰めていた。


 ・・・今まで怯えてたのに、この態度は・・・


 

ムウガは困惑した。


 「ねえ、お願い!リーヴァ嬢みたいに、僕達私達もあの風船に息入れたい!パンパンにしたいの!」


 「えっ!」ムウガは、空気足そうと息を入れてパンクさせたクマタカのことを思い出した。


  「困ったなあ・・・分かった!!ひと吹きだけだよ!ひと吹き!膨らましすぎて割らないように!」


 ムウガは、渋々カワウソ達の願いを聞いた。


 「ありがと!オオカミさん!」


 カワウソ達は風船の束に群がった。

 カワウソ達は、風船の吹き口を留めてある留め具を前肢の爪で器用に外し、ふーふーと息を入れすぎないように気を付けて膨らませ、留め具を再び爪が風船に触れないように気を付けて吹き口に留めた。


 「ああ、ご苦労さん!」


  最初、丸く小さく縮んでいた風船は、カワウソ達の吐息でパンパンになったのを見て、子オオカミのムウガはとても感激した。


 「わーい!僕らの息の入ってた風船だあ!」


 カワウソ達は目を輝かせて、歓声をあげた。


  「僕も風船膨らませたかったな。でも僕は割ったからな。」


 ソウはリーヴァに呟いた。


 「大丈夫よ!また風船がいつかここに飛んでくるわきっと。」


 リーヴァはソウを抱き締めた。


 「あの」ムウガは言った。


  「なあに?オオカミさん。」


 カワウソのリーヴァは言った。


 「貴方だけでなく、カワウソさんみんなが僕の風船を・・・」


 「いいってことよ!お互い『絶滅種』同士じゃないか!『助け合い』も肝心よ!!」

 

 カワウソのリーヴァは、御茶目にウインクして答えた。

 

 「僕・・・カワウソ達に何も・・・」


 ムウガは、後ろめたくモジモジした。


 「めったにお目にかからない『風船』と遊んだ。それで十分!!」


  カワウソのリーヴァは、子オオカミのムウガにそっとキスをした。


 「御家族が見付かればいいね、オオカミさん・・・」


 「あ…ありがとう・・・」


 ムウガは、カワウソ達が膨らませた5つの風船を担いだ。

 風船は大きく膨らんでも、浮力はヘリウムの量が少なく弱くなっていた。


 「じゃあ、僕はまた旅に出るよ!!ありがとう!カワウソさん達!」


 オオカミのムウガは前肢を降った。


 「元気でね!!オオカミさん!僕達を食べなくて良かった!!」


 カワウソ達も、前肢を惜しみ無く降った。


 「あー行っちゃった!!」「オオカミさんはオオカミさんで大変なんだよな!俺らカワウソだけじゃないんだ。」「私達は私達!!楽しもうぜ!」

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