Terrible MagicMissiles -マジックミサイルを改造したい-

Terrible MagicMissiles

-マジックミサイルを改造したい-


「なんかこう、面白味に欠ける呪文よね」


 ベッドに寝ころび呪文書を眺めていたマナナはしみじみ呟いた。そこに記しるされているのは、弟子入りして初めて師匠に教わった呪文、ReadMagic(リードマジック、呪文読解) とMagicMissile(マジックミサイル、魔法の矢)だ。


「ReadMagicリードマジックは呪文使いとしての基本よね。呪文書や巻物を読む為に必須の呪文だし、まあ必要……っと」


 マナナはそっと次のページを捲る。


「それに比べてMagicMissileマジックミサイル。射程、殺傷能力共に弓と変わらない。短い詠唱で気軽に使えるのは二重丸なんだけどな。術者の実力次第で殺傷能力が大幅に変化するけどかなりの修練を必要とする、か」


 言葉に出してみると、ぐるぐるとマナナの頭が回転しだした。何をしたいか、どうすればいいのかを考える。脳の血流が増え、熱く脈動していた。


「ほんの少し矢の威力を上げて……、いざという時には複数に対処できる。視線さえ通っていれば必ず目標に命中するという呪文の特性は失わないように……」


 足を前後にパタパタと動かし、マナナは思考を巡らせていく。この様な時間がマナナは何より好きなのだ。学校の勉強など、それこそ適当に済ませているが、こと呪文に関して妥協したくないのである。


「よしっ!!」


 考えが纏まったのか、マナナはベッドから跳ね上がると机に向かった。呪文を使い作成した手製のデスクライトを起動しペンを握る。


「よーし、やるわよー!」


 ぐいっと腕まくりをし、マナナは羊皮紙にペンを走らせていく。やる気に燃えるマナナのペンは、唸りを上げるように止まることを知らない。その夜、マナナの部屋には、ペンを走らす音が夜明け近くまで響いていた。




 ──それから数日後。


「ふああああ……」


 フラフラ歩いていたマナナは大きなあくびをした。煌めく朝日が眼に突き刺さり、すこしだけ顔を歪める。


 連日ほぼ徹夜状態で、正直、マナナは学校を休んでベッドで寝ていたい気分だった。そんな野望は母親によってあっけなく阻まれた。集中力もでない中テレポートも危険だと思い、マナナはとぼとぼ学校に向かった。


 ギルモアが鼻歌交じりに学校へ向かっていると、見慣れた少女がフラフラと歩いていた。小走りで近づいてみるがギルモアに気づく様子もない。


「よっ、今日はいつになくフラフラじゃないか」


 マナナの肩をポンと叩き、ギルモアはマナナの隣に並んだ。マナナは視線を上げてギルモアを確認する。


「ああ、先輩ですか。おはよーございます……」


 まだ寝ぼけ眼でフワリとした口調だった。それはそれで可愛いのでドキリとさせられるが、マナナの顔をのぞき込んだギルモアは盛大に吹き出してしまった。


「おはよーございます、じゃないよ。それ、一体どうしたの?」


 ギルモアがマナナの目の下に出来ている盛大なクマを指さす。


「最近、夜更かしが続いてまして」


 マナナは口をもごもごと動かした。理論だけは完成した呪文の試験をどうしようか、と考えていたところにギルモアから声を掛けてくれたのだから丁度良いタイミングだった。


「えーと、それってのは呪文か何かで?」

「まあ、そんなとこです。先輩、今日の講義が終わったらちょっと付き合って貰えます?」

「お、おう」


 こういう時、ギルモアの役目は呪文の実験台である。ほんの少しの間も置かず即答したが、何が起こっても動じない心構えが必要となるだろう。


「では、先輩。講義が終わったら門の前で待ってますね」


 フラフラのマナナは、ギルモアを残して校舎に入っていった。一人残されたギルモアは、その後ろ姿を不安げに見送る。

(これが呪文の実験台でなければ幸せすぎるのだがな!!)

 涙目でギルモアは握り拳に力を込めてしまうのだった。




 読み書きや算術を教える学校の講義は午前で終了する。午後からは家の仕事をするか、自らを鍛えるために様々な師匠の元を訪れるというのが、マナナの住むスウェーンの習慣だ。


 マナナが門の所で待っていると、ギルモアがぶらぶらと歩いてきた。


「よっ、お待たせ」

「いえいえ、さほど待ってはいないので大丈夫です」


 朝からの眠気など何処へ行ったのか、マナナは妙に元気になっていた。その事をギルモアが尋ねると、マナナはピースサインまで出してこういうのだ。


「講義の間ぐっすり寝てましたから!」

「いやいやいや、そこは自信満々に言う所じゃないからね!」


「そうですか。私的には今日の講義よりもこれから行う実証実験の方が重要なんですけど」

「ああ、キミはそういう子だったよね、うん」


 ギルモアは、マナナにフルコース料理を頼んだときのことを思い出していた。今回も、脇目も振らず取り組んでいたであろう事が易々と想像できる。


「それじゃ、いつもの空き地へ行きましょう、先輩」

「いつもの空き地は立ち入り禁止になってたぞ。この前の崖崩れでさ。しばらくは入れない」


 待ちきれないようにマナナがギルモアの前を歩き始めたのを遮るように言った。


「それなら裏山でも行きますか。周囲に人が居ると危ないかもしれませんし」


 そう言ってマナナは裏山の一本杉を指さす。


「キミは危険な実験を僕でするってのかい?」

「ん~、今回は危険じゃあないんですよね。折角なので先輩に呪文の効果を見て貰おうと思って」


 それを聞き、ギルモアは心底安堵した。胸をなで下ろすギルモアの表情に気がついたマナナが、「ホントのホントですからね!」と念を押すように言う。


「判った判った。それじゃあ行こうか」


 どんな呪文が飛び出てくるのか、不穏を隠しきれないギルモアだったが、見てるだけなら問題有るまいとマナナの後に続いた。




「で、次はどんな呪文を開発したんだ?」


 裏山の一本杉へと向かう道すがら、ギルモアは呪文の事をマナナに聞いてみた。


「ん~、開発と言うよりリメイクですかね。こう自分好みにバーンと」


 マナナが両手を大きく広げ「バーン」の所を大げさに言う。


「幼い頃に初めて師匠に習った呪文があるのです」


 マナナは、呪文書をブックバンドから取り外し表紙を捲った。


「この呪文なんですけどね」

「うん、俺にはなんて書いてあるのかサッパリ判らん」

「おおっと、そうでした」


 コホンと一つ咳払いをする。


「ここには、ReadMagic。次のページにはMagicMissileが書いてあるんですよね。で、それは私が幼い頃に初めて師匠に教わった呪文なわけです」


 マナナが呪文書のタイトルを指さして説明する。


「ReadMagicは日常的に使う呪文なのですが、MagicMissileは使う機会が無くてですね」


 ギルモアが相づちを打つのを待ってからマナナは話を続ける。


「どうせ使う機会がないのなら、自分好みの呪文としてリメイクしようと思いまして」

「それでドハマリして連日の夜更かしって訳か」

「そんなところです」


 マナナは少し照れて頬をカリカリと掻いた。


「思い立ったが吉日といいますか、やらないと気が済まないというか……」

「らしいっちゃあらしいが、無理すると身体に響くからな」

「とほほ、睡眠は重要ですね」



 二人が一本杉まで来てみると、相変わらず人影が無い。呪文を試すには絶好のポイントである。


「で、俺は何をすればいいの?」

「特にやること無いんですけどね……」


「いやいやいや、それって俺が居る意味が無くない!?」

「こういうのは立会人が居てこそやる気が出るってものですよ」


 マナナは、鞄からフライパンとロープをを二組取り出しギルモアに手渡した。


「これを左右の枝に括り付けてください」

「ふむ?」


 フライパンを渡されたギルモアは、器用に木に登りフライパンを一つ、また一つと枝に括り付けていく。杉の木から二つのフライパンがぶら下げられ、ふらふらと揺れていた。


 マナナはそれを見て頷くと呪文書を取り出した。それを確認したギルモアも、そそくさと木から下りてくる。


(さて、どんな呪文が飛び出すのやら……)


 ギルモアは、そんなことを思いながらマナナの所まで戻った。今回は自分が呪文の対象では無いので気楽なものだ。


「ちょっと近すぎるかな」


 マナナは、フライパンとの距離を取るように後ろに下がる。フライパンとの距離を100メートル程とった。


「じゃあ、先輩は後ろで見ててくださいね」


 マナナは呪文書を広げ詠唱を始める。呪文書の2ページ目、MagicMissileの呪文だ。


 呪文は、ほんの数秒の詠唱で完成した。


「MagicMissile」


 コマンドワードを唱えた瞬間、マナナの眼前に銀色のエネルギーが収束した。圧縮されたエネルギーで作られた直径5センチ程の球体が、空気を振るわせ、重く弾けるような音を発し浮かんでいる。マナナは、左側のフライパンを目標にしてエネルギーを解放した。


 球体から射出され、光の尾を引いたエネルギーの矢は、寸分違わずフライパンの中心に命中した。甲高い金属音を周囲に響かせたフライパンのロープが衝撃で木に巻き取られていく。


「これがMagicMissileです先輩」

「有名な呪文だよな。俺でも知ってるぐらいだ。目標に必ず命中するって凄いと思うぜ」


 ギルモアは、MagicMissileの衝撃で完全に巻き付けられたフライパンをチラリと見た。


「で、あれが新しい呪文?」

「いえ、至って普通のマジックミサイルです!」


 マナナは力一杯答えた。その返答を聞いてずっこけそうになったのはギルモアだ。一体何のためにここまで来たのか、とマナナに訴えたくなる。しかし、ギルモアはそんな気持ちをグッと胸に押し込んだ。


「ということは、普通じゃあないMagicMissileもあるんだよね。その言い方だと」

「さすがは先輩です。面白いのはここからです!」


 フライパンを元の位置に戻したギルモアが帰ってくると、マナナは不適な笑みを浮かべた。呪文書の途中、最後の書き込みのあるページを開き詠唱を始めた。その様子に、ギルモアがゴクリと生唾を飲み込む。


 今度の呪文は少々長かった。とは言っても20秒ほどだろうか。実戦で使うにはちょっと時間が掛かりすぎるかもな、などとギルモアが思っていた矢先だ。


「MultipleMssilesマルチプルミサイル!」


 通常のMagicMissileの数倍有ろうかというエネルギーが収束し、凝縮されたエネルギーが空気を震わせ低い唸りを上げていた。その勢いに、ギルモアは思わず身を引いてしまったほどだ。


 マナナは先ほどと同じ左側のフライパンを睨み付け、留めていたエネルギーを解放する。


「いけッ!」


 マナナは思わず叫んだ。叫ばずには居られなかった。


 解放されたエネルギーはあまりの速さに輝く一条の光となり、コンッと軽い金属音を出してフライパンを貫通した。


 余程疲れたのかマナナは肩で息をしていた。額に大粒の汗が幾つも浮かんでいるのが横に居るギルモアにもはっきりと判る。


「ど、どうですか。先輩……」

「すっげ……」


 呆気にとられてギルモアはそう言うのが精一杯だった。


「まだまだ。まだまだこれからですよ、先輩」


 再びマナナが唱えだしたのは同じ呪文だった。


「MultipleMssiles」


 再び収束するエネルギーから迸る。


 一つ違うのは、ギルモアの見ている前で発射されたエネルギーの矢は二本だった。殆ど時間差もなく、二つの矢は左右のフライパンに命中する。


「矢が二本に分かれたな」

「その代わり、威力も半分ですけどね」

「いやいや、生物相手なら一撃だろ……」


 二人して杉の木に近づき見上げてみると、二発目の矢の威力でフライパンが歪いびつにひしゃげていた。一発目は綺麗に貫通、二発目で鉄のフライパンが飴のように曲がる威力だ。人間相手ならひとたまりもないだろう。


「えらく疲れているみたいだけど大丈夫か?」

「呪文を使うっていうのは、見た目よりもの凄く集中力と体力とを使うものなのです。自分で書いておいてなんですが疲労感が半端ない、ですね」


「ちょっと休憩するかい?」

「ですね」


 呪文による疲労はちょっとやそっとの休憩でどうにかなるものではないが、息を整えないよりは良いだろう。そう思いマナナは一本杉の下に腰を下ろし一息ついた。その隣にギルモアも座る。


「マナナさんさあ、この前のディナーの時もそうだったけど、その呪文に対する情熱はどこから来てるのさ」


 マナナ暫く考え込む。ギルモアはそんなマナナが話し出すのをじっと待っている。


「そうですね……、楽しいんです」


 そう言うマナナの横顔は、優しく頬笑んでいるように見えた。心の底から楽しいと言っている表情だとギルモアには思えた。


「最初はどうかなと思ったのです。こんなご時世に流行らない呪文を修得するなんてと思ったのですよ」

「それがまたどうして呪文使いに?」


「話せば長くなるのですが、いいですか?」

「聞かせてくれるなら」


 自分が呪文使いとしての修行を始めるに至った経緯をマナナは語った。病気で死にかけ、医者にも匙を投げられた。寺院にも奇跡を行使できるまともな司祭は居ない。困り果てた両親が最後に行き着いたのが治癒に無関係と思っていた呪文使いだったというわけだ。


 町の片隅に居を構えていた老呪文使いは、持てる知識と呪文とを駆使し、また魔法の飲み薬を調合してマナナの病気を完治させた。


 その献身的な呪文使いが幼い頃のマナナには英雄に見えた。自分もこんな呪文使いを目指すんだ、そう思うのに充分な存在だったのだ。


 それ以来、彼女は自分を助けてくれた呪文使いに弟子入りし修行を続けている。だから、14歳のマナナでも、すでに呪文使いの修行を初めて8年になるベテランなのだ。それなりの実力を伴っているし、独自に呪文を開発する術すべも心得ている。


 ギルモアはマナナの話に相づちを打ったり、時折頷きながら聞いていた。


 喋っているうちに、マナナの呼吸も整って汗も引いていた。経験上、これぐらいの疲労なら呪文を唱えるぐらい訳ない。


「さてと、もう少し試してみますか」

「もういいのかい?」

「ばっちりです!」


 マナナは立ち上がり、スカートに付いた砂をかるく払った。周囲を見渡し手頃な岩を見つけたマナナは、ポテポテと歩いて行き、岩をペタンと叩いた。


「今度はこの岩で呪文を試してみますね」

「さっきと同じ呪文?」


「勿論そうです。一つの呪文を術者の思い通りに使い分けることが出来る、というところがこの呪文のウリなんですもん」


 再び呪文書を開きマナナが詠唱を開始する。ギルモアが見る限り、先ほどと同様にエネルギーが収束するところまでは全く同じだ。高圧縮されたエネルギーの球がマナナの眼前に浮かんでいる。


「割れろッ!!」


 マナナが右手を横薙ぎにした。同時に雹が降り注いだ様な轟音が鳴り響き、マナナの右手の軌跡を追うように、細かく分散したエネルギーの粒子が岩を打ち抜いていく。岩も含めた10メートル程の範囲がまるで蜂の巣の様な状態で無惨な姿をさらしていた。


「面制圧も考慮してみました」


 やりきったような満面の笑みを浮かべ、マナナはギルモアを振り返った。


「キミは一体この呪文を何に使う気だったんだ……」

「特に使う当ては無いのですが、マジックミサイルの発展系の呪文が自分に欲しかったんです。やってみて判りましたが、おおむね成功ですね」


 マナナは、呪文の影響で蜂の巣になっている周囲をまじまじと見つめる。通常、呪文の開発は簡易なものでも数週間、長いときには数年かかる時もあるという。完全新規の呪文ではないにせよ、思い立ったが吉日の勢いで呪文が完成してしまうマナナは控えめに見て天才の部類であろう。ギルモアにはそう思えた。


「いや、ホントに呪文てのは何でも出来そうだな」


 それはギルモアの呪文に対する素直な感想だった。


「何でも出来たら苦労はないですよ、先輩」


 マナナは少し考えてそう答えた。ギルモアに頬笑むと、カクンと腰が砕けるようにお尻をついてしまう。完全にガス欠。体力の限界だった。


「う、足に力が入らない……」

「しょうがねえなあ、ほれ」


 マナナに背を向けて座るギルモアにマナナは不審な目を向けた。


「何のつもりですか、先輩?」

「おんぶ。一歩も動けないんだろ」


 これは流石にマナナも気恥ずかしかった。年頃の娘が先輩におんぶして貰っているところを知り合いに見られたらどうしよう。そんな思いからマナナの身体が固まってしまう。


 そんなマナナの思いをよそに、ギルモアは、ひょいとマナナをおんぶした。


「わわっと! ちょっと、先輩。何やってるんですか」

「動けないキミを此処に置いておくことも出来んでしょうが」


 最初、マナナは身体をよじったりしていたが、そうするのも疲れるのか、くたっとギルモアの背に身体を預けた。


「おいおい、大丈夫かよ」


 振り向いてみると、耳元で寝息が漏れるのが聞こえた。フルコースを注文するより疲れるのが破壊の呪文か、とギルモアは破壊の痕跡を改めて見やった。


(平和な時代、この呪文が活躍することは無いか……)


 そんなことをのんきに考えてみる。


(フライパンはまた今度回収しておこう)


 ぶら下がったフライパンを横目に、ギルモアは、マナナを背負って山道を歩き始めた。歩き始めたのだが、すぐに立ち止まってしまう。


(胸が背中に当たる感触が気になって集中できん!!)


 ギルモアは真剣にそう思った。ギルモアとて健全な男子だ。意識するなという方がどだい無理な話といえる。


(背中のやわらかーい感触が……。ってナニを考えてるんだ俺は!)


 頭の隅にこびりついた邪念を振り払うかのように頭を振り歯を食いしばった。


「いかんっ!! このままでは俺はおかしくなってしまう!!」


 思わず叫んでしまう。こんな場面を誰かが見ていれば、かなり恥ずかしかっただろう。ここが裏山であり、他に人が居なくて良かった。ギルモアは心底そう思った。


 ギルモアは何度か深呼吸をしてみた。この際、背中に当たる感触は無我の境地で意識しないことにする。


(よーし、いいぞ。このまま無事に山を下りて)

「ん……」


 いきなりマナナが身をよじった。ギルモアは、心臓が飛び出るかと思うほど驚いて眼が点になる。そっと後ろを振り向いてみるが、マナナはすやすやと寝息を立てていた。


(ぐおおおっ! これは危ない。平常心、平常心)


 ギルモアは、再び山道を降りていく。


 時折マナナをおぶる姿勢を整えたりして行くのだが、マナナが何か反応する度に煩悩が刺激されてしまい立ち止まる始末だ。


 そんな事を何度か繰り返し、何とか山を下りたギルモアを他人が見れば、精神的な疲労でげっそり頬がこけているように見えただろう。




 山道の入り口まで辿り着いたギルモアは、マナナをおんぶたままつっ立っていた。


「なんかドッと疲れた……」


 ボソリとギルモアが呟いた。マナナの使った呪文の事など、頭からすっかり離れてしまっていた。


 背中ではマナナが寝息を立てている。


(さて、俺は一体いつまでこうしているつもりなんだろう)


 雑念を振り払いギルモアは空を眺めた。


 初夏の空は何処までも青く澄んでいる。


 背中の感覚は変わらない。


 役得とばかりにギルモアは、もう少しここに立っていようと思った。


 校舎の影から彼を厳しい目つきで見ている人影に気づく由もなかった。

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