Thrilling ! repel normal missiles ─銃弾は避けて通る─

「先輩、ぜえええったいに動いちゃ駄目ですからね!」


 呪文を唱え終わったマナナは、手に持つ呪文書をクロスボウに持ち替えた。


 そのまま震える手でクロスボウを構え、その照準を目の前に居るギルモアにふらりと合わせる。


「近い、絶対に近いって!」


 マナナとの距離は約3メートル。クロスボウの射程を考えると、まさに目と鼻の先といえる距離だ。この距離で矢を外す事などそうそうあるまい。突きつけられたボルトの先端が光を帯びてギラリと光り、思わず後ずさったギルモアの左足が背後の崖面にコツンと当たった。


「自信満々に、実験付き合ってやるからな、なんて言っていた人の台詞じゃありませんね、先輩」


 照準はピタリとギルモアの眉間に合わせられている。マナナの手の震えはいつの間にか収まっていた。


「いや、だからって……。なあ……」


 クロスボウだけではない。マナナの後ろには、ショートボウ、リピーター、スリング、どこから手に入れたのかライフルまで荷台に積まれていた。どれもこれもノーマルミサイル。つまり、呪文などの影響を受けていない飛び道具という訳だ。


「大丈夫です先輩。今回開発した呪文はあらゆる飛び道具を避ける呪文。私の腕がどうであれ、先輩に当たる事は無いであろうと断言します!」


(これは本気で当たらないと信じている目だ)


 少なくともギルモアにはそう見えた。


「本当にその効果を信じて良いんだろうな……」


 念を押すように確認するギルモアに、マナナは一瞬押し黙った。


「たぶん……」

(たぶんなのかーーーっ!)


 少し間を開けてからボソリと答えるマナナに、ギルモアは膝から崩れ落ちそうになる。そして、このままこの娘の正面に立っていて良いものかという疑念がギルモアに沸々と湧いてくる。


「先輩、呪文の発展に犠牲はつきものですよ!」

「マナナさん、怖いことをさらっと言わないでね……」

「大丈夫、私を信じて立っていて下さい!」


 引き金に掛けられたマナナの人差し指に徐々に力が加わっていく。真剣な表情をしたマナナは、ゆっくりと確実に引き金を引いた。


「うわたたたっ。タンマタンマ!!」


 ギルモアがそう叫んだ瞬間、空き地に弦を弾く音が響いた。思わず眼を閉じ、顔を逸らすことぐらいしかギルモアには出来ない。耳元を駆け抜ける風切り音と背後の崖面に矢が刺さる音とが同時に聞こえた。


 ゆっくりと振り返り、ギルモアは崖面に刺さった矢を見る。そして、再びゆっくりと視線をマナナへと戻した。


「セーフ……」


 ゆっくりと腕を水平に伸ばし、大きく息を吐く。頬を伝う汗がアゴの先からひと滴落ち地面で跳ねた。


「クロスボウの矢は回避可能っと……」


 マナナは、頷いてノートに成果を書き込んでいく。その表情はギルモアから見ても至って真剣に見え、マナナが遊びで実験をやっているのではないと思えた。


「じゃあ次、これですねー」


 そう言って彼女が取り上げたのは、リピーターと呼ばれるクロスボウの一種だった。この弓は弦と連動したハンドルを回せば素人で力のない少女でも容易く矢を再装填できる優れものだ。


「間を置かず対象が飛んできたらどうなるんだろう」

「いやいやいや、だからね、人体実験は早かったのか、とか……」


 ギルモアがそう言い終わるよりも早く引き金は引かれ、矢が咄嗟にしゃがんで避けた頭の上を通り過ぎた。


(やる気だ。この娘にはやると言ったらやるという気合いを感じる)


 これはかなりの恐怖感だ。以前、自ら呪文の実験に付き合うだのほざいてしまった自分の言動の迂闊さを呪わずには居られない。


「も~、避けないでって言ったじゃないですか……」


 そう言って口をとがらせながらも、マナナはせっせと次の矢を装填している。その表情は真剣そのもので、ふざけている様子は微塵も感じられない。


(男らしく覚悟を決めて胸を張れ!)


 大きく息を吸い込んで肩を張り、ふんぞり返るようにギルモアは仁王立ちした。その間も矢が次々とギルモアの脇をすり抜け風切り音を奏でていく。


 ギルモアの心配は杞憂に終わった。マナナの呪文は完璧で、あらゆる弾丸の軌道をギルモアから逸らしてしまうのだ。さすがにライフルのマズルフラッシュと爆音に目をつむってしまったが、弾丸は見事に後の崖面へ刻まれていった。


「こ、これは流石にデンジャラスだぜ……」


 胸に手を当て、荒く息を吐くギルモアをよそに、マナナはさも当然かの如くライフルを地面に投げ捨ててノートに記録を取っていく。時折鉛筆のお尻でこめかみをポリポリと書いて考えている様でもあった。


「うーん、理論的にはまだまだ大丈夫なはずなんだよね……」


 暫く考え込んだマナナが懐から取り出したのは、ギルモアが見たこともない不思議な道具だった。その構造は先ほどのライフルに似ているが随分小さい。銃身に知らない文字で何か刻印されていたが、知識に乏しいギルモアにはサッパリ読めなかった。


「えーと、マナナさん。それは何かな」


 ギルモアは、力ない指でマナナが持つモノを指さした。


「あ、これですか。これはドラグーンという大昔の工芸品アーティファクトです」


 マナナは器用に安全装置を解除すると激鉄代わりのシリンダーを引き狙撃の準備を整えていく。そして、殲滅モードに切り替えて巨大なエネルギーを充填し始めた。


「装薬充填完了。シリンダー内圧力正常」


 武器に内蔵された小さなメーターが勢いよく上昇し、その勢いは120%を突破する。


「大昔の工芸品……。失われた人間の世紀の遺品! よくそんなモノをキミみたいな学生が持っていられるもんだな!」

「いざというときのための護身用にと師匠から渡されていたモノなんですよね」

「いやいやいや、それは絶対に危ないって。いや、ホントに!」

「フルオートで良いかな」

「な、に、が、フルオートで良いかな、なんだよッ! 俺の話聞いてくれてた!?」

「こう見えて繊細な扱いを必要とする武器なんですよ、これ」


 マナナはグリップを両手でしっかりと固定し、下からゆっくりと目線まで持ち上げる。そして、フロントサイトとリアサイトを使い銃身を正確にギルモアの身体に向けた。


(俺はここで死ぬかもしれん……)


 銃身の奥底で揺らめく光に、ギルモアはそう思わずにはいられなかった。そんな思いが表情に出ていたのだろう。


「大丈夫、これまでのように、きっと私の呪文が先輩を守ってくれます!」

「今までは、今まで! これからは、これからだからな!! これが成功するとはサッパリ思えん!」

「エネルギー臨界なので、そろそろ撃ちますね、先輩!」


 カチリと引き金が押される。発射音は殆ど無かった。限界まで圧縮されたエネルギーが光の軌跡をギルモアへと伸ばしていく。


 目の前に押し寄せるエネルギーの塊にギルモアは思わず目を閉じてしまっていた。いままでの人生が走馬燈のように頭の中で流れていく。


(あ~、短い人生だった……)


 心の底からそう思い、薄目を開けたギルモアの手前50センチメートルといったところでエネルギーの弾が大きく逸れた。弾丸が甲高い金属音と共に軌道を変えていたのだ。


 エネルギーの弾丸は、頭上の崖面に当たると抉り込むように貫通し、そのまま空に昇っていく。腰を抜かしてへたり込むギルモアは、乾いた笑みを浮かべることしかできない。


 そんなギルモアに銃を持ったマナナが、してやったりという表情で駆け寄ってきた。


「どうです先輩。私の呪文は完璧でしたね!」

「あんなトンデモ威力の武器でも、呪文の効果で回避できるんだな……」


 マナナはエヘヘと照れ笑う。


「似たような呪文は有るんですよ。飛び道具に対し傷を受けなくなるMissileProtectionミサイルプロテクションという呪文とか」

「なら新しい呪文を作らなくてもその呪文を使えば早いんじゃないのか?」

「でもその呪文は、傷を負わないけど痛いんですっ」

「は?」

「傷を負わなくても痛いんです!」

「お、おう……」

「私、その呪文を師匠から教わったとき、自分で試した事があるんです。矢が当たると服が破けるし、当たったところはちゃんと痛いんです。まあ、傷はないんですけどね」


 マナナは自分のお腹をかいがいしくさすった。どうやら当たったのはお腹だったらしい。


「やっぱり人間痛いのはイヤですよね。私もイヤです」


 自分の呪文書を捲り先ほど使った呪文のページをギルモアに突きつける。


「そこで考え出したのが、自動的に矢が自分を避けてくれるこの呪文。Repel Normal Mssilesリペルノーマルミサイルズというわけなんです」


 マナナの力説がビシリと決まった。と同時に大きく抉られた崖面に一瞬で亀裂が入り、波紋が広がるように一気に崖が崩壊した。その時生じた重低音に二人が上を見上げると、まるでカタパルトで打ち出された巨石の雨が自分たちに降りかかってくるように見えた。


 和んできた空気が一瞬にして張り詰めた。あと数秒で自分たちは巨石の下敷きになって死んでしまうだろう。いや、呪文の効果が持続していれば自分は助かる可能性が高い。


「危ないっ!」


 ギルモアは咄嗟にマナナを押し倒した。咄嗟のことに、マナナは小脇に抱えていた呪文書を放してしまった。命よりも大事な呪文書だ。視線が落ちていく呪文書をなぞった。


 ギルモアは、マナナに覆い被さるように倒れ込んだ。馬乗りの形になり彼女を守るよう四肢に力を込める。


 マナナは真剣なギルモアの表情のその先に落下してくる巨石群を見た。それから一つ目の岩石が、ギルモアに当たる寸前、不自然にその軌道を変えて大きな音を立てて転がった。それに続いて大小無数の巨礫が二人に襲いかかるが、どれ一つ彼らを傷つけることはなかった。幸いにも呪文の効果がまだ持続していたのだ。


 周囲に砂埃が巻き上げられ、小さな礫や砂ががパラパラと落ちてきていた。どうやら崩落は一段落したようだった。


「いつまで上に乗っているんです、先輩……」


 少し冷ややかなマナナの声に、目をつむって踏ん張っていたギルモアはうっすらと目を開けた。目と鼻の先に、やはり少し冷ややかな表情をしたマナナの顔があった。


 少女に馬乗りになった挙げ句、目と鼻の先に顔がある。その事に酷く気恥ずかしくなって、爆発音がしたかと思うぐらいに顔が赤くなった。


「うわたたたっ」


 しどろもどろになってマナナから降りたが、ギルモアはマナナに視線を合わせることができずにいた。


 遅れてマナナも立ち上がり、服に付いた土埃を軽く払った。いそいで周囲を見回し手放した呪文書が無事である事を確認し、小走りで拾いに行く。


 手放してしまったときの絶望感がどこかに吹き飛んで、マナナは呪文所を拾い上げ丁寧に砂埃を払っていく。


(これは俺が何か言ってフォローしてあげねば)


 これは恥ずかしさからそっぽを向いている場合では無い。なにはともあれ呪文は成功したのだ。その事を素直に褒めてあげれば問題無いではないか。


「なにはともあれ呪文は成功?」

「大成功ですね、先輩」

「それは良かった……」


 言い終わるやいなや、ギルモアの頭の上にコツンと小さな礫が当たった。二人は押し黙ったままだった。二人は呪文の効果時間のことを考え顔を見合わせる。その引きつった笑みには、もう少し早く呪文の効果が失われていら、という思いが込められているかのようだ。


「い、いやあ。実験が成功して良かったですよね」


 完全に棒読みでマナナが言った。


「そうだなー、実験が成功して良かったよなー」


 ギルモアも何故か棒読みだった。


「また実験を手伝ってくださいね、先輩」

「もちろんだともー」


 再び棒読みの応酬をし、二人は笑い続けていた。何事かと集まり始めていた町の人たちが見ている前でも笑い続けていたのだった。

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