オシコの後輩
「てなわけでー連れてきたよ! 私の後輩の────」
「
オシコが連れてきたのは、いかにも仕事できますといった感じの人だった。
真面目そうなのはいいけど、ここはだいぶ緩いからな。互いに合わなかったらどうしよう。わざわざうちのために会社を辞めて来てもらうわけだし……。
「宜しく。俺が社長……」
「アリスさんですね。伺っております」
そこは本名で伺って欲しかった。
鬼村さん……恐らく本名だろう。彼女はメガネをくいっと上げながらこちらを見ている。
「ええっと、それで今回は面接ってことでいいんだよね?」
「いいえ、私は採用決定ということで出向いたのですが?」
いやいやいや、俺に決定権があるんだし、そちらにも決定権があるだろ? まあ俺としてはオシコが連れてきたんだから拒否する気はない。だけど俺がいいといっても本人がやっぱり嫌だと言ったら引き止める術がない。
「でもほら、雰囲気とかそういうのを感じて見送りたくなるとか……」
「私は先輩から既に会社を辞めさせられるよう仕向けられました。戻れない以上ここで雇っていただく他ありません」
オシコオオオォォ! なにやったんだぁ!
俺が睨みつけるとオシコは顔を逸し、エアくちぶえを吹いている。
「……俺からあまり言いたくないんだが、それ訴えても勝てるんじゃないか?」
「ええ。ですが先輩には山ほど弱みを握られているので逆らえないですし」
最悪だなオシコ。
……いや、そんなことより山ほどある弱みって一体なんなんだ。この子は案外駄目な子なんじゃないのか?
「だけど本当にそれでいいのか?」
「ええ、構いません」
「……なんか怪しいな。オシコさん、ちょっと」
俺はオシコを呼び、部屋の外へ出た。
「あの、あたしこーゆーのはイケメンとじゃないと……」
「そういうことは置いといてくれ。一体どんな脅迫をしてここへ来させたんだ」
俺だって善人じゃないし、多少の悪事はやったことある。しかし脅迫して会社を辞めさせて、更に恐らくはこの辺りに引っ越しさせるつもりだろう。それはちょっと目をつぶれない。彼女が可哀想過ぎる。
「んー……まあ社長にならいっかな」
オシコは少し思い悩み、それから口を開いた。
「まず、今の給料の倍払うって言ったよ」
「ばっ……おいなにを勝手に……」
現状財布を握ってるのはオシコだ。だけど給料などの割当は俺が行うようにしている。人の仕事に値段を付けるわけだからな。少し精神的に負担になる。
それなのに勝手な判断で金額を決めるのはどうなんだ。しかも今いくらもらってるかわからないのに。
「安心してよ社長。あの子の給料を倍にしてもこないだもらった給料にも届かないから」
「えっ……」
そこそこ高い給料設定にしているが、それだけの働きをしていると評価しているからだ。だけどあくまでもそこそこの金額であり、その半分の給料なんてアルバイトみたいなものになってしまう。
「あの子さぁ、根は真面目で一生懸命なんだけど、ちょっと抜けてるってゆーか、ずれてるってゆーか……まあ要領が悪いんだね」
わからないでもない。たまにいるな、そういう奴。
「それで仕事は普通にこなせるんだけど、あくまでも普通レベルなんだよね。だから余計におかしなところが目立っちゃってさ、今の会社でいいように使われちゃってんの」
なるほど、本来仕事での評価で見るはずなのに、他のところでの粗を突きつけられて不当に低い扱いを受けているのか。
「それに家族や親戚もいないから、こっちに越させるのもいいかなーって」
「なるほどな」
疑ってしまった。すまんオシコ。ちゃんと意味があって彼女を呼んだんだな。
きっとオシコも彼女の現状を理解していて、今ようやくなんとかしてあげられるようになったと。
多分オシコは彼女をかわいがっていたんだろうな。そんな気がする。
「でもなんか話聞く限り不器用な子って印象なんだが、こないだ言ってたことと違わないか?」
「あー、彼女の器用なところはそこじゃないから。まあ見ててあげてよ」
「お、おう」
仕事のできるオシコが薦めるんだから、そこらへんは信じていいかな。どうせ彼女のパートナーになるんだし、変な人物を連れてきたりしないはずだ。
んじゃ、あまり待たせるのも不安を煽るから部屋に戻るか。
「おまたせオニポテちゃん」
「その名で呼ばないでください!」
オシコの言葉に噛みつきそうな形相で言い返す。
鬼村さんはオニポテと呼ばれているのか。見た目固そうだからそっちのほうがいいのに。
でもよくあるよな。周りはいいと思っていても、本人にとっては気に入らないってあだ名。俺もガキのころ呼ばれてたミッキーは嫌だった。
『おいミッキー。「ははっ」って笑えよ「ははっ」って』みたいな感じだったし。
「それで、うちはいいんだが、本当にいいのかな」
「あっ、はい。よろしくお願いします」
あっさりした子だな。
まあとりあえず様子を見てみるとするか。
「先輩、雑費だからって雑にしないでください。それと顧客管理ですが3つほど種別を追加しておきましたのと、昨日はありがとうございました」
オニポテの前にはパソコンが2台とタブレットが1枚。普通のキーボード2つを両手で作業しながらタブレットでニュースなどを見ている。なんなんだこの子は。
「凄いでしょ。あの子は同時に2つ以上の作業ができんだよ」
ほんと器用だな。これで人並みの作業ができるってんだから効率的には2倍だろ。それなのに給料が安いなんて不遇の度が過ぎる。
「社長、こちらのデータを確認お願いします。それと必要な道具をまとめて書いてカンダラさんに渡しておいたので、あと昨日の歓迎会ありがとうございます」
「お、おう」
並行作業しているせいか会話の内容が混じってるんだよな。これは慣れないと。
「また凄い子入ったっすね」
「そうだな」
ハッシャクが呆れたように呟く。
しかしちょっと仕事しすぎじゃないのか? 完全にオシコの作業まで奪ってるぞ。
「むしろオーバーワークなのでは?」
「まーあの子も入ったばかりでいいところ見せたいんだよ。暫くすれば落ち着くからさー」
「なるほど、最初が肝心だからな」
「それに適度なとこでポンコツだからそこらへんは気にしないでほしいなー」
「へえ、例えば?」
「そろそろ時間だからわかるよ」
なんの時間だ?
と、考えるまでもなくオニポテがこちらへ来た。
「すみません休憩頂きます」
「ああ、かまわないよ」
オニポテは頭を下げ、休憩室へ入っていった。
「そういやオシコさん。彼女が入るとき休憩室を作らせたんだよね」
「あー、あの子休憩長いから」
「……どれくらい?」
「2時間くらいかな」
……なんだそりゃ。
ナルコレプシーってわけじゃないよな。自発的に休みをとっているわけだし。
普通の人の倍以上働けるが、休憩が長い。トータルで見たらプラスなんだけど、確かにこれは扱いが難しい。
仕事に対して給料を出すとするなら問題ない。だが大抵の会社では8時間働くことが基本とされているからな。
実際ノルマは充分こなしているのにそれを置かれ、休憩ばかりしている不良社員として周りから見られていたのだろう。
不遇な理由はわかった。あとはオシコに任せよう。
だけど確か、彼女の弱みは山ほどあるんだったよな……。
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