ハッシャクの仕事

「アリスのおっさん、ちょっと相談があんっすけど」

「どうした?」


 休日……とはいっても営業していないだけで事務を行っていたところ、突然ハッシャクが神妙な顔で話しかけてきた。

 金の話じゃないよな。先日給料を出したばかりだし、これだけあれば3ヶ月は暮らせると言っていたくらいだ。


「ちょっと指定した日に客を呼びたいんす」

「ああ」


 一応チケットは完全ランダムということになっている。だがまだ未定の日であればこちらで操作することは可能だ。

 もちろん普段も厳密にはランダムと言えない。危険を避けるため、応募時のアンケートが無記名や適当だったものは除外している。もちろん明らかにひやかしなものでもそうだ。

 


 っと、それでハッシャクはその日を空けて欲しいといっているわけだ。


「わかっていると思うが……」

「親戚や友人とかでも特別優待はしないってんしょ。わーってますって。今回の客はそーゆーんじゃないっすから」

「ほう?」


 親族や友人でない、もちろん知人とかでもないだろう。一体どういう人物を呼ぼうといっているのか興味がある。


「聞いてもいいのか?」

「まあいいっすよ。石油王っす」

「いっ!?」


 石油王ってなんだよ! 日本にそんなやついるのか?

 石炭王の間違いってことはないよな。今の日本でそこまで石炭を重視していることはない。北海道にいくつかあるだけでほとんどが閉山したらしいからな。


 となると石油会社だろうか。ソ◯トやキグ◯スの社長とか。


「なんか考えてるみたいっすけど、日本人じゃないっすよ。中東のひとっす」


 ガチの石油王じゃないか。彼は一体どういう交友関係を持っているのだろう。


「しかしそのー、大丈夫なのか? あの穴を通るわけだし、あちらだって完全に安全というわけでもないからな」

「そこんとこは了承もらってるっす。あと日本語もある程度は話せるからモモンガの通訳でも問題ないっす」


 なら大丈夫か。

 ……大丈夫なのか?


「一体なにがどうなってそういうことになったんだ?」

「いやぁ、でかいところと提携していればなにかあったときに便利じゃないっすか」


 それはそう思うが、ちょっと規模が……というよりもなにかずれてないか? バックが石油王なんて企業、聞いたことがないぞ。


「ちなみにそこと組むメリットはどうなんだ?」

「えっと……どうなんすかね」


 考えてからやってくれよ。

 いやな、大手企業と組むのはいい。互いに条件さえ見合えば損することもないだろう。そこに目をつけてくれたことはありがたい。だけど詰めが甘い。

 互いになにを持ち出し、それによる利益の算出が必要になる。


 ちなみにどこと提携するにも株は一切渡すつもりはない。それでもいいという企業とだけ提携したい。

 俺のものになったといってもこの山はやっぱ爺ちゃんの森だからな。一部でも他人に権利を渡したくない。


 これだけ強気に出られるのは、今はきちんと利益が出ているのと、対抗できる企業がないという点だ。そのうえで現状、不足していることはない。

 当然、細かい備品などや消耗品で少しでも支出を抑えたいというものもあるだろう。だけど現状で切り詰めるほど余裕がないわけではないし、将来的に見てもまだまだ赤字になることはない。最悪の状態を想定し、今の儲けが20%になっても問題なく生活できる。


「んー……じゃあやっぱやめるっす」

「いいのかよそんな簡単で。相手は石油王なんだろ?」

「まだ返事したわけじゃないっすから全然問題ないっすよ」


 それなら平気か。後から断るのは難しいが、返事する前ならいくらでも融通がきく。

 しかしスポンサー的な存在か。後ろ盾は欲しいところだが……。





「アリスのおっさん、ちょっと話があるっすけど」

「今度はなんだ?」


 先日急に石油王の話が出たからな。少し身構えてしまう。


「そんな固くならないでくっさいよ。次はこっちにも利益のある話っすから」

「ほう?」


 するとハッシャクがいくつかのプリントアウトした紙を見せてきた。


「この会社なんすけど、どうっすかね」

「どれどれ」


 なんか世界的に有名なでかい会社らしいな。あまり海外事情に詳しくないからできれば日本の会社がいいんだが、どうなんだろう。


「……ってこれ、鉱山の採掘会社じゃないか」

「そっすよ」


 こいつら異世界掘る気なんじゃないのか? さもなくばうちに出資させて利益をバックさせるとかかもしれない。

 とにかく却下だ。どちらにせよ怪しいし、大体建機なんて持ち込まれてもあの穴を通せるはずがない。

 ……いや、そうじゃないか。


「ようするについでだからって穴の拡張工事もやらせるつもりか?」

「そんな感じっすね。日本の企業に打診したんすけど、どこもそれなりに金がかかるっぽいんで」


 一番の問題は異世界が本当に存在しているだなんて普通なら思わないことだ。誰がそんな怪しいものに対して金を出そうっていうのか。

 ……てかこの会社、異世界があるって信じてるのか? それはそれで怪しいぞ。

 とにかく怪しいことだらけだ。ハッシャクには悪いが、これも却下する。



「なかなか手厳しいっすね」

「そりゃ慎重になるよ。てか一体どうしたんだ? 最近色々やろうとしてるけど、なにかあったのか?」


 ハッシャクはなにか言いかけて、頭をかく。

 ちょっと言いにくいようなことなのだろうか。それでも一応俺は社長だ。部下がなにを考えているのか、なにを悩んでいるのか知っておきたい。


「いいから言ってみなって」

「あー……。俺、あまり仕事してないなーって思ったんす」

「そんなことないだろ? だって……」


 仕入れはカンダラ。客の送迎は俺とカンダラだな。受付及び説明はオシコ。それとデータ関係やネット関連、会計などはオニポテとオシコ。雑務は俺とオシコ。あっちの世界に関しては全てモモンガ。


 ……あれ?

 どういうことだ。ハッシャクのポジションが見当たらない。

 いやそんなことはない。こないだもカンダラの仕入れを手伝ってたし、オシコの説明のサポートをしていた。

 だけど確かにメインと言える仕事はないかもしれない。


「ほら、初日に仕事は適材適所で自分が得意な分野をやろうってことになったじゃないっすか」

「ああそうだな」

「でもよく考えたら俺、普通の会社業務として得意なことってないかもしれないんすよ」


 ハッシャクはアクティブってか行動力がある人間だ。口調はアレだが、どちらかといえば営業などに向いているんだろう。人脈も広いしな。

 だけどこの会社ではそれを活かせる場所がない。だから迷走しているのか。


「言いたいことはわかった。だったらいい仕事があるぞ」

「マジっすか?」


 前々から考えていたことを彼に担当してもらおう。




「アリスのおっさん、今日は2件OKもらったっす!」

「おっ、そりゃよかった。助かるよ」


 ハッシャクにやってもらっている仕事、それは駅周辺との橋渡し役だ。

 結構田舎の駅で、駅周辺に店はあるけど少々寂れている感があった。そのせいでここへ来る客も不安を感じている人もいたみたいだ。

 特に帰りは日も暮れて暗くなっている場合が多く、電車も本数が少ないせいで、簡単に言えば怖い場所になっている。

 だからといって大きな駅は遠いし待ち合わせなどが不便で、車も長く停められない。今の駅がベストなんだ。

 そのために多少こちらから出資するという形で駅周辺の店舗などに、異世界関係のものを扱うようにしてもらった。


 空いた時間を使いカンダラとハッシャクが異世界でいろんなものを撮影したり、買うなり拾うなりで手に入れたものを販売。町自体でちょっとした異世界ブームみたいなものを作ってもらう。これでツアー客以外にも人を呼び、時間帯人口を増やして安心感を与える。


 今すぐよくなるといったものではないが、これでもっと異世界というものについて世の中が知識を得てくれればいいな。



 爺ちゃん。爺ちゃんが一生を過ごした町は変わっていくよ。だけど賑やかなことが好きだった爺ちゃんだったらきっと喜んでくれると思う。だから頑張るよ。

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