招待客たち

 あれから一ヶ月経過し、こちらが拍子抜けするくらいなにもなかった。ハッシャクからの情報によると、学校も家の周囲も特にこれといった騒ぎもなく、警察の警備が強化されたようなこともなかったようだ。


 どうやら彼女の父親は世間体を気にしないか、周囲に家出したとバレないようにするタイプのようだ。これならば色々とやりようがある。

 あとはいよいよお客さんを向かい入れるだけだ。




「アリスのおっさん、そろそろ行く時間っす」

「もうそんな時間か。よし、行くか!」


 今回の招待客、それはそこそこ有名なニューチューバーと、ニヤニヤ動画の生放送をやっているふたり。それと有名ブロガーの計4人だ。それぞれがトゥイッターもやっているから宣伝効果としては申し分ない。



「どもー」

「あっ、どうも」

「どもども」


 ハッシャクが手を振り、彼らに呼びかける。大きな駅ではないため人が少なく、初めて会うにしてもわかりやすい。

 全員がリュックやキャリーバッグを持っている。撮影機材が入っているのだろう。カンダラが仕入れたアメ車はちょっとでかすぎるだろうと思ったが、客の他に荷物を載せると考えたらこれで正解だなと感じた。


「自撮り棒とかは使えないっすよ。通る穴が細くて曲がりくねってるっすから」

「メールに書いてあったからわかっちゃってるって」


 結局穴はどうにもならなかった。暫くはこのまま営業することになるだろう。



 俺たちは完成したログハウスに客を招き入れた。着替え室には大型ロッカー。あとはホワイトボードがある元々リビングだった説明室。事務室には業務用冷蔵庫といった感じだ。

 客たちは早速入り口に興味を持ったようだ。一応掃除はしてあるし、飛び出した岩とかには当たらないようにクッションを付けてあるんだが、それでもやっぱりきつい。


「こ、この穴に入るんか?」

「やっぱ抵抗あるかな?」

「いや、まあ……。だけどふいんきはあるな」


 皆一斉にカメラを回し、穴の入口を撮る。


「あ、中に入ってから出るまでは一応撮影禁止っすから」

「おげーぃ」


 それからマニュアルを渡し、ホワイトボードでルールを説明。そしてみんなヒーヒー言いながら穴をくぐった。



「いらっしゃいませーっ」

「「「おおおーっ」」」


 皆感動の声をあげている。だがそれは異世界の景色ではなく、モモンガを見てだ。彼女は異世界の服と元の世界の服を合わせアレンジしている。ちょっと不思議の国のアリスっぽい印象だ。


「私がこの世界のガイド、モモンガでーっす」

「やばい、モモンガちゃん超かわいい!」


 モモンガの魅力にみんなメロメロだ。そうじゃないだろ。異世界を楽しみに来たはずなんだが。


「えーっと、とりあえずモモンガはこの世界の住人なんだけど、もしアップするならモザイクとかぼかしをお願いするっす」

「おっけおっけ。そーゆーの慣れちゃってるから」


 彼らは動画撮影で食っている。編集も得意なのだろう。一応アウトロー系じゃない面子を揃えているらしいから後々面倒になるような真似はしないはずだ。


「じゃあ町まで歩きますよー。ちょっと遠いですけど、景色を楽しんでくださーい」


 先導するモモンガの姿をデレデレした顔でついていく。本当に大丈夫か?



 町までの道は、謎車が通る道ではなくしっかりと歩道ができていた。あれが走ったあとは道がボコボコになるから歩きづらい。だけどちゃんと踏み固められた歩道ならそれほど苦もなく歩ける。

 それと後ろからは本物の現地の人たちが付いている。このツアーの概要は説明してあるし、とりあえずモモンガに一任してもらえているみたいだが、護衛的な意味で来てくれているらしい。


「うーん、景色つっても日本の山道と大差ないな」

「そだな。ドラゴンでも飛んでりゃあなぁ」

「んおっ? なんか鳥飛んできた! でっかいの!」


 前にハッシャクと来たときに見かけた鳥だ。近付いてくる……って、近くで見るとこんなでかいのか! 物理的に飛べるサイズ越えてるだろ! やばい、俺たちを狙っているみたいだ。


「イーア・シャッテ・メルギヨン!」


 そう叫んだモモンガの手にある棒から、無数の火の弾が飛び出し巨大な鳥に命中。羽を焼かれ撃ち落とされた鳥は、地面との激突の際首を折ったらしく絶命していた。


「……えっ……マジで魔法なの!?」

「いや嘘だろ。CGだって!」

「これがCGだったら見るもの全てが信じられなくなる……」

「すげえなVR。これが次世代か……」

「裸眼でスクリーンなしで匂いがあっちゃって触れるVRってもうそれVRじゃねえだろ」


 みんな驚いているが、俺も驚いた。いつの間にこんなことできるようになったのかわからないから、こっそり聞いてみることにした。


「モモンガさん、魔法覚えたのか」

「え? 覚えてないよ」


 やっぱりあれ魔法じゃなかったのか? だがそうなるとますます謎が深まる。


「じゃあ今のあれはなんだ?」

「あー、これはただ単にシャッテにメルギヨンにイーアさせただけだから」

「だから混じってるって。日本語で」


「固めた火の精霊みたいなものに、放射状……かな? そんな感じに飛べって言っただけだよ」

「放射状じゃ危ないだろ。円錐状な」


 散弾銃みたいなものだろう。飛距離は出ないが広範囲に攻撃できるみたいな。



「ファサン、イルンギーネ、メルカネ」

「マモォ!?」

「エルゥエルゥ」


 モモンガがついてきていた護衛の町人らしき人と話すと、握手しだした。


「今のは?」

「ファサン仕留めたから持って行っていいよって」

「ファサンってのが鳥なのか」

「うん。蒸して食べるんだけどちょっとぱさついてるかな。揚げたらおいしいかも。あと野生だから臭うんで香草があるといいよ」


 調理法まで覚えているとか、もう完全にこっちの人だな。


 それから30分もすると町が見えてきた。


「すげえ! 異世界の町!」

「なんか思ってたよりファンタジー感ないな! でも感動!」

「まだだ、まだ日本じゃないという証明にならない……」

「こんなとこ日本にあったら話題になっちゃってるだろJK」


 今ではグーゴルマップなどの衛星写真で地球上のどこでも見える。日本の山奥にこんな壁に囲まれた町があったら話題になっているはずだ。


 モモンガが町の中を慣れた足取りで進んでいく。それに周りをキョロキョロしつつもはぐれぬようみんながついていくと、ひとつの家についた。

 その家をノックして出てきたのは、以前留置所で会った博士っぽい人だった。


「ファッジーメマシュテ。ワタスィーッハッ、テルムノー、デス」

「えっ? あー……え?」


 笑顔で話しかけてくる博士に、みんなしどろもどろになっている。なにを言っているのかわからないのだろう。俺もわからない。


「一応日本語で話してくれようとしているから、わかってあげるとうれしいな」


 モモンガが苦笑いでみんなに伝える。うん、辛うじて日本語っぽいことは理解できた。彼の名前はテルムノーというらしい。とりあえずわかった体で俺たちも挨拶をする。

 それから家の中へ招き入れられた俺たちは、応接間に通され着席する。ここからちょっとした異世界トークをすることになっているのだが……。


「モモンガ嬢、質問!」

「はい! なんでしょう!」

「彼氏いますか!?」

「却下!」


 即座に打ち切られる。そりゃそうだ、この世界に微塵も関係ない。


「ち、違くて、そうじゃなくって武器屋な感じの店ってあっちゃったりしちゃったりしなちゃったり!?」


 武器屋と聞かれ、モモンガが少し首を傾ける。

 武器屋というとゲーム的なアレだと、剣や盾などが売っている場所だよな。鎌倉にある山〇堂みたいなものだ。


「スワルタ・エルトヒカならあるよ。連れて行っていいか聞いてみる」

「いや、あるよとか言われても……」


「スワルタ・エルトヒカはランシェッタを売ってるところだよ。ティクもいろんな種類売ってるから────」

「ごめん、全然わかんない」


 モモンガは完全にこの世界に染まっているからな。俺らだって理解できていない。するとモモンガは背負っていた棒を取り出した。


「これがランシェッタだよ。さっきファサンに撃ったでしょ」

「……なるほど。てことはティクってのが弾かな? 火とか水みたいな種類があると」

「んー……そんな感じかな」

「ああ、そりゃ是非行きたい!」


 モモンガがテルムノーに伝えると、彼はニコニコしながら頷いている。どうやらOKらしい。俺もかなり興味あるからありがたい提案だ。これからツアーへ来る人たちも絶対に興味もつ場所だからコースに組み込もうと思う。


「よーし、それさえあれば俺もモモンガちゃんみたいに魔法が使えるのか!」

「だから魔法は使ってないよ」


「じゃあこの世界に魔法はないってのか?」

「ううん、魔法使いはいるよ」


 あれが魔法じゃなかったらなにをするのが魔法使いなのか。

 もやもやしている俺たちの前に、モモンガは腰のベルトに付けたケースから透明の結晶のようなものを取り出して見せた。


「これがティク」


 4~5センチくらいの細長い結晶だ。光ってはいない。


「それでこれがラゥラーレ」


 8~10センチくらいの結晶。以前お湯を沸かしていたのもこれだろう。


「私の手持ちだとこのキンスカが一番大きいかな」


 15センチ前後といった感じの結晶だ。全体的に径は同じで長さが違う。


「これらを作っているのがファシャメル、つまり魔法使いなんだ」

「なるほどな。つまりこれは魔法銃といった武器なのか」

「武器っていうのとはちょっと違うかな。喉乾いたときとか水を出したりするし、どっちかっていうと万能棒だね」


 魔法銃とか魔弾と言われると男心がくすぐられる。だけど万能棒と言われてしまうとなにか複雑な気持ちになってしまう。



 だけどそんなことお構いなしにみんなはその店へ興味を向ける。色々と説明したかったであろうモモンガは苦笑いしながらみんなを店に案内した。


「ここがスワルタ・エルトヒカだよ。色々種類があるから眺めててね」

「「「おおー」」」


 みんなが目を輝かせて並べてある棒のようなものを見ているなか、モモンガが店の人と話している。すると店の人はうれしそうな顔をしてみんなを見ている。

 そして奥へ引っ込んで暫くすると、いくつかの棒を持ってきた。そしてモモンガになにかを伝えている。


「なんだって?」

「なんか実用性は悪いけど、男だったらこのよさがわかるはずだって言ってたよ」


 ひとつは中折式で、フックを外して中にティクを詰め、振るとバチンとフックがはまる。ショットガンみたいな感じだ。


 他にもいろんなランシェッタを持ってきてくれた。それと他にモモンガは黒いケースをいくつか購入した。


「シャッテティクとコヌモティクを仕入れたよ。これで遊べると思うな」


 火の石と水の石だ。水は消火に使うのだろう。

 みんなはそれぞれ好みのランシェッタを手に持ち、ワクワクした面持ちでモモンガの後を追い町を出た。




「モモンガの! ランシェッタ講座ー!」

「「「わああああぁぁ!!」」」


 みんなテンションが高い。若者のノリだな。


「今日使うのは主にシャッテティクです」


 モモンガがケースから石を取り出し、みんなに見せて説明するとケースにしまった。


「使うにはシャッテに命令します。イーア・シャッテでシャッテに飛んでけーって命令できます」

「ふんふん」


「でもそれだけだとシャッテはどう飛んだらいいかわかりません。だからその後に色々つきます」

「なるほど」


「真っすぐ飛ばしたいなら、イーア・シャッテ・ミスン」

「放射状……じゃなかった。円錐? に飛ばすならイーア・シャッテ・メルギヨン」


 前者は以前ハッシャクと見たやつで、後者はさっき鳥を撃ったやつか。あれはなかなか派手だったな。


「あと一番重要なことを話します」

「ふむふむ」


「ティクは必ず1つずつケースから出すことと、ランシェッタに込めるのもひとりずつお願いします」

「モモンガちゃん、なんでー?」


「えーっと、このケースは防音でできているんで、命令に反応しないんです」


「んー……つまり命令すると周りみんな反応しちゃったりしちゃうってこと?」

「1メートル以内の命令は全部聞きますよ。ポケットとかに入れてたら足が消し炭になるから気を付けて」


 さらっと恐ろしいことを言うモモンガと裏腹に、俺たちはゾッとした。こっそり持ち出そうなんて誰も思えなくなっている。


 それから暫く火の弾をみんなで撃ちまくった。俺もついでに撃たせてもらったが、これは男心をくすぐりまくる。海外で射撃ツアーに参加するよりも癖になるかもしれない。

 散々撃ち尽くしたあとは水の弾で互いに撃ち合う。思ったよりも威力があったが吹き飛ぶほどじゃないし、怪我なんて気付く前に治ってしまうからドッジボールとかよりも安全かもしれない。




「いやー、異世界おもしれー!」

「ランシェッタ楽しかった! またやりたい!」


 ランシェッタ大会が終わるころにはもう夕方になっていた。皆帰る時間だ。服はビショビショになっていたが、一応着替えとかも持ってきているから大丈夫だ。

 そして帰りの穴に入る前、見送りモモンガが足を止めさせた。


「えーっと、じゃあ今日は来てくれた皆さんにお土産がありまーす」


 そして取り出したのは長さ40センチほどの棒だった。


「えっ!? これランシェッタ!?」

「嘘!? 持って帰っていいの!?」

「モモンガちゃんマジ天使! 結婚して養って欲しい!」


 男なら養えよ。

 だけどランシェッタは持ち出していいものなのだろうか。色々まずい気がする。


「あれ、いいのか?」

「いいんじゃないの? 一番安いやつだしティクもなければ使えないし、それにちゃんと許可取ってあるよ」

「だったらいいか。みんな嬉しそうだしな」


 こうしてみんなは大満足して帰っていった。初の異世界ツアーは大成功といえるだろう。




 翌日、俺たちは集まって今後のことについて話し合った。


「それで値段設定どうするか」

「50万ほどでいいと思うっすよ」

「たっ……。そりゃちょっと高すぎないか?」


 たった半日で50万なんて誰が出すのか。

 金持ちなら出せるだろうが、出せるからといって出すわけじゃない。


「正直なところ、あまり人に来て欲しくないんすよ。大人数になったら対処しきれなくなるっすからね」

「だな。むしろ1日10人くらいが限度だろう」


 それ以上になったら完全に統率が取れなくなる。

 仕方ない。最初のうちはその金額で様子を見よう。数人でも来てくれればそれなりの儲けになるしな。

 本オープンは1ヶ月後。それまでにチケットがどの程度売れるだろうか。

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