モモンガの行末

 モモンガは17歳だった。これはまずい。もうなんか色々とまずい。

 せめて18歳だったのならなんとかなっていた。だがこれはまず前提として成り立たない状況だ。見た目幼いだけだとして目をつぶってきたツケがここで来た。


 今はまだ趣味の段階で済まされる。だが会社でとなるとかなり危険だ。


 わかりやすく現状を説明するなら、18歳未満の少女を親の承諾なしで海外に送りつけ働かせていますって感じだ。こんなことがバレた会社は一瞬で潰される。異世界だからセーフということはない。


 だからといって親に許可を取るのも難しいだろう。


 本来は明るく活発な子であると、今のモモンガさんを見ればわかる。そんな子が自殺を考えるほど辛い状況に置かれていた。その主な原因は親である。

 そしてそんな親であれば、娘を誘拐したとかなんとか言って俺たちを脅し、とんでもない額を請求してくる可能性だってある。そうなる前にこちらから出向き、頭を下げに行ったとしてもどうなるかわかったものじゃない。働けるようにしてもらえたとしても、娘の口座を管理するなどと言われたら悲惨だ。こちらにそれを拒否する権利なんてない。

 

「ど、どうしたらいいっすかね……」


 ハッシャクが戸惑っている。彼はこういった状況に弱いのだろう。

 いつまでも彼に頼るわけにもいかないし、大体俺のほうが大人だ。それに俺が責任者なんだから、やることはやらねばならない。


「……取れる道はふたつ。ひとつは、モモンガさんには18……いや、20歳過ぎるまであちらに住み続けてもらう。記憶を失っていたとか適当なことを言って誤魔化すんだ」

「確かにそれも手っすね。あとひとつは?」

「彼女の現状を公表し、世論を味方につける」


 その提案にモモンガは震え、怯えた表情を見せた。


 いじめとDV、そして何度も行った自殺未遂を公表し、ここへ逃げ込んだ理由とする。

 まだ法人として活動しているわけじゃないから、彼女が未成年だということに大きな問題はなくなる。誰もが年齢を黙っていた状況なのだから、彼女が未成年だったと知らなかったのは本当の話だ。現に俺たちは今知った。


 だがこれもまた最善というわけではない。いじめやDVを公表するということは、少なからず彼女を傷つけることだから。

 それでも、もしDVのことで世間を騒がすことに成功すれば、彼女の親はかなり不利な状況に追いやられる。そのうえで圧をかける。


 できれば裁判沙汰にはしたくない。上手く世間を味方にできれば勝てる可能性はあるが、18歳未満の彼女がどう扱われるか不明だからだ。

 16歳から働くことはできるが、自立できるわけではない。親が捕まった場合、親戚或いは施設に預けられるようになるかもしれない。


 あとはモモンガが嘘をついていて、DVやいじめなんてなかった……いや、この考えはやめよう。だいいち嘘をつく理由が見当たらないし、それよりも彼女を疑いたくない。ハッシャクも、カンダラも、オシコも凄い目を輝かせて取り組んでくれている。ずっとやりたかったことをようやく見つけたような、念願が叶ったような印象だ。そんな彼らを見ていると俺も嬉しくなる。

 まだ出会って間もないが、ずっと一緒にやっていきたいと思わせてくれる連中だ。それを疑っているなんてできっこない。


 それに今現状、あちらの世界での行動はモモンガがいないと成り立たない。辞書は作成中らしいが、まだまだ足りない。

 もし代役を立てるにしても、彼女の矢部〇郎並みの吸収力に匹敵する人物を見つけるのは難しい。少なくとも俺には無理だ。


 だが結局最終的には彼女が決めることだ。今まで色々と世話になっている分というわけではないが、彼女の決断を全力で手助けしよう。



「……アリスのおじさん」

「どうした?」

「……肉まん、大量にお願いします!」


 モモンガの選択した手段は籠城だった。完全にあちらの世界へ引き籠る。バレたときは腹をくくり、DVなどのことをぶちまける。そして逃げ込んだ穴が異世界だったという筋書きにするらしい。


 そのための肉まんだ。あちらの世界の町では今、肉まんが一大センセーションらしく、たまに肉まんを持って来るモモンガはとてもよい待遇を受けているそうだ。


 だからあの穴を覆うような小屋をあちらの世界でも急ピッチに作らせる。そしてこちらでも進めている接続工作を進め、あちらで電気とネット接続を可能にさせる。

 町の外とはいえ、国の管理する土地へ勝手に家を建てるわけにはいかない。そこらへんを交渉し、そして小屋の制作にも給与を支払う。食事に肉まんでも出せばきっと一夜城でも可能だろう。


 彼女の異世界生活の不満は2つ。ネットと食事だ。これさえ解決すればこの世界に未練はないと豪語しているくらいだ。ならばあの場所に住んでしまえばなにも問題はないと彼女は考えている。


 電気もある。ネットも使える。ロープを張っておけば荷物の移動も楽。たまに肉まん送ってやれば女王様だ。ちょっと羨ましい。


 ……しかしなんだかんだ偉そうに言ったものの、結局俺が彼女を守れていない。だが法や世間から守れるだけの力は俺にないから仕方ない。だったらせめて会社を、彼女がいられる場所を守るのが俺の責任の取り方になる。


「あっ、そうだ! 水道も引きたい!」

「ほんと逞しいな。まあ考えておくが、程々にな」


 あまりいろんなものを整えてしまうと、ただでさえ狭い穴が通れなくなってしまう。そろそろ穴の拡張についても考えないといけない。

 ただ、あの穴の周囲はとんでもなく硬い。先日出っ張ってるところだけでもなんとかならないかと、ノミと金づちで殴ってみたんだが、姿勢が悪いとはいえ傷ひとつ付けられなかった。


「あと半月から一ヶ月くらい様子を見たい。もし捜索願などが出ていたらかなり面倒なことになってしまうからな」

「じゃあ彼女の地元のことは俺が知ってんで、暫く探りを入れるっす」

「頼んだ。その間になにかしらのリアクションがあった場合どうするか、俺も考えておかないとな」


 もう既にモモンガが家出するというアクションが行われている。もし世間体を気にする親なら捜索願を出す……いや、そうとは限らないか。娘が家出したなんて聞こえが悪いからな。重い病気で外出できないみたいに触れ回るかもしれない。

 じゃあ捜索願を出すならば、きっと誘拐されたという体で話を進めるだろう。

 前者ならなんとかできるが、後者だと厄介だ。たとえ本人モモンガが否定しても、それを警察が素直に受け取ってくれるかわからない。


 それを抑止するため、書き置きを……駄目だ、今更すぎる。

 今モモンガを家に帰らせるのは難しい。親に見つかった場合なにをされるかわからないからな。数日留守にしたことにより、より暴力性が増しているかもしれない。

 あと郵送にした場合は誘拐犯から無理やり書かされたという風に思われる可能性が高い。そうなったらより一層警察の動きが激しくなる。


 とにかく今は様子を見よう。みんなが揃ってから意見を求めたほうがいい。


 始まる前から波乱の予感がしている。どうしたものか。

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