ハッシャク青年と異世界ツアー
ハッシャクを追って爆発した現場に行くと、辺りには散乱した乗り物の部品が。
どうやら乗っていた人たちは無事逃げたようだ。肉的なものがない。
「あの爆発はタンクの爆発っすね。蒸気機関で間違いなさそうっす。だけど……」
蒸気機関の爆発にしては、あまりにも派手だという点が気になっているのだろう。
それに熱源だ。
「アリスのおっさん、ちょっとこれ見てくんさい」
「なんだ?」
ハッシャクに呼ばれて見たものは、粉々になっている赤い透き通った宝石のような石だった。
だけど内側から光っているような、怪しい輝きを放っている。
「なんだろうな」
「チェレンコフ光……じゃないっすよね」
「あれは青白い光だろ」
「そうっすよね。ちょっとまってくっさい。今ガイガーカウンター出すんで」
「おまっ……。ほんとなんでも持ってんな」
まるでドラ〇もんだ。そのうち地球破壊爆弾とかも出しかねない。
「うーん、正常値……いやこれは……」
「どうした?」
「いえ、あまりにも値が低いんで……」
それはどうなんだ?
今は日本だけでなく、世界中どこでもそれなりに反応するものだ。それほど汚染されていない場所なんてあるものなのか。
だがこれでこの謎の光る石が放射線的には安全だということがわかった。しかしこれでまた更に謎が深まる。
「ちょっと触ってみるっす」
「おい、やめとけ」
「大丈夫っすよ……おごあああぁぁ!!」
近付けたハッシャクの手が突然発火した。ハッシャクは腕を振り回し、手を抱くようにうずくまり倒れた。
「おい、大丈夫か!」
「……大丈夫じゃないっす……。俺の手が……」
「とにかく冷やそう! えっと、水あったよな」
ハッシャクの荷物から水を取り出す。蓋を開け、手を出させようとする。
「もう俺、駄目っす……手がこんなんなっちゃって……て?」
「……おう?」
ハッシャクの手が燃えていたのは俺も確かに見た。ぐつぐつと茹るように皮膚が溶けていたのも見ている。
だけど今、ハッシャクの手はまるでなにもなかったかのように綺麗だった。
「な、なんなんすかこれ」
「うーむ、理由はわからんが、どうやらここは回復力がとてつもなく高くなるみたいだな」
初めて来たときも今回も、あれだけ洞窟の中で体中擦りむいたのに、出てみたら全く痛みがなく傷も消えていた。もちろん帰りは傷だらけだ。原理はわからんが、ここはそういう場所らしい。
するとなにを思ったのか、ハッシャクはブーツから小型のナイフを取り出し、刃先を自分の手のひらへ向けた。
「ふーっ、ふーっ」
「お、おい早まるなよ」
ハッシャクは息を荒げ、興奮状態を作る。これによりドーパミンを出させ痛みを和らげようというのだろう。
ざくっ
「……あおおぉぉ」
1センチくらい刺さっただろうか。結構痛そうだ。
「大丈夫か?」
返事はない。
痛みのせいではなく、どうやら時計を見ているらしい。この程度の傷だとどれくらいで治るか調べているみたいだ。
「……13秒くらいか」
「えっ」
ハッシャクが手に付いた血を拭き取ると、そこには傷のない綺麗な手があった。
なんだろう、ガマの油売りみたいだ。
「これではっきりしたっす。ここは地球じゃない」
「まさかそんなバカな」
「じゃあこれをどう説明するんすか?」
「と、トリックとか?」
「だったら自分でもやってみるといいっす」
そう言ってハッシャクは俺にナイフの柄を向ける。ちょっと自傷行為は勘弁させて欲しい。
しかしなんだこの順応力。これが若さなのか? それとも今はそういう時代なのか?
「それにしてもよくもまあこんな現実で冷静だな」
「冷静じゃないっすよ! これでも俺、体の震えを抑えるので精いっぱいなんっすから」
まあ、こんなよくわからんところ怖いよな。
今までの常識が全く通用しない。これほど怖いことはそうないだろう。俺も不安で仕方ない。だけど俺も大人だ。取り乱すわけにはいかない。
「じゃあ今日はここまでにして、一旦帰ろうか」
「冗談じゃないっすよ!」
俺が帰宅を促すと、えらい勢いで反対された。
「だけどお前、震えてるって……」
「そりゃそうっすよ! オカ板歴7年。なにかあったら常に出向き、ようやく本物に出会ったんっすよ! しかも異世界とか……感動で震えるって、本当にあることなんすね」
喜びで震えてたのかよ。
それにしてもえらいモン残してくれたな爺ちゃん。おかげで…………。
おかげで……なんだ? ちょっととんでもない案を思いついてしまった。
「なあ、もしここが本当に異世界とやらだとして、来るのに入場料とか取ったら儲かると思うか?」
「えっ? ……うーん……、難しいっすね」
ハッシャクは顔をしかめて考えだした。
「やっぱそうか。うまくいかないもんだな」
「いやいや、行きたいって人間はいくらでもいると思うんすよ。だけど命の保証は全くないし、なにが起こるかわからないじゃないっすか」
「そりゃそうだ」
「だからもっとこの世界のことを調べて、できれば現地の人とコミュニケーションが取れるといいっすね。あとは安全地帯さえしっかりしておけばいくらでも稼げると思うっすよ! 魔法射撃ツアーとかやれば年商で億も夢じゃないっす!」
「マジか!?」
凄い可能性を秘めた場所を残してくれたな爺ちゃん。
「まずはどうするか」
小屋へ戻ってきた俺たちは、今後の展望について話し合った。
もちろん異世界ツアーについてだ。
「とにかく、あっちとこっちの穴を囲うように小屋を作るのが最重要っすね。拠点あってこその冒険っすから」
「ふむ」
勝手に出入りされても困るし、安全地帯のようなものは欲しい。実際に魔法があると仮定し、あの火の弾を撃たれてもこちらへ戻るだけの時間を稼げるだけのものがあればいい。
「あとはあの穴を拡張することっすね」
「そうだな」
あの穴は通りづらいから広くしたいとは思う。立って通れるほどまでではなくとも、せめて四つん這いで通れるくらいがいい。
ただ拡張となると、あの何故か硬い土をどうにかしないといけない。現状で不都合だがどうしてもというわけではないため、優先順位としては下げておこう。
「あとは……できれば人を増やしたいっすね」
「いいあてでもあるのか?」
「オカ板にはうずいている連中がゴロゴロしてんで、そいつらに声かければ飛んできますよ」
ハッシャクと同じスペックな連中だとしたらかなり有用だ。こういった状況に慣れていそうだし、俺みたいな素人じゃできないようなこともやってくれるだろう。
「そいつは心強いな。ところで気になってたんだが、オカ板っていうのはどこの掲示板なんだ?」
「にやんねるっすよ」
えっ?
「に、にやんねるって、犯罪の巣窟っていうあの?」
「いつの時代の話っすか……そんなこと言うのは昭和までにしといてくっさいよ」
「ぬぅ」
昭和の時代にはまだなかっただろと突っ込みたかったが、暗に古臭いことを言うなと言いたいのだろう。
「昔はまあ、色々あったみたいっすけど、今はかなりオープンっすよ。小学生だって利用するくらいっすから」
「うーん、でも犯罪者とかやっぱりいるんだろ?」
「そりゃあいるっすよ」
やっぱりいるじゃないか。そういう危険なところから人を集めるってかなり抵抗ある。なるべくなら安全がある程度保証されたところがいい。
「アリスのおっさん。犯罪者ってのはどこにだっているんすよ。逆に犯罪者のいない場所ってどこにあるんすか?」
それを言われてしまえば答えられない。
隣近所の住人が犯罪者でないなんてわからないし、警察内部にだってこっそりと悪さをしている人間はいる。たまに警察官が捕まるニュースとかテレビで流れているからな。
「まあアリスのおっさんが言いたいこともわからないでもないっすよ。インターネットってのは闇に近いっすからね」
「闇?」
「相手が見えないんす。古来から人は暗闇に恐怖を感じるものっすから。闇が怖いのは見えないからっすよね」
なるほどな。それは言い得て妙だ。俺があまりインターネットも利用していないせいもあるだろう。だから実情をよく理解していなく、そのせいで余計な不安を感じているんだ。
「まあ注意すべきところさえちゃんとしてれば特に怖いことはないっすよ」
これが時代の差か。
俺が初めてパソコンに触れたのは20過ぎだ。自分のものを手に入れてまだ10年も経っていないし、普段使わないからキーボードもロクに打てない。
対して彼は物心ついたころにはもう家にあっただろう。常に触れる機会があったわけだ。
俺も今を生きているんだから順応しないといけない。昔こうだったから今もそうであり続けようなんて考えじゃ老害と言われてしまう。
翌日、ハッシャクから送られてきたメールに記載されたURLを入力し、件の掲示板へ入ってみる。
>異世界に行ける通路見つけたったwwっうぇwww
>嘘乙wwwww
>マジマジwwww魔法とかあんのwwww
>ねーよwwww
なんて読みづらい会話なんだ。これがにやんねるか……。
>んでんでwww異世界ビジネスはじめるwww手伝ってwwっうぇwww
>マジかよwww俺行くわwww
>デブはくんなwww
>デブでヒゲ生えてたら駄目なのかよ!
>ヒゲは関係ないだろwww
本当に大丈夫なのか? こいつら。
しかし更新するたび文章が増えているぞ。これ本当に掲示板か? チャットと間違えているんじゃないのか。
やっぱり不安だ……。
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