異世界ツアーの下準備

「そんなわけでアリスのおっさん、メンバー集めました! みんな口の固い奴らっす!」


 掲示板見たけど、とてもそうは思えなかったぞ。

 ハッシャクを除くと3人。うち2人が女の子だ。

 身の丈は平均といった感じの、メガネをかけた長髪の子。そして背の低い、まるで中学生くらいのおかっぱな子だ。


「おいハッシャク君、女の子がいて大丈夫なのか?」

「平気っすよ。それに、今回重要な役を行うのは彼女っすから」


 そう言ってハッシャクは小さいほうの女の子へ目線を向ける。


「あの子がなにをするんだ?」

「彼女はモモンガさん。自殺サイトから拾ってきたっす」

「……マジで心配になってきたんだが」


 モモンガはリス科だったな。リスカ……そう聞くと、手首に付けているシュシュが痛々しい。


「まあまあ。彼女は小さいころからDV親父といじめの板挟みだったらしいんっすよ。そいつらの手の届かないところへ行かせてやりたいんす」


 今でも小さいと言ったらマジ顔で罵られそうだからやめておこう。そういうこと言うからおっさんなんだと言われたらへこみそうだ。


「言いたいことはわかるが、そんでどうすんだ?」

「彼女にはあっちで暮らしてもらいます」

「えっ?」


 現地での情報収集、それに言語の習得。これが彼女に課す任務だ。

 前もって説明されているだろうが、彼女の顔はとても明るく、とてもいじめを苦にしているようには思えない。

 やっと解放される。そんな嬉しさが隠しきれないのだろう。

 俺としても死なれるよりずっといいと思う。あちらの世界がどの程度安全かわからないが、死ぬよりはきっといいはずだ。


 見た感じ幼い気もするのだが、ネットで知り合った人物とオフラインで会うとき、現実の話はご法度だったな。見た目が幼いだけで、きっとそれなりの年齢であると仮定しておこう。


「わかった。大変だとは思うけど、がんばってくれよ」

「はいっ! 任せてください!」


 モモンガは元気よく敬礼した。テンション高い子だな。


「じゃあ次、彼はカンカンダラダラ。通称カンダラさんっす」

「カンダラだ。俺はむしろ電気や機械系に精通している」


 180センチくらいあるハッシャクと比べたら低い、といってもそれなりの背がある、俗にいう細マッチョ系の男だ。

 むしろがなににかかっているか気になったが、エキスパートがいるのは心強い。


「最後に彼女、オシコさん」

「どもどもー。イケメン大好きオシコでぇす! Webデザイナーやってまっす」


 また濃いのが来たな。Webデザイナーか。いずれこのプロジェクトのHPを作るとき役立ってくれるだろう。


 それぞれ役に立ちそうなスキルを持っている。俺だけなにもできないわけだが、まるで七人のヲタクな気分だ。


「んで、今回は偵察がメインっす」


 まず町を見つけること。そして服装や生活を調べる。できれば中へ入りたいが、それが叶わぬ場合、できる限り外から調べる。


「オレがマルチコプター持ってきた。ちょっと小さめだから長時間飛ばせないが、撮影もできるやつだ。むしろこっちのほうがいいだろう」


 そう言って取り出したのは、いわゆるドローンってやつだ。


「なるほど、ドローンか」

「いやマルチコプターだ。ドローンはGPSを受信して自動で動くんだけど、マルチコプターは無線コントローラーで動かすんだ。むしろテレビではよく間違えて報道してるけど」


 そうだったのか。

 あと小型なのに若干不安はあるが、普通のサイズだと穴を通れるか怪しいから仕方ない。それでもバッテリーが交換できるタイプで、予備バッテリーもかなり持ってきているらしい。


 まず町を探すため、上空から見るのに必要だ。人工衛星なんてないだろうからGPSは飾りにもならない。その後は町の様子を見るために使う。


 よし各々の準備も済んだみたいだし、早速向かうとするか。






「おい、ここマジ異世界か!?」

「すごぉい!」

「異世界! 異世界のイケメン! どこ!?」


 みんな大興奮だな。

 そんな中、俺とハッシャクは前回戦闘があったらしき場所へ行ってみる。


「ハッシャク君、こないだの残骸はなくなってるみたいだ」

「ほんとっすね。誰かが片付けたんすかね」


 あの光る結晶みたいなものもない。撤去したと見るのが普通だろう。


「じゃあまずマルチコプターを飛ばしてもらおうか」

「そう急かすな。むしろじっくり準備しないと」


 そう言って荷物の中から2つのござを取り出した。

 ひとつはお馴染みのブルーシート。もう一枚は真っ赤なシートだ。


「磁石はむしろ使えるな。じゃあ北に赤、南に青って感じで敷いてくれ」


 なるほど、上空から撮影したときに方角がわかるようにか。


「専用の受信モニターもセットして……よし、飛ばそう」


 カンダラはプロポで操作し、ゆっくりとマルチコプターを浮かせた。

 子供のころああいうのが欲しかったんだよな。ちょっとうらやましい。少し操作させてくれないかな……。



「このマルチコプターはどれくらいの距離まで離れられるんだ?」

「さあ……。ここには妨害するものがなにもないから、むしろ1キロくらいいけるかもしれない。他の電波がないみたいだしな」


 結構飛ばせるものだな。

 あとはなにか発見するまで待てばいいか。




「なにもないな。じゃあむしろこの地点まで移動しよう」


 マルチコプターで撮影できる範囲にはなにもなく、今いる場所へ目印をつけてから撮影できた道の端まで移動する。距離的にはせいぜい2キロだろうか。舗装していない道なだけに、歩きづらく余計に体力を消耗するが大した距離ではない。



「それよりむしろまだ異世界ってのを実感できないんだよな」

「私も」

「これからっすよこれから!」


 まだ山間の砂利道みたいな感じだから実感できないだろう。俺も未だ疑っているくらいだからな。





「あった! 町だ!」


 その言葉に、皆が互いを押しのけるように画面へ食いつく。

 3度目の計測でやっとだ。距離にすると穴から6~7キロってところだろうか。


「防壁みたいなもので囲まれてるのは、むしろ魔物的なものがいるからだろうな」

「まだ中が見える距離じゃないっすね」

「行こう! とにかく行こう!」

「イ・ケ・メン! イ・ケ・メン!」



 そして暫く歩き、町の壁が見える位置で足を止め観察することにした。


「見張り台には数人いるけど、下の通路には特に兵士っぽい人はいないっすね」

「むしろ魔物みたいなものを見張ってるだけなんだろうな。人の往来はぼちぼちあるが、全員スルーしてるし」

「イケメンいないかな……」


 門番というよりも、上からなにか伝えられたとき閉めるだけの係みたいな感じだ。武器もないからいきなりなにかされるってことはないだろう。


「じゃあちょっと私、行ってくる!」

「えっ」


 モモンガの発言に、みんなで驚く。ここまで慎重にやってきたのがなんだというのかというくらい大胆だ。


「も、もうちょっと観察してからでも……」

「私あそこに住むんだよ! 早くいろんなこと知りたい!」


 この町に住むことはもう確定事項なのか。色々と凄い子だ。

 だけどモモンガひとりで行かせるのは危険だ。治安とかまだ全然わからない状態だし、いざというときは俺たちが守らないといけない。


「仕方ない、みんな行くぞ」

「そっすね」

「あたしも早くイケメン見つけないと!」


 全く、面倒なことにならなきゃいいけど。



「すげえ! これ見てよ!」

「うーむ……、文明レベルはお約束的な中世ではないな。むしろ産革後くらいだろうか」

「あれ! あれおいしそう!」

「んー……あの人は60点、おっとこっちは75点くらいかぁ?」


 みんな好き勝手やっている。自由人だなぁ。

 俺はみんなを見失わないよう、なるべく気を配ろう。



 そんな感じで歩いていたら、周囲の人たちがひそひそと話しているのに気付いた。


「なんかあまりいい空気じゃないな」

「俺もそれ気付いたっす」

「むしろ危険な匂いがする」


 野郎3人で町の──というか、俺たちを見る人たちの雰囲気の異様さに気付く。

 服装が全く異なるし、こちらの人たちの顔は西洋系とアジア系のハーフみたいな印象で、これまた俺たちとは顔が違う。目立つのは当然だ。


 すると突然、人影から数人の男が現れた。同じような服装で揃っているところをみると、役人的なアレだろう。それぞれが銃のようなものを持っている。

 やばい。そんな風に感じていたら、他の連中は呑気にスマートフォンを取り出してなにかしている。


「ガァッデッア、セデュケ、アレオネ!」


 聞いたことのない言語を叫ばれる。やばい、不審者だと思われているのだろう。


「駄目っす。音声翻訳にひっかからなかったっす」


 スマートフォンの翻訳機能かよ。異世界語なんてあるわけないだろ。


「『おなかすいたお』って言ってるみたい」

「バウ〇ンガルじゃねえかそれ!」


 ええいどいつもこいつも。


「とにかく手をあげてなにもしないことをアピールしろ。不必要に笑顔を見せないようにな」


 日本人的には笑顔でアピールすればいいみたいな感じだが、海外では通用しないことも多々ある。余裕があって笑っていると思われたら危険だ。

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