おかしな車と魔法

「いててっ、いててててっ! アリスのおっさん、もう少しゆっくり」

「なるべく腕を前にするんだ」


 俺よりもずっと細いが、ハッシャクは背が高いうえに体が固いらしい。ぐねぐねとくねった穴が厳しいようだ。


「うお、ここ辛い……まだっすか?」

「あと10メートルくらいだ。頑張れ」

「いつつつつっ。攣る……」


 こうしてハッシャクの悲鳴を聞きながら、ようやく俺たちは穴を出ることができた。




「うーん……」

「どうだ?」

「確かにおかしな場所っすね。あ、撮影しないと」


 ハッシャクはハンディカムとスマートフォンを使い、辺りを撮りだした。

 以前も来たが、なんというか、本当にここは日本なのだろうかと思ってしまう場所だ。


 入ったところは森山。それはここも同じなんだが、なんというか雰囲気が違う。

 木の密集具合というよりも、種類が異なっているのだろう。おどろおどろしい感じが漂っている。


「アリスのおっさん、あの鳥なんっすかね」

「さあ……。俺も野鳥とかに詳しいわけじゃないからなぁ」


 見たこともない巨大な鳥が、奥の木の枝に止まっている。とても不気味だ。


 暫く辺りを調べていると、遠くからガラガラという音がこちらへ向かってくることに気付いた。

 山の下にある砂利道からだ。俺とハッシャクは垣根のような木に身を潜め、様子を窺う。



「なんっすかね、あれ」


 ハッシャクは双眼鏡を覗いて音の発生源を見ている。


「おっ、それいいな」

「必需品っす。もいっこあるんでそれ使ってください。小さいけど倍率はいいんすよ」


 ハッシャクはほんと頼りになるな。相棒としては申し分ない。

 早速それを借りて音の方向を見る。


「……幌があるから馬車、かな」

「馬いないっすよ。農耕用トラクターじゃないっすかね」

「あんなトラクターはないだろ……」


 円筒形だから形状的には汽車……蒸気機関に近い。但し煙突はないが、後ろへ延びたエキゾーストパイプらしきものから煙か水蒸気が出ている。

 更に特徴的なのは車輪だ。ゴムタイヤはついておらず、馬車のような木製ホイールの外側が歯車のようになっている。

 だけどあれじゃあ駄目だろ。地面に力を伝達するのにはいいだろうが、歯車の溝で強度が落ちてすぐバラバラになってしまう。

 とてつもなく硬い木だというのなら別だろうが、それはないだろう。

 リグナムバイタという木があって、のこぎりで切ると歯がダメになるほど硬いらしいが、水に沈むほど重い。軽いという木の利点がないなら打ち直せる分、鉄で作ったほうがマシだ。


「もう一台来たっす」


 ハッシャクが言うように、後からもう一台が追うようにやってきた。


 するとそれに気付いたのか、前を走っていた車らしきものが止まり、中から女のような人物が出てきた。


「……髪、緑っすね」

「うちの隣のおばちゃんの髪も緑だぞ。それにかつらかもしれない」


 あそこまで綺麗に染まるものか疑問だが、天然の緑の髪なんてものは存在しない。あれはアニメや漫画だけだ。


 そしてその女はライフルのようなものを取り出し構え、なにかを叫んでいる。

 警告にしては距離が遠すぎるだろと思っていたら、そのライフルのようなものから火の玉がもの凄い勢いで飛び出した。


 それを見て慌てるように車から飛び出す後続車の人たち。だが火の玉が車に当たると同時に大爆発。


「……うっ」


 ハッシャクが目を逸らす。あの距離でこの爆発だ。巻き込まれたと見た方がいい。


「大丈夫か?」

「あ、はい……」


「当たり前なことだが、さすがにああいったものは駄目か」

「死体なら平気なんっすけどね。廃墟とかでもよく見るんで」


 死ぬところに慣れていないということか。てか死体だったら平気ってのもどうなんだ。


「んで、さっきのはなんだと思う?」

「あー…………いや……だけど……」

「なんだよ、もったいぶんなよ」


 ハッシャクはとても苦々しい顔をしてから、盛大なため息をつきこちらへ顔を向けた。


「……あれは魔法っす」

「……はぁ?」


 なに言ってんだこいつ。そんなものがあるわけない。


「ほらそういう顔する。なんだこいつって思ってんしょ。だから言いたくなかったんすよ」

「そりゃあそうだろ。だって……」


 魔法なんてこの世に存在しないし、してはいけないものだ。

 全てのものは科学で説明できるし、説明できないのなら、それはまだそこまで現代科学のレベルが達していないだけになる。

 それを魔法と呼ぶのならそれでいいが、普通に言われる魔法なんてあってはならない。


 なんてことを考えている俺に、ハッシャクは真顔を向けている。


「じゃあなんで魔法だと言ったのか、その根拠を説明しますよ」

「ああ」


 俺だって物理や化学はそれなりに知っている。この若者がどうそれを打ち砕くのか聞いてみるのもいいだろう。


「まず、あの火の弾。どう思いました?」

「どうってのは?」

「速度的にっす」

「速かったな」

「速かった。ええ、速かったんすよ」


 なにを言いたいのかいまいち理解できないが、火の弾が速かったから魔法というのはおかしい。


「分かりやすく言ってくれ」

「じゃあアリスのおっさんは実弾の射撃を見たことあるっすか?」

「ん? グァムで撃ったことあるが……」

「弾、速かったっすか?」

「速かったといや速かったんだろうが、速すぎて見えないものだからなぁ……」


 そこまで口にして気付いた。

 あの火弾は速いといっても見える程度の速さなんだ。恐らく矢と大差ないくらいに。

 その証明に、後続の車に載っていたやつらは弾が飛んでくるのを確認してから逃げようとしていた。


 そして距離だ。

 あの程度の速度のものを100メートル以上飛ばすためには、かなり山なりに撃たないといけない。だがあれは一直線に飛んでいた。そんなこと物理的におかしい。


 ……なるほど、だから魔法か。ワイヤーでも通してそれを利用すれば可能だろうが、俺程度の知識では完全にお手上げだ。



「それよりアリスのおっさん。さっきの車、行きましたよ」

「ああ」


 追手を倒したという認識だろうか、撃ってから車に乗り走り去って行った。


「ちょっと気になるんで、俺はあの残骸を調べてきます」

「えっ、おい」


 ハッシャクは残骸のところへ行ってしまった。ほんとフットワークが軽いやつだ。

 仕方ない。俺も行ってみるか。

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