オカルト板の青年

 『ツノの生えたウサギの巣に入っていったらおかしな場所へ出ました。あそこは一体どこなのでしょう』



 質問しておいてなんだが、自分自身なにを聞きたいのか理解できていない。一体あれはなんだったのだろうか。

 さっきまで俺がいた場所は、間違いなく知らない場所だった。たかだか数十メートル進んだだけで未知の領域とか意味がわからない。


 >昨日のアルミラージのおっさんか

 >ウサギを追いかけて穴に入るとかおっさんはアリスかよww


 不思議の国のアリスか。そういえばそんな話だった気がする。


 >それでアリスのおっさん。今度はなにを見たんだ? トランプの兵か?

 >いや笑う猫だろ

 >卵のおっさんかもしれん。いや、アリスが汚いおっさんになってるんだから卵の幼女に!?


 誰が汚いおっさんだ。こいつら好き放題だな。


 >まあでももしアリスのおっさんが言ってることが正しかったとしたら……。ちょっと案内してくれ。俺行ってみるわ

 「は? えっ? 来てもらう分には構わないんだけど、こんな話信じられるの?」

 >百聞は一見に如かず。俺は見ないと判断しない。オカ板住人のフットワークなめんな


 オカ板?


 調べたところ、オカルト板という掲示板があって、そこの常連は地元でなにかあったら現場へ直行するという身軽な連中が多いらしい。


 「わかりました。いつごろ来られますか?」

 >Y県だろ? 今からでもいいぜ


 フットワーク軽すぎだろいくらなんでも。


 「じゃあ明日の10時、〇〇駅で」

 >b


 なんだかよくわからないことになってきたぞ。だけど他人に見てもらったほうが間違いはないだろう。





「────えっと、質問チャットの人ですか?」

「ど、どもっす」


 駅にいたのは、細身で背の高い青年だった。

 俺の車に乗せ、爺ちゃんの山へ向かっているところ、持って来たリュックを青年は開けて見せた。


「色々準備してきたっす。懐中電灯にデジカメ、予備バッテリーにスマホ2台……他にも……」

「昨日伝えたと思うけど、ほんと狭いんだ。あまり荷物は持ち込めないよ」

「大丈夫っす。荷袋にロープを繋いで引っ張るんで」


 なるほど。それなら背負う必要はないから穴を通せるだけの荷物なら問題なく持ち込める。こういうことに慣れているのがよくわかった。





「えっと、じゃあまずうちへ入ってくれ。色々準備するだろ?」


 駅から車で30分。田舎だから信号もあまりないのにそれだけかかる場所だ。

 とりあえず爺ちゃんの小屋に入ってもらい、準備してもらう。


「あ、はい。その……、突然連れ込んで掘ったりはしないっすよね」

「ん? 穴はもうあるんだから掘る必要はないよ」

「いえ、なんでもないっす」


 おかしな青年だな。

 中に入った青年は周囲を見渡す。特にこれといったものは置いてないんだが、少し自重して欲しい。なんとなく恥ずかしいから。


「ふぅん、一応ネットは繋がってると。無線ルータだからWi-fiもOKっと。それでアリスのおっさん」

「そのアリスはやめてもらえないか」


 苦笑で返す。

 いい歳したおっさんにアリスはないだろ。谷村〇司じゃないんだから。


「えーっと、ハンドルなんでしたっけ?」

「……マジカルエミ」

「……エミさんって呼べばいいっすか?」

「……アリスでいい」


 なんで俺、あんなアニメの女キャラ名ハンドルネームにしたんだよ。数年前から使っているが、あのときの俺は気が狂っていたに違いない。

 確かに子供のころは好きだったが、あくまでも子供のころの話だしな……。


 ネットで本名は厳禁。それは実際に会ったとしてもルール違反である、らしい。どうせ偽るなら女性名のほうがやさしく答えてもらえるみたいな発想だったんだろうと当時の自分を弁護してみる。


「まあいいや。じゃあちょっと着替えるんで」

「着替えまで持ってきたのか。本格的だな。ええっと……ハッシャクくん?」


 確か彼のハンドルネームはハッシャク。なにかの妖怪の名前だそうだ。

 ネットでは有名らしいが、俺はよく知らない。口裂け女とかと同じくらいメジャーだと聞かされたが、俺がガキのころはそんなものいなかった。


「そりゃ穴に入るんだから着替えくらい必要っしょ。作業用ツナギ持ってきたんす」


 ああそういうのがあると便利だな。他の作業にも使えるだろうし、俺も買ってこよう。


「他にどんなのがあるんだ?」

「軍用ブーツとかもあるっす。廃墟とか入るとき、ガラスや釘で足を怪我しないように。登山だったら蛇の牙も通さないから安心っすよ」


 なるほど軍用ブーツか。


 他にも安い皮手袋と、使い捨ての薄いゴム手袋10組ほど。見た目ひょろっちいのになかなか装備が整っている。フットワークが軽いだけじゃないんだな。いや逆か。これだけの装備が整っているからいつでも動けるんだろう。

 ただの無謀な若者ではないらしい。彼なら信頼できるだろう。少なくとも俺よりも。



「さて準備できた。行きましょう」


 俺は完全武装したハッシャクを穴に案内した。

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