第9話 想いをつなぐ

「お礼の手紙を書きたいので住所を教えてください」


ある日の午後、受けた電話の主はそう言った。

サポートセンターでは多くの顧客情報を管理するため、

住所などは明かせない。

なので、本社の統括管理の住所を言うことになっている。


「かしこまりました」

大慌てで調べる。

ハァハァハァ。

滅多にこない問い合わせになると、こんな感じ。

水の上では優雅に「かしこまりました」と答えて水面下ではバタバタするのだ。


カチャカチャと調べているときに、その人は言った。

「僕の友人が亡くなりましてね」


え…。


「その友人のパソコンが電源入れても動かなくて。

ずっと放置してたようなんですが…

こんなことになってしまって。

それで、その友人の彼女が、思い出の写真とかメールとか

どうしても取り出したいってことで、間に僕が入ってそちらにお願いしたんですよ」


調べる手も止まり話を聞くうちに

ぽろぽろと涙が出てきた。


「ああ、すみません、話し込んじゃって」

「いえ、とんでもないです…」

涙声をこらえて住所を伝え、電話を切った。

その時の担当者の名前を挙げて、くれぐれもお礼を伝えて欲しいと伝言。

「彼女のほうからも、お礼の電話があると思いますが

僕も言いたかったもので。すみません」



上司に報告すると、その話はかなり有名で、色々とあったという。

うちのサポートセンターは個人情報保護法など厳しい監視の下で

本人、もしくは家族以外の問い合わせには答えられない。

今回のケースは所有者の「恋人」と「友人」。

大事な個人情報も入っているかもしれないPC。

しかも起動ができない最悪の状態。

リカバリしかない。でもリカバリするとデータが消える。


事情が事情なので、こちらも断るに断れず、所有者の家族に了承を得たり、

担当者から上司へ、またさらに上へと了承の印鑑が押されていった。

パソコンは所有者の実家からPCの操作に詳しくない恋人のところへ行き、

そしてPCに詳しい友人(これがまたそこからかなり遠距離だった)へ輸送された。

なんとかしたいというこちらの誠意とお客様の熱意が実を結んだ。


企業はお役所仕事というけれど、

最初の段階で「それはできません」と突っぱねることない対応がすごいと思った。


後日、家族と恋人、友人の方々からお礼の手紙が本社に届いた。

所有者であった人がどういう経緯で亡くなられたのかは知りえないところですが、

部屋には新しい弊社のパソコンが封もあけられず、まだ置いてあるとの事でした。



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