第16話 我が名は、しっぽな

我が名は「しっぽな」。

拾われて1年になる。

しっぽがない、という意味らしい。

名付け親であるこの家の4人の子供たちは揃いも揃って失礼極まりない。

本名は「ニャンクライド・フォン・アルベルスキー」だ。

ロシアからフランスに亡命した、これでも立派な貴族である。


「あ、しっぽなだ」

警備の途中、学校帰りの夜市に出会う。

こいつはオレの子分、末っ子の夜市だ。

使えないヤツだが、兄貴分としては面倒を見てやるのが仁義だ。

「やあ、お勉強がんばってるかね?」

一声かけて仕事に戻る。

最近、「ねこ魔王」と名乗るボスが現れ、近くの寺に住み着いた。

この界隈の猫どもは怯えて島を変える奴らもでてきた。

既にねこ魔王に取り入る連中もいて、ゴミを漁ってはそれを献上しているようだ。

ママさんは近所から「お宅の猫、ゴミを荒らして困るんですよ」といわれ、

見てもないのにすっかり犯人はオレだと思い込んでいる。

日々の食事も心なしか少なくなった気がする。


濡れ衣を着せられたオレはゴミの日に近くの屋根から警備することにした。

ゴミに近寄ってくる魔王の一味に痛烈な一撃を与え、威嚇する。

よほど痛かったのか、それからゴミは荒らされることがなかった。

次にねこ魔王は洗濯物を荒らし始めた。

これは明らかにオレへの挑戦だ。


ある日、いつものように警備していると

ばったりとねこ魔王と会った。

すぐに戦闘体勢に入る。この俊敏な判断がオレたちの生死を決める。

「人間に飼われている哀れな猫様登場か?」

魔王が長いしっぽをゆっくりと振りながら立ち止まる。

「オレは飼われてなどいない」

「餌を与えられて、それでも飼われてないと?」

「そうだ」

オレは飼われてなどいない。

「笑止!」

前足に力を込めた瞬間、敵が空を舞う。

逃げるか、迎え撃つか。

決まってる。

真っ向勝負だ。

鋭い爪をむき出しにし、魔王がオレの体を切り裂く。

痛みを抑えながらも耳をくわえて引きちぎらんばかりに引っ張る。

ギャアッ

ねこ魔王は叫びながらブロック塀を乗り越え、犬のいる松田さんの庭に飛び込んだ。

その先をオレは知らない。


ボロボロになった体は余命いくばくもなかった。

「しっぽなから血が出てる!」

オレを見つけた夜市が兄姉たちを呼んできた。

4人の子供たちがマキロンを手に「猫にも効くの?」と相談している。

次女のフミが持ってきたミルクが、やけにおいしかった。

多分、これがオレの最後の食事。

子供たちが優しくオレをなでる。

オレは飼われてなどいない。

この家の子供たちを守っているんだ。

ずっと守っていくと誓ったのに、もうできないんだ。

ごめんな、お前たち。


オレはミルクを飲むと、子供たちから離れた。

「しっぽな、どこ行くの?」

「危ないから、もう行っちゃだめ!」

足元にまとわりついて、可愛く鳴くこともなかったけど

そんなオレでも可愛がってくれたお前たちのことは忘れないよ。


我が名は「しっぽな」。

吉永家のの子供たちを守っている猫。

この先もずっと。

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