11. 痣
人生で最初に見た光景をおぼえているだろうか?
僕の場合、それは夜の海だった。あたりは真っ暗で、ほう、と吐く息が白くなるような、寒い場所だった。自分がどこにいるかもわからず、ただひたすら砂浜を歩いた。やがて、明るい光が遠くに見えてくる。近づいてみると、真っ赤な柱に提灯が無数につるされている──巨大な鳥居が海の上に建っていた。もっとよく見ようと瞬き、ぎょっとする。人がいる。暗さで男女の判別はつかないが、鳥居の下、海面の上にいる。あそこには足場があるんだろう。けれど、あんなところでいったい何を? 一歩近づこうとして、足を止めた。声だ。周囲には誰もいない。僕と、鳥居の下の人影だけだ。あの人影が話したんだろうと、僕は思った。驚いたのは、耳元で囁かれたように近くで聞こえたことだ。声は淡々と、突き放すように語りかけてきた。
『あなたの命は、十五の誕生日に尽きるでしょう』
「えっ?」
『これは決定されたことです』
「なに……?」
『あなたは、前世でたくさんの命を奪いました。その罪により、生まれ変わっても生きられるのは十五までと。そう決められています』
「……は?」
これは夢だろうか。夢なら、こんなシチュエーションもあるかもしれない。そうだと言わんばかりに声は続ける。
『これは夢。そして現実です。証拠として、あなたの背に
やり取りはそこで途切れてしまう。いつもそこで目が覚めるのだ。朝、夢から解放された僕は「またか」とうめく。初めてこの夢を見たのは、五歳か、三歳か──もっと前のことかもしれない。いずれにせよ、不思議な夢のお告げが、僕のもっとも古い記憶になる。四月十日に産まれた僕は、毎月十日に同じ夢を見る。十五歳の誕生日に死ぬと、謎の人物に宣告される夢だ。そして僕はいま、十四歳になっていた。問題の十五歳の誕生日が、来週に迫ってきている。
****
「
体育の授業前、教室で着替えていると、クラスメイトの田代が言った。田代は僕の背を凝視している。
「なんでもない」
慌てて体操着を羽織ったが、遅かった。田代の目は「おもしろいものを見つけた」と光っていた。
「それ
「怪我したんだ。子供の頃に」
「ふうん。ちょっと見せろよ」
「嫌だよ」
「変わった形で格好いいじゃん。ほら!」
「ちょ、止めろって!」
「みんな~! こいつ格好いい痣あるぞ! 背中に星みたいな……」
「っ、いい加減にしろよ!」
めくりあげられた体操服を勢いよく戻した。本気で振り払うと、田代は「なんだよ」と口をとがらせ、教室を出て行く。他のみんなも一瞬こちらを向いたが、すぐに雑談に戻った。ただのおふざけと思われたらしい。僕は動悸が止まらなかった。「飯森」と書かれた体操服のゼッケンをぎゅっと握る。こんな痣、誰にも見せたくない。痣は赤黒く腫れ、痛そうに見えるらしい。けれど実際、感覚はない。僕はこの痣が大嫌いだった。普段は考えないようにしていたが、毎月十日になると嫌でも思い出させられる。あの夢を見るからだ。真っ暗で冷え切った海と、神社の朱鳥居。そして、シルエットしか見えない人影の言葉を──。
「飯森、大丈夫?」
顔を上げると、
「もう行かないと。タケ先に怒られるぞ」
僕は頷きながら、驚いていた。深山君と僕には接点がない。彼が話しかけてくるなんて、よほどのことかもしれない。深山君は、いるだけで空気を賑やかにできる人だった。茶色に染めた髪に、すらりとした体躯。ルックスも良く、性別を問わず人気がある。放課後はサッカー部で練習ばかりしているのに、意外と成績もいい。いつもヘラヘラしているが、根は真面目で、心の中に一本芯がある。はた目に見ていても、「いい人なんだ」とわかってしまう。そんな深山君のことが、僕は苦手だった。深山君は居心地悪そうに待っていた。教室はいつの間にか無人だ。みんなグラウンドに行ってしまったらしい。一緒に教室を出ると、彼は見張るように背後からぴたりとついてきた。胡乱げに見たせいかもしれない。深山君の口が歯切れ悪く動く。
「あの。さっきの、話だけど」
「さっきって?」
「その……痣だけど。それって、怪我したの?」
「あー違うよ」
「でも。ちょっと聞こえてさ。子供の頃に、怪我したって」
なんだ、聞いてたのか。こんな大きな痣は珍しいから、興味がわいたのかもしれない。深山君は、緊張した面持ちで答えを待っている。僕は肩の力を抜いて、本当のことを話すことにした。
「産まれたときからあるんだ」
「……痛んだことある?」
「全然。ただの模様みたいなもんだから」
深山君は露骨にほっとした。他人からすれば、痣は痛々しく見えるのだろう。なんだかひどく申し訳なくなり、僕は頭を下げた。
「ごめん。見苦しいもの見せて」
「いや、こっちこそ──」
「え?」
「でもなんか、不思議だな。飯森とこうして話すの、初めて?」
「それはない。今日の日直だって、同じだよね?」
「それは、そうだけど」
「初めてはひどいよ」
深山君はきまり悪そうに笑った。なんとなく、言いたいことは分かる。挨拶以外で話すのは、たしかに初めてかもしれない。僕は基本、必要がなければ誰とも話さない。僕と深山君とでは、クラスでの立ち位置も違うのだ。深山君はクラスの中心的存在だが、僕は壁際で息を潜めている。意外だったのは、予想よりも深山君と会話のペースが合うことだ。僕が考えていたより、彼はずっと落ち着いている。クラスで騒がしくしている姿しか知らなかったから、新鮮だった。まったりとした空気の今のほうが、彼の素なのかもしれない。グラウンドまで穏やかに雑談する間に、僕は彼と友達になりたいと思っていた。
****
「飯森、進路はもう決めた?」
夕方、日誌を書いていたときだ。黒板を掃除していた深山君が、振り返りもせずそう聞いた。放課後の教室には、僕ら以外誰もいない。僕らは日直当番で、それぞれの仕事をこなしている。手を止め、僕は仕方なく答えた。
「まだだけど。深山君は?」
「東高」
「えっ。偏差値高くない?」
「そうかな……飯森も行けるだろ」
「僕は、無理だからいいや」
「無理ってなに? どういう意味?」
「いや……高校には行かないから」
「は?」
深山君の声がとんがったものになる。わざわざ目の前にやってきて、じっと睨みつけてくる。なんでこんな話になったんだっけ。不思議なもので、静かな空間にいると肌で相手の怒りを感じとれてしまう。どうして怒らせてしまったのか。ひたすら日誌を見つめていると、不機嫌な声が聞こえてきた。
「なんかないの。飯森には夢とか、将来なりたい職業は」
「ないよ……」
「なんで。俺より頭いいだろ? 成績いいじゃん」
「なんで知ってるの?」
「──べつに。有名だし。みんなそれくらい知ってる」
ぶすくれた顔の深山君を見て、僕は日誌を書くのを諦めた。
「じゃあ反対にさ、何になりたいの?」
「俺? 医者になる。そう決めてるから」
「へぇ。だから東高」
「ストレートで医大に合格する。とっとと医者になって、大学病院で働くんだ。研究しながら、難しい病気の治療とかしてさ。かっこいいだろ?」
「いいね」
「たくさんの人を治す医者になりたくてさ。命を救うって、凄いよな。いろんな人を助けるのも、薬を作るのもかっこいいし。それからさ──」
「それから?」
キラキラと夢見ていた深山君の目が、ふっと影を帯びた。
「飯森は? なんで高校行かないんだよ?」
僕の口からは疲弊の声しか出てこない。
「この話、止めない?」
「なんで」
「なんで?」
深山君はじっと答えを待っている。なんで? 簡潔なそのひと言が、行き場もなくさまよっている。僕はさっさと日誌を書いて帰りたかった。だんだんと沈黙に疲れはじめ、諦めた。……どうでもいいか。話さないよりも、さくっと話して解放してもらえばいい。答えを聞くまで諦めそうにない相手に、僕は降参のポーズをとる。
「──じゃあ、言うけど。絶対に笑わないでよ」
「わかった」
「十五になったら、僕死ぬんだ」
「は?」
「十五になったら死ぬんだ」
深山君は目を丸くしていた。けれど笑わずに、約束通りぎゅっと口を結んでいる。例の夢のことを話した。毎月十日に同じ夢を見ること。夢の中で「十五歳で死ぬ」と告げられること。そして背中に産まれつきある、あの奇妙な痣のことも。
「だから将来のことは、考えても無駄だと思って。もうすぐ死ぬんだから」
「誕生日は?」
「え?」
「誕生日。いつ?」
「四月、十日だけど……」
思っていた反応と違う。もっと笑われるか、馬鹿にされると構えていたのに。すると深山君は、誰が見ても分かる作り笑いを浮かべた。
「まあ、そんな深刻になるなって。同じ夢を見るって、よくあることだろ。どこかで見た風景なんじゃね?」
「いや……」
「それにほら。四月十日って、もう来週の日曜じゃん。でも今、ぴんぴんしてるし。あと数日で死ぬとか、あり得ないから」
「そうだね……」
「あれだ。ストレスのせいとか? 最近なにかで笑った?」
「どうだろう。笑ってないかも」
「そっか……なら、どっか遊びに行こう!」
「えっ。嫌だよ」
「いいじゃん、たまには」
「や、本当に僕……」
「パーッと遊びに行こう。来週の日曜に」
「日曜? 僕の誕生日に?」
「ん?」
「嫌だよ」
「えぇ? じゃあ、来週の土曜は?」
「土曜は……」
来週の日曜は、僕が死ぬと宣告されている日だ。もし人生最期の日になるなら、悔いのないようにひとりで過ごしたい。でも一度くらい、深山君の言う通りパーッと遊びに行くのもいいかもしれない。
「土曜なら、いいよ」
「っし。どこ行く? 俺のおすすめは──」
機嫌のいい声をBGMに、僕は日誌の続きにとりかかる。心の奥に、暖かい期待が生まれている。もっとはやく深山君と話せていたら、僕の人生は違っていたかもしれない。恐ろしい夢に怯えていた僕を、深山君が笑い飛ばしてくれたなら……。僕の命は残り数日。けれど死ぬ前に、楽しみがひとつできた気がする。深山君のおかげで、鬱々とした気分が少し晴れた気がした。
****
約束の土曜日。僕たちは考えうる限りの「パーッと遊ぶ」をした。カラオケ、ゲーセン、遊園地、ショッピング。めまぐるしく変わる原色に大音量。目はチカチカし、喉はカラカラになった。深山君と一緒にいるのは楽しい。自然と笑える自分に驚いたくらいだ。こんなに長時間笑顔でいたのは初めてかもしれない。「そろそろ」とお開きになりかけた夕方、深山君は最後に、住んでいるマンションの屋上に僕を連れて行った。暮れゆく街なみは別世界のように、うっとりと茜色に輝いていた。深山君は屋上のフェンスにもたれ、笑って言った。
「ここさ、本当は入っちゃいけないんだけど。鍵開いてるから、時々来るんだ。綺麗だし。せっかくだから見てもらいたくて」
深山君は暖かい飲み物まで持ってきてくれた。長時間話し喉がカラカラだった僕は、ありがたく紙コップを受け取った。飲み干すと、体全体に熱が広がっていく。爽やかなお茶の香りが鼻に抜け、疲れが四散するようだ。僕がひと息つくのを見て、深山君がうつむきながら言う。
「今日楽しかったな。ありがとな」
「僕も。ありがとう。本当に楽しかった」
「そっか」
「あーぁ。なんかさ。馬鹿らしくなってきた、かも」
「え?」
「ほら、夢の話。僕が明日、死ぬって話だけど」
「……うん」
「あり得ないって、言ってくれたよね? 同じ夢を見るなんて、よくあることだって。今までなら、なに言ってるんだよって、そう怒ってたと思う。僕の気持ちなんて分かるわけないだろって。でも今日さ。なんか、深山君の言うとおりかもって。急に、そんな気がちょっとしてきたんだ」
一日思い切り遊んでみて、ふと思ったのだ。現実はもっと違う形をしているのかもしれない。自分で勝手に、夢のお告げ通りに死ぬと決めつけていただけで、本当はすべて勘違いだったのかもしれない、と。
「変な夢を見るから、僕は十五で死ぬんだと思いこんでた。馬鹿だったかも。考えたら、ただの夢なのに。なんでそう思えなかったんだろ……僕は、死なない。うん、きっとそうだ。僕にも未来がまだある。そうだよね?」
「…………」
「明日のことは、ちょっと怖いけど。明日死ななかったら、僕にもその後の人生がある。志望校も決めないと。受験勉強は、真面目にやってこなかったけど。まだ間に合うかな? そうだ、なにかいい参考書があったら、ぜひ……おしえ、て──?」
ぐにゃりと、世界が歪んだ。目の前にある手すりが、ゴッホの絵のようにうねっている。手にあった紙コップが感覚もなく落ちた。体に力が入らない。倒れる──とっさに伸びてきた腕が僕の肩をつかんだ。深山君だ。でも、支えてくれたわけじゃない。
「あ、え──?」
「薬だよ。お茶に混ぜておいた。鎮痛効果があるから、痛みは……」
背中をフェンスに押しつけられた。フェンスは乗り越えられる高さだ。両肩を上から押され、僕の上半身は宙に乗り上げる。深山君は笑っていたが、泣いているようにも見えた。
「なぁ、なんでそんなこと言うんだよ。考えてなかったろ? 将来のこととか、どうでもいいって顔してたくせに! 飯森さあ、自分の死を受け入れてたんだろ? だから──なのになんで今さら──」
「やめっ……!」
「俺は、こうするしかないんだ! お前と違って俺は、ずっと生きたいと思ってた! だから俺は死なない! 死なない! だから、だから、だからお前が死ね!」
落ちる。腰が回転し、落下点が見える。悲鳴は喉奥で乾き、声にならない。なんとか振り払おうと体をひねった。同じ方向に力を入れていた深山君がバランスを崩す。もみあいになり、フェンスの上で体勢が入れ替わった。僕はろくに体も動かせない。ただ力なく、彼の上に乗り上げただけだ。深山君は体勢を立て直そうとした。間近に獰猛なうなり声を感じる。深山君と目が合った。射殺すような鋭い眼光だ。僕はぞっとする。本気だ。本気で、僕を殺そうとしている。
「え?」
一瞬、何が起きたのかわからなかった。深山君がぽかんとしている。彼がもたれたフェンスが外れた。深山君はとっさに手を伸ばし、泳ぐように空をかいた。僕は彼に振り払われ、屋上のへりに座りこむ。支えをなくした深山君は、垂直に落下した。僕は唖然と座りこんでいた。今見た光景が目に焼きついている。深山君が手を伸ばし、信じられないという顔で死を悟って、それから無情にも落ちていくのを──。
しばらく動けなかった。ひどい睡魔に襲われている。薬のせいだ。誰かに助けを求めるべきだ。力の抜けた体を引きずり、下を目指した。視界が暗くなってくる。這うように扉をくぐり、ころびながら階段を下りる。数階分をなんとか降りたが、そこで力つきてしまった。意識が落ちる寸前に、手探りでどこかの扉を開いた。誰かいるかもしれないと思ったが、そこは無人だったらしい。焦りは眠気に飲みこまれていく。行かないといけないのに。どこへ。誰かがいる場所へ。──でも、なんで──……? 意識はそのまま眠りに引きずられていった。
****
いつもの夢だった。真っ暗な海だ。闇に浮かぶ、無数の灯篭の光。巨大な鳥居と、遠くに立っている人物。──ひとつだけ、いつもと違う点があった。鳥居との距離が近づいている。遠くにいたはずの人影は、体の輪郭が見えるくらいの距離にいた。そんなことは初めてで、僕はぞくりとした。ついにそのときが来たのだ。僕が死ぬ瞬間が──。人影は僕のほうを向いていた。どこからともなく声が聞こえてくる。いつもと同じことを言われると思ったのに、今日は違っていた。
『あなたに、三年の猶予が与えられました』
「え?」
『あなたの命は、十八の誕生日に尽きるでしょう。これは決定されたことです』
「な、なに……?」
『あなたは、罪印をもつ者の命を奪いました。罪印ひとつにつき、一年の猶予が与えられます』
「罪印? 猶予……?」
『寿命です』
茫然とする僕を置き去りに、声は続ける。
『深山薫。彼は、あなたと同じ罪印を持っていました』
「は……?」
『深山薫は、あなたと同じく十五年で死ぬ予定でした。しかし、深山薫はすでに二人の罪印を葬り、二年の猶予を得ていました。よって、あなたに深山薫の余命二年と、深山薫の罪印を消したことの一年、計三年の寿命が与えられます』
「ちょ、ちょっと待って! 僕が、深山君を殺した? で、でもあれは事故で! 僕が落とそうとしたわけじゃ……そ、それに、深山君に罪印? まさか」
深山君にも同じ痣があったのだろうか。声に出してもいないのに、人影は頷く。
『そうです』
「そんなのおかしい! だって……だってじゃあ、彼もずっと同じ夢を……?」
『そうです』
「なんで──それに、寿命が与えられるって、なに」
『罪印をもつ者の命をひとつ奪うと、一年の寿命が与えられます』
「一年? じゃあ、深山君は」
『二人の罪印を葬り、すでに二年の猶予を得ていました』
そのとき、歯車がかみ合うように理解した。彼が近づいてきたのは。だから、あんなことをしたのか。僕の気を緩ませ、屋上からつき落とそうとした。彼自身の生きる猶予を得るために。
「で、でもなんで。そんな話、今さら──知らなかった!」
他にも同じ痣をもつ人がいるとか、殺したら寿命が延びるなんて話は聞かされていない。
『問われませんでした』
「なっ……」
文句を言いかけ、息をのむ。深山君はきっと聞いたのだ。彼は生きることに貪欲だった。自分の未来を明確に思い描いていた彼なら、あんな状況でも「どうすれば生きられるか」と聞いただろう。答えを得た彼は、二人の人間を殺した。三人目の僕を見つけると、近づいてきた──。
「……僕みたいな人が、他にもたくさんいるってこと?」
『そうです』
「で、でも、そんなのどうやって見つけるんだよ? 痣なんて、服の下に隠れてるじゃないか! 深山君はたまたま、僕の痣を見たかもしれないけど。他の人は」
その瞬間、背中にある痣がじくりと痛んだ。熱を持ち、鼓動のように脈打っている。
『痛みが、罪印との距離を示します』
「な、なに?」
『はじめて罪印の命を奪うと、罪印に痛覚が発生します。他の罪印にも、あなたの存在が感じとれるようになります』
「待って。つまり──」
『これからは、近くに罪印がいれば、互いにわかるでしょう』
僕は愕然とした。深山君に痣のことを聞かれたとき、なんて言われた? たしか「痛むか?」と聞かれた。あれは、そういうことだったのか。僕は誰も殺していない。痣を見るまで、深山君は気づかなかったはずだ。それでも、彼は念入りに確認した。僕が罪印についてどれくらい、何を知っているのか。問われたときの反応を見ていたのだろう。僕はのうのうと話してしまった。何も知らずに、死をあっさり受け入れていることさえも。
『あなたの命は、十八の誕生日に尽きます。これから毎月、あなたが産まれた日に。今日と同じ夢を見ることでしょう。十八の年、あなたがこの世を去る日まで──……』
****
サイレンの音で目が覚めた。掃除用具入れの中で僕はうずくまっていた。ホウキやバケツが鼻先にあり、ぎょっとする。慌てて外へ出ると、すっかり暗くなっていた。近くにパトカーが停まっている。真っ赤なサイレンが空気を異様に染めていた。外階段へ出ると、深山君が落ちたあたりに人が集まっていた。マンションの住人だろうか。ひそかな声が風に乗り、聞こえてくる。
「自殺だって。まだ若いのに」
「あの子、いつも挨拶してくれて。本当にいい子だったけど……」
僕は力なくその場にへたりこんだ。背中の痣が痛かった。ズキズキと背中が熱くなってくる。さっきまでは痛くなかったのに。掃除用具入れにいたときには、なにも感じなかった。そう断言できる。脈打つ痛みはどんどんと強くなっている。まるで、誰かが近づいてきているように──。
「っ、ッはぁ、はぁッ、はぁっ──!」
僕は駆けだした。暗く冷たい夜を踏みつけ、必死で階段を下りていく。
こぼれた涙で世界が歪んでみえた。鼻をすすっても、涙は止まらない。
なにもかも、もう限界だった。自分を労わっている暇はない。恐怖に震える足を叱咤し、ひたすら走る。息苦しさで気持ちが悪い。吐きそうになっても、止まらずに走り続けた。背中の痛みは変わらない。走っても走っても、痛みは同じ強さのままだ。変わらない。ついてきている。ついてきている。泣きながら、僕は夜空を見上げた。かみさま──夜は澄みきり、星空が残酷なほどに美しい。
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