異世界に行くのはもう嫌だ!~転生勇者の反逆喜劇~

@teppougirisukezane

第1話 精緻に過ぎる異界の夢

夜暗に包まれた城下町。

この国の王都でありながら、町はもう静まり返っている。

日付が変わる少し前。他国であれば――否、他の栄えた町にしてもこの時刻ならまだ活気があるだろう。

本来なら仕事帰りの住民たちが酒や夕食をまだ楽しんでいる時刻だろう。

だが、事実として酒場や飲食店は閉店している。

理由は明確。近頃、町はとある事件で持ち切りだった。

先週の夜。大通りを外れた店で店員と客が惨殺されていた。

犯行当時は何故か悲鳴も物音も上がることなく事が済んだ後に近所の住民がたまたま用があり店を訪ねたところ、死体の山を目にすることになった。

以来、町では殺人が横行している。

悲鳴も怒号も上がることなくひっそりと。気が付けば惨殺された死体がそこに置いてあるという始末。最初の事件のように店ごと殺戮されていることもあれば、大通りを少し外れた路地に無残な死体が転がっていることもあった。

それも人によるものではない。憲兵が検めた所、残された死体は人の膂力では不可能なほどの損壊と食い千切られた跡がしっかりと残っていた。

憲兵による警備も強化されていたが効果は上がらない。人々は魔族の妖術によるものだと噂した。

そして、夜間外出禁止令が出され、現在。

ある裏路地に何者かが徘徊している。

雲が切れ、満月に近い月明かりが照らすと二足の怪物がそこにいた。どのような妙技を以て町に入り込んだのか、気付かれずにここまで来れたのか。

成人男性の平均より幾分か大きい腰巻を巻いた巨躯。背中には身幅は広いが長くはない大剣。狼の頭部と月明かりに照らされた狼の毛で覆われた肌が人でないことを告げている。

半人半獣の怪物。

と、鼻を引くつかせ一つの民家に視線を向ける。

裂けるように口角が曲がり、笑む。今宵の晩餐は決まった、と言いたげに。

そこに。

「よお」

場違いに陽気な掛け声がかけられた。

声をかけたのは若い男だった。しかも、ここでは珍しい奇異な出で立ちをしている。

上半身は白布で出来た前開きの服に袖を通し、下半身には灰色の布地をスカート状に覆うように纏わせ、同色の帯を締めている。見るものが見れば分かったろう。こことは違う世界にてそれが袴と呼ばれる服装であると。

左腰にはやや湾曲した細身の剣が――日本刀が差されている。

「あんただろ?最近、ここを騒がせてる魔族って?」

続けた言葉に怪物は後方を振り向き、くぐもった人語を発する。

「オレノ認識操作ヲ見破レルトハ……オレヲ殺シニ来タ魔術師カ、貴様」

「いや、少し前、俺さ。神様に言われたんだよね。事故って死ぬとこを助けてやるから代わりにお前みたいな復活者を復活させてる奴を倒せ~ってさ。じゃないと、元の世界に帰さないんだと」

陽気な声音はそのままに、しかし、腰の刀を抜き放ち、眼光鋭く言葉を返す。

「復活者……オレ達ヲ知ッテイルノカ」

「ああ、色々と聞いたからね。あんたらのことだけじゃなくて、どうして俺が選ばれたかとか」

左足はやや前。刀の柄を右耳の横に付ける。刃は天を突くようでいて、わずかに寝かせ右肩に担ぐように。

八双と称される構え。

「一度、戦ってみて分かったよ。自分でも不思議だった。ついこの間まで剣術やってる以外は普通の高校生だったのに」

言葉を続ける。口元に自虐とわずかな悲哀を浮かばせながら。

――本当に、喧嘩の経験でさえ、そう多かったわけじゃない。

「どうやら俺は……何の躊躇いもなく殺し合いができるらしいッ!」

最後の気勢と共に、男はすでに駆け出していた。

八双は刀を持って走るのに最も適した構えだ。

魔力を込めブーストされた身体能力で距離を詰める。

一足一刀の間。

飛び上がって斬撃に移行。

右斜め上方より顔面を袈裟斬り。

それを。

「ムンッ!」

背中より怪物が取り出した剣が受け止めていていた。

身幅の広さの割に刀身の短い片手用の剣。怪物のような巨躯でなくば扱えないだろう。

怪物はそのまま人外の力で彼を刀ごと弾き飛ばす。

「とっ」

弾かれつつも自身の脚力で地面にブレーキをかけ構え直す。

瞬間。

「沼地ノ魔人、カインノ末裔、グレンデルガ命ズル」

周囲の空間に重圧がかかったような、そんな重苦しさを肌で感じながら。

「魔空間生成――沼地に潜む者フェンリス・ヴォルフ!」

周囲の景色が一変した。

足元がぐらつく。

木立に囲まれ、湿気た臭い。不安定な地面を有するここは。

沼地。

男には分りきっていたことだが怪物の、否、グレンデルの犠牲者たちはここに引き込まれ殺された後、元の空間に戻されたのだろう。

魔空間。復活者たちが使う、己に有利な空間を作り出し対象者を引き込む能力。

「オレガアノ方ヨリ授カッタ呪法。篤ト味ワッテ死ネ!」

叫びながらグレンデルは接近していた。

沼地でありながら、足場の不利をまるで感じさせぬ疾走。足の構造が沼地でも踏みしめられるようになっているのか、それとも別の何らかの呪法か。どちらにしろ、この空間でこそグレンデルは本領を発揮できるらしい。

だが、理外の力を振るえるのは怪物だけとは限らない。

「しっ!」

気合とともに男がグレンデルの一撃を受け止める。

魔力で編まれた障壁を発生させながら。

「障壁結界……ヤハリ貴様、魔術師カッ!」

範囲の狭い障壁を足の裏に生成。沼地に足を取られることなく、後方に下がり男は笑う。

「正確には異能(スキル)だから違うけどな!」

そして、再び、八双で走り寄る。

沼地の戦闘における足場の不利はそこにはない。先のように男は異能で障壁を足場代わりにして駆けている。

グレンデルは今度は受けに回らない。そのまま、力任せに振りかぶって斬撃。

しかし、男は見切りの技量で上回った。男はグレンデルの一撃を右に回避。

そのまま、グレンデル目がけて障壁の足場を階段状に生成し、駆け上がる。

狙いは首元。

「らぁッ!」

足場を確保し、腰の入った確かな斬撃。

捉えた、だが。

「⁉」

「残念ダッタナ!」

斬撃はわずかに薄皮一枚と体毛を切り裂いたにすぎない。

すかさず、反撃に出るグレンデル。男は障壁を発生させるも、先の攻防の驚愕で一瞬、反応が遅れたせいだろう。障壁は先ほどまでの防御力を発揮できず、グレンデルの一撃にひび割れながら、消滅し、男の体躯が吹き飛ばされる。だが、斬撃をわずかに胸元を切り裂くに止めた。

沼地に尻餅を搗き、衝突。だが、泥にまみれるも、衝撃は少ない。すぐさま立ち上がる。こればかりは場所に救われた。

「オレノ強靭ナ皮膚ハ、普通ノ鋼デハ切リ裂ケヌ程ノ硬度ヲ持ツ。サア、ドウスル?オレヲ殺シタ、アノ、ベーオウルフノヨウニ、力デ引キチギッテミルカ!」

グレンデルの言葉には反応せず、男は構えを取り、にじり寄る。八双よりもやや高く鍔元をこめかみ付近につけ、左足は前に八の字に、左肘を大きく張り出して。

鹿島新當流剣術かしましんとうりゅうけんじゅつ、引の構え。

再び、距離が詰まる。

踏み込まれ、振り下ろされるグレンデルの攻撃。

引の構えの大きく張り出した左肘は敵手の攻撃への誘い。敵が切り込んで来れば体を右前に入れ替えながら即座に斬撃に移行できる。

誘いに乗らされたグレンデルの攻撃を右に捌く。だが、斬撃は行わない。

代わりに刃状の小さな障壁を発生させて飛ばす。

狙いはグレンデルの左目。この距離であれば外さない。

命中。

「ガアアアアアアアアァァッ!」

――予想通り。

男の読みは当たっていた。皮膚がどれだけ強靭だとしても眼球だけは皮膚で覆えず守れない。そうでなくても生物の体では脆い箇所だ。おそらく、肉体全体の単純な硬化であっても大した防御効果は望めまい。

硬化した皮膚を持ちながら最初の攻防で防御したのも顔面狙いの攻撃だったので目を庇うためだったのだろう。

そして、叫び声を上げたなら、当然、口を開けることになる。

外皮固くとも、内側は柔いのは生物の基本だ。

機を逃さず、男は口腔に刀を突き入れていた。


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「ギッ、ホッ、ガッ……」

「大した生命力だな。口腔を突き刺したのにまだ、息があるのか」

刀を引き抜き、呆れた口調で、だが、残心を怠らず、油断なくグレンデルの反撃を警戒している。

血液を吹き出しながらグレンデルは倒れた。

景色は元の城下町に戻っていた。魔空間を維持する力ももう残っていないのだろう。

「まあ貴様ら魔族なら当然だな。正直に答えれば、斬らないでおいてやる。お前たち、復活者を蘇らせた奴の居場所はどこだ?」

「シッ……知ラン。オレノヨウナ……ゴフッ……新参者ハ……何モ、聞イテ……イナイ」

「だろうな。ダメ元だったが、収穫なしか」

ぶすり、と。

そのまま、傷ついた左目に刃を突き刺す。

「宣言通り、斬らないでやるが……刺し殺さないとは言っていないな」

「ギャッ、ガッ……」

そして、今度こそグレンデルは事切れた。

――また、収穫なしか……まあいい。

グレンデルの死体を前に男は思索にふけり始める。

いずれ、見回り中の憲兵がここを通りかかるだろう。

その時、グレンデルを倒したと報告すれば怪物を倒した英雄として王から十分に過ぎる褒賞が得られる。当面、金には困らない。

魔族の脅威が去ったと連日、お祭り騒ぎにも。

ふと、空を見上げるとまだ、月が町を明るく照らしていた。



















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