第24話 ふり出し


翌朝は部屋までソウさんが迎えに来てくれた。

黒い軍服の様な服を着て胸には沢山の勲章が付けられ真っ青なマントを羽織っている。

ボロを着ていた姿からは想像が付かなかった。

「カズキ様。お迎えに参りました。騎士隊長のソウ・シンと申します」

「ソウさんまで勘弁してください」

「丁重に持て成す様にと天帝の命ですからお許しを」

祭典の意味を考えれば仕方がない事なのかもしれない。

ただ目の前の仲間を助ける為に戦ったのであって、俺達にしてみれば国やこの世界をなんて頭の片隅にすら欠片ほども無かった。

それは俺達の視点でこの世界から見れば理由なんて関係なくそういう事なのだろう。


綺麗な花が咲き乱れ手入れが行き届いた中庭に出ると城の入口にある広場から大勢の歓声が聞こえる。

ソウさんに案内されるがまま宮殿の様な城の入口の脇に着くと、庭園の様な広場は綺麗に修繕され城門までの石畳の道には真紅の絨毯が敷かれている。

そして宮殿の前には舞台の上に玉座があり天帝の姿が見える。

舞台にも真紅の絨毯が引かれ金糸で装飾が施され玉座も金色に光っていて。

天帝と言えば純白の衣装の上に金色のマントを羽織っている。

「ナトリのクソ爺やんか」

「はぁ?」

尾花に言われて天帝の横顔をよく見ると確かにナトリさんだった。

身分の高い人だと思っていたけどまさかこの世界の中心人物だとは思わなかった。

要職ね、思わずため息が出る。

天帝のナトリさんが立ち上がり民衆を前に演説を始めると大歓声が上がった。

しばらくすると騎士隊長のソウさんに促されるままナトリさんの前に連れて来られると更に歓声が大きくなる。

カヤとサヤは驚いて尾花の後ろに隠れている。

紫苑は俺の上着をしっかりと掴んでいた。


「天よ。この者達が世界を救ってくれた。ここに感謝と恩寵を、そして民に万福を」

「カズキ様、宜しいですか」

黄金色の髪を風に靡かせタイトな黒いドレス姿の稲禾さんが上着の右胸に勲章を付けてくれた。

「ナイト・グランドクロスです。この勲章を持つ者はこの世界に4人しかいません。そしてこれは私から」

そう言って稲禾さんの顔が迫ってきたかと思うと頬に柔らかい感触を感じる。

俺から離れた稲禾さんは満面の笑顔で頬を紅潮させていた。

状況が飲み込めないでいると尾花が小声で囁いた。

「手を上げて観衆に答えんか、アホが」

「カズキ、早く」

紫苑にまで言われ手を上げて答えると城が割れんばかりの歓声が上がった。


何とか式典を切り抜け。

荷を積んだ荷車は門番に預けてあると言われ、再び旅立つために城門に向かって街の中を歩いていた。

時々街の人に声を掛けられ手を上げて答える。

「カズキはモテモテだね」

「だって、カズキは凄いもんね」

カヤとサヤにしてみれば天帝国なんて関係ないのかもしれない。

「カズキ、紫苑の機嫌を直し」

「私は機嫌悪くありません」

「焼きもち焼いてるやんけ」

「だって、カズキが」

一難去ってまた一難か、今はそれすら嬉しい気がする。また皆で旅を続ける事が出来るのだから。

「俺はまた紫苑と旅を続ける事が出来て嬉しいけどな」

「カズキは紫苑さえ居ればええねんて」

「ええ、酷いよカズキ」

「カズキのいけずぅ」

城門の方が騒がしいと思ったけれど気にも留めなかった。

ふざける様に道を渡って反対側に渡ろうとした。


「カズキ! 駄目!」

紫苑の叫び声で目前に迫りくる2頭立ての馬車が目に飛び込んできた。

2頭の大きな馬が荒れ狂う様に近づいてくる。

誰かに上着の襟首を掴まれ引っ張られた瞬間に光に包まれた様な気がした。


目の前には警笛を鳴り響かせ。

連続した風切り音を立てながら快速電車が走り去った。

「お客様、お怪我は無いですか?」

声を掛けられ顔を上げると制服制帽姿の見慣れた駅員さんだった。

「大丈夫です。すいませんでした」

何が起きたのか判らない。

耳には確かに俺の名を叫ぶ紫苑の声が残っている。

周りを見渡すとそこは大学に行くときに使っている最寄り駅のホームで、どうやら俺は尻餅をついたようだ。

駅前にはビルが立ち並んでいる。

立ち上がると足元にはヘッドフォンとMP3プレーヤーが落ちていた。

ジーンズに着いた汚れを手で叩き落としてヘッドフォンとMP3プレーヤーを拾い上げる。


慣れとは怖いもので気が付くと大学の構内だった。

「一樹、おは!」

「ああ、おはよう」

「寝不足か? 浮かない声で」

「まぁな」

声を掛けてきたのは大学で知り合った野地だった。

「聞いてくれよ。あのユカリ先輩と電車が一緒だったんだ。天にも昇るような気分だよ」

「誰だそれ?」

「だから一樹は駄目なんだ。容姿端麗、才色兼備とはユカリ先輩の為にあるような言葉だぞ。頭もよくてスタイル抜群でその上に空手では向かう所敵なしだそ」

「俺には関係ないかな」

大きなため息をつきながら野地と教室に向かって講義を受ける。


大学に入ったらサークルでなんて思っていたけれど、野地と知り合って意気投合して飲みに行ったり、彼女が居ない仲間で遊んだりして大学生活を楽しんでいた。

でも、今は学生の本分である講義にさえ身に入らず気が付くと講義が終わっていた。

「大丈夫か一樹。今日のお前は本当に変だぞ。まさか、恋の病か?」

「俺がか? ああ、恋か」

野地に言われてはっきり気づいた。

紫苑の顔がはっきり浮かんで二度と会えない思うと胸が締め付けられ。

会いたいと思う気持ちが溢れだす。

こんなに誰かを愛おしく感じたのが初めてで、これが恋をするという事に気づいたけれど……

考えれば考える程全身から何もかも抜け落ちていく。

「一樹にまで裏切られたら、俺はどうすればいいんだよ」

「野地も啓太みたいに彼女を作れば良いだろ」

「無理に決まっているだろ。一樹だって啓太の話を聞いただろ」

「まぁ、啓太の妄想が爆発したのかと思ったけどな」

今は啓太の不思議な話を信じる事が出来る。

啓太は野地の無二の親友で年齢イコール彼女いない歴仲間の一人だったけれど、天使の様な可愛い彼女が出来てとても彼女を大切にしている。

その所為で一緒に遊んだり飲んだりする回数は減ったけれど大切な仲間の一人だ。

それに野地と啓太は俺には見えないモノが見える事を知っている数少ない友人だった。

「俺もユカリ先輩みたいな彼女が欲しいな」

「アタックすればいいだろ」

「撃沈確実だよ。いつもシャツにジーパン姿でスカート姿を見た奴は皆無なんだ。で、男勝りの口調で男を寄せ付かせないオーラーを出しまくりなんだぞ」

「そんな女のどこが良いんだよ」

「一樹も一度会えば判るよ。髪が長くて吸い込まれそうなメチャ綺麗な瞳なんだ。あの瞳で見つめられた男なら確実に惚れるね」

ツンデレがどうのと野地が熱く語っているが右から左に抜けていた。

すると野地の幼馴染の女の子が教室の入口で俺を呼んだ。

「一樹、先輩が呼んでるよ」

「ん? ああ、判った」

彼女の横には霊感が強くて怖い思いをすると俺に相談してきた先輩が立っている。

バックからシュシュを取り出して先輩に渡した。

「このシュシュを身に着けていれば大丈夫ですよ」

「本当に?」

「ええ、実証済みの護符付のシュシュですから」

「ありがとう」

先輩が嬉しそうに頭を下げてからシュシュを手首に着けて走って行った。

「一樹の周りは女ばっかりだな」

「はぁ~ 野地は何故か理由を知ってるよな。それに野地だって彼女が居るだろ」

「あいつはただの幼馴染だよ。何でモテないんだろう」

「ふっ、野地の後ろにストーカー女が見えるからな」

野地が大騒ぎをしているけれどスルーする。

色んな所に俺が異世界に居た証が残っている。

お袋が作って売ろうと言っていたシュシュがカバンから減っているのもそうだし。

そしてもう一つ。

元の世界に戻ってから違和感の正体に気づいた。

右目には魑魅魍魎が映っているのに左目では講堂に居る学生の姿しか見えない。





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