第23話 トウカ


ソウさんに連れられて城に向かう。

城の門をくぐると綺麗な庭園は内戦が起きたように荒れている。

噴水の女神像は水の中に横倒しになり、植木はボロボロになっていて目も当てられない状態だった。

そして石畳には真っ黒な焦げ跡があって城に続く階段の石は無残にも黒こげになって砕けていた。

「先ほど城に戻り驚きましたよ」

「全部カズキの仕業やな、カズキがちゃんと弁償せえよ」

「あのな尾花、無理に決まっているだろ」

「カズキならこのくらい大丈夫ですよ。宿場を買えるくらいカズキは力を持っていますから」

ソウさんに笑い飛ばされてしまい、あれはあの装置が壊れたんだと言えなくなってしまった。

「そやな。なんて言っても世界を創世した龍の末裔やしな」

「尾花まで勘弁してくれ」

「カズキはこの世界を救った救世主やで胸を張らんか。紫苑まで娶ったやんか」

「もう、尾花は。まだ結婚したわけじゃ」

紫苑が恥ずかしそうに俺のシャツの袖を摘まんだ。

「アホやな。あんな濃厚な接吻してたやんか」

「せ、接吻って……口付けしたんですか? カズキ」

「あれは紫苑を助けるための術式でやむを得ず」

「仕方なくだったんですね」

シャツを摘まんでいた紫苑が俺の二の腕を抓った。

尾花を見ると相変わらず惚けた顔をしている。

居た堪れずに城の方に目をやると背筋が凍りついた。


黒焦げになった階段の上に黒い神父の様な恰好をした人影が見える。

俺の瞳には九尾の人外に映った。

悪ふざけをしていた尾花は殺気を放ち腰に刀を構えている。

一気に力が覚醒する。

「カズキ……」

「大丈夫だ」

そう言って紫苑を見ると共鳴しているのか紫苑の左目が赤い光を放っていた。

一触即発の緊張感に包まれると俺と尾花の前にソウさんが立ち塞がった。

「カズキ殿。尾花様もどうか刀を収めてください」

「しかし奴は」

「あの方が未知なる世界の研究をしていて蜘蛛の化け物に憑りつかれていた稲禾(とうか)様です」

ソウさんの言葉に合わせる様に深々と頭を下げているのが見える。

確かに禍々しいあの地蜘蛛の化け物が発していた強大な殺気は感じない。

それに不確かだけど化け物に触れた時に感じた僅かな気が流れ込んでくる。

警戒をしながらソウさんの後に続いて稲禾とソウさんが呼ぶ人物に対峙した。

近くまで来ると顔つきや僅かに髪の色が違う事に気が付く。

地蜘蛛が人型に変化していた時は髪の毛の色が土色で冷酷な顔つきをしていたが今は違う。

髪の毛は綺麗な稲穂の様な黄金色で長い髪を後ろで括っていて、端整な顔つきで切れ長な澄んだ瞳をしている。

憑りつかれていた時と変わらないのは細身で背が高く男だか女だか判断できない事だろう。

「この度の事を何とお詫び申し上げれば良いのか言葉が御座いません。命まで救って頂き心より感謝の意を表します」

平伏す様に頭を下げる稲禾さんの声はとてもハスキーで性別が更に判らなくなった。

そんな事よりも堅苦しい言葉使いに背中がムズムズする。

「頭を上げて下さい稲禾さん。化け物に憑りつかれ不可抗力だっただけですよ」

「お優しい方なのですね」

「稲禾様、こちらが」

「存じています。カズキ様に尾花さんに紫苑さんですよね。憑りつかれていても意識だけはありましたから」

稲禾さんの言葉から身を切るような辛い思いをしたのが良く解る。

人々に惨い事をする地蜘蛛の化け物に足掻く事も出来ずに見ている事しか出来なかったのだろう。

「ソウ、例の件をカズキ殿には」

「はい、一応」

「一応とはどう言う意味ですか? ソウ」

「申し訳ございません」

稲禾さんが言おうとした例の件とはカヤとサヤの父親の事だろう。

俺がソウさんに助け舟を出そうとすると尾花が先に口を開いた。

「この子らの父親の件ならあんたが気にする事あらへん。カヤとサヤが父親と別れたのはもっと幼い頃や。この国に来たかもしれん、せやけどそれは昨日今日の話やあらへんはずや」

「でも、可能性がゼロでは」

「カヤもサヤも納得してんねん。これ以上に何があるんや。世界は広いからな何処かに居るかもしれへんやろ。探し出してシバキ倒さんと気が収まらへんやんか」

まだ納得できない稲禾さんだったが尾花に押し切られてしまった。

尾花の優しさが垣間見える。


稲禾さんに案内されて未知の世界から来たと言う曰く付きの品物を見せてもらう。

整然と並べられた物は俺にとって見慣れた物で、探し出して研究してきた稲禾さんには申し訳ないがガラクタにしか見えなかった。

それでもこの世界では珍しい物ばかりなのだろう。

紫苑と尾花に説明攻めにあってしまう。

一つずつ簡単に説明すると稲禾さんが真剣な顔でノートの様な物にメモをしている。

するとカヤとサヤに呼ばれた。

「カズキが持っているのと同じ物があるよ」

「どれどれ……」

ヘアーカタログか何かの雑誌かと思ってカヤが持っている物を見て固まった。

「これは見ちゃダメです」

「ええ、どうして」

「どうしても」

カヤから雑誌を取り上げて後ろに隠すとカヤとサヤが盛大にブーイングを上げている。

雑誌をどうするか考えていると尾花に雑誌を取り上げられてしまった。

「ば、バカ。尾花」

「ほほぅ。カズキはこんなんが好みなんか。紫苑なら勝てるんちゃうん」

拳を握りしめて紫苑がガッツポーズをしている。

カヤが見つけたのはグラビア雑誌というよりアダルト雑誌だった。

何でこんな雑誌が異世界に飛んできたのだろう。

「カズキ殿の世界の研究資料か何かですか?」

「研究資料なんて大層な本じゃないですよ。ただの嗜好本ですよ」

「それではカズキ殿もやはり」

「……時々……」

紫苑と尾花が冷めた目で見ている。

話題を変えようとカヤとサヤを見るとそっぽを向かれてしまった。

稲禾さんと言えば俺の事を観察する様に見ていた。

「あの俺に何か付いてますか?」

「私はカズキ殿に興味が湧いてきました。とても素敵な殿方だと思いますが」

「くぅ……」

「カズキ殿?」

両脇に肘が食い込み稲禾さんに返す事が出来なかった。

「次に行きますよ、カズキ」

「はい」

「ほんまにヘタレやな」

紫苑に耳を引っ張られ尾花には尻を蹴られた。

研究していた場所も見せてもらおうとしたが同じ過ちを繰り返さない為に封鎖してしまったらしい。

結局のところ元の世界の戻る手がかりは何もつかめず、稲禾さん達がしていた研究でも夢の様な話の段階だったらしい。


城の中を稲禾さんに案内してもらいスラム街に戻ろうとすると引き止められてしまった。

「天帝が皆様に城に留まって頂く様に申しておりますので」

「俺達の旅はここで終わった訳ではないので」

「ええやんか、急ぐ旅でもあるまいし。それとも何かカズキは早く紫苑と別れたいんか?」

「んな訳ないだろ。俺にとって紫苑は」

「紫苑はなんや、スパッと言ってすっきりせえや」

尾花に乗せられて思わず口に出してしまう所だった。

先の事なんて誰にも判らないだからこそ慎重になってしまう。

稲禾さんに部屋に案内され先に汗を流す事にした。

風呂に行こうとすると尾花に先に入れと言われ一人で大きな浴場に来ていた。


流石と言うか豪華絢爛と言えば良いのだろうか。

俺の居た世界でも紫苑達と出会ったこの世界でも見た事が無いような大浴場だった。

床と浴槽は総大理石で造られていて凄いのは床暖房の様になっていて床全体が温かい。

壁や天井は極彩色豊かなタイルで彩られ浴槽の真ん中には小さな噴水まである。

まるで教科書で見たイスラム教の礼拝堂の様だった。

「まるで王様気分だな」

「カズキ、どう?」

「へぇ? ゴボ!」

カヤの声がする方を見て腰が砕け溺れそうになった。

右手を頭にし左手を腰に当てたカヤと、四つん這いになったサヤが目に飛び込んできた。

当然、風呂なので全裸で……

嫌な予感満載でそそくさと逃げ出そうとするとカヤとサヤに両脇から腕を掴まれてホールドされてしまった。

かの有名な大泥棒ですら逃げ出すのが不可能にさえ思える。

すると尾花がモンローウォークで現れた。

背を向けて胸を両腕で隠して腰を捻り上目使いに俺の方をドヤ顔で見ている。

次は恐らく紫苑だろうけれど耐えられそうにない。

「紫苑!」

尾花の呼び声で紫苑が顔をだし思わず顔を背けてしまった。

「カズキは嫌いですか?」

「はぁ~ 好きだよ」

覚悟を決めて顔を上げると体にタオルを巻いて腰をかがめ腕で胸を挟むようにしている。

まさしくグラビアアイドルのそれだった。

思わず見とれてしまうとカヤとサヤの視線が突き刺さる。

「体でも洗おうか」

「エッチな事しない?」

「しません!」

「なぁんだ」

これもカヤとサヤが尾花に育てられた賜物なのだろうか。

紫苑も湯船に入ってきて俺の傍で暖まり始めた。

「カズキ、メインイベントはこれからや」

「はぁ?」

尾花が言っている意味が判らなかった。

先に風呂に俺を行かせて稲禾さんに頼んで礼の雑誌で悪だくみを考えたのだろう。

どうせ俺の事を弄るのなら紫苑がメインで良いじゃないかなどと考えていると。

「あの、本当に宜しいのでしょうか」

「かまへん。な、カズキ」

「え、あ、うん」

どこかで聞いたような声がして尾花に同意を求められて思わず了承してしまった。

すると柱の陰からスレンダーな……

「と、稲禾さん?」

「は、はい」

柱の陰から現れたのは稲穂の様な黄金色の長い髪の毛を束ねて頭の上の方で留め、タオルで体を隠すようにして恥ずかしがる稲禾さんだった。

そして胸には膨らみがあり。

「何処を見とんのや」

「カズキなんて嫌いです」

「いや、あの……」

「にぶちんやな、気付かんかったんやろ」

どうやら男女の区別が付かなかったのは俺だけだったみたいだ。

鈍いと言われようがそんな事はどこかに吹き飛びそうだ。稲禾さんはまるで女神のように見える。

極彩色豊かな柱や壁のタイルと相俟って幻想的だった。

「カズキ殿にそんなに見られると」

「浮気者に殿なんていりません。呼び捨てで構いません。ね、カズキのバカ!」

紫苑に思いっきりお湯を掛けられた。

色々な意味でのぼせる寸前だった、それでもカヤとサヤが離してくれなかった。

「カズキさん、明日は祭典に出席して頂きたいのですが。天帝が皆様に感謝を示したいと申されまして」

「祭典でですか? 天帝が直々にですよね」

「はい、お願いできますか」

「判りました」

フラフラになりながら風呂を出ると汚れていた服が綺麗に洗われていた。

不思議な事に完璧に乾いていて綺麗に畳まれている。

どうやって何て事は詮索しない。俺が知っている世界の常識はこの世界では全くの別物なのだから。


食事をしていると稲禾さんがあの風呂は天帝専用の風呂だと教えてくれた。

どれだけ特別待遇なのかが良く判る。

宿泊する部屋も開いた口が塞がらないほどの豪華さだった。

稲禾さんにこれからの予定を聞かれ明日にはアウローラを発つ事を伝える。

これ以上長いする必要もないし旅はまだ続くのだから。





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