第22話 幕切れ

頬に冷たい物が落ち。

そして次には額に冷たい物を感じた。

薄らと目を開けると心配そうにカヤが濡らした手拭で俺の顔を拭いていた。

「カヤ……?」

「カズキのバカ!」

「死んじゃったかと思ったんだよ」

「サヤ、ゴメンな」

カヤとサヤが俺の首にしがみつく様にして泣き出した。

「もう大丈夫だよ」

「本当に?」

「ああ、嘘はつかないよ」

「紫苑を騙したやないか、どアホ」

尾花の声で記憶が鮮明に蘇り飛び起きてあたりを見渡す。

俺が横になっていたのはスラム街のナトリ爺さんのボロ家だった。

「ボロ家ですまんの」

「紫苑は?」

「とりあえず無事や。まだ気付かへんけどな」

紫苑は俺の横で眠る様に目を閉じたままで、俺が紫苑の名を呼んでも反応が無く、ただ寝ているようにしか見えない。

「無駄や、何をしても反応せえへん。それに」

「それに何だ」

「鬼子のくせに無茶し過ぎたんや。待雪の痺れ薬を盛られて猛毒に近い呪いを受ければ紫苑かて一溜りも無いわ」

「知っていたのか」

待雪さんから痺れ薬を渡された事を知っていれば、俺が尾花達を1人で助けに行ったことから容易に想像が付いたのだろう。

「すべてお見通しやゆうたやろ。まぁ、カズキにあんな力があるなんて知らんかったけどな」

「カズキの目が赤くなって凄く綺麗だったよね、サヤ」

「少しだけ怖かったけれどカズキと同じ優しい目だった」

「そやな、体は鱗に覆われまるで龍のそれやったけどな」

すると思いっきり尾花に頭を叩かれた。

「痛いなぁ」

「シバき倒す言うたやろ。カヤとサヤの事を説明しいや。なんで蟲の巣窟に落とされ無事やったんや」

「2人がしているシュシュの内側には俺の血を混ぜた墨で描いた魔除けの文字が書かれているんだ。だからリクイドを発つ時に襲ってきた蟲が消えたんだよ」

「せやかて、カヤとサヤが操られて……あかん、頭が痛くなってきた」

尾花が頭を抱えてうんうん唸っている。

俺が一か八かの賭けに出たのを気付いたようだ。

「命あっての物種だよ」

「アホ! 紫苑は力を失いかけているんやぞ。それに猛毒の呪いを受けた左目はもう」

「光を失ったか」

「すまん、カズキを責めるつもりは……」

俺から視線を逸らし尾花が申し訳なさそうにしている。

「尾花は優しいな。大丈夫だよ。紫苑に俺の力を分けてやれば良いんだろ」

「それでも目はもうアカンやろ」

「俺にはこの世界を創った龍の力があるんだろ」

俺の言葉にナトリさんとソウさんが顔を見合わせていると今まで見守っていたナトリさんが口を開いた。

「もしや貴殿は秋津殿にこの国の情報を聞いたのではないのか?」

「この国の事を教えてくれたのはオルキデイーアにある、一文字本舗と言う美味しいお菓子を作っている女将の旦那さんで剣の腕が立つけど尻に敷かれている秋津さんですが」

ナトリさんの話は俄かには信じがたい話だった。

何でも秋津さんは天帝直属の密偵として諸国を歩き情報を集める任務遂行していたらしい。

そして今回の件が起こり天帝の命を受けて不思議な力を持つ者を探していたと話してくれた。


「眉唾やな、あの甲斐性なしが天帝直属の密偵なんて信じれられへんわ。まぁ、ここにも信じられへん程のヘタレが居るけどな」

「放っておけ」

立ち上がり外に出ようとすると尾花が俺の腕をつかんだ。

「何処に行くんや?」

「紫苑を助けるんだよ」


外に出て辺りを見回し地面に掌を当てると微かに流れを感じる。

スラム街の中を歩き回り場所を探し回っていると尾花が怪訝そうな顔をして声を掛けてきた。

「カズキは何をしてんねんや」

「俺が居た世界でもそうだけど発展を遂げている国を治める都市は地脈と言う見えない力の流れている土地に建てられているんだ。だからその力が強い場所を探しているんだよ」

「訳分からん」

一番強く感じる場所に陰陽師の爺に教え込まれた陣を描いていると。

カヤとサヤが不思議そうに地面に描いている陣を見ていた。

「カヤ、蝋燭を4本と小さな皿を4枚持ってきてくれ」

「うん、サヤ行くよ」

「はーい」

2人が小走りでボロ家に駆け込んだ。

ボロ家の前には荷物が全て降ろされた荷車が置いてあり。

どうやら俺と紫苑は荷車に乗せられてここまで運んで来られたのだろう。

カヤとサヤが持ってきてくれた小皿に蝋燭を立て陣の東西南北に置き、紫苑の体を抱き上げて陣の真ん中に寝かせ蝋燭に火を灯し精神統一を始める。

何が行われるのか判らないナトリさんとソウさんが遠巻きに見ていた。

スラム街の住人は何事かと小屋から顔を出していて中にはナトリさん達の様に外に出て遠巻きに見ている人もいるようだ。

尾花にカヤとサヤは俺の後ろに立って見守ってくれている。

準備が整うと日は暮れいつの間にか月が顔を出していた。


蝋燭の火は風もなく真っ直ぐに立ち上がり。

静かに時間だけが流れ。

膝立ちになると皆が固唾を飲んだ。

「日出ずる国の青き龍王」

「南海に眠りし紅き龍王」

「白き地を守りし白き龍王」

「北星を司りし黒き龍王」

自然に浮かんでくる龍王の名を呼ぶたびに東西南北の東に置かれた蝋燭が燃え上がり時計回りの順で炎が立ち上った。

「天を治めし黄龍の名に誓い、この者と契を交わす。我の力を分け与えよ」

陣の中に足を踏み入れ紫苑の唇にキスをする。

コロンコロンと空から優しい音がして燃え上がっていた炎が嘘の様に消えた。

「カズキ、お前まさか龍の力を」

「手遅れだ」

俺の顔を見た尾花が呆れた顔をしていてカヤとサヤに至っては目を見開いて俺の顔をまじまじと見ていた。

「カズキの片方の目が赤くない」

「大丈夫だよ。ちゃんとカヤとサヤの可愛いらしい顔は見えているから」

「でもどうしてなの?」

「ん? 紫苑に俺の力の半分を分けてあげたんだ。だからだよ」

周りで固唾を飲んでいた人達から歓声が上がった。

どうやら紫苑が目を覚ましたようだ。

陣の中で立ち上がった紫苑の瞳から涙が溢れている。

そしてその左目は俺の右目と同じ赤い光を放っていた。


あまりにも呆気ない幕切れだった。

未知の世界から来た物を見る事も出来ず。

異世界の研究をしていたと言う城の中にさえ足を踏み入れる事も出来ないでいる。

旅の理由である目的は何一つ達成されていなかった。

「カズキ、どうするんや」

「連絡を待つしかないだろ」

「私は何時も何処までもカズキと一緒です」

「紫苑は惚けまくりやし、もう嫌や」

晴れて無罪だと認められナトリさんやソウさんを筆頭にしてスラム街の住人の殆どが城に向かってしまった。

「カズキ殿達は体を休めておくれ」

「でも、城にはまだ」

「我々も手を拱いていた訳ではないのだ。城の状況を探らせていた者は1人ではない」

「ソウの言う通りじゃ」

城の安全を確認してから迎えの者をよこすとナトリさんに言い切られてしまった。

そして迎えが来るまでのんびりしていた。


「カズキ、遊ぼうよ」

「それじゃカヤも一緒に外で遊ぼう」

「「うん!」」

馬跳びにケンケンに鬼ごっこ。

中には俺が知らない遊びをカヤとサヤに教わりながら走り回る。

カヤとサヤがきゃーきゃー叫びながら逃げ回っている。

「健気ですね。父親とはもう会えないかもしれないのに」

「せやな。カヤとサヤがあんなに笑顔でいられるのかカズキのお蔭やろ。ほんまに紫苑はええのんか。カズキとの別れは遠くないはずや」

「私は……寂しくないと言えば嘘になります。でもそれがカズキの望みなら叶えてあげたいし。その手伝いが出来る事が私の幸せです」

「紫苑も健気やな、ほんまに」

紫苑と尾花が今にも壊れそうな椅子に座って何かを話しているけれど走り回る俺には聞こえなかった。

しばらく遊んでいるとスラム街の入口に人影が見えた。


「ソウさんだ」

「カズキ、ソウさんが来たよ」

「カヤさんとサヤさんは元気ですね」

「やだぁ、カヤさんだって」

カヤとサヤがソウさんの手を引いて来た。

そんなソウさんの顔にはどことなく陰りが見える何か良くない話があるのかもしれない。

「カズキ殿、お話が」

「カヤとサヤの父親の事ですね」

「はい。ここでは」

ソウさんがカヤとサヤの事を気にかけているとカヤが俺を見上げた。

「私とサヤは大丈夫だよ。父さんが居なくても尾花が居るもん」

「カヤさんとサヤさんは強いんですね」

「だって尾花や紫苑。それにカズキから色々な事を教わったの。だから平気なの。ね、サヤ」

「うん」

出会ってまだ間もないのにカヤとサヤが大人に見える。

「カヤとサヤの様な子どもが欲しいな」

「紫苑、惚気るのも程ほどにしいや。カズキ、グズグズせんで行くで」

尾花の顔を窺うと睨まれてしまった。

照れ隠しなのかそれとも嬉しいのか瞳が少し潤んでいる。

「なんや? 泣いてるとでも思ったんか、アホたれ」

「別に。尾花はほんまに偏屈やな」

「偏屈言うにゃ、似非関西人が」

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