第21話 代償と覚醒


「褒めてやる。褒美だ」

息を整えながら歩きだすと奴が声を発し膨れ上がり腹部が花を咲かせるように九本の尻尾が現れ。

避けられない。

そう思った瞬間に俺の視界が何かに遮られる。

すると悲痛な犬の様な鳴き声が聞こえ、俺の足元に白銀の獣の体が投げ出された。

「紫苑!」

尾花の叫び声が響き渡り。

その獣が最後の力を振り絞る様に体を震わせて立ち上がろうとしている。

だが力尽きて崩れ落ちた。

「なんでこんな事に……」

目の前には白銀の狼の姿になった紫苑が横たわっている。

綺麗な白銀に輝く体の数か所だけが黒ずんでいた。

「紫苑……」

紫苑の頭を抱きかかえると微かに目を開き安心したように目を閉じて動かなくなってしまった。

その瞳は愛おしそうに俺を見つめ、そして何処までも澄んでいた。

全身から力が抜けて頭の中が真っ白になる。

俺の浅はかな策の所為で紫苑を失ってしまい元の世界に戻る事なんてどうでもよくなった。

「止めは無用の様だな。生きる屍になりよった」

奴の言葉すら耳に入ってこない。

もう何もかも終わったんだ。


「諦めんな! 紫苑が受けたのは呪いの様なもんや。自分の力を信じんか、アホが!」

「俺にそんな力は無い」

「ふざけんな! 今、シバいたるわ!」

ぼんやりと尾花の方を見ると猫又の姿に変化して後ろ手に縛られたままでのた打ち回っている。

縛られた手首から血が出て綺麗な毛を染め、食い縛る口元からは血が滲んでいる。

「紫苑は誰を信じてたんや。紫苑は、紫苑は貴様の事を信じてここまで来たんちゃうんか!」

尾花の言葉で途切れかかった何かが頭を打ち抜いた。

足掻け、足掻いて見せろと。

肩から下げていたバックを地面に置いてカヤとサヤの包丁を取り出し胡坐を組む。

「そんな玩具の様な物が通用するとでも思っているのか」

「カズキ……」

奴の言葉で尾花が暴れるのを止めこちらを見ている。

尾花に構わず紫苑に向き合いキャンパスノートを取り出し、包丁で2ページを切り取りさらに縦に半分に切り短冊の様にする。

そして右の人差し指の指先に包丁を走らせると真っ赤な血が滴り落ち。

その血を紫苑の口に落とすと僅かに紫苑の口が反応した。

一気に気を昇華させると周りの音が消える。

左手で目の前に見えない壁が有るかのように4枚にしたノート製の短冊を広げると短冊が目の前で綺麗に4枚が宙に並んだ。

右手で短冊に血文字を記し呪文を唱える。

陰陽師である父方の爺に嫌と言うほど叩き込まれた呪文だ。

「東海の神 名は阿明 西海の神 名は祝良 南海の神 名は巨乗 北海の神 名は禺強 四海の大神 百鬼を避け凶災を祓う 急々如律令!」

呪文と共に4枚の札が紫苑の体を取り囲むように四方に動き。

次の瞬間、紫苑の体が業火に包まれ紫苑が体をくねらせ苦しんでいる。

「頼む、耐えてくれ」

そう言って紫苑の体に向けて掌を突きだし気を込める。

瞬間的に炎が膨らんで天に吸い込まれるように跡形もなく消え。

紫苑の白銀の体を見ると何処にも黒ずんだ箇所は無く綺麗に輝いている。

頭の中が限りなく澄み渡っている。

これを覚醒したという事なのかもしれない。

今なら何でも出来る気がする。


そんな気配を感じたのか奴がカヤとサヤに指示を飛ばした。

「奴を殺せ!」

化け物の声でカヤとサヤの体が反応した、2人に向かって手を突き出し牽制する。

包丁を再び手に取り包丁の腹に指を走知らせると血で真っ赤な一文字が引かれる。

そして刀を抜刀する様に包丁を腰に構えた。

「関の孫六は三本杉。孫六兼元の最上大業物を今ここに」

言葉を唱え一気に抜刀すると包丁は妖艶な日本刀になっていた。

空を切る様に手にした日本刀を投げ飛ばすと刀が回転しながらカヤとサヤの前に突き刺さった。

「気でも狂ったか。丁度良いその刀で化け猫を切り殺せ」

奴の声にカヤとサヤが頷き2人で石畳に突き刺さている刀を抜いて尾花に歩み寄って刀を振り上げた。

尾花は何かを悟ったかのように力なく動かなかった。

カヤとサヤに殺されるのなら本望だと思ったのかもしれない。

2人が振り上げた刀が振り下ろされる。

すると後ろ手に縛り上げられ血が滲んでいる尾花の腕が解き放たれた。

尾花が信じられない様な顔をしている。

「尾花! 惚けるな!」

俺の声に尾花が反応してカヤとサヤから刀を取り奴に対峙するとカヤとサヤが尾花の後ろに隠れた。

2人の瞳には光が戻っていた。

「カズキ! どう言う事や!」

「説明は後だ」

「絶対にシバき倒すからな。覚えておき」

紫苑の体に着ていた作務衣を掛けシャツを脱ぎ捨てる。

地蜘蛛の化け物を見るとまだ何か策があるのか余裕なのか身じろぎ一つしない。


一歩踏み出す。

体の奥底から得体の知れないモノが湧き上がってくる。

60兆個の細胞が震え。

踏み出す度に沸き立った血液が全身を駆け巡る。

全身が焼かれるように熱い。

何が起きているのか理解できず。

腕を見ると鱗の様なモノが浮かび上がっていた。

いつの間にか空には真っ黒な雲が立ち込め。稲光が走っている。

そして抑えきれない怒りに飲み込まれた。

「やはり貴様は龍の子か。その力は我の物だ!」

「化け物がほざくな」

地蜘蛛の化け物が後ずさりすると無数の人影が襲い掛かってきた。

傀儡と同じ動きをする者の中に混じり恐怖に怯えながら襲い掛かってくる者がいる。

まるで何か見えない糸に操られている様だった。

それでも俺は近づく者に容赦なく拳を振るう。

意識ははっきりしているが体はまるで別の生き物の様だった。

それでも確実に化け物に向かって歩いている。

吹き飛ばされた傀儡は灰の様に姿を変え消え、操られている様な者は気を失って倒れた。


地蜘蛛の化け物が再び俺に向けて尻尾から毒針を飛ばし。

手を翳すと耳を劈く轟音と共に目の前に雷が落ち毒針が消え去った。

「く、来るな!」

明らかに化け物が怯え、そして命乞いまで始めた。

「許してくれ。罪は償う」

「言語道断、情け無用。死を持って償え!」

化け物の頭に掌を当てると2つの気を感じるが構わず声を発した。

「消えろ!」

化け物の後ろにある城が見えなくなるほどの青白い光に包まれ。

地鳴りの様な音が響いて地蜘蛛の化け物が吹き飛んで目の前から消えた。

尾花が守り抜いたカヤとサヤの方を見ると3人とも耳を塞ぎしゃがみ込んで丸くなっている。

空を見上げると頬に雨が落ちた。

そして音を立て雨が何もかも洗い流すように降り出し意識が途切れた。







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