第20話 裏切りの杯
「ん? 何だこれ」
俺の手首に紐が括り付けられている。
その紐を手繰り寄せると紫苑の手が動き紐の片方が紫苑の手首に結ばれていた。
「まるで手錠だな」
「カズキ、おはよう」
「おはよう、紫苑。これはなんだ」
「警報装置です。カズキが逃げ出せば奥の手で捕縛します」
紫苑の口から物騒な言葉が紡ぎ出されている。
警報装置は分かるけれど奥の手って?
捕縛って捕まえて縛り上げる事だろう。
紫苑の瞳が本気だから怖い。
「カズキ、何か妙案は浮かびましたか」
「妙案なんて無いよ。正面突破あるのみだよ」
「無策は無謀です。奇襲でも」
「紫苑は覚悟ができているのか?」
揺るぎのない気持ちで紫苑を真っ直ぐに見つめる。
「出来ています。私は何処までもカズキと一緒です」
「いつまでも俺はこの世界にいるつもりはないけれどそれでも?」
「はい。私はカズキに外の世界を教えてもらいました。カズキが元の世界に戻っても私の心はいつまでもカズキの傍にあります」
「判った。一緒に尾花達を助けに行こう」
射抜く様な瞳で紫苑が何も言わずに頷いてくれ俺の気持ちが固まった瞬間だった。
「カズキ殿」
「ナトリさん、酒なんて手に入りますか」
「多少なら何とかしよう」
「それと杯があれば2つお願いします」
ナトリさんがソウさんに指示をしてしばらくすると酒とガラスの杯を用意してくれた。
紫苑が不思議そうな顔をしている。
「カズキ、何をするんですか?」
「紫苑と杯を交わすんだよ」
「杯を交わすってどう意味があるのですか?」
「契を交わすと言う事だよ」
俺の言葉に紫苑の顔がどことなく赤くなった。
そんな紫苑に背を向けて杯に酒を注ぎ、片方の杯に立羽さんから譲り受けた薬を仕込んだ。
「紫苑、俺と杯を交わしてくれるかな」
「はい。喜んで受けます」
ナトリさんが見届け人と仲介を名乗り出てくれた。
杯を手に取り紫苑と向き合う。
「2人とも良いかな」
「「はい」」
「盃を交わせば2人は夫婦どうぜんじゃ。異議なければ杯を空けよ」
「「はい」」
お互いに見つめ合い杯を合わせ、酒を一気に煽った。
「カズキ、ありが……」
紫苑の体が俺に凭れ掛かってきて意識を無くした。
「ゴメンな、紫苑。大好きだよ」
「行くんじゃな」
「はい、紫苑をお願いします」
「無力な爺のせめてもの手向けじゃ」
ナトリさんには俺の企みに気が付いて敢えて素知らぬふりをして仲介を買って出てくれたのだろう。
持っていた杯を地面に叩きつけた。
「別れの盃じゃな」
「これしか考え付かなかったんで」
「悲しむぞ」
「別れは遅かれ早かれ訪れるものです。俺は元の世界に帰る為に旅をしていてその事は紫苑も納得してくれていると信じています」
スラム街を後にして城に向かう。
街の中は嵐の前の静けさと言うのか静まり返っていて生き物の姿は何処にもなかった。
大きな城の門をくぐると広い庭園が目に飛び込んでくる。
そして庭園の先にある階段の上に人影が見えた。
尾花が後ろ手に縛られていてその横にはカヤとサヤが立っている。
カヤとサヤは拘束されていないようだ。
2人の横に人が立っているがどうやら人ではない様だ異様な殺気を感じる。
神父が着る黒い貫頭衣の様な衣装の上に銀糸で装飾が施されたモノを着ていてかなり高い位の職に就いていたに違いない。
恐らくクーデターを起こした張本人だろう。
すると尾花の怒鳴り声が響いた。
「どアホ! 何で来たんや」
「アホ言うな。助けに来たに決まっているだろ」
「もう、ええねん。カヤとサヤは蟲に憑りつかれて奴の下僕や」
怒鳴り声が涙声に変わり尾花が崩れ落ちる様に膝をついた。
カヤとサヤを見ると確かに目は虚ろだが他に変わった様子はない。
どうやら奴が操る蟲が巣食う穴に2人は落とされたのだろう。
「1人か」
「当然だ。俺は嘘をつくのが大嫌いなんだ」
「貴様に敬意を示そう」
体中から真っ黒な毛が生え黒い衣装が裂けみるみる体が変化していく。
極太の鉄パイプで出来た様な4対の脚が生え。
複眼らしき物が二つありその下には大きな牙の様な物から粘液が滴れている。
そして膨れ上がった腹部にはたわしの様に剛毛が生えていた。
脚は長くなくずんぐりとしていて体高があり。
まるで重戦車の様な巨大な地蜘蛛が現れた。
「早う! 逃げんか。カズキが束になっても敵う相手じゃあらへん」
「やかましい! やる前からごちゃごちゃ言うな」
「カズキまで失ってもうたら。どうしたらええんや。紫苑に顔向けできひんやろ」
あの気丈な尾花が泣き叫んでいる。
目の前の敵が強大な力を持っているのは俺ですら肌で感じる。逃げ回っていても道は開けない、たとえそれが不可能な事でも。
「俺と引き換えと言うわけには行きそうにないな」
「素晴らしい検体だ」
「まるで実験材料みたいだな」
「今までの検体では尽く失敗して廃棄物を量産したからな」
奴の言葉はこの国に集められた異世界からの人間が実験によって命を落とした事を指している。
カヤとサヤの父親も同じ運命を辿ったに可能性が高い。
すると蟲に操られている筈のカヤとサヤが繋ぎ合っている手に僅かに力がこもったのを見逃さなかった。
「ゲームをしよう。この化け猫までたどり着ければこいつの命だけは助けよう」
「二言は無いな」
「御意」
「とことんムカつく奴だ」
気が付くと蟲に操られた傀儡と化した騎士隊に取り囲まれていた。
リクイドで襲ってきた男達と同じ動きをしている。
唯一違うのは棍棒ではなく手に握られているのが真剣だという事だ。
何とかなるかもしれないと思ったが見事に打ち砕かれた。
「気を付けたまえ。傀儡の剣には毒が塗ってある。多少の怪我でもなどと考えぬことだ」
「シバく!」
先手必勝と騎士隊に突っ込む。
例え尾花にたどり着けなくても目の前の敵を倒し続ける選択肢しかない。
少しでも剣に触れればジ・エンドだ。
傀儡と化した人間はただの木偶で倒し方など知らない。
剣をかわし体に掌底や突きを入れるだけで人形の様に吹き飛んで再び立ち上がり向かってくる。
まるでゾンビ映画の様だ。
確実に消耗戦になり勝機は見いだせないまま戦い続ける。
「後ろや!」
尾花の叫び声に呼応する様に剣を避けて後ろ蹴りを叩き込むと傀儡が吹き飛び、体があり得ない事にバラバラになった。
それはまるで見えない刃で切り刻まれた様だった。
紫苑が俺の首筋にナイフを押し当てて止めた時の事が脳裏に浮かぶ。
咄嗟に落ちている剣をとんでもない方にげ飛ばすと剣がバラバラになって地面に落ちた。
どうやら周りを刃の様な糸で囲まれているようだ。
傀儡を投げ飛ばしバラバラにして動きを止めるが数が多い。
それでもやるしかない。
城に背を向けた傀儡に対峙して懐に飛び込もうとした瞬間。
傀儡が何かに弾き飛ばされた様に俺に向かってきて咄嗟にかわすと倒れこんで動かなくなった。
それはまるで城の入口のホールで感情を爆発させ怒りに飲み込まれた尾花が突然床に転がったのと同じだった。
奴に目を向けると不敵な笑い声をあげ。
その背にはサソリの様な尻尾が見える。
だがサソリみたいな節が無く何故だか動物の毛の様な物が生えている。
恐らく尾の先から毒針の様な物を飛ばしたのだろう。
毒針に警戒しながら最後の傀儡を蹴り飛ばすと空中で見えない壁に衝突しバラバラになった。
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