第19話 手中に落つ
「行くで」
「行きますよ、カズキ」
思いのほか時間が経っていて気が付くと影が足元にあった。
尾花と紫苑の声を掛けられ城に向かう事にする。
カヤとサヤももちろん一緒で連れて行かない選択肢は皆無だ。
荷車をスラム街に置いておくのは不安だがナトリさんとソウさんに任せる事にした。
「ねぇ、カズキ。何でカバンを持っていくの?」
「ん? ああ、この中には大事なものが入っているからね」
サヤの問いに答えるとカヤが嬉しそうにしている。
「あのね、サヤ。カズキのカバンの中にはあれも入れてくれているんだよ」
「え、本当に?」
「2人の大事なものだからね」
「嬉しい!」
まるでこれからハイキングかピクニック行くみたいな気がする。
そんな気持ちを尾花が戒めてくれる。
「紫苑とカズキは殿やええな」
「俺が最初に」
「アホ! カズキはいざちゅう時の切り札や。お伽噺の様な研究をしているとしたら真っ先にカズキが狙われるはずや。鍋ん中にネギ背負って飛び込むことも無いやろ」
俺が拒否すれば尾花は城に向かうのを止めるつもりなのだろう。
そうすればカヤとサヤの父親の行方も分からなくなる。
完全に拒否権が無くなった。
小高い丘の上に聳え立つ城の門が見えてくる。
門をくぐるとそこは広場になっていた。
はたして広場と言う表現が妥当かと言えば否だろう島国の日本に住んでいた俺にとって広場以外の言葉が出てこなかった。
大きな噴水などがあり写真だけで見た事があるヨーロッパの宮殿にある庭園みたいな感じと言えば広さが分かるかもしれない。
そんな広場の向こうに城に続く階段が見える。
ここまではナトリさんが教えてくれた通りですんなり進んで来られた。
問題はこの先でナトリさんの言葉通りなら番人がいてその奥が広めのホールになって開居る筈だ。
近くまで来ると城と言うよりは宮殿に近い建物が立ちはだかっていた。
確かに高い塔などもあり立派な石造りの大きな建物で圧倒される。
「これがアウローラの中心でこの世界を統治している所か」
「流石にビビるわ」
「カズキ」
「紫苑、大丈夫だよ」
一番しっかりしているのはカヤとサヤかもしれない。
真っ直ぐに前を向いて宮殿の様な城の入口を見据えている。
「行こう」
「そうやな。カヤとサヤ、行くで」
「「うん」」
庭園を抜けて階段を上がるとアーチ型の入口の脇に番人が立っている。
尾花がカヤとサヤを従えて番人の前に進んだ。
その後ろを俺が俺の後ろに紫苑が続く。
「ここに未知の世界から来たモノがあると聞いたんやけど」
「今は見る事は出来ない」
「何でや」
野太い声の門番が厳しい目つきで尾花とカヤにサヤを見下ろしている。
物見遊山の一行と間違えられたのかもしれない。
「この子達の父親は異世界から来たんや。その父親の行方を捜しながら私等は旅をしてんねん。ここに異世界からモノの研究所があるって聞いたんや」
「しばし待たれよ」
野太い声の番人がもう一人の番人に目配せをして宮殿の中に入っていた。
しばらくすると薄暗いホールの中ほどに人影が現れた。
「案内をする。こちらに」
「行くで」
「うん」
尾花が先導する様に歩きだすとカヤが返事をしてサヤがその後に続く。
番人らしき男が尾花の先をホールの奥に向かって歩いている。
ホールに入った瞬間に今まで感じた物より遥かに嫌な感じを受け警戒する。
先を歩く尾花とカヤにサヤがホールの中ほどに差し掛かった時に奥から男の声がした。
「カヤとサヤなのか?」
「父さんなの?」
「待っていたよ」
男の声に誘われるように泣きながらカヤとサヤが走り出してしまった。
「カヤ! サヤ! あかん!」
尾花の声がホールに響き渡る。
するとカヤとサヤの足元の床が消え飲み込まれるように2人の姿が消えた。
瞬時に尾花と紫苑が対戦モードになり2人の手には刀とナイフが握られている。
「貴様等!」
「ただの人間のガキなんぞゴミ同然だ。蟲の餌にすぎない」
ホールに不気味な男とも女とも取れない声が響く。
蟲と言う言葉でリクイド公国の外れで蟲に操られた男に襲われ、関節と言う関節からバラバラになった男たちの亡骸が浮かんできた。
「腐れ外道がぁ!」
「尾花!」
俺の言葉は尾花に届かなかった。
感情を露わにし怒りに飲み込まれた尾花が刀を脇に構えて奥に向かい闇雲に突っ込む。
すると何かに弾かれた様に尾花の体が床に転がった。
「クソ!」
尾花を救い出そうと一歩を踏み出すと喉元にナイフの峰が押し付けられていた。
「駄目です。お願いだからこれ以上動かないでください」
「紫苑、止めるな!」
「嫌です。カズキまで飲み込まれないでください」
紫苑は涙声だった。
「カズキが行くのなら。カズキを…… そんな事を私にさせないでください」
「…………」
ホールの中ほどには尾花が横たわり暗闇に包まれた奥からは異様な空気が漂っている。
そして背後から刺す光に照らされて喉元に当てられたナイフの刃には極細の糸の様な物が光っていた。
紫苑のナイフでも切れずに糸が張っていると言う事は、もう一歩踏み出せば確実に俺の首なんて一溜りもなく床に転がっていただろう。
「ここは一旦」
「ゴメン、そうだな」
紫苑と共に後ろに下がるといつの間にか蜘蛛の巣の様に糸がホール中に張り巡らされていた。
ナイフを振りかざしている紫苑に守られながらホールから外に出ても残った番人は直立不動のまま動かなかった。
命辛々と言うのはこんな事を言うのだろう。
今まで母方の爺に世界中を連れ回されて危険な目には散々遭ったがこれほど恐怖を感じた事は無かった。
それは自然が相手だったからかもしれない。
目に見えない相手がこれほど怖いとは思わなかった。
街に戻ると街の様子が一変していた。
あれほど活気づいていた行きかう人々の姿はなく。
家の中から俺と紫苑の姿を見ると何かにおびえる様にカーテンを閉め、中には俺達の動向を探る様に監視している人もいる。
「カズキ、どうしよう」
「大丈夫だ。街には人しかいない」
多勢に無勢かもしれないが相手が人なら何とかなるだろう。
カヤとサヤの安否は分からず尾花が捕えられてしまい、情けない話だが打つ手が無かった。
スラム街に戻るとナトリさんとソウさんを中心にしてスラム街の人々が待っていた。
「戻ったのは2人だけか」
「迂闊でした。尾花達が相手の手に」
「起きて閉まった事を悔やんでも仕方がないじゃろう」
「でも」
ナトリさんに詰め寄るとナトリさんが俺の肩に手を置いた。
「まだ、これからじゃ。助け出すんじゃろうが」
「もちろんです。大事な仲間ですから」
ナトリさんの家で策を練り直すとともにナトリさんに聞いておきたい事があった。
「カズキ、大丈夫?」
「心配かけてゴメンな。俺は大丈夫だよ、止めてくれてありがとうな」
紫苑が複雑そうな顔をしている。
どうしたら良いのか判らず不安なのだろう。
それでも俺の事を気遣ってくれる事が嬉しかった。
ソウさんが熱いお茶を出してくれた。
ゆっくりと口を付けて何とか揺れる心を落ち着かせる。
真っ直ぐにナトリさんの目を見据えて口を開いた。
「ナトリさんはあの城で何が起きているのか知っているんじゃないのですか?」
「研究を推し進めていたのは天帝の側近での、じゃがある日を境に暴走を始めたんじゃ」
「もしかしてその側近って」
「カズキ殿の察する通り人外じゃがクーデターを起こすような者では決してないんじゃ」
何故、城内に禍々しい気が満ちていたのかがはっきり分かった。
研究を進めていた側近に何があったのかなんて俺達には関係ない。
尾花達を救い出すのが最優先事項だが不用意に城に行けば確実に返り討ちに遭うだろう。
見えない敵に対峙するという事はとても危険な行為だ。
「大丈夫ですよ、カズキ。尾花が居るんですよ」
「そうだな」
紫苑が何とか励まそうとしてくれるが不安は拭えない。
相手はカヤとサヤの名を知っていた。
それにあの手練れの尾花が倒されたのを目の当たりにして相手がどれだけ周到なのかを思い知らされた。
一枚も二枚も上手の敵に迂闊に手を出せない事だけが確実な事だった。
「今日は休んで明日出直したらどうじゃ」
「そんな悠長なことを、相手は俺達の事を調べ上げているんですよ」
「焦りは禁物じゃ。恐らく奴らの目的はカズキ殿じゃろう、それならば向こうからカードを切ってくるはずじゃ。今、探らせておるからしばし」
「クソ、八方塞かよ」
ナトリさんの推測は大方外れていないだろう。
恐らくカヤとサヤの父親も研究の為に連れ去られた可能性がある。
手段は分からないけれど俺達の事を調べていたという事は俺が異世界の人間だという事も知られていると考えた方が妥当だ。
俺を手中に入れようと考えているのなら向こうから動くだろう。
すると家の入口で物音がした。
紫苑とソウさんが咄嗟に身構えた。
「ソウ」
「はい」
ナトリさんに名を呼ばれソウさんが慎重に戸を開けると血塗れになった男が倒れていた。
そして男は手紙の様な物をソウさんに渡すと事切れた。
その男はナトリさんが探りに行かせた人だった。
「カズキ殿、これを」
どうやら俺宛の手紙の様だ。
ソウさんから血が付いている手紙を受け取り確認する。
「カズキ、読めるの?」
「そうだった。紫苑が読んでくれるか」
「うん」
紫苑が手紙を読む顔がみるみる歪んでいく。
大体の予想はつくけど紫苑に確認の為に聞いてみる。
「なんて書いてあるんだ」
「う、うん」
「尾花達と俺を引換だって書いてあるんじゃないのか」
「明日の昼にカズキが1人で城まで来いって。絶対に1人でなんてダメだよ」
思った通りだった、もう腹を決めるしかない。
ナトリさんとソウさんが考えていた事も大方同じだったようで2人とも肩を落としていた。
紫苑の瞳が揺れる。
不安で堪らないのだろう。
「どうするか明日までに最善の方法を考えよう」
「本当に? カズキは私を裏切らないよね」
「当たり前だろ。俺は紫苑が大好きだからな、裏切ったりしないよ」
どんなに深く思慮しても答えなんて出てこない。
出来る事はただ一つなのだから、それでもそれを口にする事が出来なかった。
口にすれば紫苑を裏切る事になるのだから。
食事をして早めに横になる事にした。
寝ている間に俺が居なくなると思ったのか紫苑が寄り添うようにして俺から離れようとしなかった。
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