第18話 お人好し
街に出て軽く朝食を済ませ情報を集める為に街をぶらつき始める。
リクイド公国の宿場も石造りで綺麗だったけれど天帝が治めている国だけあって、リクイドが田舎町に思えてしまうほど立派で綺麗に整備されている。
俺が教育と称して教えられた中世都市と比べても遥かに立派で大きい。
道は綺麗な石畳で凹凸も少なく歩きやすい。
街の建物は煉瓦造りで統一されている。
中心の小高い丘の上には立派な城が街を見下ろしている。
あの城にこの世界を統治している天帝が居るのだろう。
そして街に足を踏み入れた時に俺と尾花が感じた違和感はそこになかった。
何を基準にしていいのか解らないが街には活気があり不穏な空気が漂っているなんて事は無かった。
それでも油断は禁物で秋津さんの取り越し苦労であることを願った。
「カズキ、これからどうするの?」
「そうだな、誰かに聞いてみるか。それともあの城の関係者に直接あたるかだな」
カヤとサヤは物珍しそうにキョロキョロしているが尾花がしっかりと2人の手を握っていた。
「カズキがは早う動き」
「そんなに急かすなよ。気になる事があるんだ」
「何が気になるねん」
「異世界の事なんかを聞いたらカモネギなんじゃないか」
「せやけどこのままじゃ埒が明かんやろ」
街の人に聞くより城の門番か若しくは役人に聞いた方が最善かもしれない。
国内の不穏な動きと言って最初に思いつくのはクーデターなどの政権の交代だろう。
俺が知る世界でも武力で政権交代を狙うクーデターなんて数える程起きていた。
何処の世界でも似た様なのかもしれない。
とりあえず中枢である城に向かおうとした時に怒鳴り声が聞こえた。
「とっとと失せろ! 貴様に食わせる食い物なんてない。我ら天帝の恥さらしが!」
道の中ほどに髪の毛がボサボサで髭は伸び放題の薄汚れた格好の男が倒れていて、家の入口らしきところで怒鳴り飛ばしている男が今にも手に持った棍棒で殴りかかろうとしていた。
気が付いた時には体が勝手に動いていた。
振り下ろされる棍棒から薄汚れた男を庇う様に覆いかぶさって背中に受けるだろう衝撃に耐える。
すると背後で棍棒を振り上げていた男の声がした。
「貴様等は何者だ」
「旅のもんや」
「訳があってアウローラに寄らせて頂きました」
「ちっ、旅の人に免じて今日は許してやる。二度とその汚い面を見せるな」
そう言い放って男は大きな音を立ててドアを閉めた。
どうやらまた尾花と紫苑に助けられたみたいだ。
振り向くと苦々しい顔をした尾花と紫苑が仁王立ちしている。
「カズキは何で指示せえへんねん」
「本当にカズキは大馬鹿です。尾花と私に行けと言えば済むことでしょう」
「ほんまにアホやな。大将が自ら動いてどうすんねんや」
「カズキが怪我でもしたら私はどうしたら良いんですか」
2人に頭を下げる事しかできない。
それでも自分自身ではどうしようもない事だと思っている。
無鉄砲と言われようが目の前で誰かが傷つくのを見過ごす訳にはいかない。
「ゴメン。これからは気を付けるよ」
「無理やな。今、無意識に動いたやろ。紫苑、カズキが怪我するんが嫌やったらお前が制しや」
「うん、全力で止める」
紫苑のフルパワーで止められたら……ちょっと怖いかも。
「おじいさん、大丈夫?」
「怪我してない?」
「ありがとう。大丈夫だよ、お嬢さん方は優しいね」
カヤとサヤが薄汚れた男の事を気遣っている。
そんな2人に優しそうな声で男が受け答えしていた。
「カズキ!」
「大丈夫だよ、尾花。人だよ」
尾花も常に周りを気遣っているのが良く解る。
カヤとサヤは尾花にとって掛け替えのない存在なのだから。
「こんな老いぼれの為にすまんの」
「まぁ、これも何かの縁だろ。家まで送ろう」
「いやいや、そこまでは。あたたた」
薄汚れた男が立ち上がろうとしてふら付いた。
足を挫いているみたいで咄嗟に支え肩を貸す。
「情けない事にここまで足腰が弱っているとは」
「寄る年波には敵わないからな」
「わしを年寄扱いするな」
「それだけ元気なら大丈夫だな」
悪い人には見えないしカヤとサヤが心配そうに俺の顔を見上げている。
「行こうか」
「はぁ? カズキは正気か?」
「放置する訳にいかないだろ。それじゃカヤとサヤに聞いてみろ」
「はぁ~ しゃないな」
尾花はカヤとサヤに押し切られたのが納得いかないのかブツブツと無鉄砲だのお節介だのつぶやいていた。
爺さんが案内するままに進むと街外れにあるホームレスの吹き溜まりの様なスラム街に足を踏み入れていた。
紫苑と尾花に緊張が走り俺の顔を見ている。
「大丈夫だよ。多分」
「カズキの大丈夫は当てになりません」
「そや、アホたれのヘタレやからな」
「モテモテじゃの」
嫌味を言う爺さんを見ると笑い飛ばされてしまった。
スラムの奥まで来ると城壁を背にするように朽ちかけた木造家屋が見えてきた。
その家屋の両側には掘っ立て小屋が立ち並ぶように建てられていてその中から数人の男が現れた。
「カズキ、止まり」
「殺気を感じます」
歩みを止めると紫苑と尾花が俺と爺さんの前に立ち。
カヤとサヤが俺と爺さんの後ろに隠れた。
緊張が走ると直ぐに薄汚れた爺さんが口を開いた。
「わしの客人だ」
爺さんの一言で殺気は消え数人の男たちの中の1人が近づいてきた。
「ナトリ、いったい何が」
「煩い奴じゃの。腹が減ったのでな街に出たんじゃ」
「ナトリがすることでは。私どもが用意を」
「お前も空腹じゃろうが。腹が減る。騒ぐでない。こっちじゃ」
ナトリの爺さんに案内されるままに突き当たりの朽ちかけた木造家屋に入った。
家の中は簡素で壁と柱だけで部屋の真ん中に囲炉裏の後の様な物があり、奥の壁にはしきりに使っていたと思われる襖の様な物が立てかけてあった。
「何を企ておるんや、貴様等は只者じゃないやろ」
「そうですね。頑丈な城壁に穴なんて容易く開きませんよ」
「知られたからには」
「ソウ、止めんか」
俺達の後ろにいた若い男が動こうとするのをナトリさんが一言で制した。
尾花と紫苑は家に入った時点で気づいていたみたいだ。
俺自身もナトリさんとソウと呼ばれる男のやり取りでホームレスじゃない事には気づいていたけれど、城壁に穴を開けていた事までは気が付かなかった。
「汚い所じゃが寛いでくれ」
「カズキ、帰るぞ」
「話だけでも聞いてみよう」
「ほんまにカズキはお人好しやな」
促されるまま靴を履いて家に上がった。
しぶしぶと尾花と紫苑が後に続き俺が胡坐をかく様に座ると膝の上にカヤとサヤが据わった。
「ほほ、君の子か。母親は」
「あのな、俺はまだ独身だ」
「女も知らなへんけどな」
「尾花は茶化すな」
ナトリさんの話ではこのスラム街の住人は元々城内で要職に就いていたという事だ。
だが濡れ衣を着せら職を剥奪されて城を追放されスラム街に逃げ込んだと話してくれた。
「今は老いぼれの枯れススキじゃがな」
「貴様、知ってい言っているやろ」
「まぁ、冗談じゃ。じゃがお主とそちらの娘は人ではないな」
「関係あらへんやろ」
尾花はナトリさんの言葉がよほど癇に障ったのだろう腰を上げようとした。
「尾花、頼むから座ってくれ」
「冗談も大概にせいや、次は許さへんからな」
渋々尾花が腰をおろしてくれた、何とか気を静めてくれたようだ。
「爺さんの言うとおりだよ。紫苑と尾花はこの世界で言う人外だ。でも俺のとても大切な仲間なんだ。仲間を侮辱するような事は俺が許さない」
「わしが悪かった。この通りだ」
ナトリさんが胡坐をかいたまま拳を突いて深く頭を下げてくれた。
それを見た尾花が大きく息を吐いた。
「許したと思うなや。カズキが大切な仲間言うたから矛を下げるんや」
「ありがとうな」
「ふん」
相変わらずへそ曲がりと言うか素直じゃない。
それでも尾花の優しさは一番分かっているつもりだ。
「ただの旅人には見えないがこの国に来た理由はまさか」
「多分、そのまさかだ。この国では未知の国から来たモノの研究機関があると聞いてやってきたんだ」
「その理由はなんじゃ、仲間が大事なら興味本位で関わらんことじゃ」
「俺自身が未知の世界つまり異世界からこの世界に来た人間で。それとこのカヤとサヤの父親もおそらく俺と同じ人間です。俺は元の世界に帰る為にこの子達は父親を探す為に旅をしているのです」
俺が旅の理由を話すとナトリさんは腕を組んで考え込むように俯いてしまった。
城の中で要職に就いていて誰かに嵌められ城を追放された事を濡れ衣という事はよほどの事があったのだろう。
そして城壁に穴を開けるという事はこの街から逃げ出そうとしているに違いない。
想像の域を出ないが位の高い人だろうと思った。
理由としてはこの国に留まれば命を狙われると思ったからかもしれない。
考え込んでいるという事は何かを知っていると言う事なんだと思う。
誰もが息を飲んで爺さんの一挙手一投足に注意を払っている。
「このまま帰れと言われても城に向かうのじゃろう」
「もちろん、そのつもりで城に向かっている時に爺さんに出くわしたんだ」
「難儀な奴等じゃの」
再びナトリさんが考え込んだ。
「カズキ、早うせんか。時間の無駄やろう」
「尾花、急かすな。慌てる乞食は貰いが少ないんだ」
「それは当てつけじゃな」
「貰うのは俺らだ」
大きなため息をついてからナトリさんが語り始めた。
「確かに城では未知の世界から現れた物を集めて研究しておった。じゃが城は今とても危険な状態になっておるはずじゃ。無事に帰れる保証は何もないのだぞ。それでも行くのか」
「それが不穏な動きがあるという噂の根源か」
「そうじゃ。金儲けをしたものはさらに金を。力強き者はさらに力を求める。それが未知の力となれば尚更の理じゃろ」
ナトリさんの話は信用に値するものだった。
表向きは未知の世界から来た物を展示する建物の地下に研究所がある事などを詳細に知っていて城内の情報にも詳しかった。
「何の研究をしていたんだ」
「お伽噺の様な研究じゃよ。古の龍の一族は未知の世界から来たのではないかと言うな眉唾ものの研究じゃ」
「この世界を作った龍の話か」
「あまりにも稚拙な研究じゃ」
このまま城に向かえば危険極まりない事が良く解るが、そこにはカヤとサヤの父親がとらえられている可能性がある。
もし、その研究が未知の世界への扉を開こうとしていたのなら。
そんな事が頭の隅を過る。
「カズキ、行くの?」
「紫苑が守ってくれるんだろ」
「うん、でも」
「これだけは知っていて欲しいんだ。紫苑が俺の事を心配してくれる様に、俺も紫苑の事が心配なんだ。無茶な事はしないでほしい」
紫苑が心配そうに俺のシャツを掴んでいるのを宥めすかす。
でも言葉に嘘や偽りはなく本心からの気持ちだった。
「で、カズキ。直ぐ行くんやな」
「いや、ここで腹ごしらえをしよう」
「はぁ? つくづくアホなお人好しやな。そこのソウとか言う男付き合えや。紫苑はカズキとカヤにサヤの護衛や。ええな」
「うん、判った」
あからさまに怪訝そうな顔をしていたソウさんがナトリさんの目配せで渋々尾花に従って出て行った。
俺の考えていることなど尾花にとってはお見通しなのだろう。
尾花が動かなければ俺が荷車を取りに行って来ると切り出していた。
そうなれば結果は同じ事になっていただろう。
直ぐに調理できるように荒ら屋の前にカヤとサヤが石で竈をこしらえて火を起こしている。
そこに尾花が戻ってきた。
「カズキは何処まで考えてるんや」
「何処までって城にはこの世界をひっくり返そうとする連中が居るんだから何らかの方法で街の人間を支配していても不思議な事じゃないだろ」
「ほんまに鈍いのか鋭いのか判らん奴やの、カズキは」
「旅がここで終わるとは限らないんだ。損失は最小限にしないとな」
立羽さんに持たせてもらった食料で食事をする。
もちろんスラム街の人に分け与える事も忘れない。
その間にコルノの干し肉をカヤとサヤが焼き始めた。
「その肉はもしや」
「そや、コルノの干し肉や。偶々森で出くわして仕留めたんや。カズキが分けえ言うから分けるんや。カズキが言わへんかったら天帝にかてやらへんわ。味わって食べ」
「忝い」
中には泣きながらコルノの肉を食べている男もいる。
よほど虐げられ困窮した生活をしてきたのだろう。
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