第16話 アウローラへ
また新しい今日が始まり荷車を曳きながら森の中を進む。
当然、荷車担当は俺だけど……
「カズキ」
「ん、カヤ。どうした」
「何で紫苑さんはあんなにご機嫌なの?」
「カヤもサヤも気を付けや。カズキはエロエロ大魔神やで」
尾花が嫌な突っ込みをする。
まさか今朝のあれがばれているのだろうか。
そんな筈は無いと信じたいけど人外の紫苑や尾花の能力は計り知れないし、俺の知らないこともまだあるのだろう。
それでも俺は白を切り通す事しかできない。
恥ずかしいし後悔先に立たずと言うやつで覆水盆に返らず後の祭りと言うやつだ。
荷車を引く事だけに集中して周りの会話をシャットダウンする。
「ふぁ~」
気の抜けた声を上げて岩の上に座り空を見上げる。
皆のお蔭で?
今日はかなりの距離を進めた。
森が少し開けた所にある小さな川が流れ落ちる滝壺が今日の野営地になった。
「カズキ、先に汗を流し」
尾花に言われ滝壺で汗を流してついでに着ていた服を洗濯する。
紫苑とカヤにサヤが野営の準備を始めて尾花が木と木の間にロープを張っている。
「やっとさっぱりした」
「洗ったもんを干しておきや」
「ああ」
「それからカズキは見張りやで」
見張りなんて言われても俺達以外に誰も居ない様な森の中で何を見張るのだろう。
そんな事を考えながら滝壺から流れ出る小さな川の畔にある岩の上で見張りをさせられている。
青空には雲が流れ小鳥達の囀りが聞こえる。
背後の滝壺では4人が汗を流している。
尾花は水を克服したのだろうか?
「見んなや」
「そんな事を言われても今更な気がするけどな」
この世界の宿場にある風呂屋は混浴が普通で、なるべく視界に入らないようにしてきたけれどリクイドでは皆と風呂に入っている。
まぁ、その時はタオルを巻いていたからそれほど気を使う必要があるかと言えば否で、それでも俺は一応健全な青少年で……
「体は正直やからな」
「スケベ」
言いがかりの様な気がするしそんな反応をした事なんて一度もないはずだ。
するとカヤの声が聞こえてきた。
「紫苑さんのは何度見ても大きい!」
「カヤ、すごく柔らかいょ」
「もう、触っちゃダメ」
言葉が出て来ない代わりに嫌な汗が滲み出てきて心拍数が急上昇する。
もしかして俺ってそんなに影が薄いのかそれとも何かの罠だろうか。
きゃーきゃーと騒ぎながら滝壺で4人がはしゃぎ回っているのを背中で感じる。
煩悩を消し去るかのように俺はただの石ころだと頭に念じる。
「カズキはどっちが良いの?」
「ふぇ?」
サヤの問いに思わず間の抜けた返事と共に振り返ってしまった。
その瞬間に顔面に水の塊がさく裂した。
「見んな言うたやろ」
「すんません」
気も力も抜けて項垂れるしかなかった。
そんな俺を叩き込むようにカヤが俺に質問を浴びせる
「スタイル抜群の紫苑さんとスレンダーな尾花とカズキはどっちがタイプなの?」
「あの……そんな質問には答えられませんが」
「も、もしかして……幼い姉妹?」
「そんな嗜好を俺は持っていません!」
「なんだ、つまんないの」
そっけないカヤの返事が返ってくる。
「カヤも年頃やな。カズキもそう思わへんか」
「俺に聞くな!」
頭に浮かんだ紫苑と尾花のあられもない姿をかき消すように頭を振る。
今まで楽しそうに囀っていいた筈の小鳥たちが一斉に木々から飛び立ち静寂に包まれる。
すると少し離れた草むらがガサガサと音を立てた。
緊張が走り息を飲む。
尻が岩に張り付いたかのように動かない。
草むらを揺らして現れたのは巨大な動物だった。
アフリカのサバンナに生息しているサイみたいな巨体で猪の様な毛が生えている。
そして頭にはシカの様な立派な大きな角が生えている。
巨大な生物はゆっくりと滝壺から流れ出る川に歩み寄り水を飲み始めた。
このまま俺達に気づかずに森に帰って欲しい。
息を殺しながらそんな事を考えていた。
嫌な汗が頬を伝い顎から落ちる。
一頻り水を飲んだその生き物の体が揺れ獣の目が光った気がするが動けなかった。
俺が逃げ出せば俺の後ろには……
鹿の様な大きな角をこちらに向けて猪突猛進の如く巨体が向かってきた。
成す術が無いと言うのはこんな時に使うのだろう。
向かってくる獣には九字は効かない。
俺が寸でで逃げれば避ける事は出来るかもしれないがそんな選択肢は皆無だ。
『もしかしたら』
そんな事が浮かんでは消える。
次の瞬間、水飛沫を舞い上げながら俺の両脇を何かがすり抜けた。
何が起きたのか理解できなかったが獣が突っ込んで来て俺の体が木の葉の様に舞うことは無かった。
その代わりに目の前にある2つの桃の間から横たわる獣の姿が見える。
獣の脳天にはサバイバルナイフの様なものが。
そして眉間には日本刀の様な物が突き刺さり真っ赤な血を流しながら横たわっている。
思わず息を飲んだ。
天に召した巨大な獣よりもその前に何かが……
視線をズームバックする。
視界に水が滴る瑞々しい桃が2つフェードインした。
「桃?」
思わず言葉を漏らしてしまう。
桃の顔が2つこちらを向いて俺を凝視している。
固まった頭をギリギリと音を立てながら力技で持ち上げると紫苑と尾花の凍り付きそうな瞳と目があう。
「あはは……」
乾いた俺の愛想笑いと共に風切り音が聞こえ。
咄嗟にクロスした腕の隙間から見えてはいけない?
見てはいけないモノが見えた気がした。
が……瞬時に意識が吹き飛んだ。
霞がかかった様に朦朧とした意識の中で薄らと光を感じる。
木々の間から青空が見える。
籠った感じで音が聞こえ。
段々と意識がはっきり覚醒してくる。
「カズキが目を覚ましたよ」
「カズキ、大丈夫」
「ん? また別世界に召喚されたかと思った」
俺の顔を覗き込むようにしているカヤとサヤの顔がはっきりと見える。
目を開けた場所は元の世界ではなかったようだ。
「ほんまに。カズキは元の世界にでも戻れるとでも思うたんか。どアホ!」
「カズキ。責任を取ってくださいね」
「紫苑、責任って何の?」
「にぶちんで救いようのないアホやな」
まぁ、にぶちんで済ませて朧げな記憶を思い出すべきじゃないだろう。
流石に言葉にすら出来ない……
「も、もしかして見たんですね」
「何を?」
「アホか、なんちゅう事を乙女に聞いてんねん」
「カズキのバカ!」
2人をスルーしてあの獣を探すと綺麗に捌かれていた。
骨はどこかに埋めたのだろうか。
剥がれた皮の上に大きな肉の塊が置かれている。
ふっと疑問が浮かんできた。
滝壺で水浴びをしている状況でどこにナイフやら刀が……
「カズキのエッチ」
「へぇ?」
「カズキのバカぁ」
意味が判らない様な突っ込みをカヤとサヤが入れてきた。
汚名返上を試みないと大変なことになりそうな予感だけがする。
「俺は何も出来ないけれど皆の盾くらいにはなれるんだ」
「だからカズキはアホや言われんねんや。カズキが避けてもカヤとサヤなんて抱きかかえて離脱するわ」
「…………」
「ほんまに判りやすいやっちゃな。顔に出すぎや、気を付けや」
そんなに俺って顔に出やすいのか?
尾花には見透かされていた気がするし考えれば考えるほど思いあたる事ばかりだった。
「カズキ。手伝って」
カヤの呼び声に救われた。
何でもこの獣はコルノと言う動物でアーラに次いで貴重な食肉だとカヤが教えてくれる。
カヤが切り分ける肉をサヤが何かの調味料の様な液体が入っている桶に入れて揉んでいた。
俺の仕事はサヤが漬け込んだ肉をロープに干す事だった。
桶の中の調味料を味見させてもらうと色々なスパイスが入った塩水の様な物だった。
「なぁ、カヤ。アーラが貴重なのは分かる気がするけれどコルノは何でなんだ?」
「もう、人間にコルノが倒せる訳ないじゃん」
「そうかな、罠とかこう」
「無理無理だよ。コルノはとても鼻が利いて人間の匂いが付いている物には敏感だし、人間が近くにいたら襲ってくるもん」
コルノと言う動物がどれだけ賢く凶暴なのかが良く解った。
紫苑と尾花が居なければコルノに襲われた何人かの一人になっていただろう。
塩ダレに付け込んだ肉を風通しの良い木陰に干せば一夜干しになりさらに干せば干し肉の出来上がりだ。
食べられる分だけで他は保存食にするのは長旅をする者の常套手段なのだろう。
カヤとサヤの手伝いが終わると尾花が声を掛けてきた。
「カズキ、次はこれや」
「仕方がないか」
尾花が俺に渡したのは鉈と少し細いロープだった。
あんな獣が居る森で野営するのだから当然と言えば当然なのだろう。
「紫苑はカズキの護衛役や。ええな」
「うん」
紫苑と尾花の仲が良くなる事は嬉しいしけれど2人がタッグを組んだら末恐ろしいかもしれない。
それよりも今は紫苑に護衛されながら作業をする事が最優先だ。
野営地を中心点にして半径7~8メートルの距離で野営地を取り囲むようにロープを廻らす。
ロープの高さは地面から50センチくらいだろうか。
木と木の間に張られたロープに紐を結び、野営地に一番近い木の枝で紐を集め一本の紐で束ねてその紐を枝から垂らす紐の先には木の板と細い竹が付けられている。
「カズキ、これは何かの罠ですか?」
「これは鳴子と言う仕掛けだよ。ロープに獣が触れるとこの木の板と竹が揺れて音を鳴らすんだ」
「コルノ避けですね」
「まぁ、コルノは賢いからロープが張っていれば近づかないと思うけれど他にどんな獣が居るのか解らないからね」
獣が対象ならこれで十分で、もしも対象が人ならもっと低い位置に仕掛けると紫苑に教えるとしきりに感心して森に消えた。
しばらくすると鳴子がカラカラと鳴る、どうやら紫苑が試しているようだ。
「カズキは凄いです!」
「経験だけね」
一通り仕掛けを点検して野営地に戻ると火が焚かれコルノの肉がこんがりと焼かれていた。
油が垂れて所々から炎が上がっている。
「いただきます」
コルノの肉に齧り付くと肉汁が口の中に広がる。
その味はまるで上等なブランド豚の様だった。
「美味い!」
「美味しいね」
カヤとサヤはまるで何かに憑りつかれた様に肉を頬張っている。
尾花は酒壺を片手にスペアリブを口に運んでいる。
これほど美味しいのなら誰もが食べたいだろう。
虎穴に入らずんば虎児を得ず、多大な危険を冒さないと美味い肉を手に入れることは出来ない。
アーラとは違う意味で手に入れることが困難だからこそ貴重で高値で取引されるのだろう。
立羽さんが持たせてくれた乾パンの様なパンと一緒に食べるとまた格別だった。
「不安なんか?」
「別に」
「アホ、丸判りや」
これから向かうアウローラ天帝国はこの世界の国々を束ねている大国だ。
そしてそんな大国に不穏な動きがあるという。
探し求める答えがそこにあるかもしれないが幼いカヤやサヤを連れていくべきか考えていた。
寝ていると思っていた尾花が目を閉じたまま喋りかけてきた。
「俺は無力だからな。紫苑や尾花に助けられてばかりだし」
「ほんまにアホやな。カズキは自分の力が信じられへんのか?」
「信じろと言われてもな。幼い頃から格闘技や陰陽師の修行と称し無理やり叩き込まれたけれどどちらも身にならなかったんだ。信じられるのはお袋から受け継いだ美容師としての技術だけだよ」
「経験は決して裏切らへん。確かにカズキはヘタレにしか見えへん。でもな紫苑を助けたんはカズキや。紫苑とやり合っている時に止めたんもカズキや。そんなカズキやから共にと思ったんや」
まるで尾花とカヤにサヤの運命を預けられたようで余計にプレッシャーを感じてしまう。
それでもここまで旅をしてきて引き下がるなんて出来ない。
だからこそ……
「あんな私等は烏合の衆じゃあらへんはずや、ちゃうか。三人寄れば文殊の知恵言うやろ」
「婆ちゃんみたいだな」
「しばぁく! 男を見せぇや」
「そうだな、姦しい時もあるけどな」
尾花は経験に富んで腕もたつ、紫苑は経験値が低いけど攻撃力は飛び抜けている。
微力ながら俺も力になれるだろう。
それでも覚悟だけはしておかなければならない。
俺自身もそしてそれを明日確かめよう。
「冷えてきたな」
「カヤとサヤは任せえ」
そう言いながら尾花はカヤとサヤが寝ている所に行き毛布に潜り込んだ。
紫苑は俺の担当か、男をね。
横で寝息を立てている紫苑の毛布に潜り込むと紫苑が抱き着いてきた。
また何か言われるなそんな事を考えながら目を閉じた。
鳥の声で目を覚ました。
朝日が木々の間から漏れて眩しい。
日が暮れる前にはアウローラに着くだろうと尾花が教えてくれた。
「アウローラに入る前にカヤとサヤの2人に確かめておきたい事があるんだ。今なら引き返す事もできるし危険を避ける事もできる」
「カズキは行くんでしょ」
「行くよ。俺は元の世界に帰る為にね」
「私もサヤも行く。何が起きても行く。動かなきゃ何も変わらないでしょ」
サヤがカヤの言葉に頷いている。
俺よりも肝が据わっているのは尾花が言うところの経験は決して裏切らないという事なのだろう。
小さな体で色々な事を受け止め乗り越えて来たのが良く解る。
「行こう」
「「うん!」」
休憩も最小限に荷車を曳き続ける。
森が開けると草原が広がり遠くに石造りの立派な城壁に囲まれたアウローラ天帝国が見えてきた。
そして僅かに宮殿かお城の様な屋根が見る事が出来る。
おそらくアウローラの中枢がそこにあるのだろう。
傾きかけた太陽の光に照らされて城壁が金色に輝き不穏な動きがあるなんて信じられない。
とても活気にあふれる城塞都市に思えた。
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