第15話 アウトドア


一文字本舗の店の前には沢山の荷物が載せられた荷車があった。

「立羽さん。これは?」

「ここから天帝国の間には主要な宿場はございません。そして数日の道のりを行かなくてはなりません。その為の食料や装備です。遠慮なんてしたら怒りますよ。カズキさん達のおかげで銘菓の花祭りを開催することができたのです。薄雪草がなければ一文字本舗末代までの恥をさらす事になったのですから」

立羽さんはそう言いながら秋津さんの背中を小突いた。

「寒いのが嫌で逃げ回っていた私が言うのも変だが何も言わずに受け取ってくれ。貴殿達のおかげで人外に対する認識が変わった。感謝している」

「それじゃ、遠慮なく頂ます」

それ以上の言葉は出てこなかった。

これから向かう国には不穏な動きがあり何が起こるか解らない。

それに何も起こらなくても元の世界に戻る手がかりを掴めれば別れは必ず訪れる筈だから。

別れの言葉もなく再会する為の言葉もなく感謝だけを示して荷車を曳いて歩き始める。

何も知らないカヤとサヤだけが別れを惜しんで手を振り続けていた。


「はぁ、はぁ、そろそろ休憩に」

「ほんまに、カズキは根性なしやな。それとも甲斐性なしかいな」

「根性なしも甲斐性なしも言うな!」

「あほやな」

尾花のイジリに付き合っている余裕なんて何処にもなく。

立羽さん達の好意が乗った荷車は色々な意味で格段に重くなっていた。

「今日はここまでやな」

「そうしてくれると有難いよ」

「カズキはダメダメですね」

紫苑にまでダメだしされてしまったが、既に体力は尽きかけていた。

それに野宿する為にはそれなりの準備も必要で早めに場所を決めることが大切で、明るい内に動くのが安全だからだ。

特に知らない土地ならば尚更で。


宿営地に決めたのは渓流と言うには少し流れが緩やかな川が流れる河原だった。

河原は石がゴロゴロしているが木の下は草地になっていて何とか眠れそうだった。

「今日はここで泊るの?」

「そうやな、まだ道のりは長いからな」

「カヤ、川だよ。遊ぼうよ」

「でも……」

サヤに遊ぼうと言われてしっかり者のカヤが尾花の顔を見上げた。

「カヤ。サヤと遊んできな。急な流れの場所には行くなよ」

「え、でも」

「カズキがかまへん言うてんねんから良いんやろ」

「うん!」

尾花が呆れ顔で俺の顔を見ているが気づかないふりをする。

幼い2人がこの世界で生き抜くためには体験を通して学ぶことがとても大切なのは良く解る、それでも今は今しかないのだから子どもらしく遊ばせてやりたかった。

「ほれ、カズキは晩飯の調達や。立羽さんにもろった食料は後からや」

そう言って尾花が竹か何かで出来ている釣竿を2本投げつけた。

目の前の清流と手にある釣竿という事は何かが釣れるのだろう。

「紫苑。尾花と野営の準備宜しくな」

「うん、任せておいて。カズキも晩御飯を宜しくね」

「まあ、期待しないでくれ」

俺が期待しないでくれと言っても紫苑の瞳が光輝いている。

どうやら期待満々らしい。

紫苑の期待を裏切りたくはないが答える事が出来るかというとそれは未知数で運任せだった。


とりあえず魚らしきものを釣る為には餌が必要で餌を探す事にする。

俺の世界で渓流釣りの餌と言えば川虫かミミズなどが一般的で天然のミミズが一番だと思う。

適当な容器を見つけて草地の土を木の枝で掘り起こす。

この世界の動物や魚らしきモノは俺の知りうる常識を遥かに凌駕しているけれど、俺が見てきた植物はどれも俺のキャパの少ない脳ミソに保存されている情報にかなりの確率で合致している。

という事はミミズが居てもなんら不思議はないと言う答えが導き出される。

まぁ、紫苑と出会ったときに襲われかけたイソメやゴカイの化け物は別として……

そんな事を考えながら土を掘っていると不意に声がした。

「カズキは何をしているの?」

「ん? カヤか。釣りの餌を探しているんだ。こんな草が生えている土にはたぶん居ると思うんだ」

遊んでいるはずのカヤとサヤが俺の事を覗き込んでいた。

「何が居るの?」

「こんな生き物だよ、サヤ」

手で摘まんでサヤとカヤの目の前で見せるとミミズがクネクネと動き回っている。

それを見て2人が興味を示した。

「カズキ、他にどんなモノが餌になるの?」

「川虫かな」

「川虫?」

「そうだよ」

流石に自然豊かな土地にはミミズモドキが沢山いた。

容器に入れて川辺に移動して裸足になって川に入り静かに川底の大き目の石を持ち上げてひっくり返すと石には何かの幼虫が何匹も這っている。

「カズキって凄いね」

「何でも知っているんだね」

「何もは知らないよ。知っている事だけだよ」

どこかで聞いた事があるような答えをサヤに返してしまった。

まるで校外学習の様な感じがするけれどこれはこれでカヤとサヤには大切な体験だと思う。


そして渓流釣りは一番シンプルで原始的な気がする。

竿と糸と錘に釣り針があれば楽しめる。

糸は竿より少し短めにして水深より上の位置に太めの糸で目印を付ける。

針にミミズを付けて竿を振り流れに沿うように竿を動かすと直ぐに当たりがきた。

「よっと、魚影が濃いのか魚が擦れてないのかな」

「うわ、釣れた」

「すごい、すごい!」

カヤとサヤが大喜びしている。

釣りあげた魚らしきものは俺が知る川魚と少しだけ形が異なっているけれど、イワナやヤマメの様に綺麗な文様をしていた。

それでも魚なのかは定かではない。

爆釣ペースで竿を投げれば高確率でヒットする。

夕食分に足りるだけを釣り上げてカヤとサヤに竿を渡した。

「やってごらん」

「「うん!」」

最初はカヤの後ろに回って投げるポイントや投げ方をレクチャーする。

同じようにサヤにも教えて2人の後ろで見守っていると紫苑が声をかけてきた。

「カズキは何でも出来るんだね」

「まぁ、アウトドアなら基本なんでも大丈夫だよ。今まで散々な目に遭って来たからね。でもこんなに役に立つのならあの経験は無駄じゃなかったんだろ」

「そうだね。私もカズキに出会えて良かったし」

紫苑の言葉がくすぐったいと言うか照れくさい。

「釣れた!」

カヤの声に救われた。

しばらくするとサヤの竿に当たりが来たようだ。

「カズキ、助けて」

「よし、ゆっくり。慌てなくて大丈夫だから」

竿が弓なりになり竿先がグングンとしなっている。

サヤの後ろから優しく抱きかかえる様にサポートする。

左手でサヤの小さな手を包み込んで右手で竿を掴むとかなりの大物なのか力強く獲物が逃げ回り暴れている。

獲物の動きに合わせる様に竿を操り、時には竿を上げて獲物の力を削ぎ取る。

ようやく観念したのか獲物が足元に近づいてきた。

「よし!」

掛け声と共に獲物の口に親指を入れて獲物を引き上げた。

「大きい!」

「今日一番の大物だな」

「えへへ、嬉しいな」


釣り上げた魚は食べる分だけをカヤが捌いてくれた。

野営の準備も完璧に整っている。

河原の石を組んで竈を作り釣り上げた獲物を枝に刺して焼き始める。

「良い匂いだね」

「まぁ、これが俺の知っている川魚と同じことを願うよ」

「郷に入れば郷に従えや」

「そうなんだけどな。この世界の食べ物は見た目と味のギャップが凄いからな」

美味しそうにカヤとサヤが焼きたての獲物に齧り付いている。

恐る恐る俺も獲物を口にして胸をなでおろした。

俺が口にした事がある川魚と大差ない味だった。

「美味しいね」

「サヤが今日の殊勲賞だな」

「カズキのおかげだよ。これからも色々と教えてね」

「そうだな」


お腹が満たされて遊び疲れたのかカヤとサヤは毛布に包まって早々に寝息を立てていた。

尾花は相変わらず酒を飲んでいて、紫苑も相変わらず俺に寄り添うように傍にいてくれる。

「カズキはその怖くないのか?」

「怖い? ああ、不穏な動きがあるアウローラに行くことか。不安が無い訳じゃないけど俺には紫苑や尾花にカヤとサヤと言う仲間がいてくれるからね。心強いよ」

「カズキの事は最優先事項で私が守る」

「ありがとう、紫苑。でもこれだけは知っておいて欲しい。甘いかもしれないけど俺は誰にも傷ついて欲しくないんだ」

「私もカズキと同じだよ」

「そっか」

紫苑が安心したように俺に凭れ掛かり目を閉じた。

温もりを感じながら毛布で紫苑の体を包み込み抱きかかえる様にする。

可愛いらしい紫苑の寝息が聞こえてきたのを確認して尾花を見ると目が合う。

「尾花は本当に良いのか?」

「あん? 何がや」

「このまま俺とアウローラに向かう事だよ」

「今更やろ。目的は違うけどな目指すものは一緒やんか」

そんな尾花の言葉に引っ掛かるものを感じる。

尾花の程の腕があればカヤとサヤを連れて旅をしながら彼女達の親を探す事も可能なはずだ。

それなのに尾花は薄が原で山賊をしながら情報を集めていた。

カヤとサヤに出会った時点で2人がまだ幼かったかあの場所で帰りを待っていたかのどちらかだが後者の確率は限りなく低いはず。

そこから導き出されるのは尾花に何かの事情があったのが本当だろう。

「カズキは鈍いんか鋭いんか相変わらず掴みようがない奴やな。カヤとサヤの父親に出会った時には既にお尋ね者やったんや。せやから他の選択肢が無かったんや」

「それじゃ、何でって聞くまでもないか」

「紫苑の奴にとってカズキが最優先なようにな、カヤとサヤが私にとって一番なんや。これもカズキのお蔭や」


尾花は覚悟を決めてリクイドの宿場に入ったらしい。

お尋ね者という事は各宿場や国に手配書が回っていたのだろう。

そして覚悟をしていたのに捕まるどころかお咎めも無かった。

リクイドの門番とのやり取りがそれなのだろう事が思い出されるが、それが俺のお蔭と言われても俺にはピンとこないどころか理由すら思い浮かばない。

俺が異世界から飛ばされて来た人間だからなのか?

牢屋にぶち込まれ刑に処される事があればカヤとサヤを俺と紫苑に託すつもりだったと尾花が話してくれた。

そうなればカヤとサヤが悲しむに違いない。

その時に俺は犯罪者になってまで尾花を助けただろうか。

「ええねん。カズキがそんな顔をする必要はないねん。自業自得と言うやつや。罪はいつか償わなあかんものやろ」

「そうだな。罰を受ける事も必要かもしれないけど人の為になる事をするのも償うのと同じ事だろ」

「カズキは優しいな」

「もう、寝るぞ」

しばらく火の番をするから先に寝ろと言われて目を閉じる。

明け方に尾花と代わって火の番をする。

川面に朝霧が立ちゆっくりと静かな時間と共に流れていく。

鼻が冷たくなり毛布で温め焚火に枝をくべ紫苑の顔にかかった前髪を指でそっと払う。

俺が元の世界に戻った後に紫苑はどうするのだろう。

尾花達と旅を続けるのだろうか。

それとも新しい相棒を見つけて共に歩むのだろうか。

仮定はあくまで仮定であるのは今だけ。

そっと紫苑の額にキスをした。





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