第14話 決勝戦


決勝は先に剣術の方から始まった。

甲冑の様な防具をつけた秋津さんが剣を構えている。

相手は秋津さんと同じような体型で少し違う形の剣を構えていた。

剣術の方は摸擬刀を使うが当たればそれなりに怪我をしてしまう。

真剣勝負には変わりなく緊張がビンビンと伝わってくる。

一進一退をしているように見えるけど秋津さんの方が一枚上の様だ。

相手の剣を絡め取る様にして剣を場外に弾き飛ばした。

勝負ありと秋津さんが相手に背を向けた瞬間に相手が懐から短刀を取り出して秋津さんに向かう。

振り向きざまに短刀を弾き、剣の柄を片手で相手の鳩尾に叩き込んだ。

完全に相手がダウンした瞬間だった。

立羽さんが嬉しそうに歓声を上げている。オシドリ夫婦とはこういう2人の事を言うのだろう。

秋津さんと立羽さんが俺達の所にやってきた。

「連続チャンピオンおめでとう御座います」

「最近は軟弱な輩が多いからな。決勝は策もラッキーも通用しないぞ」

「まぁ、仕方がないですね」

「怪我をして仲間に心配をかけないようにな」

始終ご機嫌な立羽さんは『頑張って、応援しているから』と声を掛けてくれた。

年に一度の旦那の勇姿がよほど嬉しいのだろう。


決勝の相手は背丈が俺と変わらないけれど体つきはひと回り大きな男だった。

道着の様な物を着て精悍な顔つきをしている。

片や俺と言えばシャツを脱いでTシャツになっているだけの普段着だ。

裸足の方が良いかと思ったが慣れない事はしない事にした。

試合開始の鐘が鳴るが動きは無く対峙したままになる。

どうやらこちらの動きを見ているようだ。

半身の構えをしていると前蹴りを繰り出してきた。

ステップだけでやり過ごすと連続攻撃を仕掛けてきた。

突きも蹴りもどれもが重く当たれば一溜まりもないだろう事が体感できる。

こちらも防御ばかりではなく攻撃を繰り出すが簡単に往なされてしまった。

経験と力量の差がハッキリしている。

扱かれはしたが大会などには一度も出たことがなく実戦の経験すら無い。

しかし相手は実戦が主なのだろう。

殺気と言うか闘気が漲っている。


隙あらば攻撃を仕掛けて来て休む暇を与えてくれない。

それにガードして攻撃をかわしてもダメージは蓄積していく。

気を抜いた訳では無いが、ほんの瞬間に相手が中段の二段蹴りを仕掛けてきた。

一発目は寸での所で往なせたが2発目はそうもいかなかった。

肘で受けたが脇腹にもろに衝撃が伝わった。

「かはっ」

横に吹き飛ばされるが何とか体制を立て直して息を整える。

相手の背後に紫苑や尾花、それにカヤとサヤの不安そうな顔が見える。

秋津さんの言葉がよみがえり俺が彼女達にあんな顔をさせているのかと思うと、不甲斐なさと同時に自分に対する怒りが込み上げてきた。

深く深呼吸を繰り返すとギャラリーの声が消えた。

半身の姿勢から腰を落とし。

右手を開き腰のあたりまで引く。

左手は軽く握り体の前に構える。

相手の体が僅かに揺れた瞬間。

全身のばねを使って一気に間合いを詰める。

一か八かの一発勝負だ。

相手の懐に入ると同時に腰を捻り体重を乗せて掌底を繰り出す。

咄嗟に腕をクロスしてガードしてきたがお構いなしに叩き込むと相手の体が吹き飛んだ。

倒れこそしなかったが効き目はあったようだ。

次の攻撃に対処できるように息を整えていると相手が膝から崩れ落ちた。

息が詰まって声が出せないのか相手が床を数回叩いてタップアウトした。

歓声が沸き起こり大会が終了した事を告げた。

結局のところまともに攻撃したのは最後の一手だけだった。

こんな事で優勝などしたなんて母と姉に聞かれたら、考えただけで身震いすると言うかチビリそうだ。

リングを降りるそんな事はお構いなしにカヤとサヤが抱き着いて来て涙を流している。

「カズキ、つおいね」

「マグレだよ」

「凄いよ、カズキは」

「マグレだって」

とりあえず嫌われずに済んだようだ。


表彰式と言うか優勝者の自己紹介があり。

主催者に腕を持ち上げられ例の勝者宣言をさせられてしまう。

拍手のシャワーを浴びると大会は終焉を迎え、ギャラリー達も本来の祭りを楽しんでいる。


俺は左右からがっちりと紫苑と尾花にホールドされて宿場を歩いていた。

立羽さんの言葉通りにお菓子はただで食べる事が出来た。

それもお菓子屋の看板娘達が俺を見つけると自慢のお菓子を持って突進してくる。

どうやらそれが紫苑と尾花にとって不服らしい。

怖い顔をしてまるで狛犬の様に左右から睨みを利かしている。

カヤとサヤが両者の間を取り持とうとするが、紫苑と尾花はどうしても譲れないらしい。

「紫苑も尾花もいい加減にしろよ。大会に無理矢理参加させたのは誰なんだ」

「それはお菓子に目が眩みましたけど」

「こんな騒ぎになるなんて思わへんもん」

「「優勝したカズキが悪い(んや)」」

どうやら責任転換されてしまった。

ここは億の手を使うしかないのだろう。

「紫苑と尾花に俺は節操が無く見境のないナンパ野郎にしか見えない訳なんだな」

「違います」

「ちゃうけど」

「俺は2人を信じているのにか?」

2人が渋々ホールドを解除してくれた。

すると遠巻きに見ていた女の子達が集まってきた。

名前と旅の途中で立ち寄ったと教えるとそれ以上の事は聞いてこなかった。

そして近くに来た時には是非とお店の宣伝をしてお菓子をくれて皆嬉しそうにしている。

遠慮なく頂けるものは頂いてカヤとサヤに渡すと2人がとても喜んだ。

「親子みたい」

「優しい」

なんて声が上がるけど親子は勘弁してほしい。

未だ結婚なんて考えた事も無し19になったばかりでこんな大きな子どもが2人も居たらそれこそ事件だ。

でも、家族の様で何だかほわっと温かい物が込み上げてくる。

カヤとサヤが沢山のお菓子を持っていると親切に大きな籠を持ってきてくれる女の子まで居た。

丁重にお礼を言っておく。

紫苑も尾花も少し肩の力が抜けたのか美味しそうにお菓子を摘まんで本来の祭りを楽しんでいるようだ。

食べても食べても持ってきてくれるので立羽さんの家に持って帰ることにした。

その方がゆっくり味わえるし何かの足しになるかもしれないからと思った。


家と言うか店舗兼お屋敷に付くと店の前が大騒ぎになっていた。

まるで花見の様なアウトドア―宴会そのものだった。

酒を飲んで騒いでいるおっさんや肴を運んで酌をしているおばさんが入り乱れている。

嫌な予感がして裏口に回ろうとしたら見つかり掴まってしまった。

「主役のご帰還だ!」

「あらまぁ、良い男じゃない」

「おお! 両手に花と言うか酒池肉林か?」

足早に振り切って屋敷の中に逃げ込んだが状況は更に悪化していた。

「女将さん! お戻りです!」

使用人の一言だけで屋敷内で働いている人達が洪水の様に湧いて出てきた。

廊下と言う廊下を早足で歩く音が聞こえ。

階段に至っては底が抜けてしまうかのような音がしている。

「モテモテやな、カズキは」

「誰の所為だと思っているんだよ」

「紫苑やろ、それともカヤか? サヤか?」

「尾花さんです」

紫苑も尾花も俺と腕を組んで放さないが顔はシラっとソッポを向いていた。

「あらあら、お帰りなさい」

「お世話になります」

「そんな遠慮なんて。一文字本舗から剣術と武術の優勝者が出たのですから今晩は無礼講でお祝いですよ」

「あの、お手柔らかにお願いいたします」


宿場一の老舗で尚且つ祭りのメインスポンサーにもなっている大きなお店だけあって宴会は半端では無かった。

これを本物の大盤振る舞いと言うのだろう。

紫苑は目移りしながら料理を食べていて、尾花は酒を煽り続けている。

カヤとサヤは料理を味見しながら作り方を聞いて回っていた。

お店の人も関係者らしき人も入り混じって盛大に盛り上がっている。

俺自身は酒をあまり飲まないので酌をかわすのに精一杯だった。

そして…… 気づいた時には紫苑が酒を勧められるまま飲んでいた。

まぁ、カヤやサヤじゃあるまいし大人なのだから大丈夫だろう。

「か、カズキ! 助けてぇな」

「はぁ?」

尾花の方を見ると紫苑が尾花に抱き着いていた。

「誰が紫苑に酒を飲ませたんだ?」

「いや、あんな。酒も飲めへん小娘がってゆうたらな……」

「尾花が煽ったんだな」

「堪忍や」

仕方なく尾花の傍に行くと紫苑が酒の所為か潤んだ瞳で俺の事を見上げている。

頬はピンク色に染まりどことなく色ぽいというか……

「カズキだぁ!」

「こら、抱き着くな」

いきなり抱きついてきた紫苑の体は仄かに温かく良い匂いがする。

抱き着かれた勢いで紫苑を抱きかかえたまま尻餅をついた。

「カズキは嫌い?」

「紫苑少し離れて……」

「カズキは私の事が嫌いなの?」

「嫌いじゃないけどさ。紫苑は酔っているでしょ」

潤んだ瞳で俺を真っ直ぐに見つめている。

揺れる瞳より気になるのは民族衣装の様な紫苑の襟元が肌蹴て肩が露わになっている。

艶めかしいというかはっきり言ってエロい。

助けを求めようとサヤとカヤを見ると真ん丸に目を見開いて興味津々で俺と紫苑の事をまじまじと見つめていた。

そして尾花と言えば酒で盛り上がっているギャラリーとやんややんやの大盛況で紫苑の事を煽りまくっていた。

「カズキは私の事が嫌いなんだ」

「嫌いじゃないってば」

「じゃあ、好き?」

「好きだよ」

本心からの気持ちだけどそれがLoveかと言えばLikeに近いのかもしれないが、俺にはその違いが良く解らなかった。

自分の気持ちははっきり解らないけれど何故だかは理解できる、軽い女性恐怖症で恋愛未体験者だからだ。

でも、紫苑の事は好きだし尾花やカヤにサヤは大事にしたいと思う。

そんな俺なんかにお構いなく酔った紫苑は俺の体に密着してきた。

「カズキ……」

潤んだ瞳が揺れてゆっくりと瞼が下りていく。

そして、周りのギャラリー達が息をのんだ。

紫苑の柔らかそうな唇から洩れる息が半端なく近い。

「紫苑?」

いきなり重さを感じると紫苑の頭が肩に凭れかかってきた。

「はぁ~、焦った」

俺の耳元で紫苑は可愛らしい寝息を立てている。

すかさず尾花達を睨み付けると目を逸らして素知らぬ振りをした。

宴会なのだから仕方がないのかもしれない。


いつまでも紫苑を抱きかかえている訳にもいかず、紫苑の体を抱きあげて部屋に運び布団に寝かせる。

俺と紫苑の関係って……

でも、出会ったばかりなのだからそんな事はないだろう。

「時間なんか関係ないねん。男と女なんてそんなもんや」

尾花の声が後ろから聞こえてくる、それに対して俺は何も答えられなかった。

「ほんまにカズキはガキやの」

「まぁ、否定はしないよ。今の今まで恋人のこの字も無かったからな」

「出会いがあれば別れがある。それが自然の摂理で絶対なんて事はどの世でもありえへんねん」

「そうだな命があれば必ず終わるが来るからな」

そんな事は尾花に言われなくてもそんな事は良く解っているつもりだ。

俺はこの世界の人間じゃないし紫苑は人狼だ。

人と人外の時間の流れは全く異なる、俺の命の方が先に朽ちるだろう。

その前に俺は元の世界に戻ってしまうかもしれない。

「誰にも先の事なんて見えへんから一生懸命に今を生きるんや。ちゃうか?」

「そうだな今が大事なんだな」

目の前には幸せそうに寝息を立てっている紫苑がいる。

何が何でも守ってやりたい。

それが俺にできる今一番大切な事なのかもしれない。


翌日、朝飯を食べ終わるとカヤとサヤは立羽さんに連れられて菓子工房の方に手伝いをしに行ってしまった。

2人は嬉しそうにスキップしていた。

当然と言えば当然なのだろう。

オルキディーアの銘菓の花祭りを主催できると言うことは一文字本舗が他よりも抜きに出ているということで、そんな一文字本舗の銘菓を作る手伝いが出来てレシピを知ることができるまたとないチャンスでもある。

そして俺と紫苑に尾花の3人は秋津さんに連れられて奥座敷に連れて来られていた。

探し求めている手がかりというか僅かでも情報を得るために。

そして秋津さんの前に座るが何とも言えない空気が流れる。

そんな重苦しい様な空気が嫌で俺が口を開こうとすると秋津さんが重い口を開いた。

「最初に言っておかなければならないのは、私の話を鵜呑みにしないでほしいと言うことをまず断っておく」

「解りました。異世界から来たモノなんて眉唾な話ですからね」

「私自身も聞きかじった話だが信頼できる者からの情報だ。信憑性は高いと思われるが私自身がこの目で確かめたものではない事を知っておいて欲しい」

秋津さんの話は良く解るし俺自身がそんな事は良く解っている。

人には見えないモノが見え、それは見える者にしか解らない。

確かめようにも周りの人には理解しがたいことだし百聞は一見にしかずという事なのだろう。

「実はアウローラ天帝国では未知の世界から来たモノを集めて研究している機関があるらしい。そしてここ数年はカズキ殿の様な者を集めていると言う噂がある」

「それは異世界から来たという事ですか?」

「あくまでも噂の域は出ないが」

尾花の目が秋津さんの言葉で真剣そのものになっている。

カヤとサヤの親の事を探している尾花にとって何にも代えがたい情報に違いない。

「アウローラ天帝国に行けば解るかもしれんのやな」

「一つ問題が」

「とりあえず行けばいいやんか」

「これは極秘裏の話なのだがアウローラでいま不穏な動きがあると言う情報が入ってきているのだよ」

近隣の国から剣術指南役や衛隊になんて誘いが来るくらい剣術にたけている秋津さんならではの情報網という事なのだろう。

そんな事を考え見てもかなり確かな情報だという事が窺える。

「行くんやろ。カズキ」

「当然ですよね。武闘大会に出なければ銘菓は得ずです」

「そうだね。その為に旅をしているのだから」

尾花と紫苑が俺の不安なんか投げ飛ばしてくれる。

考えたくはないけど万が一という事もある、誰も傷ついて欲しくないというのが俺の考えだ。

甘ちゃんと言われようがご都合主義と蔑まされ様が構わない。

それが俺の唯一の願いだから。

アウローラ天帝国はここからかなり離れた場所に位置するらしい。

数日は野宿を覚悟しろと秋津さんに忠告された。

行く先々には自然豊かな大地が待っている。

お前等ならきっとたどり着けると自信たっぷりにと太鼓判を押されてしまった。

「「カズキ!」」

カヤとサヤが満面の笑顔で手を振りながら走ってきた。

銘菓の色々な事を知ることができた嬉しさが全身から見て取れる。

「勉強になったか?」

「はい!」「うん!」

「そうか、それじゃそろそろ出発しよう」

「今度は何処に行くの?」

次の目的地がアウローラ天帝国だと告げるとカヤとサヤが目をまん丸くした。

「お父さんがいる所が分かるかな」

「行ってみないと分からないけどな」

「カズキが戻る方法もだよね」

「そうだな」

それは皆との別れを意味する。

俺自身はこの世界の人間ではないしこの世界に長いしてはいけないと思っている。

こんな男一人でこの世界が変わってしまう事は無いとは思うけれど心のどこかに待雪さんの言葉が引っ掛かった。

『古の一族が絶えればこの世界は終焉に向かう』

古の一族や伝説なんて事を信じている訳ではないが待雪さんは信用できる人で。

それでも可能性は決してゼロじゃない。

用心には越した事は無いけれど俺自身にそんな力があるなんて今でも信じられないし実感なんて地の果ての様に遠い。






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