第13話 武闘大会・本戦
翌朝、起こしに来た立羽さんに笑われてしまった。
「カズキさんはモテモテさんですね。姉さんに幼馴染に妹属性に幼女ですか」
「あの、立羽さん。間違った表現が見られますけど」
「肉布団で選び放題の同衾なんて、ちょっと羨ましい」
「あの……同衾って」
何処のハーレムアニメだよそんな設定は俺にはありません。
と、大声で朝から寝起きで叫びたい衝動に駆られる。
軽く朝飯を食べて体をほぐす。
嫌々ながらの大会参加だけど怪我をするのは御免だから。
宿場町にでると甘い香りと熱気に包まれた祭り会場がそこにはあった。
祭りの中心的な一文字本舗の時期当主の立羽さんと剣術大会優勝者の秋津さんが一緒の所為か目立つことこの上ない。
「あら、カズキさんの格好も素敵ですよ」
そんな事を言われてもこれしか着る物を持っていないだけで周りから見れば異国の衣装に見えるのかもしれない。
黒いスニーカーにジーパン姿でTシャツの上に青いシャツを着ている。
そして変わったと言えば俺の作務衣みたいな上着がパッチワークの様になっている。
暇があればサヤが何かを縫い付けていて、無駄にポケットなどの装飾が施されそれが為に少し布が厚くなり保温機能が付け加えられている。
が、やる気が湧いてくる機能なんて付いている筈も無く会場に到着してしまった。
気分は一気にダークになっていく。
すると秋津さんが俺に小声で話しかけてきた。
「貴様が優勝したら探し物のヒントをやろう」
「はぁ?」
本当に『はぁ?』だった。
優勝なんて鼻から視野にないし、痛いのは嫌だし怪我なんて絶対にしたくないのが本音だから。
余計な事を言ってくれたものだ。
ポンポンと俺の肩を叩いて『気楽にな』なんて言い残して秋津さんは隣の会場に歩いて行ってしまう。
気楽に優勝なんかできるか!
心の中で叫んでみた。
「カズキ。俺の嫁って叫ばんか」
「アホ」
「アホ言うにゃ。アホ言うやつがアホにゃ!」
リラックスも緊張もあったもんじゃない。
「カズキ。怪我しないでね」
「一回戦敗退決定だな」
「駄目!」
いきなり駄目だしですか?
紫苑に駄目だしされて会場に踏み込むと相手はボクシングスタイルぽい相手だった。
手にはバンテージを巻いてスエットの様な物を穿いていいて素足で足にもバンテージの様な物が巻いてある。
無手のルールは至って簡単だった。
金的と目潰しは禁止のフルコンタクトで、ダウンするか参ったで勝敗が決まる。
試合会場はポールとロープの無い少し広めのリングになっていて、たしかリングアウトしても負けだったはずだ。
初戦が始まる。
真ん中で主審に促されてお互いに礼をする。
ゴング代わりの鐘が鳴った瞬間に相手の上段の回し蹴りが俺の側頭部にぶっ飛んできた。
バランスを崩しながら何とかかわす事が出来た。
どうやら相手の系統はボクシングではなく立ち技系格闘技だと言う事が判った。
それでもベースはボクシング色が強いのか体を小刻みに上下させてリズムを刻んでいる。
そんな事を考えていると隙を突いてストレートが飛んできた。
逃げ腰的に体を右に捻りパンチを避けて相手に背を向けてしゃがみ込むと右足が無様に伸びきってしまった。
その伸びきった右足が何かにあたりその何かがバランスを崩して倒れた感じがする。
周りから歓声が上がっている。
「???」
床に手を付きながら後ろを見ると対戦相手が天を仰いで虚ろな顔をしている。
どうやら足が相手の軸足のひかがみにヒットし膝かっくんになってバランスを崩し後頭部を床に強打したらしい。
ビギナーズラックと言うやつかもしれない。
カヤとサヤが大喜びしているので本当の事など言えなくなってしまった。
「流石やな。体に染み込んどるんやろ」
「あはは、そうなのかなぁ」
「ちゃうんかい!」
尾花の突っ込みがまともに飛んできた。
少し休憩していると2回戦が始まろうとしている。
何だろうメチャ憂鬱な気分満載で……
「しばく!」
「すんまんせん」
2回戦はリングの向こうにあり得ない物が立っていた。
身の丈は大待さんより少し小柄な筋骨隆々とした肉体をお持ちなのに、瞳は少女漫画に出てくるキラキラの瞳で髪の毛を伸ばし一つに括り三つ編みにしている。
ラー○ンマンと言うより辮髪のチェホ○マンと言った感じだろうか。
そして何故だか腰をクネクネとしている。
リングに上がると相手が両腕を大きく開いて胸の前で交差させている。
「バッチ来い!」
「嫌ぁぁぁぁぁぁ!」
セコンドとして万が一の時の白いタオルを持っている尾花を見るとサヤにタオルを渡している。
「ありがとう」
「受け取っちゃ駄目ぇ!」
何かに見つめられている視線を感じて油が切れたロボットの様に振り返るとウインクされてしまった。
「超好み! あたしタチだから」
「ショタコンですか? BLが綺麗に見えてきた」
「尾花、タオルを」
「寝技に持ち込まれたら完全にアウトやな」
嫌な想像をさせないでください。
ただでさえ嫌な汗が滲み出ているんですから。
寝技……お尻が……痛いわ?
無情にも鐘が鳴ってしまった。
内股で突進してくるスピードが尋常じゃなかった。
あっという間に間合いを詰められてしまう。
掴まったら最後だと覚悟を決めるが見事に打ち砕かれる。
往なした相手の腕が半端ないくらいオイリーだった。
汗かきなんて物じゃなく油ぽいと言うか反則じゃねぇって言うくらい滑る。
一瞬そんなプレイが浮かんできて息が苦しくなってしまった。
とりあえず往なし続けて逃げ回るしかない。
相手の上半身は裸で掴み所が無いし懐に潜り込めば確実に上から潰されてしまうだろう。
「嫌ん、逃げないで」
「逃げるわ!」
制限時間は特になく審判の気分次第で待ても無い。
体がデカい割には俊敏でスタミナがある。
どんな訓練を……考えるのを止めよう。
嫌なイメージしか浮かんで来ない気がする。
何時までも逃げ回っている訳にも行かずギャラリーからもブーイングが出てきそうだ。
ここは一発決めるしかないと覚悟だけを決めた。
相手が繰り出した左手を掴んで背負い投げの体制に入る。
「うふふ」
嫌な声がした瞬間に相手の右腕が俺の前に出てきた。
抱き着かれると思った瞬間に相手の腕を掴んで力を込めていた右手がオイリーな汗でスッポ抜けた。
そして相手の体が背中に密着して相手共々倒れ込んでしまった。
掘られるそう俺の本能が叫んだ。
が、相手の体が俺の上から崩れ落ちて白目をむいて口から泡の様な物を噴出していた。
「はぁ?」
どうやら抜けた右手の肘が相手のボディに突き刺さり、そのまま倒れ込んだようだ。
いくら鍛えていても自重プラスには耐えられなかったらしい。
ラッキー再びだな……
歓声が上がっているが精神的に辛い試合だったことは間違いない。
「お疲れやな」
「タオルを投げろよ」
「タオル? 知らにゃい」
「しばく!」
すると紫苑が汗を拭いて飲み物を持ってきてくれた。
「紫苑は優しいな」
「お菓子が楽しみだから」
「そっちですか……」
四面楚歌ってこういう事を言うのかなぁ?
次の準決勝までには少し時間がありその間にカヤが次の対戦相手の情報を持ってきた。
「あのね、前回の準優勝者だって」
「無理です。もう勘弁してください」
「それは無理かもです」
「だろうね」
唯でさえ年に一度のお祭りで盛り上がっているのに、この武闘大会会場全体が血湧き肉躍ってしまっているもんね。
棄権などしたら末代までの恥になってしまうのかもしれないが俺は……無理か。
「行ってきます」
「おお、行く気やな」
「とりあえず」
「カズキ、怪我なんてしないでね」
そんな潤んだ瞳で甘いお菓子を見る様な目で見られても困ります。
で、相手は……女の子だった。
動きやすそうな民族衣装の様な物を身に付けて髪の毛をポニーテールにしている。
確かに立羽さんは男女別とは言っていないし男しか出られないとは言わなかったよな。
でも、無理だろ。
女の子に手を上げるようには教えられてないし、そんな屑みたいな男にだけはなりたくない。
「ガンバ!」
「はいはい」
生返事しか出来なかった。
鐘が鳴ると同時に彼女が攻撃を仕掛けてくる。
新体操の床の様にアクロバティックな動きでトリッキーなスタイルだ。
目で追えないスピードじゃないけれど攻撃を仕掛ければ確実に怪我をさせてしまうだろう。
踊りを舞うかのように彼女が攻撃を仕掛けてくる。
それを予測しながらかわしていく。
ギャラリーが盛り上がっているので手に汗を握る攻防に見えているのかもしれない。
それでも彼女の攻撃がヒットすればそれなりのダメージがある訳で、それは是が非でも避けたい。
気付くとコーナーに追い込まれていた。
彼女がバック転をしながら向かって来る。
少し前に出て腕を突き出すと彼女が慌てて後ろに飛び退いた。
どうやら強そうに見えても女の子は女の子らしい。
周りから何と言われても構わない、男を前面に出す作戦に移行する。
再びコーナーに追い込まれ彼女が向かって来るタイミングを見計らって猛然と前に出る。
彼女がトリッキーな動きをしながら後ろに下がりコーナーで動きを止めた。
そして反撃をしようとした瞬間に両手を胸の前に突き出すと彼女が目を瞑って後ろに飛び退いた。
「場外! 一本!」
何かの技だと思ったのかギャラリーが異様に盛り上がっている。
場外になり尻餅をついている彼女に手を差し出すと思いっきり腕を掴まれ引っ張られた。
バランスを崩しリングから落ちそうになる俺の頬に彼女はあろう事かキスをした。
そしてリングに飛び乗った彼女に引っ張られ俺は何とか落ちずに済んだ。
輪をかけてギャラリーが今の試合を讃えている。
「疲れた」
「不純です」
「あれは無いやろ、卑怯やで」
紫苑と尾花にはそっぽを向かれてしまったがカヤとサヤはギャラリーと同じくあれが何かの技だと思ったらしい。
まぁ、男には一切通用しない技だけど。
なんちゃってカメハメ波とでも言っておこう。
何だかんだで決勝まで勝ち進んでしまった。
負けても準優勝だけど負けるとなると怪我をしてしまう可能性もある。
じゃ、勝てばなんて簡単な物じゃないだろう。
決勝が昼後のメインイベントとなっているので今は丁度空き時間に宿場を皆でぶらぶらしていた。
クレープの様な物を買って少しだけ栄養補給と言うかカロリーを摂取しておく。
紫苑と尾花が俺を挟むようにして座り噴水の縁に腰を掛けて食べている。
すると可愛らしい女の子が声を掛けてきた。
「あの、お名前を教えて頂けませんか?」
「えっ、俺は二瀬一樹ですけど」
「カズキさんですか。カズキさんはお優しいのですね」
「へぇ? あっ、ゴメンナサイ」
思わず謝ってしまった。
良く見ると準決勝の対戦相手の女の子だった。
ワンピースの様な衣装に着替えて髪を解いていたので気付かなかった。
「私の動きを全て見切った人は初めてです」
「それじゃ、何で去年は」
「えっと足を払われて動きを封じられて止めを」
「そうだったんだ。悪いと思ったけど俺には女の子に怪我をさせる事は出来ないからね」
彼女は満面の笑顔で俺の顔を見ている。
何だか戦いの合間の清涼剤みたいだった。
「やっぱり女の子に武闘大会は向かないですよね」
「女の子だけの大会なら問題は無いけどね。現に強い女の子を俺は沢山知っているしね」
「今度お手合わせをお願いしたいなぁ」
「まぁ、強すぎて俺でも敵わないからね」
「ありがとう。これで踏ん切りが付きました」
そう言って俺の頬に柔らかい感触を残して彼女は身を翻して軽やかに走り去って行った。
今年優勝できなかったら何かをすると決めていたのだろう。
国に帰るもよし。女の子なのだから結婚するのかもしれない。
そんな事を考えていると俺の足に鉄槌が下された。
「私と言う者が隣に居るのに、何を惚けているんですか?」
「このボケナス! 鼻の下を伸ばすにゃ!」
あまりの痛みに屈もうとすると両側から肘鉄が飛んできた。
「うわぁ!」
噴水にダイブする所で今度は両耳を思いっきり引っ張られた。
「行くで!」
「決勝です」
「勝てなかった時は覚えておき」
「死に値します」
好きで出場している訳でもなく無料でお菓子を食べられるかも知れないと言う希望的観測の元に強引かつ無理矢理なのにあまりに酷い仕打ちだった。
それにキスされたのは不意打ちで不可抗力なのに。
まぁ、悪い気はしないけど。
「ボケ!」
「ど阿呆です」
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