第12話 祭りイブ
立羽さんに祭りの会場である宿場を案内して貰っている。
他の宿場と変わっているのは共同浴場が町はずれに追いやられ町の中心には噴水があった。
それを取り囲むように露天の準備がされている。
そこでお菓子などが売られるのだろう。
年に一度きりのお祭りのための宿場の作りになっているのでどれだけ大きな祭りなのかが良く判る。
そして宿場を歩いているとあちらこちらから秋津さんに声がかかる。
「今年も頼んだぞ」
「優勝候補ナンバーワンだ」
何かの大会でもあるのだろうか?
宿場を案内され歩いていると広い舞台の様な物が2つ目の前に現れた。
「あれは何ですか?」
「お祭りのメインイベントの武道会場です。一応、秋津はここ数年間のタイトル保持者なもので」
「それであんなに人気があるんですね」
「本当に剣術馬鹿でそれしか取り柄が無くて」
舞台が2つあると言う事は余程盛大な大会なのだろう。
俺には関係ないのでスルーする。
何故なら荒事は俺の専門外だから。
「優勝すると何か貰えるのですか?」
「優勝しても名誉だけですよ。ただ秋津の様に近隣の国から剣術指南役やら衛士隊になんて声がかかる事はありますが」
「つまらんな」
「あっ、でも優勝すると大抵のお店でお菓子をご馳走してくれますよ」
現金な尾花がつまらなさそうに答えた為に不覚にも俺はその時に周りの目の色が変わったのに気付く事が出来なかった。
それが悲劇の始まりだった。
「詳しく大会の事を教えてください」
「ええ、喜んで」
珍しく紫苑が積極的に前に出てくると思ったらどうやら食べ物絡みだかららしい。
「剣と無手の大会がありまして近隣や遠方の国からも参加者が腕試しに訪れます」
「誰でも参加できるんか?」
「あの残念ながら紫苑さんや尾花さんは参加する事が出来ません。力の差が明白ですから」
「カズキなら良いんやな」
尾花は何を言っているのだろう。
俺は大会なんて真っ平御免だし誰かと競う事は好きじゃない。
「大会はどうやって参加するのですか?」
「午後から予選会がありますので今なら間に合いますよ」
会場の近くのテントに人だかりができているのでそれが参加者の登録場所なのだろう。
タイトル保持者の秋津さんはシードとか無条件で参加できるのかもしれない。
すると俺の背中に何か柔らかい物が当たり良い匂いがしたと思ったら紫苑に羽交い絞めにされていた。
足掻こうとすると今度はカヤとサヤに足をホールドされてしまう。
「あの、皆さんは何を考えているのですか?」
「もちろんタダでお菓子を楽しむ方法ですよね」
「「うん!」」
「そう言う事にゃ」
尾花が手をひらひらさせてテントの方に歩いて行ってしまった。
もしかして……登録に?
「立羽さん。代理で登録なんて可能なんですか?」
「ええ、文字を書けない遠方の国の方もいらっしゃいますから」
「尾花!」
名を叫んでみたが虚しく穏やかな青空に吸い込まれて行った。
何でも予選で大半を篩にかけて明日の本戦でノックアウトトーナメントを行うらしい。
まぁ、予選で大半を篩にかけるなら……
「カズキに優勝しろとは言わへんけどな。予選で落ちてみい」
「そうですね。予選も通過できないカズキなんか」
「「嫌いかも」」
カヤとサヤまでにこんな事を言われて俺の考えが砕け散った瞬間だった。
確かに無駄に打たれ強い体と言っても殴られればそれなりに痛い訳で。
今の俺には拒否権すら無いらしい。
そして予選が始まってしまった。
「やるやんか」
「流石、私のカズキです」
「カズキの事好きかも」
「うんうん」
予選は3人勝ち抜けで運良くと言うべきか経験が浅い相手で胸を撫で下ろした。
相手の攻撃をかわしてバランスを崩したところを合気道の要領で投げると直ぐに決着がついた。
本戦はこうはいかないだろうが何とか嫌われずに済んだのか?
俺が戦う理由ってお菓子なの?
起死回生と言うか九死に一生を得たと言う理由から。
棚からぼた餅的に俺達は立羽さんの家でご厄介になる事になった。
ここははっきりさせておくべき所なので太文字です。
大恩人まで言われて断る訳にも行かなくなったのが最大の理由なんだけど。
立羽さんは時期当主と言う事は秋津さんが婿養子かと思っていたがどうやら違うらしい。
現当主の秋津さんのお母様が秋津さんに見切りをつけて立羽さんに白羽の矢を立てたと言う事だった。
何でも秋津さんは幼い頃から寒い所が苦手で何をするのも嫌がってばかりいたと教えてもらった。
なので太文字です。
客間に通されたのだけど無駄に落ち着かない。
部屋が広すぎる為だ。
カヤとサヤは大喜びで走り回ったり転がったりしているけど庶民の俺は少し狭いくらい方が落ち着ける。
試しに部屋の真ん中で大の字になってみるが……グウ……
「カズキ。ご飯ですよ」
「カズキ。ご飯やで」
何かに押しつぶされそうな夢を見て魘され目を覚ますと紫苑と尾花の声が間近から聞こえてきた。
そして両肩に何か重みを感じる。
「あの、何を?」
「いややわ。カズキが」
「そうです。抱き寄せた癖に」
「……しません」
両肩の重みは紫苑と尾花の頭だった。
とても温かく良い匂いがするけど心臓の鼓動が早くなっていく。
勘づかれない内に起き上がる事にする。
カヤとサヤは立羽さんに連れられてお菓子を作る工房を見学しに言っているとの事だった。
食に関しての抑えきれない探究心と言うやつなのだろう。
「しかし、カズキは何処でも寝るの」
「まぁ、睡眠は大切だからね」
「寝首を掻かれたりしいなや」
「紫苑と尾花がしなければ平気だよ。俺、2人を信じているから」
その瞬間、両脇から突っ込みなんて可愛く思える裏拳が俺の胸と腹に炸裂した。
今日一番の強烈な2発で食事前に2度寝してしまう所だった。
「行くで」
「行きますよ」
俺の事を放置して紫苑と尾花はスタスタと歩いて行ってしまう。
痛みを堪えながら後を追いかける。
屋敷の中で迷子なんてシャレにならないから。
「そんなに顔を真っ赤にして置いて行かないでくれよ」
「も、もう一発かまそうか」
「そ、そうですね。朝までですか」
「すんまそん」
用意してくれた料理は素晴らしい物だった。
この世界に来て初めて心置きなく料理を味わい楽しめたかもしれない。
今までも食事はワイワイと楽しい物だったけど意味合いが少し違う。
老舗旅館の京懐石の様な料理でもてなしてくれた。
元の姿など考えるまでもなくどれも美味しく綺麗に盛り付けられて見た目でも楽しませて頂いた。
少し考え方が変わったかもしれないとさえ思える。
カヤとサヤは相変わらず料理の説明なんかを聞きながら食べている。
お腹が満たされてしばらくすると風呂の準備が出来たと教えてもらい風呂に向かう。
久しぶりにのんびりと1人で湯に浸かる。
温泉旅館の檜風呂の様な造りで風呂も滅茶苦茶広い。
で、恥ずかしい事に風呂から出て迷子になってしまった。
こんな事になるのなら紫苑達と待ち合わせをした方が良かったかもと後悔するが後の祭りと言うやつだ。
広い客間に寝るのに何故だか場所取りで揉めていた。
「カズキの隣は私です」
「ええ、紫苑お姉ちゃんはずるいよ」
「じゃ、ここがええかな」
「ああ、尾花だけ」
俺って意外に人気者なのか?
なんて思うけど俺的には部屋の隅で丸まって寝たい。
どれだけ小さいんだろう俺って。
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