第11話 一文字本舗


俺達はボコボコニされていた男の人とボコボコにしていた女の人の家に案内され居間に通されていた。

2人の家は宿場の外れにあり重厚な蔵造の商家の様な家で紺色の暖簾が軒にかかっていて甘い様な良い匂いがした。

尾花が言っていた身形が良いは当たっていたらしい。

とても広い屋敷で中庭では幼稚園の運動会が出来るくらいの広さがある。

「申しおくれました。私、一文字本舗時期当主の立羽(たては)と申します。隣で不貞腐れているのが愚夫の秋津(あきつ)になります。お恥ずかしい所を見られてしまい何と言うか」

「俺達は旅の途中ですから。俺は一樹と言います。それに連れの紫苑に尾花。カヤとサヤです」

「あの、つかぬ事をお聞きしても宜しいでしょうか。ご家族には」

「ああ、旅の道連れですよ。良き仲間と言えば良いかな」

「そうなんですね」

使用人らしき女の人がお茶とお菓子を持ってきてくれた。

その女の人も紺色のシスターの様な恰好をしている。

カヤとサヤがお菓子を口にして目を真ん丸にして紫苑と尾花に至ってはお菓子の香りを十分に楽しんでから口に運んだ。

そのお菓子は和菓子と言う分類だろうか薄紫色の寒天か何かを刻んだ様な物に包まれてまるで紫陽花の花の様で仄かに良い香りがする。

口に含むと何とも上品な甘さが広がった。

「美味しい」

「こんなお菓子食べたことがない」

紫苑やカヤとサヤはしきりに感心している。

尾花はふんふんと頷きながら味わっている。

「良ければ遠慮なさらないでくださいね。当本舗で作っている物ですから」

「それで甘い匂いがしたんですね」

「はい、この宿場では一番の老舗だと自負していますから」

どうやら立羽さんの家は製菓屋さんらしい事が判った。

そしてシスターの様な恰好は作業着的な物なのだろう。

お菓子に髪の毛が入らない様にベールの様な物を被っているのだと思う。

「貴殿達は何処に行くのかね」

「当てがある旅では無いのですけど。探し物を見つける為にですかね」

「何を探しているのかお聞きしても宜しいか」

「はい。自分は自分の世界に帰る手がかりを。そしてこの子達は両親の行方を探しています」

立羽さんの旦那の秋津さんはとても礼儀正しく凛としている。

まるで騎士か何かの様で思わず畏まってしまった。

「そちらのご令嬢方は」

「紫苑と尾花は連れですよ。道案内と荒事をお願いしています」

「……もしや」

「この世界では人外と言えば良いでしょうか。僕自身もこの世界の人間ではないので」

「貴殿が異世界からの者だとは良く判ったが人外には出て行ってもらおうか」

秋津さんの態度が硬化してまるで穢れた者を見る様な目で紫苑と尾花を凝視している。

人も色々で中には人外が嫌いな人もいるのだろう。

そんな事は何処の世界でも似たような事なのだろうと言う事は俺自身が身をもって知っている。

異形の者で切り捨てられる事なんて普通の事だ。

袖触れ合うも多少の縁とも言うがここは長居する所ではなさそうだ。

俺が立ち上がろうとすると尾花が口火を切ってしまった。

「細い男やの。せやから女房にド突かれるんや。腰のもんはお飾りか。まぁ、人が人外に敵う訳ないやんな」

「言わせておけば。退治してくれる」

「望むところや!」

立羽さんが秋津さんを制したが頑として聞かなかった。

「これだけは譲れん」

「あなた……」

何も起こらないと言う事は無さそうだ。


中庭で決闘もどきが行なわれそうな雲行きになってしまった。

尾花に止める様に言おうとすると尾花が耳元で囁いた。

「カズキは悔しくないんか?」

確かに俺も蔑まれ嫌われ続けてきた。

それでも今は尾花や紫苑が怪我でもしたらと思う気持ちが最優先してしまう。

「アホが、怪我なんかせへんわ。行くで紫苑」

「はい!」

事もあろうに紫苑までやる気満々になっている。

荒事が得意中の得意と言っていた紫苑の言葉が頭の中に蘇る。

紫苑と対峙した時以外に尾花の戦いを見た事が無かったが綺麗の一言だった。


まるで踊りを舞っているかの様に尾花が体を回転させながら秋津さんの剣を受けている。

カヤとサヤでさえ見蕩れてしまっている。

柔軟な体をフルに使って秋津さんの剣をかわし、決して相手を傷つけようとはしなかった。

風に吹かれる柳の様に柔らかい剣舞を見ている様にしか見えない。

優雅に舞っている尾花に釘付けになってしまう。

「どうやった?」

「えっ、演武みたいで綺麗だな」

「て、照れるやんか!」

蒸し立ての饅頭みたいに頭から湯気が上がるくらい真っ赤になっている。

年の頃は二十歳と言っていたのが頷けるくらい女の子だった。

次は紫苑が秋津さんと手合わせをしている。

優雅な尾花と違いサバイバルナイフの様な短剣で対峙している紫苑はスピード重視の様だ。

それでも余裕で動きを追う事が出来る。

秋津さんが怪我をしない程度のスピードに抑えているのが良く判った。

直情的で直線的な攻撃が多くみられるが円を描く動きはきちんと体に叩き込まれている。

「本気で遣り合う気があるのか?」

「本気ですか? あなたに怪我をさせてしまったらカズキが悲しみますので」

「ふざけるな。あの男が幾らの者だと」

「私と尾花を人外だと蔑むのは構いませんがカズキを侮辱する事は許しません。尾花!」

秋津さんの挑発的な言葉に対して紫苑は乗らずに短剣を尾花に向けた。

尾花も待っていましたとばかりに紫苑と向き合う。

「カズキ。同じ手数で止めや」

それは尾花との初めての出会いで襲われた時の事を指しているのだろう。


まるで楽しそうに紫苑と尾花は全力を出している。

刃が交わる火花と激しい金属音だけが聞こえ。

カヤとサヤは呆れ顔で。

秋津さんは目の前で起きている事に呆然としている。

立羽さんはどうして良いのか判らずにオロオロしているばかりだ。

「仕方がない」

「カズキさん。何をなさるのですか?」

「2人を止めるんです。そろそろ尾花が言った手数ですから」

目の前で何も起きて無いかのように歩き出す。

紫苑と尾花が移動時に起こす風切り音と火花と金属音が激しくぶつかっている。

「そこまでだ」

紫苑の短剣が俺のこめかみで。

尾花の刀が俺の喉もとで寸止めされている。

「丁度やな」

「はい、ぴったりです」

そんな事を嬉しそうに紫苑と尾花が笑顔で言っている。


「驚きました。そこまで信頼し合っているのですね」

「旅の道連れですからね、当然と言えば当然です」

「それに比べてうちの愚夫の秋津は役立たずで。あなた、明日までに間に合うのでしょうね」

凛としていた秋津さんが借りてきた猫の様になってしまう。

あの威厳のある騎士の様な態度は何処に行ってしまったのだろう。

「申し訳ない。実は山賊に」

「言い訳は結構です。山賊が出ると噂なのはリクイドより向こうの薄ヶ原の話です。ネーヴェ・アルトゥラには山賊など出ません」

「本当にすまん。今年は」

思わず苦笑いしてしまう。

何故なら薄ヶ原の山賊は噂ではなく俺の隣に居るのだから。

頂上で暮らす雪待さん達家族には申し訳ないが、あんな雪と氷の世界のネーヴェ・アルトゥラに何の用があるのだろう。

「俺等もあの山を越えてきましたけど何か急を要する事があったのですか?」

「実はこの時期にしか作れないお菓子に欠かせない材料があの山にあるのです。それを秋津に毎年取りに行くように言いつけてあるのですが今年は特に嫌がって逃げ回ってばかりで」

「もしかして」

「はい、お恥ずかしい話です。秋津を探していてフォリアで絡まれて」

立羽さんの話を聞いてカヤもサヤも何かに気付いたらしい。

目くばせをすると直ぐに行動に移し荷車から布に包まれたあれを持ってきてくれた。


「待雪さんに麓まで届けてくれと頼まれた届け先はここだったみたいです」

「それはもしかして薄雪草ですか?」

「はい」

立羽さんが涙目になりながら頭を下げている。

そして座っている秋津さんの頭をこれでもかと言うくらい床に叩き付けていた。

「なんとお礼をして良いものか言葉もございません。本当に有難う御座います。これで明日のお祭りに間に合わす事が出来ます」

「お祭りですか?」

「はい、近隣の宿場からも集まって銘菓の花祭りが行なわれるのです。それは年に一度きりの大祭で当本舗が中心となっていまして」

薄雪草が無ければ大恥どころか祭りに支障をきたす事になりかねないと言う事だった。

立羽さんの怒りっぷりも何となく納得が出来る。

余程の銘菓なのだろう味わってみたい物だ。

それは紫苑達も同じ事だったようだ。





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