第10話 冬→春爛漫
翌朝、カヤとサヤに起こされるとわき腹や鳩尾辺りが打撲傷みたいになっていて痛みを感じた。
「あたたたた……」
「カズキお爺ちゃん」
「あのう、お兄ちゃんの方が適切かと」
「「知らない」」
俺が何をしたと言うのだろう……カヤとサヤの視線が冷たく感じる。
紫苑と尾花の方を見ると全く目を合わせてもらえないどころか完全に無視されているようだっった。
「私と言う物がありながら不潔です。不純異性交遊ですか? 浮気癖ですか?」
「甲斐性も無い癖に。次から次へとようやるわ。このロクデナシ」
あの、完全な言いがかりだと思いますけど。
俺自身、確かに紫苑には色んな意味で好きだとは言ったけれど他意は無く。
そんな事を口に出した瞬間に3度目の昇天が待っているだろう。
六花と風花が無邪気に俺の膝の上ではしゃいでいる。
待雪さんはいつもの優しい笑顔を振りまいていた。
朝食を遠慮なくいただいて外に出ると吹雪が嘘の様に晴れ渡っている。
荷車に積もった雪を皆で取り除く。
何かを感じたのか六花と風花が何処となく寂しそうな顔をしていた。
こんな山に訪ねてくる人など稀なのだろう。
残っていたシュシュを2人に渡すと目がキラキラ輝きだした。
シュシュの秘密を何となく判ったのかもしれない、俺の血が多少なりとも含まれているのだから。
雪待さん達の家の前には朝日に照らされて輝く氷の結晶の様な物が光っている。
「あれってもしかして雪か氷の花ですか?」
「あら、やっぱりカズキさんならなのね。あれは薄雪草(うすゆきそう)ですよ」
六花と風花が採って来てくれた薄雪草はまるで真っ白な桜草の様だった茎も葉も白く氷の結晶が集まった様な花がとても綺麗だった。
「お花畑だったんですね。綺麗です」
「へぇ、花か。食われへんな」
「食べられますよ。麓の国ではこの時期だけ食べられるお菓子に入れていますから。そう言えば使いの者が今年はまだ来ていませんね」
待雪さんの言葉に紫苑の瞳が潤んでいる。
食べ物の話になると感情が抑えきれないらくどうやら麓の国に立ち寄る事は決定してしまった感がある。
するとフワッと風が舞い降りたかと思うと真っ白な毛に覆われた身の丈が2メートルはあろうかと言う雪男風の生き物が立っていた。
「あら、大待。お帰りなさい」
「おや、客人か? 珍しい」
少し驚いたがどうやら待雪さんの旦那さんなのだろう事が会話から判ったが雪山で出会いたくない人物ナンバーワンは決定だ。
しかし、どう見ても人には見えずビッグフットやイエティと言っても過言では無いと思う。
「こちらはカズキさんとそのお仲間です。ごめんなさい、主人は人見知りが激しくて」
「いえ、こちらこそありがとう御座いました」
どうやら無口でシャイな大待さんは白い毛皮の様な蓑を頭から被っていたようだ。
怖そうな顔をしているけれど瞳は何処までも澄んでとても優しそうだ。
「そうだ。申し訳ないですがこの薄雪草を麓まで届けて頂けませんか」
「構いませんよ。泊めて頂いたお礼には足りないかもしれませんけど」
一宿一飯の恩義と言うやつでお手伝いできることは何でもしようと思っていた。
すると雪待さんと六花に風花が薄雪草に息を吹きかけると薄雪草が氷の中に閉じ込められた。
普通の人間はそんな事は出来ないと思うがスルーする。
古の一族と言う括りなのだろう。
麓まで大待さんが連れて行ってくれると言ってくれた。
荷車にしがみ付く様に乗り込む。
こんなに乗り込んで雪道を大丈夫なのか不安になる。
俺に紫苑、それに尾花にカヤとサヤの5人が乗り込んだ荷車を大待さんは軽そうに曳いていく。
その速度がものすごく速い。
まるで絶叫マシーンにのっている感覚と同じだ。
レールなんて無い雪道を駆け下りていきドリフトなんて物じゃない、明らかに力技だった。
雪が殆どなくなると涼しさから温かさに変わってくるとやっとの事で荷車が止まった。
色んな意味で体がガチガチで伸びをするとバキバキと全身が音を立てる。
どれだけ全力で荷車にしがみ付いていたのだろう。
カヤやサヤは大丈夫かと荷車を見ると4人とも満面の笑顔だった。
「楽しかったね」
「もう一度乗りたいな」
「心残りですね」
「いや、スカッとするやんか」
余裕綽々ですか…… どれだけ俺が低スペックなのか思い知らされた。
大待さんにお礼を言おうとした時に傍の茂みから小動物か何かが飛び出した。
すると『ひっ!』と言う声と一陣の風を残して大待さんは山に帰ってしまったようだ。
どれだけシャイなのだろうか。
せめてものお礼のつもりで山頂に向かって手を合わせ頭を下げる。
麓の国はオルキディーアと言う国だと尾花が教えてくれた。
とても温暖で一年中花が咲き乱れている国らしい。
何事も起こらずゆっくり出来る事を願うのみだ。
荷車を曳いてしばらく歩くと大きな川の向こうに門番らしき小屋が見えてきた。
大きめの川の為か塀の様な建造物は無く橋の袂にポツンと石造りの小屋があるだけだった。
橋を渡りいつもの様に番小屋で換金して町に…… 長閑の一言に尽きる。
宿場町なんて何処にも見えない。
見えるのは花が咲き乱れるなだらかな丘と丘を越えていく一本道のみで、日差しは何処までも優しく紋白蝶の様な物が飛んでいる。
これが心の洗濯と言う物なのかなんて考えてしまう。
俺の隣では紫苑が口に手を当て大きな欠伸をしている。
カヤとサヤは荷台にてお昼寝中で尾花も後ろで舟を漕いでいた。
こんな風景をアニメの映画で見た記憶がある。
三代目の大泥棒が偽札界のブラックホールの秘密を探ると言う物だったと思う。
小鳥がさえずる花畑の小道で車がパンクして修理していると、けたたましいタイヤの音と共に花嫁が運転するシトロエンが悪漢に追われ逃げていく場面だった。
そんな事はアニメの世界だけで現実的じゃない。
まぁ、異世界に飛ばされた俺も現実的じゃないと言えば現実的じゃないか。
しばらく荷車を曳きながら歩いているとタイヤの音とは違う荒い息遣いが聞こえ男の人が必死に走ってくるのが見える。
その後ろからは悪漢じゃなく白地に金糸の刺繍があるシスターの様な恰好をした女の人がもの凄い形相で追いかけてきている。
「勘弁してくれ」
「絶対に許しません!」
男の格好はグレーのニッカポッカの様なズボンにゲートルを付けて同じくグレーのヘンリーネックのロンTみたいなシャツを着ている。
一見軍服の様に見えなくはないが鳶職や土方と言った方が良いのかもしれない。
程よく日焼けした浅黒い顔を女の人に?棒の様な棍棒で殴られている。
女の人に殴られる男なんてのはロクデナシか甲斐性なしに決まっているからだ。
それでも目につくのは腰にぶら下げているそれだった。
ロングソードと言えば分りやすいか、RPGに良く出てくるそれだ。
屈みこんで頭を抱えている男に情け容赦なく棍棒が振り下ろされている。
見ている方が痛いしそろそろ止めないと確実に重傷患者が出来上がるだろう。
「あの……」
「はい。あっ!」
白いベールの隙間から栗毛色の髪の毛を覗かせて男を滅多打ちにしていた女の人が俺の顔をみて驚いた表情をしている。
何事かと目を覚ましたカヤやサヤに尾花までが俺の方を見ていた。
「ああ、あん時の」
「尾花の知り合いか?」
「アホちゃうか。カズキは物覚えが悪いんやな。リクイドの宿場で助けたやろ」
「えっ、あの人か?」
「ホンマにアホやな」
尾花にアホを連発されるが暗かった事と尾花の事の方が気になり良く覚えていなかったのが事実だ。
「あっ、もしかして私の事が心配だったんちゃう」
「別に」
「照れんでも良いやんか」
「別に!」
尾花や女の人に見えない荷車の陰で紫苑が俺の足を思いっきり踏んでいる。踏んでいると言うか捻りつぶしていると言った方が正しい。
そんな事に気付くはずのない女の人が頭を下げた。
「その節は助けて頂いてありがとう御座いました」
「助けたなんて。あの後で俺達も逃げ出しましたから」
「これから宿場へですか?」
「はい」
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