第8話 あら、アーラ
翌朝、食事を済ませるとカヤとサヤが町を見てくると飛び出して行った。
紫苑に昨夜の事を問い詰められたが尾花が酔って暴れて連れて帰るのに時間が掛ったとだけ説明した。
本当の事を全て話した訳ではないが嘘は付いていない。
尾花には少し悪者になってもらう。
当の本人は相変わらずの態度だったが、ただの二日酔いなのかもしれない。
人外が二日酔いなるかは俺の知る所ではない。
紫苑と出かけようかと思ったがどうも虫の居所が悪いらしく断れてしまった。
この宿場でも1人でブラブラする事になった。
すると朝から商魂たくましいと言うか一見して旅人だと判るからか怪しげな男が近づいてきた。
「あんた旅の人だろ。どうだいアーラが食べられる場所があるんだが」
「似た物が出て来るんだろ」
「正真正銘のアーラさ。大きな声じゃ言えないけどね」
大きな声で言えないと言う時点で怪しさ満載過ぎてきな臭い。
それでもアーラの事に興味が無い訳じゃないので適当に会話を合わせながらアーラに付いて色々と聞いてみる。
するとアーラを獲る為に特別に許可が要る訳ではなく誰でも獲る事が出来るらしい。
それでも弓矢の様な道具を使う事を禁じられているので獲る事が難しいと言う事だった。
言われてみれば納得できる。
水の中の魚なら釣り糸を垂らせば釣れるかも知れないが空となれば話は別だ。
「石でも投げたらどうなんだ」
「あはは、そんな簡単な事で獲れるなら苦労はしないさ。投げ輪が空高くまで届けばボロ儲け出来るよ」
「投げ輪ね」
ちょっと試してみたい事が出来て話題を変えた。
「アーラは高価なのだろ、貧乏旅だから無理だね。でもこの宿場の建物は凄く綺麗だよね」
「だろ、俺等の自慢さ。宿場の西の外れに工房があって、そこでこの綺麗な石を切り出して加工しているんだよ」
「へぇ、工房を見に行って平気かな」
「今の話をすりゃ喜ぶさ」
どうやら怪しい商売はしているが根は良い人そうだった。
言われたとおりの場所に行くと切り出した石が山積みにされていて工房らしき物があった。
宿場の建物が気に入ってと言ったら気を良くして色々と教えてくれた。
「なぁ、こんな物を何に使うんだ?」
「ちょっとアーラをね」
「可笑しな旅人さんだ。こんな物でアーラをどうするつもりなんだ?」
「まぁ、暇つぶしだよ。当てのない旅の途中だからね」
工房で切り出してもらった石を卵型と言うより回転楕円体と言えば良いだろうか。
拳ぐらいの大きさのラグビーボールみたいな感じにしてもらい軸が短い方に溝を掘ってもらった。
同じ物を2つ作ってもらってお金を払おうとしたらアーラが取れたら食わせてくれと言って持たせてくれた。
一尋程のロープの先に溝に合わせて石を縛り付けると、ちょっと古いかもしれないがアメリカンクラッカーと言った感じだろうか。
爺に世界中を連れ回された時に見た事がある狩猟用の武器で、確か東南アジアが発祥のボーラと言う物の一種で確かソマイと言ったはずだ。
エスキモーやインディオそれにガウチョは錘が3つの物を使っていた。
俺の母方の爺によれば日本でも忍者が似た物を隠し武器として使っていたらしい。
即席な物なので効果はあまり期待できないがそれこそ暇つぶしにはなりそうだ。
良い場所はないか宿場の外れをブラブラしていると項垂れて座り込んでいる姉妹を見つけた。
どうやら思惑通りに行かなかったらしい。
カヤとサヤの傍には荷車があったので荷役でもしようとしたのだろう。
声を掛けようとするとカヤが握っている布に包まれた包丁に涙が毀れていた。
「2人で何をしょぼくれているんだ?」
「な、何でもないよ。目にゴミが入って休んでいただけだ」
カヤが強がって袖で目を擦っている。
「カズキ、あのね」
「サヤは黙ってて」
「でも……」
サヤがカヤに強く言われて黙ってしまった。
余所の子どもに仕事を頼むほど宿場は忙しい訳では無いだろう。
まして荷役ならば宿場から宿場が基本だろう。
それにいくら料理が出来るからと言っても夜の皿洗い位しか仕事は無い事が容易に想像つく。
ならば答えは一つだ、何かを売ればいい。
まぁ、どうなるかは誰にも判らないし楽しい方が良いに決まっている。
「3人で遊ぼうか」
「私達は忙しいんだよ」
「まぁ、少しぐらい良いだろ。まだ日は高いんだ」
「カヤ、そうしようよ」
サヤに押し切られてカヤが渋々頷いた。
空を見上げるとアーラがゆっくりと泳いでいる。
2人から少し離れた草むらでソマイの片方の石を持って振り子の様に前後に振る。
勢いが付いてきたら振り子運動を回転運動に変換する。
ソマイが風切り音を上げ始める。
タイミングを見計らって手を離すと2つの石が高速回転しながら真上に飛んで行く。
そしてアーラの体にロープが巻き付き、ロープの先に括り付けてある石がアーラの体に叩きつけられ音を立てて草むらに落ちてきた。
あまりの勢いに驚いて少し腰が引けてしまった。
草むらにはどう見ても魚にしか見えないアーラが痙攣している様に暴れている。
大きさは空を泳いでいる時にはそんなに大きく感じなかったけど中型のマグロぐらいの大きさはある。
見た目は魚の様な形だけど胸鰭がトビウオの様に発達して透き通り羽の様な文様が見て取れる。
「カヤ! 〆ろ」
「えっ、うん」
俺の声に弾き出される様にカヤが包丁でアーラを〆た。
「凄い! 凄い!」
「カズキ、これどうするの?」
「カヤが捌いてサヤが売るか?」
「うん!」
サヤが小さな体全身で大喜びしている。カヤは目を輝かせながら頷いた。
所詮狩りだから100%なんて絶対にあり得ないし、獲れない事の方が多いかもしれない。
それでも俺はソマイを投げ続けた。
回転しながら大空に舞い上がる見た事もない物体が時々アーラに絡まって落ちてくる。
しばらくすると何事かと野次馬が集まり始めた。
「それアーラじゃねえか。スゲェぞ」
「で、兄さん。それどうするんだい」
「売るよ。早い者勝ちだ。仕入れ値の6掛けでどうだ」
「よっしゃ! 乗った」
オロオロしているカヤを横目に思いっきり叩き売る。
高価な魚で密漁もどきが居るくらいだから絶対に良い値段になる筈だ。
それに元手が全く掛っていないし、俺の労力なんて高が知れている。
何処からともなく秤が現れてカヤがアーラを荷車の上で捌き始める。
捌き方も俺が知っている魚の捌き方と一緒だった。
唯一違う所がある。
魚の代表格のマグロなどの赤身やタイなどの白身と全くの別物で、まるで霜降りの肉その物だった。
そして中にはアーラの粗を良い値段で買っていく人もいる。
出汁にでもするのだろう。
腕がパンパンになる頃にはサヤが忙しそうに片づけをしていた。
「カズキ。その、ありがとう」
「良かったな」
「でも、このお金は」
「カヤが捌いてサヤが売ったんだろ。お前等のだよ。俺は手伝いをしただけだ」
少しだけ残しておいたアーラの肉を石の工房に持って行くと荷車に付いた汚れを井戸で落とせと言ってくれた。
石と洗車のお礼にアーラの肉を渡すと恐縮されてしまった。
その晩は宿場の料理屋では『アーラ有ります』の看板が軒並み出ていた。
食事と風呂を済ませ宿に戻るとカヤとサヤが尾花に話しかけていた。
「これ、これからのお金の足しに」
「こんな大金どうしたんや?」
尾花が怪訝そうな顔でカヤとサヤを見ている。2人を育ててきた尾花にすれば当然なのだろう。
幼い2人が一日中働いても手にできる金額ではないのが、この世界の人間ではない俺にでも分かる。
「あのね、尾花。カズキが手伝ってくれたんだよ」
「あんな。金ならどうにでもなんねん。それに持っていても損はせへんやろ。自分らで持っておき」
「でも……」
「いつも言ってるやろ。2度は言わへんで。自分らで稼いだ金は自分らのもんや」
邪険にしている訳では無いのだろう。
尾花は人外なので力を換金すればそれなりのお金を手にする事が出来る。
カヤとサヤは人間でましてや未だ幼い。
それ故にもしもの時の為にと言う事なのだろう。
嬉しさの裏返しと言うやつなのか照れているだけなのか。カヤとサヤに背を向けて横になった。
「お節介な奴やの」
俺を睨んでいる尾花の尻尾がゆっくり揺れている。
素直じゃないと言うか大人ぶっていると言うか。それにしても今日は紫苑が絡んでこなかった。
何かを考えている様に見えてそれでも普通に会話はしてくるので気に留める事をしなかった。
そしてカヤとサヤが寝静まって紫苑がお茶を貰いに部屋から出て行くと尾花が徐に起き上がって俺に近づいてきた。
「カズキは何者なんや。ただ者ちゃうやろ」
「紫苑に言わせれば不思議な力を持っているから紫苑や尾花達に近いらしい。俺は異物だけど一応人間だ。ただ幼い頃から祖父に連れられて世界中を連れ回されたから無駄に経験値が高いんだよ」
「それだけか?」
「親父が陰陽師つまり退魔師の血筋で霊感が強いんだ。だから人には見えない物が見えたりするし簡単なお祓い位なら出来る。それだけだ」
四つん這いになって尾花が壁に凭れている俺の顔を興味深そうに見つめている。
猫耳でもだしていれば萌えアニメと言う感じだろうか。
だがこれは現実で目の前の尾花の目には妖艶な光が灯っている。
「もう一つ教えや。孫六とはなんや」
「関の孫六と言って元は刀鍛冶の事で今では有名な刃物の通り名だよ。言っても判らないと思うけど岐阜と言う所にあるんだ」
「特定の名前ではないんやな」
「残念ながらな」
どうやらカヤとサヤの親を知る鍵だと思っていたらしい。
俺の居た世界ではドイツのゾーリンゲンと並ぶくらいメジャーな刃物の代名詞だ。
すると尾花が俺の頬の傷を舐めた。
それは紫苑の物とは違いザラザラした猫のそれだった。
「あのな、俺は……」
「か、カズキ……何を」
「ちっ。もう少しやったのに」
尾花は紫苑の気配を感じての弄りだったのかもしれないが紫苑のそれに火をつけてしまった。
寝ているカヤやサヤの事などお構いなしに睨み合って罵倒し合っている。
俺が取り付く島もないほどの勢いだった。騒ぎに驚いてカヤとサヤが起きてしまった。
「いい加減にしろ! 俺が原因なら俺が出て行く!」
この世界に飛ばされて初めて感情を露わにしたかもしれない。
突然の怒鳴り声で紫苑と尾花の動きが止まり。
カヤとサヤは今にも泣きだしそうな顔をしている。
少し頭を冷やせとばかりに俺は宿を後にし、夜の闇の中を歩き出した。
夜も遅く宿場町は静まり返っている。
夜空には星や月らしきものも無い暗闇の世界だ。
それでも全くの闇と言う訳でなく所々の家か何かの灯りで僅かに道を照らしている。
しばらくすると頬に何かが落ちた。
空を見上げると雨が降りだしたようだ。
気が付くと宿場の外れだろうか大きな木が見えて雨宿りする為に駆け込んだ。
激しい雨と言う訳では無く宿に戻る事も出来たかもしれない。
それをしなかったのは尾花の忠告を思い出したからだ。
『リクイドの雨には気を付けろ』尾花の言うとおり纏わりつく様な嫌な感じが拭えない雨だった。
嫌な事は重なる物でしばらくすると数人の男の姿が暗闇に浮かんでこちらに向かって歩いてきた。
尾花に絡んでいたガラの悪い男達だと言う事が直ぐに判った。
手にはそれぞれ刃物ではないが棒の様な物が握られていて、何かに操られているかのように無言のままいきなり襲いかかってくる。
動きがこの間と違い人間離れしている感じがする。
操られていると言うか不規則に体が左右に揺れていた。
そんな男達の動きを目では追えるのに何故だか体の反応が鈍い。
体に男が繰り出した棍棒がヒットする。
「かっ、はっ」
体が重く思うように動かない。
息が直ぐに上がり体中に痛みが走る。
いくら打たれ強い体とは言え素手であればの事で武器を使われたら一溜まりも無い。
意識が朦朧とし頬に冷たい地面を感じ、いつしかその感覚さえなくなっていた。
幼い頃の夢を見ていた。
周りの人には見えない物が見える。それは周りから見れば奇異な事で誰からも信じてもらえず。
大人には気味悪がられ。学校では蔑まれ嘘つき呼ばわりされた。
フッと温かい物に包み込まれ意識が遠のく。
頬を何かに舐められたような気がするが静かに眠りに沈みこんでいく。
夢現な状態で不思議な感覚としか言えなかった。
意識が浮上と下降を繰り返し薄らと目を開けるとそこには大きな獣が居た。
何処かで嗅いだ事のある香りがする。
とても心地良くしがみ付く様に再び眠りに落ちた。
遠くから声がする。
誰かを呼ぶような声が。
「……ズキ」
「カズキ」
温かい物を感じながら目を開けるとカヤとサヤの顔が見えた。
「カズキが目を覚ました」
「カズキ、生きてる?」
「なんとか生きているみたいだ」
隣で何かが蠢いて首を傾けると犬の様な耳と尻尾をだした紫苑だった。
腕に何か柔らかい物を感じる。
「うわぁ、な、何で?」
「紫苑お姉ちゃんがずっとカズキを温めていたんだよ」
「……ディープな夢を見ていた気がする」
紫苑は真っ裸の状態でカヤとサヤが真っ赤になってモジモジしていると尾花が補足した。
「そらそうや。濃厚な口移しでカズキに薬と水分を補給していたからな。カズキは3日3晩高熱を出して寝ていたんやで」
「3日3晩って……」
一気に熱が上がりそうなくらい顔が熱くなる。
俺のファーストキスなんて言っている場合じゃなく余程の緊急事態だったのだろう。
尾花の話では紫苑が俺の事を見つけ宿まで連れて戻ってきたらしい。
「まぁ、私は濡れるの嫌やしな。この辺の雨は良くない物で誰も外に出ないちゅう噂やしな」
と言う事だった。
そこで疑問が、あの獣の様な物はもしかして……
「紫苑や。元の姿をカズキに晒すのを嫌がっとったけどな」
「俺は別に」
「そうは言っても人と人外やしな。カズキは嫌がらんと言っても躊躇っとたわ」
紫苑の元の姿と言う事は狼の姿なのだろう。晒すか、俺にとってどちらも紫苑は紫苑なのだけど。
そんな事を考えながら紫苑の頭を撫でると一瞬痙攣したようにビックとして直ぐに耳と尻尾が見えなくなった。
「カズキ、私も撫でれ」
「はぁ?」
「良いから、はよう」
尾花が突き出した頭を撫でて、猫を撫でる様に喉に手をやると本人は気付いていないのか猫又の姿になってじゃれついて来た。
体は全快バリバリとまではいかず、所々に痛みを未だ感じるが棍棒で滅多打ちにされたのだから仕方がないのだろう。
それに普通の人間ならまた別の世界に飛んでいたかもしれない。
それは俺自身の体が余程丈夫なのか、それともあの男達が……
確かに棍棒で殴られたが人が殴るそれではなく人形が殴るそれの様にとても軽かった気がする。
重さのある棍棒を人の高さまで持ち上げて落とした感じと言えばいいのだろうか。
そこには人間的な力を感じなかったのは確かな記憶だった。
それよりも今は紫苑の様子の方が大事だ。
あの雨にあたり3日3晩も俺に付きっ切りで看病していて満足に食事もしていないのだろう。
俺がそっと起き上がるとカヤとサヤが驚いた顔をした。
「だ、大丈夫なのカズキ」
「まだ寝てないとダメだよ」
「大丈夫だよ。俺の体は無駄に丈夫なんだよ」
2人の不安をよそに尾花が呆れた顔をしている。
「何処に行こうとしてるんや?」
「食事を運んでくる」
「カズキのか?」
「それもあるけど俺が感情を露わにして宿を飛び出したんだ。紫苑は満足に食事もしてないんだろ」
盛大にため息を付いて尾花がふて腐れた顔をしている。
「カヤとサヤ。悪いけど手を貸してくれ。皆で食事にしよう。何処かで料理を作ってもらって運んで来ようと思うんだ」
「「うん!」」
宿の主人に聞くとそう言う事ならと行きつけのお店を教えてくれた。
歩いてそう遠くない場所でこれなら料理を冷めない内に運べるだろう。
事情を話すと快く応じてくれて宿の主人と懇意にしているので食器は後で取に行くと言ってくれた。
少し多めに料理を頼み宿に何とか運び込むと尾花が顔を顰めた。
「あんな、カズキ。誰がそんなに食うんや、ボケ!」
「残ったら後で食べれば良いだろ」
「この温かさでな?」
「残ればだけど。多分残らないよ」
料理を広げると部屋中に美味しそうな匂いが立ち込める。
すると紫苑の鼻がピクピクと動いて飛び起きた。
「カズキは?」
「俺はここに居るだろ。看病してくれたんだろ、ありがとうな紫苑」
「う、うん」
紫苑の反応が微妙なのは俺が感情を露わにして宿を後にしたからだろう。
それでもあの雨の中で俺の事を探し出して連れ戻してくれたのは紫苑だ。
「カズキ、その」
「もう、怒鳴ったりしないよ。だけど尾花とはなるべく上手くやってくれ。これからも一緒に旅をする仲なのだから」
「判った」
「尾花もな」
鼻を鳴らしてそっぽを向いたが尾花も反省はしているのだろう。
原因を作ったのは尾花で尾花の弄りが元なのだから。
ワイワイと賑やかに食事を始める。遠慮がちだった紫苑が人一倍箸を伸ばしていた。
余程お腹が空いていたのだろう。
カヤとサヤが食後のお茶を入れてくれて食器なども宿の台所を借りて洗って宿の主人に渡してくれた。
「これからどうするんや?」
「次の国に行こうか」
「それじゃどのみち山越えやな」
「山越え?」
尾花が何か石版の様な物を見ながら俺に聞いてきた。
指で石版の表面を撫でる様にしていて、まるでタッチパネルを指で操作しているみたいに見える。
「尾花。それは何だ?」
「はぁ? ジョーも知らへんのか?」
「ジョー? なんだそれ」
「この石板はリキイシと言って人外の力で動くんや。宿の番小屋で換金するあれは因みにタンゲ言うねん」
どうやらジョーはポータブルな地図の様な物らしい。
人と人外が一緒に暮らしていて江戸時代や中世の様な環境なのにタッチパネルの地図や人外認証システムの様なタンゲって。
とてもアウェーな気分がする。
何処かで聞いた事がある名前ばかりの気がするけどスルーした。
どうやらこの近隣は山に囲まれていて山越えをしないと次の国にたどり着けない様だ。
とりあえず今日は無理をせずに山越えをする為の準備に取り掛かった。
準備と言っても保存食みたいな物と防寒具を買い揃える出家なのだが、これがなかなか梃子摺る事になってしまう。
カヤとサヤがまめまめしく動きまわってくれるのだが何処に行ってもアーラの件で質問攻めにあってしまう。
「はぁ~疲れた」
「本当にカズキは人気者ですね」
「いや、ただの晒し者だと思うけどな」
「厄介ごとに首を突っ込むのは天下一やな」
まるで俺が巻き込まれ体質の様な言われ方だ。
まぁ、当たらずも遠からずと言う事か、訳が判らず異世界に巻き込まれたと言う点においては。
翌日は雨も上がり日が射している。
旅立ち日和と言うやつだろう、番屋に金を預けて宿場を離れる。
しばらく歩くと俺が暴漢に襲われた大きな木が見えてきた。
その下にはあり得ない物が転がっている。
まるで集団バラバラ殺人事件と言えばいいのだろうか。男達の体が関節と言う関節からバラバラになって転がっている。
指までもバラバラになって関節から糸を引く様に……ん?
不思議な事にそこは血の海かと言えばそうじゃなく雨で多量の血液が流された後すらなかった。
「蟲にやられた様やな」
「蟲ってなんだ?」
「こいつ等は蟲に喰われて傀儡にされたんや」
「傀儡って操り人形の事か?」
「そうや。蟲を操る奴が背後に居るんやろ。蟲に憑りつかれるとまず脳を喰われ蟲に支配されるんや。そして体内の臓物を栄養源にして蟲は主の命令に従うんや。で、末路はこんな風に殻だけが残るんや」
男達の亡骸は本当に虫の死骸の様だった。
甲虫の死骸と言えば判りやすいだろうか。中身がスカスカになって関節がバラバラになって朽ちている。
カラカラになった亡骸は今にも風で飛んで行きそうだった。
虫の死骸の様になっていても元は人間だと思うとそのまま放置する事が出来なかった。
道の脇にでもと思うと尾花が声を荒げた。
「カズキ! 触ったらあかん!」
「道の脇にでも」
そう言った瞬間に転がる男達の頭から10センチ以上はある真っ黒なゲジゲジと言うより蛍の幼虫の様な物が出てきた。
そして人間である俺とカヤとサヤに向かって飛び掛かってきた。
が、俺達に憑りつく事は無く黒い煙と灰をまき散らして消えてしまった。
紫苑が驚いた顔をして尾花は怪訝そうな顔をして俺を見ている。
「カズキ、貴様何をしたんや?」
「俺は何もしてないぞ」
「貴様はどうでも良いんや。何でカヤとサヤまで無事なんや」
「憑りつかれなかったのだからそれで良いだろ。それよりもだな」
「気にするな骸は時期に掃除屋が片づけるはずや」
尾花の言っている事に納得は出来ないが郷に入れば郷に従えと言う事なのだと諦めた。
この世界は俺が暮らしていた世界とは何もかも違うのだから。
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