第5話 山賊の正体見たり
紫苑に起こされるまで爆睡していた。
『カズキの根性なし』と紫苑に言われたがスルーしておく。
宿の家族と朝飯を食べて紫苑はおにぎりまで用意してもらっていた。本当に至れり尽くせりだった。
宿の娘たちが紫苑と別れるのを嫌がっていたが仕方がない事なのかもしれない。
それが宿屋の宿命で旅人の運命なのだから。
通りに出るとこの先にある筈の宿場一安い宿の方が騒がしい。
どうやら主人が夜逃げして泊まっていた客が騒いでいた。
「行こうか」
「はい」
歩いて来た時の門に向かって歩き出すと今度は宿場一の宿の前に来ると、せせら笑いを浮かべながら安い宿を教えてくれた男が客に胸倉をつかまれていた。
「盗まれた品はどうしてくれるんだ」
「それは当店に言われましても」
どうやら宿に盗賊が入ったようだ。
「カズキはもしかしてこうなる事を判っていたんですか?」
「いや、こうなるとは思ってみなかったけどね。これでも一応だけど紫苑よりは旅慣れているからね」
「そんなに若いのにですか?」
「子どもの頃から爺さんに世界中を連れ回されたんだよ。だから無駄に経験だけはあるんだ」
「その話を聞かせてください」
紫苑の目がキラキラと光っている。
異国の事を聞くのが楽しみでしょうがないのだろう旅の道すがら紫苑が退屈しない程度に話してやるのも良いかもしれない。
それより前に紫苑に聞いておきたい事があった。
「あのさ、紫苑。旅の人ってお金はどうしているんだ?」
「多少は持ち歩きますけど不用心なので殆ど預けておきます」
「預ける? 銀行みたいなものがあるんだね」
「ギンコウは知りませんが宿の入り口で預ける事が出来るんです」
多分、紫苑が換金したあれと同じような物なのだろう、カット代がじゃら銭なので重いしかさ張ってしょうがない。
門の手前にある小屋まで来ると野太い声がした。
「よう、儲けたらしいじゃないか」
「たまたまですよ」
「それじゃこれをお願いします」
「あいよ」
直ぐに小さな木の板をくれた。表には何かが書かれていて所々丸くくり抜かれていた。
そして裏には何かの判の様な物が押されている。
「これは?」
「これを次の宿場でだせばお金をもらえるんです」
「へぇ、凄いシステムだ。これで大金を持ち歩かなくて済むんだ」
「でもそれをなくしたらお仕舞ですよ」
まぁ、それくらいは頭の悪い俺でも理解できる。
紫苑も多少は巾着に残しお金を預けていると嫌な言葉が聞こえてきた。
「あんた、あれだろ紫ん所の鬼らしいじゃないか。良い連れを囲ったな」
「わ、私は……」
俺の横で紫苑の体が震えだしみるみる青ざめていく。
そんな紫苑と相反する様に今まで感じた事のない憤りを感じ体が熱くなる。
震える紫苑が反論するより早く体が動いていた。
紫苑が換金した時の石版に掌を思いっきり叩きつけた。
「換金してもらおうか」
「…………」
小屋の中が静かになったかと思うと横の戸がもの凄い勢いで開いて、大柄な男が飛び出してき頭を地面にこすり付けた。
「た、大変ご無礼を。なにとぞご容赦を」
「換金できないんだな」
「た、多少ならご用意できますが全額は」
「じゃ、良いや」
俺の言葉に男の全身から力が抜けた。
紫苑を蔑む声に思わず体が動いてしまい俺の背中には冷や汗が流れていた。
安堵したのは俺自身の方だった。
掌を叩きつけたので機械が壊れたのだろう、精密機械の取り扱いは要注意で強い衝撃はご法度なものだ。
まぁ、腹黒いと言われようがそれが狙いなのだから致し方ない。
心の中で手を合わせて謝罪しておく。
そこに元気なリンの声が聞こえ声がする方を見ると友達とこちらに向かって小走りで向かってきていた。
「カズキさん、行くすか?」
「うん、旅の途中だからね」
「それじゃ、これ作ったす。食べてください」
「ありがとう。また機会があればだね」
どうやら道中のお弁当か何かを作って来てくれたらしい。
中には泣いている子もいるがこれも旅なんだと言い聞かせる。出会いがあれば別れは必ず来るものだから。
旅だっていつか必ず終わる時がやってくるものなのだから。
「そう言えば番人のクマが何かしたすか? げっ、チビってるす」
「ちょっとね」
「そうそう、クマなんてどうでも良いす。なんでもこの先の薄ヶ原で山賊が時々出没するらしいす。お客さんが話してたす、気を付けて」
「ありがとう」
宿場を後にすると紫苑が名残惜しそうに手を振っていた。
風が心地良い。
「カズキ、そのありがとう」
「別に」
「ああ、照れてる」
「別に」
判っているのなら確認なんてしないで欲しい。
勢いに任せてしまったけれどあれで換金する金が表示されなければ大恥をかいたのは俺自身なのだから。
紫苑に旅の話をしながら歩いていると道はだんだん上り坂が多くなってきた。
この世界では俺の格好は人目に付くので宿でもらった作務衣の様な着物を羽織って歩いている。
しばらくすると道の両脇に薄が茂りだした。
「この辺が薄ヶ原なのか?」
「もう少し先だと思いますよ。辺り一面の薄が有名な場所ですから」
「そうか」
が、いくら歩いてもそんな風景が現れてくる事は無かった。
ゴカイの時と同じように胸騒ぎと言うか嫌な予感がする、紫苑は感じないのだろうかこの嫌な感じを。
そう思っていると紫苑が小走りで駆けだした。
「あの人に聞いてみましょう」
見ると前方から小柄な女の人が歩いて来る姿が見える。
紫苑がその女の人と何かを話していると女の人が指差しして何かを教えているようだった。
「カズキ、もう少し先だそうですよ。少し急ぎましょ」
「判ったよ」
速度を上げて紫苑に追いつき女の人に会釈する。
紫苑の横に並び踏み出した時に明らかに違和感を覚える、未舗装の砂利道なのに女の人の足音が全くしなかった。
その時にリンの言葉が蘇った。
咄嗟に紫苑の背中を突き飛ばして振り返ると光る物が目に飛び込んできた。
バランスを崩しながら何とかかわすけど頬に微かに痛みを感じる。
尻餅をつき見上げると小柄な女が刀の様な物を振り下ろしていた。
頬を触るとの薄皮が切れて血が出ていて、そして女は表情一つ変えずに瞬時に刀を横に薙ぎった。
切られる。
そう思った瞬間に腕で頭を庇うと耳元で激しい金属音が鳴り響いた。
「私のカズキになんて事をするんですか?」
「ちっ、しくった」
恐る恐る目を開けると紫苑がサバイバルナイフみたいな物で刀を受けてくれていた。
それでも刀は俺の腕をかすめ血が砂利道に点々と落ちた。
「カズキは本物の馬鹿ですか? 腕で刀が捌けるとでも。それとも私の命が助かれば自分はどうでも良いんですか。そんな事を考えるのは本当に大馬鹿です」
言い切られてしまったが何も反論が出来ない。
「カズキは下がって下さい。荒事は私の得意中の得意ですから」
紫苑に庇われる様にして道の端までスゴスゴと逃げ出す事しか出来なかった。
恐らく女は手練れの人外なのだと思うけど不思議な事に殺気をあまり感じなかった。
あのゴカイですら凄まじい殺気と言うか本能を剥き出しにしていたのに。
すると誰かに裾をツンツンと引っ張られ後ろを見ると、髪の毛が長い小さな女の子が茂みから俺の袖を引っ張っていた。
紫苑と女はもの凄い勢いでナイフと刀で交戦している。
刃物同士が激しくぶつかり合い劈く様な金属音と火花を散らしていた。
そんな状態なのに女の子は俺の頬の傷を手拭いで拭いてくれていた。
「危ないから隠れてて。俺が止めるから」
そうは言ったものの止める算段など無いに等しい。
何とか2人の姿を目で追う事は出来るがあまりにも早すぎて無暗に行動を起こせない。
間に飛び込めば確実に紫苑のナイフが俺の体の一部に突き刺さり、女の刀で俺の体の一部が地面に転がる事になるだろう。
すると女の子が大きな猫じゃらしを取り出した。
遠足などに行くと道端に生えたそれを採って前を歩く友達の首筋に悪戯した犬子草(エノコログサ)のようだ。
穂の部分が太さも長さも2倍くらいはある大きな物だった。
「これを使えと?」
すると女の子が無言で首をブンブンと縦に振った。
使えと言っても友達に悪戯するか俗称どおり猫をじゃらすくらいにしか使えないだろう。
刀やナイフに対抗するには大きいとはいえあまりにも貧弱過ぎる。
そんな事を考えながら猫じゃらしを振ってみると刀とナイフが交わっていたリズムが明らかに急に狂いだした。
目を凝らし紫苑と女を追いかけると女の方がリズムを狂わせていた。
それでも2人の動きを同時に留める必要がある。
「あのさ、薄の穂を沢山集めて欲しいのだけど。お願いできるかな」
「うん」
初めて声を出して返事をしてくれた女の子は直ぐに集めて来てくれた。
集めてくれた薄の穂の根元を紐でくくり、縛った所を包み込むように穂を折り曲げてボール状にして穂先を縛り上げる。
そして道端に落ちている石ころを薄のボールの中に詰めた。
タイミングを見図る為に戦っている2人の姿を追う。
すると僅かだが女に動物の耳らしきものと尻尾らしきものが見える。
それは紫苑の耳とは似ているが尻尾は明らかに細かった。
そして2人の間合いが少し離れお互いが勢いをつけて相手に向かう。
チャンスは一度きりだった。
「紫苑! 離れろ!」
そう叫びながら薄のボールを女目掛けて投げ飛ばす。
紫苑は踏み込んだ足が着地した瞬間に全身のばねを使って後ろに飛び退いた。
女は紫苑を追う様にさらに踏み込むが目の前にボールが迫ってくる。
そのボールを刀で薙ぎ払うと薄の穂が舞い散って女を包み込んだ。
「みぎゃ!」
変な声を上げて女が顔を擦っている。
大方、鼻先にでも穂が纏わりついたのだろう。
紫苑を見ると肩で息をしながら女の様子を伺っている。
女が体制を整えると同時に膝立ちになってトリッキーな動きで猫じゃらしを地面すれすれに振り回す。
「にゃぁ~ に、にゃぁ~」
猫じゃらしには猫がじゃれついていた。
良く見ると尻尾が二股に分れていて俺等の世界でも結構メジャーどころの猫又と言う奴だろうか。
隙を見て首を抑え込み首の後ろの皮を鷲掴みにすると大人しくなった。
それを見た紫苑が怖い顔をしながら向かってきた。
手にはナイフが光っていて今にも猫の皮をはいで三味線にしそうな勢いだった。
すると手伝ってくれた子とは別の髪の長い女の子が茂みから飛び出してきて両手を広げて紫苑の前に立ちはだかった。
さっきの女の子よりこの子の方がいく分か大きいようだ。
「どきなさい。そいつは私達の命を狙いカズキを傷付けたんだ。許す訳にはいかない」
それでも女の子は動こうとしなかった。
紫苑と女を止めるのを手伝ってくれた女の子が俺の上着をギュッと握りしめている。
そして立ちはだかっている女の子の足が僅かに震えていた。
「紫苑、ナイフを仕舞ってくれ」
「それは出来ない、カズキが」
「掠り傷だよ。唾でも付けて置けば治るよ。紫苑、お願いだから」
「カズキのお願いだから聞くんだからな」
「ありがとう」
紫苑が頬を膨らませながら渋々懐にナイフを仕舞い込んだ。
あんな所にナイフなんて持っていたんだ。万が一俺がまかり間違って欲情したりしたら……怖!
猫又からゆっくり手を離すと大人しく丸くなって俺の顔を見ていた。
立ちはだかっていた女の子が猫の隣に正座して猫の背に手を置いている。
「サヤもここに来なさい」
「う、うん」
「何で邪魔をするのあんたは」
「だって、この人は悪い人じゃないもん」
サヤと呼ばれた俺の上着を掴んでいた女の子が正座している女の子の隣に正座した。
「人かなんて私達には判らないでしょ」
「カヤが怒った」
「当たり前よ。泣き虫の癖にお節介なんだから」
どうやら2人は姉妹のようだ。お姉ちゃんがカヤで妹がサヤか。
何だかな、漢字で書けば茅と莢なのだろうか……
「で、カズキ。猫はどうするんだ?」
「ニャ?」
ん? ニヤ? 隙をついて猫が牙を剥いて鋭い爪を出して飛び掛かろうとした。
猫の目の前で柏手を打つと猫が後ろに転がりながら吹き飛んだ。
「痛いやんか!」
「当たり前だ。これ以上俺が怪我をしてみろ、マジで三味線の皮にされるぞ」
猫又が人間の姿に変化して尻餅をついている。
すれ違った時は着物姿の様だったのにゆったりとしたアオザイに似た衣装を着ていて柄も和風と言う感じではなかった。
「はぁ、もう襲ったりせえへんよ。このナイフを何とかしてや」
「貴様の戯言なんか信じられるか。いきなり切りつけて来たくせに」
「あれは大きな力を感じたからやんか」
猫又女の背後から紫苑がナイフを猫又女の首筋に付きつけている。
少しでも動けば道端に体の一部が転がる事になるだろう。
山賊の年貢の収め処と言う奴だ。
「カズキ。今度は止めても無駄だからな」
紫苑の腕に力が入る瞬間にサヤが頭を下げた。
「本当にゴメンなさい。どうか許して下さい」
「怪我をさせてしまって許してくれなんて言える義理じゃないけど私達の所為なんだ。だから罰するなら私達に罰をくれ」
サヤはまだ子どもぽいが、カヤはとてもしっかりしているお姉さんの様だ。
だが問題は紫苑の怒りをどうやって鎮めるかが問題だ。
「あのさ、紫苑」
「カズキは甘過ぎる。そんなだから危険な目に遭うんだ。甘さは身を亡ぼすぞ」
「その時は紫苑が戒めて守ってくれるんだろ」
「と、当然だ。荒事は私の担当だからな。それに子どもの願いを無下に断るほど私も鬼ではないからな」
何とか紫苑が引いてくれた。
すると女が胡坐をかいて頭をポリポリと掻きはじめた。
「ほんま調子狂うわぁ。人外男から大きな力を感じたのに女が人外みたいな力を持っとったなんて」
「カズキは普通の人ですよ」
「はぁ? 嘘やろ。じゃ、あんたが?」
「私は人外です。まぁ、カズキはちょっと変わっていますけど」
ちょっとが太字になっているのが妙に気になるけどスルーしよう。
何だか訳ありの集まりみたいだ。
それにそろそろ移動しないと……あれ?
俺等が歩いていたのは坂の途中のはずなのに今いる場所はススキの穂が一面に揺れていた。
そして日が傾きかけていて信じられない程の時間が経っていた。
奇妙なこの感じは何かに惑わされたか化かされたみたいだ。
もしかしてこれがこの猫又女の手口なのか? 女を見るとしらっとした顔をしている。
「ここから宿場までどれ位かかるんだ」
「あん、二刻や。今からだと着いた時には門が閉ざされている頃やな」
「野宿決定みたいだな」
「しゃないの。私等の隠れ家に案内するわ」
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