第22話 お花畑
翌日は荘厳な空気に包まれていた。
お城の礼拝堂で騎士叙任式が執り行われている。
現在では形式的なものにしか過ぎないけれど今でも騎士隊が活躍しているヴァレンシュタインではとても名誉あることだと執事の人が教えてくれた。
式はドイツの刀礼に則って行われている。
祭壇には紋章が飾られミサが執り行われ。
祭壇から一段下がったところで、クセ毛の髪の毛を綺麗に後ろに流し騎士隊と同じ格好をして綺麗な青いマントを羽織ったパパが膝立ちをして頭を下げている。
そして祭壇の前には金糸や金のリボンで装飾された純白のドレスを着て髪にティアラをつけたリーナが剣を持ちパパの肩に宛てがいドイツ語で何かを言っている。
多分、主君に対し生涯忠誠を誓うかなんて事を言っているんだと思う。
あまりにも神聖で重々しく空気が張り詰めていてこんなに緊張したのは生まれて初めてだった。
リーナがパパに剣ではなく指輪みたいなものが通されているチェーンを首に掛けた。
「あなたの最初の願いを伺いましょう」
驚いた事にリーナは突然日本語で話し始めた。周りにいる参列者に動揺が走るけれど親日家の大公パパが黙認している為に異議を唱える者は1人もいなかった。
「プリンセス・リーナ。姫君と知りながら不躾な言い方をお許しください。リーナは光の中をリーナ自身が信じる道を歩いて欲しい。決して一時の感情で道を誤る事の無い様にそれが私の願いです。忠誠を誓った以上、何かあれば地球の裏側からでも飛んで参りお力になりましょう」
パパの言葉はリーナに対して『さよなら』を告げる言葉だった。
光の中を……パパには全て見透かされていそうでとても敵わないと実感した瞬間だった。
それと同時にに大人ぶって全てを割り切ろうとするパパに対し怒りが込み上げてくる。
リーナが何故こんな重要な式で周りには判らない日本語でパパに問う事をしたのか理由が判らない訳じゃないと思う。
それでもパパは自分の気持ちを握りつぶした。
でも、それは仕方がない事なのかもしれない。
パパは今まで裏の世界で生き続けてきて、それはパパ自身が身を持って判っている事だと思うから。
光と影が決して交わらない事を……もし交われば影が光を穢してしまうから。
諦めきれずにパパの気持ちを聞いてチャンスの蓋をこじ開けようと思い私とパパが泊まらせてもらっている部屋に急いだ。
「パパ!」
「どうしたのそんな顔をして」
「へぇ、何をしているの?」
パパはトランクに鍵を掛けている所だった。
「何をしているって日本に帰るんだよ。まさか何でなんて聞かないよね、予定が少しずれたけど、学校でしょ」
「あっ!」
「うわぁ、忘れていたの?」
「だ、だって。色々な事があって……」
蓋を開けようとしたら思いっきり蓋を叩き締められた気分だった。
それにリーナや大公パパにお別れの挨拶もしてない。
「早く、行くよ。こんな所でオチオチしていたら知らない間に婿養子にされそうだからね」
そんな事を言いながら急ぎ足で城を後にする。
閉ざされた城門まで来るとパパの顔を見た番人が慌てて城門を開けた。
すると、1台の赤いフォルクスワーゲンのルポが止まっていて女の人がお城の守衛ともめていた。
「だから、何度言ったら判るの? ヤクモ・スメラギの友人だと言っているでしょ」
「あれ? 早苗さん?」
大声を張り上げていたのは早苗さんだった。
私の顔を見た瞬間に早苗さんは怒りの矛先をパパに向けて爆発させた。
「八雲! あんたね! いい加減にしなさい。1週間近く音沙汰なしってどういう事なの? 携帯は電源を切ったまま。上(情報処理課)に問い合わせたら温泉旅行で休暇届が出ているっていうし。やっとの事で居場所を調べればスイスに居るなんて」
「何を美咲は怒っているの? 温泉に入りにスイスまで来たらいけないの? 休暇届だってきちんと決められた手続きを踏んで提出して受理されたんだし。温泉気持ちよかったよね、菜々海」
「うん!」
「ほら、それよりちょうど良いからサンヴァイスの駅かチューリッヒの空港まで送ってよ。今からならまだ飛行機に余裕で間に合うし。そうすれば菜々海に学校を休ませることも無いから」
「あのね。私は来たばかりなのよ」
「それじゃ、良いや。ゆっくり観光でもして来れば。東都女子に連絡を入れて学校を休ませるから」
「もう、何であんたは都合が悪くなると菜々海を盾にするの? 私が菜々海の事が絡むと断れないのを良い事に」
「別に、今回の件をこれでチャラにするけど」
「……さぁ、菜々海。車に乗って学校に間に合うように空港に送り届けるからね。でも少しだけ寄り道をするわよ。私だって綺麗な景色を拝んでみたいもの」
パパの一言で早苗さんの態度が180度変わった。
今回の件ってなんだろう、詮索する間もなくパパに車に押し込まれてしまった。
早苗さんが連れてきた先は城下が一望できる草原だった。
「もう少し早い時期に来れば綺麗なお花畑なんでしょうね」
「もしかして、ここって」
ここは多分リーナが話してくれたお侍さんと出会った場所だと思う。
パパを見るとまた空を見ている。未だママを忘れられないでいるのかなぁ。
「知っている、菜々美。青い薔薇の花言葉は昔までは『不可能』なんて言われていたけれど今は違うのよ」
「ええ!」
「『神の祝福』や『奇跡』が新しい本当の花言葉なの」
「パパぁ」
私がパパを問い詰めようとするといきなりパパが私をお姫様抱っこして斜面を駆けだした。
それはまるで爽やかな風になった様だった。
それから再び機上の人になった。
飛行機では来た時と同じように根こそぎ勢いを削がれ爆睡してしまった。
気が付くと間もなく成田に着く時間でお昼ごろに飛行機に乗ったのに時差の関係から日本時間で言うと翌日の早朝になっていて。
帰宅すると爆睡していたから大丈夫だよねと言われ、着替えさせられて学校に行かされ無理矢理現実の世界に引き戻されてしまった。
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