第15話 成田


 リーナが帰国する朝。

 リビングには菜々海とリーナに何故か美咲が居た。

 菜々海が僕に協力すると言いだし僕が反対すると美咲に丸め込まれてしまった。

「八雲、ここまで菜々海に話してしまったら仕方がないでしょ。私も一緒なのだから協力してもらいましょう」

「美咲は本気で言っているの?」

「本気よ。今のあなたはあの時のあなたとは違う、そうでしょ」

「了承した。菜々海は覚悟が出来ているんだね」

「出来てる。私はパパとママの子だもん。それにリーナは大切な友達だから力になりたいの」

「上出来だ。それじゃ美咲と菜々海はクルーザーで僕はリーナと美咲の車で行動をする。家を出たら一切連絡は不能だ。そして最優先事項はリーナの引き渡し。どんな手を使っても僕が成田まで送り届ける。以上」


 ガレージで2台の車に乗り込んだ。

 リーナも菜々海も緊張した面持ちで顔を強張らせている。

「私がリーナを送り届けた方が良いんじゃないの?」

「万が一の保険みたいなものだ。足を引っ張るなよ」

「相変わらずクールなのね」

「愚痴なら終わればいくらでも聞いてやる」

「了承、覚悟しておきなさい」

 先にクルーザーで美咲と菜々海が家を出て、しばらくしてから僕は車のエンジンをかけた。

「八雲、可愛いらしい車だね」

「美咲のフィアット500だよ。色々と美咲仕様にしてあるけどね」

「美咲さん仕様?」

「例えばこれ」

 リーナはこんな状況に慣れてしまっている。彼女の言葉通りなのだろう『家の為に生きる覚悟』というやつか。

 僕の気持ちも少しだけ楽になりカーナビの様な物のスイッチをONにするといきなり機械的な声がする。

「ハロー ヤクモ」

「ハロー アル」

「ヤクモ ミカクニン ダレ」

「アル リーナだよ」

「リーナ オーケー ニンショウ」

「ハロー リーナ」

「ハロー」

 リーナがキョロキョロしながら戸惑い気味に機械の声に応えた。

「八雲、この声は何?」

「美咲が作った人工知能と言えば良いのかな。簡単な会話が出来てお喋りするカーナビゲーションみたいな物かな。名前はアルファ・通称アルだよ。ルームミラーの上にカメラがあるでしょ。それで認識しているんだ。だから他の誰かが乗り込んだ場合は警報が鳴りドアがロックして美咲が解除しない限り閉じ込められてしまう仕組みになっているんだ」

 僕が説明すると丸い小型カメラが音も無く動いた。

「そうなんだ」

「ヤクモ ドコヘ」

「アル 成田空港だ」

「オーケー」


 首都高には乗らず下の道で成田へと向かうと直ぐに後を付いてくる車に気付いたが都内ならばこちらに分がある。

 大型の地下駐車場などに入り追跡してくる車両を撒いてしまう。

 そしてアルに監視させる。

 アルは警視庁のメインコンピューターとリンクしていて関東近郊を全てカバーしてくれる。

 追尾してくる車が無い事を確認して東関東自動車道に乗り成田に向かう。

 成田空港が目前になりアルが警告を発した。

「ヤクモ ロスト」

「了承した」

「八雲、ロストって何? まさか菜々海たちの身に何か」

「関係ない、最優先事項はリーナの引き渡しだ」

「アル 何をロストしたの?」

 リーナがアルに問い質すがアルは答えなかった。

「リーナ。落ち着くんだ。美咲はプロだ」

「でも、私の為に危険な目に」

「それは承知の上だ。だから保険なんだ」

「酷い! 八雲はそれで良いの? 菜々海の身に何かあったら」

「僕は菜々海に確認したはずだよ。覚悟はあるのかと、そして菜々海はあると答えた」

「止めて。八雲、止めなさい!」

「リーナは菜々海の覚悟を無駄にするつもりなの」

「それは……」

 リーナには自分の身に何が起きようが覚悟はできている。

 しかし、菜々美は違う。そんな事は重々承知している。なぜなら僕は菜々海の父親なのだから。

 そしてリーナの思いや気持ちを僕は強引にねじ伏せた。

「それじゃ、成田で引き渡した後は私の自由にさせてもらう」

「それは構わない。僕のミッション外だ」

 リーナの顔が強張り真っ直ぐに前を向いたまま何かを直視していた。


 成田国際空港に着くとリーナが車から飛び出すように降りて出発ロビーに向かおうとする。

 慌ててリーナの手を掴むと弾かれてしまった。

「Non mi toccare!」(触らないで!)

 仕方なく少し距離を置いて後ろに付いて歩く。

 少し歩くと前方にSPらしき男を従えたリーナに良く似ている男がスーツ姿で待ち構えていた。

 リーナがその男に走り寄り何かを話している。

 すると、男の鋭い視線が僕に向けられ、リーナが僕に向かって口を開こうとする。

 僕はリーナの前で片膝をついてリーナの左手を取りキスをした。

「プリンセス・リーナ。貴女には貴女の使命があるはずです。それは一少女を救う事ではないはずです。貴女を大勢の国民が待っているはずです。数々の非礼お許しください」

「全て知っていたのですね」

 リーナが息をのみそして顔を強張らせ奥歯を噛み締めた。

「娘を迎えに行ってまいります」

 そう告げて首を垂れる。

「ライナ、戻ります」

「Jawohl !」(ヤヴォ―ル)


 足音が遠ざかっていく心の中で別れを告げ立ち上がりスマートフォンを取り出し歩きはじめる。

 2人の距離が夢から覚めたかの様に遠ざかっていく。

「アル! Call up!!」

「ラジャー ヤクモ」

 何も聞いてこないアルの声が優しく聞こえる。




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