第16話 ばら積み


 パパの言葉が胸に突き刺さった。

 自分からパパの裏の仕事を手伝うって覚悟を決めたのに、今まで知らなかった世界を垣間見た気がする。

『私はリーナの身代わりで保険みたいなものなんだと』

 怖くないと言えば嘘になる。

 誰かに襲われるなんて事は今まで一度も経験をしたことが無い。

 あるのは言い寄る男を撃退した事があるだけで、それだって見極めをしなければ怪我をし最悪パパを泣かせる様な事になってしまう。

 しばらく車が走ると早苗さんの顔が緊張して強張っているのが判る。

「八雲は上手く撒いたかしら。こちらは容易く逃がしてもらえそうにないかも」

「パパは格闘系が強いけど専門家じゃないでしょ」

「八雲はね。プロ中のプロよ。彼を敵に回すと言う事は。お話はここまで飛ばすわよ」

 都内を抜けて一般道路で成田に向かう途中で呆気なく捕まってしまった。

 早苗さん曰く裏道を使ったのが仇になったって教えてくれた。

 車通りの少ない通りでトラックに幅寄せされ行く手を遮られ車が止まると直ぐに取り囲まれトラックの荷台に押し込まれて意識が無くなった。


 気が付くとそこは大きな冷たい箱の底だった。

 床も壁も鉄板張りでお世辞にも寝心地が良いとは言えない。

 その上に大きなディーゼルのエンジン音が響いていて安眠を妨害している。

「起きたみたいね」

「早苗さん、ここは何処なの?」

「恐らくばら積み貨物船の中かしら。決して人を運ぶ船じゃないわね」

「ばら積みってもしかして石炭とか穀物を運ぶ船のこと?」

「菜々海はお利口さんね」

「もう、私は小学生じゃないもん」

 早苗さんが頭を撫でてくれる。そう言えばパパ的に言えば拉致されたのに拘束されていない。

 まぁ、巨大な鉄の箱の底じゃ逃げようが無いか。

「しかし、参ったわね。携帯も腕時計も持って行かれちゃったわ。これじゃ八方塞がりね。まぁ、時期に八雲が見つけ出すでしょ」

「私の携帯も無いや。でも海の上じゃ携帯なんて通じないでしょ」

「普通の携帯はね」

「そっか、早苗さんも裏稼業なんだ」

「もう、失礼ね。私は裏じゃなくて本業です」

 早苗さんの話は俄かには信じられなかった。

 公安の中でも特公と呼ばれ内調とも繋がりがあるなんて……あれ?

 どうして早苗さんの言葉がすんなり理解できるのだろう。

 公安は公安警察、警視庁内では公安部。その中でも早苗さんは特別公安で内調は内閣情報調査室・通称サイロ。

 言葉が自然に頭に浮かんでくる。

 不安が過りパパからもらった腕時計を無意識に触っていた。

「流石、皇の娘さんだけはあるわね」

「皇ってパパの実家の事?」

「そうよ、そしてあなたは空の忘れ形見でもある」

 意味が分からず困惑してしまう。

 なんとなくパパと早苗さんが危ない事をしている様な気はしていたけれど、打ち明けられたのは昨日の事で私はママの事を殆ど覚えていない。

 パパの実家は武道を継承していた家だって聞いている。

 そんなパパに近づきたくて私は武道に興味を持った。

 空手を習いたいとパパに言った時にそれじゃ合気道も一緒に習って御覧と言われた。

『柔よく剛を制す、剛よく柔を断つ』

 剛だけでも柔だけでも良くないんだ。バランスが必要なんだよって言われた記憶がある。

 そして大変だったけれど不思議な事に嫌いにはならなかった。

 自分の力と精神力で立ち向かっていく空手。

 相手の力を利用して相手を傷つけず制する事が出来る合気道。

 相反する様に見えるけれど時と状況によって使い分ければ絶大な力になる。

 不思議な事に私はパパが誰かと闘ったり喧嘩したりしている所を見た事が無い。でもパパは誰にも負けないと思っている。

 そんな事を考えていると早苗さんが私の腕を不思議そうに見ていた。

 不安から自然とパパから貰った腕時計を触っていたみたい。

「菜々海、その時計はどうしたの?」

「え、パパからプレゼントだよ。リーナとお揃いなんだ、良いでしょ」

 すると鉄の箱中に響き渡るくらい早苗さんがお腹を抱えて笑い出した。

 それは傍から見るともう助からない事が判って気が狂ってしまったようにも見える。

「ああ、お腹が痛い。腹の底から笑うってこう言う事を言うのね」

「早苗さん、なんだか見ている私の方が怖いよ」

「ゴメン、ゴメン。あの馬鹿男にはどう足掻いても敵わないわね」

「もう、判るように説明してよ」

「菜々海はねリーナの保険なんかじゃないわ。私の保険だったの」

 判るようにって言ったのに早苗さんの言っている意味が理解できなかった。


「まぁ、ゆっくりしましょう。どうせ逃げ出せないんだから。そうだ昔話をしてあげる」

「昔話って、むかしむかしある所にってやつ?」

「本当に菜々海は感が良いのだか天然なんだか判らない不思議な子ね。あなたのパパとママの話よ」

「本当に?」

「ええ、これで最後になるかもしれないしね」

「ぶぅ、何で考えないようにしていた事を何で言うかな」

「大丈夫よ、大船に乗った気でいなさい。パパが絶対に助けに来るから」

「って、もう大きな船に乗っているけどね」

「そうかも」

 2人で大笑いした。まるでここが自分の家のリビングの様な気さえする。

 それは多分、絶対にパパが助けてくれると信じているからとこれが最後なんて気が不思議と全くしない。


 ちょうど夏休み前だから今頃かしら。10年以上前の話しよ。

 私と空はネットワークにつながれたシステムに侵入するクラッキング勝負をしていたの。

 未だお子様だったのね、調子に乗って馬鹿をやってしまった。

 手を出してはいけない裏世界のシステムに侵入してしまいその挙句に命を狙われる羽目になってしまった。

 逃げても逃げても執拗な追っ手はその手を緩める事をしない。

 当たり前よね絶対に見られてはいけないものを見られてしまい、それを公表されれば身を亡ぼす事になるのだから。

 アパートにも居られなくなり転々と居場所を変えたわ。

 でも若かった私達には逃げ切る事なんて到底できなかった。

 潜伏先を突き止められて夜逃げでもする様に着の身着のままで逃げだした。

 そして捕まってしまったの。

「ママがそんな事をしていたなんて信じられない」

「最初は通っている大学のシステムに面白半分で介入していたのだけど、そのうちにどこまでなら侵入できるか試したくなったのが発端よ。でも空の腕はそんな物じゃ収まらないほど凄かった。生きていればそれこそ日本のビル・ゲイツだったかもね」

「そうだったんだ。捕まってどうなったの?」

「そこで八雲と出会ったの。丁度八雲が16の頃ね」

 彼等はその場で事を起こさないのは判っていた。私達がどこまで情報を掴みファイルの有無を確かめるまでは。

 両側から厳つい男に抱えられるようにしていると1人の少年が現れたの。

 所々無造作に跳ねたクセ毛で何より不思議な瞳の色をしていた。

 顔はまだあどけなく彼の言葉が信じられなかった。

「姉さん等もあまり良い事はしてなさそうだけど、このおっさん達の方が悪人面だ。助けてやるよ」

 恐怖心もあったけどそれよりも他人を巻き込みたくなかった。

 少年が私達に背を向けたので立ち去るのだと思って安心したら、躊躇いも無く男の顔面に後ろ回し蹴りを叩き込んだ。

 不意を突かれ下から顎を突き上げられた男がよろけると少年は男の足を払い男の後頭部を迷いなくアスファルトに叩きつけた。

 あっという間と言うのが本当の話、気が付くと男達はアスファルトに無造作に転がって動かなくなっていた。

 その晩はどうする事も出来ず少年のアパートに転がり込んで早朝に出ていこうと思った。


 まだ夜が明ける前に空と動き出したら気づかれてしまったの。

「早起きだな、どうせ行く宛てもないんだろ。僕はこれから実家に行くんだ、付いてくればいいよ」

「あなたにこれ以上迷惑をかけるわけには」

「死にたいの。勿体ないなぁ、2人とも綺麗なのに」

 不思議な感覚だった。全てを見透かされているようで、でも目の前にいるのはまだ幼さの残る少年で。

 どうせこれ以上逃げ切れないのは判っていたから最後にと思って一緒に行くことを決めたの。

 新宿から朝1便の高速バスに乗って4時間弱で長野に着いた。

 少し早い昼食をとって市内のバスに乗り換えて更に1時間ほど走る。

「ここって、戸隠じゃない」

「そうだよ、僕の生まれ故郷だよ」

 戸隠神社の奥社でバスを降りて参道に向い歩き出した。

 道の両側には見事な杉並木があって程なくすると茅葺の屋根が草に覆われた随神門が見えてくる。

 門をくぐると空気が変わった気がして思わず空と顔を見合わせてしまった。

「へぇ、2人とも感が良いんだね。ここから先は結界の中になるからね」

「結界ってあなたは戸隠神社の関係者なの?」

「無縁ではないかな」

 しばらく杉並木を歩いていると少年が奥社には向かわず獣道に入っていき、ここから帰る訳にもいかず付いていく選択肢しかなく。

 山道と言うか道らしき道ではない、そんな道を少年は容易く歩いていくのを追いかけるのが精一杯で。

「ねぇ、未だなの。もう限界よ」

「そんな所で止まっていると熊に食べられちゃうよ」

 参道の途中に熊に注意の看板があり少年の言う事が嘘ではないと思え足を動かし始めた。

 次第に標高があがっていくのが判る、夏だと言うのに渡る風が涼しくて心地良い。

 すると目の前が開けて山肌にへばり付く様に建つ家が見えてきた。

 その家はお屋敷と言えば良いのか明らかに民家ではなく道場らしき大きな建物が奥に見える。

 敷地に入ると直ぐにお婆さんが出迎えてくれた。

「こんな山の中まで大変だったでしょ。さぁ、中でお休みなさい」

「お邪魔します」

「婆、先に風呂が良いな」

「ちゃんと準備してますよ。それじゃお客様が先ね」

「そうだな、浴衣も頼む」

「はいはい」

 まるで少年と同じように全てを見透かされている気がするけど不思議な事に怖くは無かった。

 大きなお風呂で汗を流して座敷に案内されると彼は水を浴びたと言いながら笑顔で座っていたわ。

 そして大きな円卓には美味しそうなお蕎麦が湯気を立てていた。

「地の蕎麦と山菜しかないけどどうぞ」

「いただきます」

 蕎麦の風味が際立っていてどこで食べた蕎麦より美味しくて、山菜も味があって格別だった。

 この家がどういう家なのかは彼が教えてくれた。


 伊賀・甲賀と言えば判るかな、僕は忍びの末裔で代々御門の影として暗躍していた一族で人里離れたこの場所であらゆる武術や言葉を習得している。

 それ故に流派も無く御門から皇と言う姓を承った。

 だから、僕の使う技は全て人を殺める為にある、でもあの男の人達は殺してないよ再起できるかは判らないけどね。

 そんな事を普通に喋っている彼はまだどことなく幼さが残る確かに16歳だったわ。

「それがパパとママの出会いだったんだね」

「そう、それが全ての始まりだった。とても楽しかったわ、人生の夏休みと言えば良いかしら。山菜を採ったり魚釣りをしたり。そして八雲と空は恋に落ちたの。恋と言うよりは憧れかな」

 でも、始まりがあれば終わりが必ず来る。私と空は意を決して表に出る事にした。

 取引をして保護してもらう事を決め彼の元を離れる日がやってきた。

 そしてその日、彼と空は私の知らない処で契りを交わしていたの。

 2か月間も消息を絶った事で相手の攪乱には成功した。

 でも、直ぐには表立った行動は出来ない、偽名を名乗って時を待っている間に空は妊娠している事に気付いたの。

 保護プログラムを受ければ全くの別人として暮らさなければならない。

 そうすれば彼との繋がりも全て消えてしまう。

 空は1人悩み1人で菜々海を育てる事を決めた。

 2年が経ち平穏な暮らしが続くと思っていた矢先に私達が潜入した裏世界の大物が逮捕され、過去の事が急浮上した。

 空は菜々海と彼との思い出を守る為にあなたを私に預けて1人でアメリカに渡り、連邦捜査局にファイルを渡し裏世界の一部が崩壊した。

 そして空は2度と私と菜々海の前に笑顔で姿を見せる事は無かった。

「それじゃ、パパとママの写真が少ないのは」

「そう、撮れなかったから。万が一それが誰かに見つかれば八雲や私達が危険にさらされてしまう。そして2か月と言う僅かな時間だったから」

「それで、パパにお葬式の時に初めて出会ったんだ」

「空を日本に連れて帰ってきたのはあなたのパパよ」

「えっ……」

 彼は空と別れた後で家を飛び出してアメリカに居たの。

 理由は恐らく今の自分では何も守れないと思ったのでしょう。

 どう言う経緯であんな所に潜り込んだのか知らないけれど彼はアメリカ軍の特殊部隊に入隊して訓練を受け部隊でも知らない人がいないくらいになっていた。

 当然と言えば当然かしらあの若さで想像もつかないくらいの厳しい鍛錬をしてあらゆる武術を体に叩き込まれ色々な国の言葉を習得していたのだから、軍としても利用価値があると見出したのでしょう。

 そんな彼の耳にグランドキャニオンの谷底で日本人女性の遺体が見つかったと上層部から言われたそうよ。

「どうしてなの?」

「パスポートの名前よ『皇』なんて珍しいからね」

「それじゃ、パパとママが別れの時にした契りって」

「そう、入籍していたの。正直驚いたわ、そんな事をしていたなんて。でもその事で2人は再会する事になった」

「再会なんて、ママは死んじゃったんじゃ。パパは……」

 部隊を飛び出し彼は空に再会する事になった。でも、彼の話ではとても安らかな顔をしていたそうよ。

 そして部隊を抜けて彼は空と帰国した。

 彼は1人で棺を担ぎ誰にも触らせなかったそうよ、どんなに深く愛してどんなに哀しみに沈んでいたか計り知れない。

 そして葬儀の時に菜々海と再会して再び打ちひしがれた。

 あなたの存在すら知らされず知らずにいた事を、そして何故空があんなに安らかに眠っていた理由を知る事になる。

「まさか、私を守る為に」

「そう、そして八雲にあなたを託すために」

「でも、パパは」

「菜々海なら耐えられるかしら? 今は亡き愛する人との間に授かった子どもが居たなんて、突然告げられて」

「無理、気が狂ってしまうかもしれない」

「八雲は雲の様に突風に吹かれて消えてしまった。でも菜々海を守り育てる為に帰ってきた。何故突然帰ってきたのか理由は判らない。私はあらゆる手段を使って八雲を手元に置き彼の能力を利用して裏の仕事に引きづり込んだ」

「それは違うと思う。パパは決して打算で何かをする人じゃない。それに仕事は選んでいたんじゃないの?」

「流石ね、菜々美の言うとおり八雲は少ない情報から何かを知り納得が行かない仕事は絶対にしなかった。結果的にそれが私達の信頼を上げる理由にもなった。八雲が断った仕事のほとんどに裏があって私達を利用しようとする依頼だったから」


 初めてパパとママの話を聞いて正直ショックだった。

 パパとママが一緒に居たのは2か月だけ、そして再会した時にはママは帰らない人になっていた。

 私に言えない事情じゃなくて言えない事だったんだね。

 ママは言うなれば犯罪者だったって事でしょ。

 情報を盗み結果的に悪い人を退治したかもしれないけれど、それにパパが特殊部隊に居たなんて。

 あれ? 今は違うよね。

 どうやって私達を助けに来るの?

「安心しなさい。あなたのパパはプロ中のプロだってあいつを敵に回すと言う事は世界を敵に回すのも同じ事なの」

「世界ってパパはただの人だよ」

「そう思うあなたが最強かもね」

 すると天井の大きな扉がスライドを始め、壁にあるパイプから海の水が流れ込んできたて慌てて立ち上がる。

「ここで始末するつもりね」

「海に落とせばいいのに」

「それだと万が一他の船に見つかる可能性がある。ここで水死に見せか海に捨てれば誰も疑わないし確実だからよ」

 上を見ると星が輝いて、男の声が聞こえてくる。

「我らの神に捧げる為に生贄になってもらう。この儀式に同意するか、異議なき時は沈黙を持って答えよ」

 怖くて何も言えなかった。早苗さんが震える手で後ろから抱きしめてくれる、その手を握り返すことしかできない。

「異議あり! この箱舟は欲望と偽善に満ちている。地下の亡霊を代表して参上した」

「パパ!」

「菜々海、迎えに来たよ」

 パパの声が聞こえてきて私達の前にロープが落ちてきたと思うと黒い影がロープを使ってものすごい速さで降りてきた。

 目の前には見た事も無い姿でパパが立っている。

 オリーブグリーンのズボンに編み上げブーツを履いて服と同系色のヘルメットをかぶり、ベストにはポケットが沢山ついていて良く見ると上着はTシャツみたいだ。

 そして革のグローブを嵌めている。

「どうしてここがこんなに早く探知された?」

 動揺した男の声が聞こえてくる。

「菜々海の腕時計よね、八雲」

「保険だと言ったはずだ」

 そこで初めて早苗さんの言葉を理解した。

 私の時計とリーナの時計には恐らく発信機みたいなものが埋め込まれているんだと。

 早苗さんがプロなのは相手も知っている筈だから早苗さんの持ち物は全て破棄されてしまった。

 でも、子どもの私にはそんな事は関係ないと思ったんだ。

 だけど、ここからどうやって脱出するのだろう。

 上からは銃で狙われている、でもパパはたった一言で解決してしまった。

「シュート」

 パパの声と同時に突然船の壁を突き抜けて何かが突き刺さり大量の海水が流れ込んできた。

 もの凄い衝撃だったけれどパパが支えてくれている。

「八雲、あなた菜々海が居るのに何でミサイルなんて撃ち込ませるの?」

「信管も火薬も入っていない摸擬弾だ」

 すると銃を構えていた男達が慌てて逃げ出した。

 そして銃を乱射するような乾いた連続音が聞こえる。

「こいつ等、棺桶と心中する気だ。逃げろ!」

 驚いていると急に抱きかかえられ視線が上に移動する。

 甲板に出ると数隻の軍艦が貨物船を取り囲んでいた。そして閉じ込められていた貨物船は想像以上に大きく、同じような荷室がいくつもあった。

 パパの仲間が抱きかかえて私と早苗さんを助け出してくれたみたい。

「ありがとう」

「サー」

 パパがお礼を言うと兵隊さんが直立不動で畏まって敬礼をしている。

 何だか普段のパパにはあり得ない事だから私の方が照れてしまう。

「パパ」

「菜々海、怖い思いをさせてごめんね」

「平気だよ、だってパパが必ず助けてくれるって信じてたもん」

「ありがとう」

 そう言ってパパがデコチューしてくれる。

「美咲、菜々美を」

「パパは」

「害虫を退治してくるからね」

 そう言ってパパが歩いていく先の荷室の上に飛行機が舞降りてくる。

 見た事も無い戦闘機だった。

 私が知っているのはテレビで何度か見た事があるF-14やハリアーで、この飛行機は初めてだった。

「あなた最新鋭のF-35まで持ち出して何を考えているの?」

「動いてもらう対価だよ。実践に向けた小テストだ。2人も直ぐに移動して」

 パパが戦闘機に乗り込むとコクピットの後にあるハッチが大きく開き、後方にあるジェットの吹き出し口の下にあるハッチも開きタービン音がし始める。

 すると直ぐに垂直に離陸していく、私のパパが操縦しているなんて信じられなかった。

 そして貨物船から猛スピードで高速艇が離れていく。

 私と早苗さんを拉致した犯人が高速艇に乗り逃げ出したのだと思う。

 犯人が逃げていくのに何故か周りの軍艦は全く動きを見せなかった。

 すると戦闘機からまるで連射の花火の様に高速艇に向けて弾が打ち出され高速艇から火が上がった。

「うわぁ、沈没しちゃうよ」

「大丈夫よ、エンジンを狙って航行不能にしただけよ」

 何かの発射音が聞こえて戦闘機を見ると遥か彼方に向かってミサイルが飛んでくのが見え、次の瞬間に大きな爆発音と共に高速艇なんて目じゃない位の火柱が上がった。

「何が爆発したの?」

「恐らく連中の母船でしょ。この船の事を棺桶だと言っていたから証拠隠滅の為に私たちと一緒に沈める気でいたんでしょ。あの高速艇じゃ陸までたどり着けないからね」

「それじゃ、あの人たちは捕まっちゃうの?」

「放置じゃないかしら。可哀想なんて情けは無用よ。あいつ等はテロリストなんだから。さぁ、行きましょ」

「う、うん。でも早苗さんここは日本の近海なんでしょ」

「それも問題無いわよ。もしテロリストが日本に潜入していたなんてニュースになったらどうなると思う?」

「うわ、怖すぎる。パニックになるかも」

「でしょ。だから日本は無関係でありたい。そしてアメリカはテロの殲滅を狙っている。両国の思惑は一致しているわけ」

「だから放置……」


 それを裏付ける様に私達を出迎えてくれたのは海上自衛隊の飛行艇だった。

 ネイビーブルーの機体でUS‐2って言うんだって早苗さんが教えてくれた。

 翼に4基のプロペラをつけた世界最高性能の水陸両用の飛行艇らしい。 

 パパが乗り込んだ戦闘機はF‐35ライトニングⅡと言う戦闘機で、通常型・艦載型と短距離・垂直離着陸型の3タイプがある最新鋭のステルス機だって教えてくれた。

 飛行艇で東京に戻るまでに早苗さんは色々な事を教えてくれて。

「でも、パパは特殊部隊を辞めたんじゃないの?」

「辞めてはいないわね。辞めさせてくれないが正しいかも。これはトップシークレットになっているけど。空には相方が居た事を軍の上層部は知っていて今は伝説とまで言われた男と組んで仕事をしている。菜々海ならどうする」

「Give and Takeだ」

「そう言う事よ。繋がりを持ち続けていれば情報や力の貸し借りが出来る。その方が双方にとって最良な事なの。今回の事で言えば八雲に力を貸すことでアメリカはテロの一部を殲滅する事が出来た。それを軍の手柄だと公表すれば良いだけの事。日本は黙って手を貸せば何も問題が起こらないし自らの手を汚さなくて済む」

「今までもこんな事が遭ったの?」

「あのね、菜々美。こんな事が何度もあったら私の身が持たないわよ。あなたのパパとつくりが違うのよ」

 パパは子どもの頃から2000メートル級の山々を遊び場にし走り回っていて、鍛錬によって類稀な能力を発揮できるようになったらしい。

 私はパパが誰かと闘っている所なんて一度も見た事が無いからそんな能力は知らない。

 だって私の前では私が居ないと何も出来ない人なんだもん。

 それとリーナの事は教えてくれなかった。

『私はパパとママの話を教えると言っただけよ。守秘義務があるの』の一点張りでどうしても聞く事が出来なかった。

 自宅にたどり着いたのは夜明け前だった。

 何だか凄く家を空けていた気がする、ほんの僅かなのに。

 そして今日が終業式当日だと言う事に気づいてしまった。

「少しだけ横になって学校には行きなさい、八雲に借りを作るなんて真っ平御免だから八雲が戻るまで私がここに居るから」

「本当に一緒に居てくれるの」

「当たり前でしょ。拉致られたばかりの女の子を独りになんてしないわよ」

「ありがとう」

 そして少しだけ横になって早苗さんの車で可奈を途中で拾って学校まで送ってもらう事になった。

 早苗さんの車はパパがリーナを成田まで連れて行った白い車だった。

「可愛いでしょ。フィアット500よ」

「可愛いけど、早苗さんの事だから仕掛けがしてあるんじゃないの?」

「あら、随分な事を言うのね。どこぞの大泥棒みたいにスーパーチャージャーなんて積んでないわよ」

「意味が分からないよ」

「行きましょうか、お姫様」

「うん!」

 確かにエンジンは弄っていないけれど車が喋るとは思わなかった。

 何でもアルっていうコンピューターらしい。

 可奈をピックアップして学校まで送ってもらった。


 車の中では何も言わなかった可奈が学校に着いた途端に豹変した。

「菜々海、私に何か言う事は無い?」

「え、そうそう。リーナが急用で帰国しちゃったんだよね」

「ええ! それ本当なの?」

 可奈の言わんとしている事を外してしまったみたい。

 驚いているけれど直ぐに両手を腰に当てて私を睨みつけた。

「そうじゃなくて何度携帯に連絡しても音沙汰無しってどういう事なのかって事よ」

「あっ……」

 そこで私は携帯を破棄されてしまった事を思いだした。

「ゴメン、パパとリーナで海に行ってて海で水没させちゃって帰ってきたばかりで今は携帯が無いんだよ」

「なんだ、そうなんだ。私はてっきり菜々海とリーナが拉致されて監禁されてるのかと思っちゃったよ」

 可奈が知る筈もないのに驚いてしまう。

「あはは、そんな筈ないじゃない。令嬢のリーナなら判るけど何で私まで」

「ええ、菜々美も結構いけてると思うし現に人気があるじゃん。色んな意味で」

 色んな意味は余計だ。とりあえず誤魔化すけど可奈には嘘は付いていない。

 海に行っていたのも事実だし、海で携帯をロストしたのも本当だ。

 だってあの場所で携帯を破棄するなら海の中しか考えられない。

 確実だし絶対に見つかりっこないもの。それに海から帰ってきたばかりも本当の事だしね。

 可奈に本当の事を話しても夢でも見たんじゃないで済まされてしまうと思う。

 現に体験した私自身が夢のようだったから。

 家に帰って携帯の事を早苗さんに話すとどれでも好きな物を使いなさいって、テーブルの上に色んな携帯が山積みにされていた。

「これってどれでも良いの?」

「もちろん。だって全ての携帯は菜々海が使っていたのと同じ状態にしてあるから」

 凄い事を普通に喋っている早苗さんが信じられなかった。

 で、携帯を片っ端から見てみるとアドレスから履歴まで全てコピーされていた。

 でも、もう驚かない。

 パパや早苗さんの世界では当たり前なのかもしれない。

 唯一の救いは菜々海と八雲の携帯だけよと早苗さんが言ってくれた事だった。

 早くパパが帰ってこないかなぁ。

 ママの話を一杯パパに聞いてみたかった。







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