第12話 お台場


 リーナとパパとお台場に向かうために新橋からユリカモメに乗っている。

 パパの普段着の無頓着さにはほとほと呆れ返る。

 家にいる時はTシャツにパジャマのズボンでいる事が大半で、出かける時はスラックスに履き替えるかスーツ姿で出かける。

 今日はリーナと私とデートなのにスーツを着ようとしていた。

「パパ、スーツは却下だからね」

「ええ、嫌だよ。スーツが一番落ち着くんだから」

「もう、今日は絶対にダメ!」

 強制的に私がコーディネートする。

 天色のポロシャツにブラウンのカラージーンズでおじさんぽくならないサマージャケットをチョイスする。

 不思議な事にパパは色々な服を持っているのにスーツを落ち着くって言う理由だけで他の服装をしようとしない。

 まるで目立たないようしているみたい。

 だから今日はメガネも黒縁のダサメガネじゃなくて鼈甲のおしゃれなメガネに替えさせた。

 私とパパが住んでいる都心にはスーツ姿の人ばかりで……木の葉は森の中って言うやつなのかなぁ。

 まぁ、パパに限ってそんな事は無いか。

 リーナの格好は淡藤色のコットンのレースチュニックワンピでボトムは7分の細身のジーンズ。

 私は月白色のリーナとお揃いのチュニックワンピでボトムはショートのジーンズ。

 因みにリーナは大人っぽくワンピをオフショルダーで着こなしている。

 あんまりセクシー過ぎるとパパに怒られるのできちんとインナーにはタンクトップを二人とも着ている。

 実は1度で良いからして見たかったんだ。

 妹かお姉ちゃんが居たらお揃いの格好を、だから今日は色んな意味で特別なの。

 そして2人とも左手首にはパパがプレゼントしてくれた時計をしている。


「ねぇ、菜々美。菜々海が小さい時は八雲が食事の準備をしていたんでしょ」

 リーナはまだサンドウィッチに拘っているようだ。

「うん、あれ? そうだ。パパの作ってくれたご飯やお弁当は凄く美味しかった気がする」

「ええ、気がするだけなの?」

「う、うん」

「いつから菜々海が家の事をする様になったの?」

「確か小学校で調理実習があって家でパパに作ってあげたら凄く美味しいって褒めてくれて、それから色々と作り始めたのが切っ掛けかなぁ。それで家の事をやる様になって……パパが何もしなくなっていって」

「菜々海、どうしたの?」

 無性に体の底から怒りが込み上げてくる。

「パパぁ?」

「どうしたの?」

「パパは私が家の中の事をしだしたら途端に何もしなくなったよね」

「そうかな。家事全般が得意って女の子としてはポイントが高いと思うよ」

「でも」

「それに今では1人で何でもできるでしょ」

「それって……」

 パパに言われて怒りが萎んでいく、パパはそんな事まで考えていたのかな?

 私が家を出ても大丈夫なように?

 パパが急に居なくなっても大丈夫なように?

 少しだけキュンって胸が苦しくなる。

「菜々海、大丈夫?」

「うん、平気だよ。パパは何が起きても大丈夫なように私を育ててくれたんだよ」

「八雲は凄いね」

「親としては普通でしょ。娘を一人前にして初めて親になれるんだと思うよ」

 そんな話をしていると15分もしないうちにお台場海浜公園に到着した。

 日本を代表するデート&観光スポットになっていて多分1日じゃ遊びきれないと思う。


 今日の空は少し薄曇り。でも、このくらいがちょうど良いかも。

 お日様お光も少しだけ弱くなっていて、何より海の匂いが感じられる。

「とりあえず何処から見てまわろうか」

「何はともあれ、海!」

「菜々海は海が好きだね」

「うん、パパの次に大好き!」

 お台場の海は人工ビーチで磯遊びが出来たり水遊びが出来たりするけれど泳ぐ場所じゃないと思う。

 だって東京湾の一番奥にある訳だしね。

 少し先には自由の女神像が建って、ビーチの波打ち際では家族連れが多く水遊びを楽しんでいる。


 ビーチからDECKSに向いショッピングを楽しむ。色んなショップがあって目移りしてしまう。

 リーナと手をつないではしゃぎ回っちゃった。

 お台場にはこんな施設がいくつも隣接しているから便利だし飽きない、デートにはもってこいだよね。

 そして隣にあるジョイポリスに来ている。

 ここはアミューズメントパークになっていてアトラクションやゲームが楽しめる。

 で、ここで問題発生…… リーナもローリング系のアトラクションが苦手らしい、実は私も同じで絶叫系のジェットコースターは大好きだけどグルグル回る奴はどうにも好きになれなかった。

 ゲームはパパと遊んだばかりだし占いなんかのアトラクションを見て回る。

 可奈情報によるとかなり怖いアトラクションがあるらしい。

 何でも人形の館みたいなやつが……

 パパとリーナの大接近を目論んで2人を連れて行き強引に2人だけで見に行ってもらう。

 しばらくするとパパがリーナに手を引かれるようにして出てきた。

「リーナ、どうだった?」

「面白かったよ」

「へぇ? 面白かった……」

「パパ、大丈夫なの?」

 そこで有り得ない事にパパが情けなく撃沈してしゃがみ込んでしまった。

 あんなに全力で守るなんて言っていたのに情けないなぁ。

「もう、無理。帰ろうよ」

「ええ、来たばかりじゃん」

「はぁ~ 死ぬかと思ったんだよ」


 リーナと私で何とかパパをカフェのオープンテラスまで連れて来て小休憩をしている。

 こんなパパを初めて見たって言うのが正直な感想かな。

「パパにも怖いものがあるんだね」

「あのね、菜々美。僕だって普通の人なの。怖いものもあれば嫌いなものだってあるよ」

「八雲って可愛いね。凄く怖がっているから手をつないであげちゃった」

 外国人のリーナには日本特有の人形の怖さが判らないかもしれない。

 リーナが怖がってパパに抱きつくところを想像していたけど逆だったみたい。

 もし歩きながら進むタイプのお化け屋敷ならパパが泣きながらリーナに抱き着いていたかもしれない。

 そんな事を想像すると可笑しくなってきた。

「酷いよ、菜々美」

「それじゃ、他の怖い系のアトラクションにでも行く?」

「心の底から遠慮します」

「パパ、明日は何をして遊ぶの?」

「ええ、まだ今日が始まったばかりなのに明日の予定なの?」

「だって、早めに聞いておかないと女の子は準備に時間がかかるの。ね、リーナ」

「うん」

「そうだな、少し遠出でもしてみようか」

「それなら海に行こう!」

 私がそう言うと早苗さんが良いと言うのならの条件付きだった。

 速攻で早苗さんに電話をしてみると快諾してもらえた。

 それなら泊りがけで行ってきなさいって言って宿も車も用意してくれるって。

「うわぁ、決まっちゃったみたい。リーナは構わないの?」

「うん、八雲と菜々海が一緒なら何処へでも行ってみたい」

「そう、それじゃ一緒に行こうね」

「うん!」


 まだ、お昼までには時間があるので公園を散策しながらヴィーナスフォートに行くことにした。

 ここはお台場でも大人気のデートスポットで中世のヨーロッパの街をイメージした創りになっていて、空も2時間おきにローテーションしながら変わり室内とは思えない開放感がある。

 教会広場や噴水広場に行って写真を撮りまくる。

 だってリーナと過ごせるのはほんの僅かな時間なのだから思い出は濃厚なくらいに沢山あった方が良いと思うから。

 リーナの手を引いて1軒のショップに飛び込んだ。

「うわぁ、可愛い。リーナはどれが良いの?」

「ええ、私のも買うの?」

「当たり前でしょ。海に行くんだもん」

 そこは水着ショップだった。

 リーナは何も持たずにパパの所に現れたんだから水着なんて持っていないはずだし、私だってリーナに負けないように去年の水着じゃなくて新しいのをパパに買ってもらうつもりでいる。

「菜々海、水着を着た事が無いからこんな下着みたいな恰好で海になんか行けないよ。人だっていっぱい居るんでしょ」

「うん、って水着を着たことが無いって……」

「だって私が住んでいたところは2重内陸で山の中だから」

「ええ、リーナって山育ちなんだ」

「うん、標高が400メートル以上で一番高い所は2600メートルくらいあるよ」

「2600って」

「富士山の七合目より少し下かな」

「パパ、微妙で分かりづらいけど凄く高い場所だって感じはする。でもリーナの水着姿は見てみたいよね」

「え、まぁ、見てみたくないと言えば嘘になるかもってなんでそんな事をパパに言わせるかな」

「えへへ」

 リーナを見ると赤くなっていてパパを意識しているのが良く判る。

 人生は1度きりなんだから大人の事情なんてとっぱらちゃえば良いのにと思うけど、それが出来ないのが大人なんだよね。

 でも、私はプッシュしかしないけどね。

 戸惑いながらもリーナは水着を真剣な表情で見ている。

 去年の水着はタンキニだったけれど今年はもう少し私も頑張らなくちゃ。

 パパは居場所が無く困り顔で私とリーナを見ていた。

 2人でどんな水着を買ったのかはパパには内緒だよ。

 海に行って驚かせるんだから。


 ヴィーナスフォートの中は凄く楽しい。

 何回も来ている私だってはしゃぎたくなるのだから初めて来たリーナは尚更の事だろう。

 そんなリーナをパパは優しい瞳で見守っている。

 でも、何で早苗さんはパパにリーナを任せようと思ったのだろう。

 そんな事を考えているとリーナが今日何度目かの突撃を開始した。

「うわぁ、日本にこれがあるとは思わなかった」

「リーナ、これって何?」

「真実の口だよ」

 そんな事を言われてもパッと来ない。

 マンホールの蓋みたいな石に髭を生やした男の人の顔が彫ってあって、目と口がくり抜かれ穴が開いている。

 リーナの話だとイタリアのローマにある有名な石の彫刻で何のために作られたのかは諸説あって定かじゃないらしいってよく見たら案内板にも同じ様な事が書いてあった。

「もう、菜々美はしょうがないな。中学の時に文化祭でやった演劇の『ローマの休日』に出てきたでしょ」

「ああ、思い出した。嘘つきが口に手を入れると噛まれるってやつだ。確か海神トリトーネの顔だぁ」

 パパに言われて思い出した。確かそんな劇をやった覚えがある。

「凄い、菜々美は演劇でローマの休日をやった事があるの」

「う、うん。でも町人Aだったけどね」

 忘れていたと言うかそんな物がここにあるなんて思ってもみなかった。

 確かローマの休日はアン王女と新聞記者のジョーのロマンスの話だったと思う。

「菜々海、手を入れてみて」

「う、うん。こう?」

 手を入れるけれど何も起こらないし起こるはずがないよ、だって説明書には大理石だって書いてある動くはずがない。

「それじゃ私も」

 リーナが私の後に手を入れて見せる。

「八雲も」

「え、僕もやるの? 僕は嘘つきだからね」

 パパが手を入れる。

 確か映画ではジョーが冗談で手が切れたって見せかけてアンが驚くシーンだった。

 そしてパパの顔が歪んだ。

「あれ? うわぁ」

 パパがジャケットの中に手を隠して肉球が付いた猫の手みたいなものが床に転がった。

 たぶん、パパが新聞記者のジョーの真似をして笑わそうとしたんだと思う。

 それを見て私は噴出しそうになったけれどリーナの反応は違っていた。

 体がぐらりと揺れてリーナの体から力が抜けて崩れていく。

 一瞬、目を疑ったけれど私とリーナの前に居たはずのパパがリーナの体を後ろから抱きかかえていた。

「はぁ、驚いた。まさかリーナが気を失うなんて思ってもみなかったよ」

「もう、パパの所為でしょ」

「そんな、冗談のつもりだったのに。菜々海はつれないなぁ」

 パパが床に落ちていた猫の手の持ち手についているボタンを押すと猫の手がぺこりと倒れた。

 何でも猫招きと言うおもちゃらしい。

 飽きれてしまう、どこでこんなものを探してきたんだろう。


 それにしても周りの視線が痛いくらいに突き刺さる。

 気を失ったリーナを外の空気にでも当てれば少しは良いのかもしれないけれど、ここは全天候型の施設だから外で休ませる場所は無く仕方なくカフェに来ているけれど……

 リーナはただでさえ目立つのにパパが抱きかかえて椅子に座っている。

 それ以上に、パパはメガネを外して心配そうにリーナの顔を覗き込んでいる。

 少しでもパパが視線を動かすと周りの人が慌てて視線を逸らす。

 パパがリーナの耳元でリーナの名を呼んでいる、どれだけ目立てばいいのだろう。

 するとリーナが気づいたみたいだった。

「リーナ、驚かせてごめんね」

「八雲の馬鹿!」

 リーナがパパの首に腕を回して抱き着いた。

「リーナ、苦しいよ」

「馬鹿、馬鹿!」

「どうしたら許してもらえるかな?」

「Baciami.」

 私が判らないイタリア語でリーナがパパに何かを言った。判らないけどリーナを見れば何と言ったのか理解できる。

 リーナがパパをまっ直ぐに見てゆっくりとグリーンの瞳を閉じて顎を上げた。

 心臓の鼓動が私の全身に響き、周りからは生唾を飲み込むような音が聞こえそうだ。

「ちゅっ」

 可愛らしい音がしてパパがリーナにデコチュウーをした。

 今度は私の全身から力が抜け一気に緊張がほぐれると止まっていた時間が動き出すように周りの雑踏が聞こえてくる。

「八雲の意気地なし、意地悪、嫌い!」

「ゴメンね。僕にできるのはここまで」

 そう言って抱きかかえたままの格好でパパが優しくリーナを抱擁する。

 見ている私の方が恥ずかしくてむず痒い。

 それにもどかしさで一杯になる。

 リーナの気持ちは女の子同士だから良く判る、でもパパは違う今はっきりと判った。

 一線を引いているそれはリーナが何処かの令嬢だから?

 それともリーナが若いから?

 早苗さんに預かるように言われたからかな?

 恋に年齢も国境も無いし恋に落ちるのに必要なのは時間じゃないと思う。

 だけど、何かが確実に変わった。

 リーナが一歩を踏み出したのだと思う。それはリーナの行動を見れば直ぐに判った。


 カフェを出て買い物を楽しむ。

 リーナはまるで子犬の様にパパの後を追いかけてパパのジャケットの袖を掴んでいる。

 パパは最初のうちは困った様な顔をしていたけど諦めたのかいつもと変わらず平静を装っている。

 パパの心は鋼でできているのかな? 

 一回開けて見てみたい。でも、未来が舞台の映画に出てくるサイボーグみたいに血管の代わりに配線なんかがあったら怖いかも……

 リーナがパパの腕を引っ張ってアクセサリーショップに入っていく。

 私は2人に付かず離れずの距離でアクセサリーを見ている。

「八雲、脅かした罰としてこれを買って」

「仕方がないか、僕の所為だしね」

 初めてパパにリーナがおねだりをしているを聞いて何を買うのかが凄く気になる。

 少しずつ距離を縮め聞き耳を立てる。

「菜々海は何をしているの? 探偵ごっこのつもりなの?」

「ふぇ、パパ? ベ、別に」

「菜々海も欲しいものがあったら言ってね」

「うん、それで何を買うの?」

「ストラップだよ、それもペアのが欲しいって」

 パパが指差すストラップはゴールドとシルバーの三日月の形をしている。

 シルバーの方はプラチナ100で金の方は18金でできているとの事。

 因みにプラチナは1000分率表記で100なら10%のプラチナに90%のシルバーだとパパが教えてくれた。

 シルバーの三日月に抱かれる様にゴールドの三日月が嵌まりフルムーンの形になる。

 そして何か文字が刻まれている。

「Sempre,luce diventante qui.いつもここに光をっていう意味なの。2つの月が合わさらないと読めないようになっているんだよ」

「うわぁ、ロマンチックと言うか甘い! で、パパは買うの?」

「買わない理由はないでしょ。リーナが欲しいって言っているんだから」

「でも、パパは邪魔くさいってストラップなんかつけないじゃん」

「つけます、絶対につけます」

 パパが急にそんな事を言うから驚いてリーナを見るとパパの二の腕を指で摘み上げていた。

 これじゃ完全にリーナの尻に敷かれるのが目に見えている。

 でも、私は絶対にリーナ以外を認めないからね。







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