第11話 ミッション・モーニング

 パパとリーナと可奈の4人で遊びまわった翌朝。

 私はキッチンのテーブルの上にある一枚の紙に頭を悩ませていた。

 今日から試験休みで気分は上々で目覚めたのにいきなり夢心地を一気に醒ましてくれる。

 どうするとこんな事が出来るのだろう。

 我が家の冷蔵庫は一番上が両開きの冷蔵室で真ん中が冷凍室、一番下が野菜室になっている。

 そして眠気覚ましに冷たい麦茶でもと思い開けようとすると両開きの扉の真ん中に鍵が取り付けられていた。

 それも南京錠なんてちゃちな物ではなくステンレス製の鍵で……何故?

 仕方なくテーブルを見るとそこには一枚の紙とノートパソコンが置かれていた。


 で、読めない。

 私は英語ならば読み書きできるけどどう見ても英語じゃなかった。

「もう、パパの馬鹿」

「おはよう、菜々美。どうしたの、そんな怖い顔して」

「パパにヤラレタ」

 リーナに紙を見せるとリーナが不思議そうな顔をしながら即答した。

「何? ドイツ語だ。指令?」

「ええ? リーナ読めるの?」

「うん、イタリア語と英語それにドイツ語なら分かるよ」

「それだ」

 パパにしてやられるのは悔しい。

 でもリーナが居ればクリアーできるかもしれない。


 まず、リーナに大まかに読んでもらうと料理のレシピみたいだと教えてくれた。

 朝刊の折り込みチラシの裏に和訳を書いていく。

「野菜室の材料でサラダを仕上げろ。苦瓜・島人参・ハンダマ? アダン? 四角豆……」

「何の事だろうね」

「よしとりあえず野菜室だ」

 野菜室から材料を取り出すと見た事のない野菜が沢山入っている。

 苦瓜は東京でもメジャーな沖縄野菜の代表格のゴーヤの事だ。

 指令所通りに縦に半分にして種と綿をスプーンで刮げとって薄くスライスしてさっと湯通しして冷水にさらす。

 多分こうする事でゴーヤ独特の苦みを取るんだと思う。

 ハンダマやアダンはパソコンで調べると直ぐに判った。

 ハンダマは水前寺菜と言う裏が紫の葉野菜で夏の健康野菜らしい。

 アダンは白い繊維質の野菜でこの部分は新芽らしい、それに沖縄県でも石垣島で料理に使う習慣があると記載されている。

 灰汁を抜かないと使えないとあるけれど既にあく抜きをしてある状態だと判断できる。

 四角豆は四隅にフリルが付いている様な不思議な形の豆だった。

 指令通りに下ごしらえをしていくアダンと四角豆を湯がき冷水に取り。

 ハンダマも軽く湯通しする。

 紅イモは皮をむいてカットしてからレンジでチンして冷ます。

 リーナも楽しそうに料理を手伝ってくれる。

 流石に包丁を触らせるのは怖いので私の手伝いと言う感じになっている。

「料理って楽しいね」

「リーナはやったことが無いの」

「うん、お菓子は作った事があるけど料理はしたことが無いよ」

 やっぱりご令嬢は違う。そんな事を思うけれど友達として口には決して出さない。

 ドレッシングは沖縄のシークワーサーとオリーブオイルを使ったレシピになっている。

 シークワーサーは沖縄特産の柑橘類でこれは私でも知っていた。

 一時の沖縄ブームや健康ブームに乗ってテレビで何度となく取り上げられていたから。

 出来上がったのはチシャ菜などを使った沖縄野菜のサラダだった。

「あれ? リーナ、他には何か書いてある?」

「ええっと。あった。先入観は禁物ってどういう意味だろう」

「冷蔵庫に鍵をつけられて開けられないんだよね」

「判った!」

「へぇ、リーナ?」

 リーナが立ち上がり冷蔵庫を難なく開けている。

 鍵はブラフだったみたいだ。

 私は鍵が付いているだけで開けられないと思い開けようとはしなかった。

 ヒントがあったとは言えリーナは感が鋭いのかもしれない。

 パパに対する怒りが込み上げてくる。


 不思議な事にリーナは冷蔵室を見つめたまま動かない。

「どうしたの?」

「菜々海、凄いよ!」

 リーナに言われて冷蔵室を覗くとそこには沢山のサンドウィッチが入っていた。

「うわぁ、アランチャ・ロッソまである」

「何なのそれ」

「イタリアの赤いオレンジジュースだよ。凄く美味しいよ。飲んで良いのかなぁ」

「我が家の冷蔵庫にあるものは全て自由に飲んで食べていい決まりになっているんだよ、これで朝ご飯にしようか」

「うん!」

 アランチャ・ロッソは日本で言うブラッドオレンジの事で濃縮還元のジュースじゃなくて凄くフレッシュで美味しかった。

 サンドウィッチはいわゆるフルーツサンドと言われていて色々なフルーツとクリームがサンドされている。

 パイナップル・マンゴー・キウイフルーツ……

「うわぁ、パパイヤにクリームチーズが絶妙だね」

「このバナナはキャラメルクリームみたい」

「これは何かな? オレンジ色のつぶつぶが入ってる……パッションフルーツだ」

 リーナが口にしたのと同じものを食べてみる。

 クリームの中にオレンジ色のゼリーみたいなやつが入っててそれを食べると口の中にパッションフルーツの味が広がった。

「フレッシュオレンジとクリームも美味しいよ」

 オレンジも捨てがたいけれどパイナップルとマンゴーが特に美味しかった。


「おはよう」

「パパ?」

「おはようでしょ、菜々美」

「八雲、おはよー」

「おはよう。リーナ」

 パパが眠そうな目を擦りながら起きてきた。

 食事をしながらパパに詰め寄るとリーナが夏バテ気味で食欲が無さそうだったから知り合いに頼んでおいたって言っていた。

 パパの知り合いってどんな人なんだろう。

 そしてパイナップルは沖縄の石垣島産で完熟のパイナップルだと教えてくれた。

 マンゴーは高級品だけどこれも石垣島産で規格外の物を使っているからふんだんにマンゴーが使えるって話してくれた。

「まさか、パパが作ったの?」

「僕は頼んだだけだよ。食材は準備するから作ってくれって。アイデアは出したけどね」

「八雲は料理できないの?」

「出来るけれど、菜々美の方が上手だし美味しいからね」

「八雲の料理も食べてみたい」

「機会があればね」

「ところでパパ。ミッションをクリアーした報酬は何?」

「サンドウィッチじゃご不満かな?」

「まぁ、冷蔵室を開ける事が出来たのはリーナのお手柄だけどさ」

 パパが嬉しそうに目を細めながらテーブルの上に何かを置いた。

 私とリーナはそれに目を奪われた。

 幅が三センチくらいある透明なバングルみたいだけど、透明のプラスチックの中にはシンプルで文字盤が無地の時計が埋め込まれている。

「aquaと言う時計だよ。発売前の新作の時計だけど無理を言って譲ってもらったんだ」

「アクア?」

「水って言うイタリア語だよ、菜々美」

「本当に水みたいに綺麗だね」

「リーナはクリアーで菜々海はスモークが好みかな?」

「「うん」」

「さぁ、それじゃお台場にでも行ってみようか」

「「了承!」」


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