第10話 アミューズメント

 街に出ると菜々海と可奈ちゃんの独壇場だった。

 一言で言えば女子高生の道草フルコースと言った所だろうか。

 ばつが悪そうにしていたけれど僕が容認すると普段散歩に連れて行ってもらえない犬の首輪が外れた様に遊び回っている。

 ウィンドーショッピングをしたりファンシーショップで買い物したり。

 プリクラも交代で撮って何枚かは皆で撮った。

「うわぁ、パパとリーナはお似合いだ」

「あのね、親をからかわないの」

 昔はゲーセンと呼んでいたアミューズメント施設に足を運ぶ。

 店内に入ると音の洪水で呼び名が変わっただけで今も昔も中身は一緒の様だ。

「パパさん、奥に行きましょう」

「ちょっと待って電話みたいだ」

 入り口近くには人目を引く UFOキャッチャーなどがありその奥には対戦ゲームやパンチングマシーンなどが見える。

 先に菜々海や可奈ちゃんに任せてリーナを連れて中に入って待っていてもらう。

 僕は携帯を取り出して表に出る。

 職場の橘さんの様だ。

 別件とは言え情報管理課を離れている事を申し訳なく思うが、花さんはそんな僕にでもきちんと仕事をしているのだからそっちに専念しなさいと言ってくれる。


 簡単な用事を済ませアミューズメント施設に入ると運悪くお決まりのイベントが起きている。

 まぁ、こういう施設だから仕方がない事なのかもしれない。

 男の子は3人組で近くの男子校の生徒の様だ。東都女子の制服を見て声を掛けて来たのだろう。

 声を掛けてきた男の子を見て菜々海が鬱陶しそうな顔をしている。

 可奈ちゃんは菜々海の横で『またか』と言う感じでため息交じりなのだろう。

 リーナは菜々海と可奈ちゃんの後ろに隠れるようにしていた。

 親の僕が出ていけば済む事なのだろうけれど僕の出る幕はなさそうだ、遠巻きに様子をうかがう事にする。

「ねぇねぇ、僕らと遊ばない」

「待ち合わせしているから」

「誰と?」

「パパだよ、パ・パ」

「パパって本当のパパ?」

 リーダー格の男が地雷を踏んだ。

 踏んだと言うか踏まされたが正しいかもしれない。

 この場面で『父親』と言わずに『パパ』なんて発言すれば軟派な男子高校生ならほとんどが同じように冗談交じりで返すはずだ。

 現に菜々海は僕が見ている事にとっくに気づいている。

 こちらを見ない振りをしているだけで、瞳の動きを見れば容易にわかる。

 多分、可奈ちゃんは薄々、リーナは全くその事に気づいてさえいない。

「それじゃ、私にこれで勝ったら一緒に遊んであげる」

「マジで?」

 菜々海が指をさしたのは的を思いっきり殴り飛ばすとストレスを発散できておまけにパンチ力を数値にしてくれる例のあれだ。

 男の子は余程自信があるのかにやけている。

 女の子に勝てない訳がないと踏んでいるようだ。

「そっちから先で良いよ。勝ち逃げするのは嫌だし。それと裏ワザなんて使ったら学校中に言い触らしてやるから」

 蟻が蟻地獄に落ちるように型に嵌められていく。

 男の子はプライドをくすぐられ逃げ道が無くなった事に気づかない。

 意気揚々とコインを投入して対戦モードを選択している。

 グローブをつけて足を肩幅に開き少しだけ半身になっている。

 パンチングパッドが起き上がり渾身のパンチを打ち付ける。

 連れの男の子が盛り上がっているのを菜々海は冷ややかに見ている。

 3発叩き込んでアベレージ250ちょいと言った所だろうか高校生にしてはハイレベルかもしれない。

 菜々海がグローブを嵌めて左手を少しだけ前に出して空手の半身の姿勢を取る。

 左足を軸に右足が捻られるのを合図に腰が回転して全身で拳を打ち出す。

 その動きはまるで風が巻き上がる様になめらかで無駄な動きが一切無い。

 パッドが撃ち抜かれ炸裂音がすると周りの視線が一気に集まり、先攻の男の子があり得ないものを見たかのように固まっている。

「まだやる?」

 菜々海の最後の一言で戦意はおろかプライドまでごっそり剥ぎ取られてしまったようだ。

「流石、菜々海。向かうところ敵なしだね」

「可奈、当たり前じゃん。パパの一番弟子だよ」

 男の子達はすごすごと引き下がるしかない。

 周りから『東女の皇だ』『あんなの初めて見た』なんて声が聞こえてくる。

 菜々海の身体能力の高さを目にした事があるはずなのにリーナは目を真ん丸にして驚いている。

 小さい頃から菜々海は体を動かすことが好きで空手を習っている。

 関東大会ではいつも上位に名を連ねているので、知る人ぞ知ると言う感じなのだろう。

「お待たせ。あれ、どうしたの?」

「何でパパは助けてくれないかなぁ」

「ゴメンゴメン。菜々海の事だから大丈夫だって信じているからね。それに本当に危険なら体を張ってだって守るけどね」

「もう、罰としてパパもやってみたら」

「無理だよ。手首なんか痛めたら仕事できなくなるからね」

「本当に私の事を守れるの?」

「前向きに対処いたします」

「馬鹿!」

 菜々海が照れと苛立ちを込めて放った残りの2発のパンチは怖いから言わないでおこう。

 とりあえず右肩上がりだと言う事で。

「パパさん、それじゃあれをやって」

「どれ? ガンシューティングか。得意だけど僕のは全然面白くないと思うけどな」

「良いから、ね」

 可奈ちゃんが指差したのは模擬銃でゾンビやテロリストを撃つと言う簡単なゲームだ。

 確か弾切れになったら銃を下してリロードすればよかったと記憶している。

 コインを入れ、銃を持ってスタートする。

 なかなか現実味のある音がする。

 現れるゾンビをただ撃ち続ける。

 そう言えば美咲にアルバイトと称してこの手のゲームの監修を頼まれた事があるのを思いだした。

 ステージをクリアーしてもただ出てくる相手を倒し続けるだけで見ている方は退屈でやっている僕自身も飽きてきた。

「パパ、つまんない」

「言ったでしょ、面白くないって」

「本当に盛り上がらないね、菜々美」

「パパ、他のにしよう」

「了承」

 近くで見ていた男の子に銃を渡すと嬉しそうに僕の代わりに続きをやり始めた。


 菜々海に促されて向かった先には『ダンレボ』なんて呼ばれているダンス系のゲーム機だった。

 前後左右にある足元のプレートを画面に合わせながらステップする。

 最初は菜々海が見ててと言いながら始めた。

 やり慣れているのかステップがとても上手い。

 次に菜々海と可奈ちゃんが2人でプレーする。感心してしまう。

 息がぴったりでギャラリーから歓声が上がっている。

 その後も2人はステージをクリアーして踊り続けた。

「リーナもやってみれば」

「ええ、出来ないよ」

「簡単な曲からやれば大丈夫だよ」

「リーナは音感やリズム感が良いから出来ると思うよ」

「八雲が言うのならやってみようかな」

「それじゃ、レッツトライ!」

 菜々海と可奈ちゃんに教えてもらいながらリーナがステップを刻む。

 あれだけピアノが上手ければリズム感はかなり良い方だと思う。

 直ぐに上達していくのが楽しいのかゲームをしたのが初めてなのか嬉しそうにステップを踏んでいる。

「凄いね、リーナって」

「ピアノを聴かせてもらったけれどとても上手だったからね」

「そうなんだ。リーナ、楽しそうだもんね」

 可奈ちゃんと話していたリーナが声を掛けてきた。

「八雲、一緒にやろう」

「え、僕は初心者だよ」

「大丈夫、八雲なら」

「ほら、パパはリーナのお願いを無下に断るの?」

「はぁ~お手柔らかに」

「やったー。パパさんのダンスが見れる」

 嬉しそうに可奈ちゃんが飛び跳ねて喜んでいる。

 選曲と難易度などの事は良く判らないので菜々海と可奈ちゃんに任せる。

 最初は入門曲と言った感じでリーナが初めにやっていたのもこの曲だった。

 だんだんレベルが上がっていくと額に汗がにじみだす。

 集中し始めると周りが気にならなくなり更に集中するとリーナの動きまで感じられるようになる。


 一息つくと可奈ちゃんが冷たい飲み物を買ってきてくれていた。

「ありがとう」

「サンキュー」

「でも、パパさんもリーナさんも凄いね。初めてとは思えないよ」

「そうかな、でも楽しいね」

「うん、なんだか集中してくると八雲の動きが感じられて楽しかった」

「ええ、それ本当なの?」

「う、うん」

「リーナ、もしかして一度踊った曲は画面を見ないでも踊れる?」

「うん、大丈夫だと思う」

「パパは?」

「まぁ、ミスはするだろうけれどなんとなくね」

「それじゃ、最後に一曲だけ踊ってくれる?」

 リーナを見るとリーナも僕の顔を見ていて視線が交錯してなんだか照れくさい。

「了承」「うん」

 返事まで被ってしまった。

 順番待ちをしていたカップルが踊り終わって菜々海が直ぐにコインを入れて設定している。

 リーナを先に上がらせて僕があがる。

 頭の中でイメージをすると曲が始まった。

 難易度が少し高めの最後に踊った曲だった。

 ステップを踏み始めると曲だけしか聴こえなくなる。

 リーナを見ると僕にシンクロしたみたいにリーナも僕を見ている。

 曲は大体1分半くらいだろうか。

 最後のステップを踏むと自然と視線がリーナに向いてリーナが嬉しそうに抱きついてきた。

「リーナ?」

「楽しいね、八雲」

「そうだね」

「リーナ、パパ!」

 菜々海に呼ばれて振り向くとフラッシュが瞬きリーナが抱きついたままで写真を撮られてしまった。

 いつの間にかギャラリーが増えていて驚いてしまう。

 リーナの手を取って菜々海と可奈ちゃんに合流する。

「パパさんてやっぱり素敵だな」

「可奈ちゃん、そんなにおだてても何も出ないよ」

「だってあんなに絵が上手くてゲームもこなせて何より優しいもん。それにレディーファーストが身についているジェントルマンだし」

「買い被りすぎだよ」

 菜々海と可奈ちゃんに美術室で出された課題のデッサンは突然現れた校長に奪取されてしまった。

 素晴らしいデッサン画だからちゃんと額に入れて装丁して届けるからなんて言われてしまった。

 菜々海にはからかわれるし散々だった。

 久しぶりに遊んだ気がするしこんなに遊んだのは初めてかもしれない。

 菜々海が子どもの頃はよく遊びに行ったけど最近は一緒に遊ぶことが減っている。

 それは親離れしていると言う事で良い事なのだと思うし僕もそれを望んでいる。


 日が傾きはじめ今日の閉めに都庁の展望台に来ていた。

 何よりもここは無料なのが嬉しい。

「リーナはお嬢様って感じで凄いね。ピアノが弾けて絵が上手くて」

「殆ど外出する事が無いから学校に行けて皆と遊べて、今日はすごく楽しかった。ありがとう」

「お礼なんていらないよ。友達でしょ」

「うん!」

 リーナが今までにない笑顔で答えた。

「ああ、富士山が見える!」

 可奈ちゃんの一言で西側の窓に釘付けになる。

 葛飾北斎の富嶽三十六景の赤富士は朝日で赤く染まる富士の絵だけれどそんな絵を彷彿とさせる夕日に照らされた富士山を見る事が出来た。

 もう少しすれば綺麗な都内の夜景も見る事ができるけれど高校生の菜々海と可奈ちゃんが居るので早々に退散することにする。


 その夜は菜々海の命令通りリーナの横で寝る事になってしまった。

 背中合わせも不自然で恋人同士の様に向き合う事も出来ずに仰向けになって天井をみて意識しないようにする。

 リーナも似たような気持ちなのだろう。

「八雲。今日はグラッチェ」

「僕は何もしてないよ、菜々海に付き合わされただけだからね」

「聞いても良い? 校長先生の言っていた話って何?」

「ああ、僕を外国語の講師として迎え入れたいって話だよ」

「どうして断ったの? イタリア語だってあんなに上手に喋れるのに」

「僕には今の仕事が向いていると思うし、何より女の子が沢山いる場所は苦手なんだよ」

「でも、八雲は優しいし」

「そうかな? 女の子と付き合った記憶なんて殆どないからね」

「そう。それと菜々海には裏の仕事の事をいつまで黙っておくつもりなの?」

「そうだね。判ってしまうのは時間の問題だと思うけれど出来ればいつまでも知られたくはないかな。もし判ってしまった時にどうするかは菜々海次第だね」

「菜々海は知っても八雲を嫌いにならないと思うけどな」

「ありがとう。今日は疲れたでしょ、お休みしよう」

「うん」

 色々な事を考えずに今を大切にしたいし、それが答えに結びつくのだと信じていたい。


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