第5話 パパなんて大嫌い!
自宅は一階がガレージになっていてその上に2階建ての煉瓦造りの様に見える家が建っていて、玄関前には小さな庭があり屋上もガーデンになっている。
警備上問題がありそうだがセキュリティーはしっかりしているし、自宅の裏に建っている建物は警察関係の女子寮だったりするから安全この上ない立地条件に住まわされている。
ガレージを開けるとクロスバイクが既に運ばれていてクロスバイクの横にベスパを止めて上に向かう。
菜々海は可奈ちゃんの家に泊まると言っていた、外はもう薄暗くなっているので既に準備をして可奈ちゃんの家にいるのだろう。
直ぐに風呂のスイッチを入れる。
リーナの荷物はとりあえずリビングに置いて汗を流してさっぱりするのが先決だ。
程なくしてアラームが鳴り風呂に湯が溜まったのを知らせた。
「リーナ、バスタイムだ」
「は~い」
半日で彼女もリラックスしてきている。
それは彼女の適応能力が高い事を伺わせた。
リーナにバスタオルを渡し、2階に上がりリーナの部屋を準備しているとしばらくして玄関が開く音がして緊張が走る。
すると下から声がしてきた。
「あなた、誰なの?」
「私はリーナ。あなたは?」
「わ、私は皇菜々海よ。この家の、パパの娘よ」
「パパ? 娘? ナナミ?」
急いで階段を駆け下りると玄関には菜々海が、そして廊下にはバスタオルを巻いただけのあられもない格好をしたリーナが立っている。
僕の姿を見て菜々海の瞳から涙が零れ落ちた。
「菜々海、事情をきちんと話すから」
「パパなんて大嫌い!」
ドラマなんかでは誤解をした娘がここで玄関を飛び出すのだろうけれど菜々海の対応は違った。
瞬時に僕に向かって駆け出し上段の蹴りを繰り出す。
何とか片手を上げてガードするけれど菜々海の蹴りは鞭の様にしなり側頭部に衝撃を受ける。
バランスを崩した僕の体に情け容赦なく中段の蹴りが突き刺さり。
何とかこらえて腕を突き出すと待っていましたとばかりに菜々海に腕を掴まれ。
次の瞬間、僕の体は宙に舞い廊下に叩きつけられた。
止めの一発が落ちてくると思うと何か柔らかく良い香りがする物が僕に覆い被さり、僕の意識は一瞬だけ吹き飛んだ。
「痛たたたた」
「パパ、ごめんなさい」
目を開けると廊下の天井が見え側頭部に氷嚢を当てている菜々海の姿があった。
「もう少しだけ冷静にね」
「だって、パパが女の人を私が留守の間に連れ込んだと思って」
「まぁ、それに関しては言い訳をさせてね」
「うん、たっぷりとね。でもあの人がパパを庇うなんて思ってもみなかった」
「へぇ? リーナが?」
それじゃあの柔らかいものって……シャンプーの残り香が鼻をくすぐる
起き上がりリビングに行くと着替えを済ませたリーナが俯いてソファーに座っていた。
「私の所為で」
「リーナ、違うよ。僕がちゃんと話さなかったのがいけないんだ。決してリーナの責任じゃないからね」
「でも」
リーナが今にも泣きそうな顔で僕を見上げ、僕は口に人差し指を当ててウインクした。
それだけでリーナは理解してくれたようだ。菜々海が僕の裏の顔や裏稼業の事を知らない事を。
菜々海に事情を説明する為にソファーに体を沈める。
僕の前ではリーナがキョトンとした顔をしてテーブルの横には腰に手を当てて菜々海が僕の事を見下ろしていた。
「それじゃ、たっぷりと説明してもらいます」
「菜々海、試験勉強で可奈ちゃんの家じゃないの?」
「もう一発くらい叩き込むと鈍いパパでも判るかなぁ」
拳を握りしめた菜々海の顔が引きつっている。
「美咲に頼まれたの。事情があって彼女をしばらく預かってほしいって」
「早苗さんに頼まれたと言う事は判った。でも何で私に教えてくれなかったの? 私が居ないと思って彼女を家に連れて来たんでしょ」
「ゴメンね。ホテルにでもと思ったんだけど慣れない国じゃ大変だと思ってね」
「それでも彼女は日本語を話せるんだし」
「依頼人が美咲じゃなければそうしたよ」
「もう、早苗さんの頼みごとじゃ断れないもんね」
「菜々海は行かなくていいの?」
「何処に?」
「可奈ちゃんち」
菜々海が怖い顔をして真っ直ぐに僕の顔を見ている。
どうやら行く気はないらしい、それにこれ以上突っ込めば盛大にヘソを曲げるだろう。
そうなった菜々海を宥めるのは容易い事じゃないのをよく知っている。
リーナより遥かに菜々海の方が気難しい……ってまさかそういう意味じゃないよね、美咲。
「とりあえず紹介をしよう。今日からしばらく一緒に暮らす事になったリーナだよ」
「私は皇 菜々海。15歳、高校生」
ぶっきら棒に菜々海が答える、美咲に頼まれたとは言え僕が見ず知らずの女の子を家に連れてきたのが余程気に入らないのだろう。
難しい年頃だけれど菜々海がとても優しい女の子だと言う事を僕は知っている。
かなりの焼きもち焼きで僕の周りにいる女性を見る目は特に厳しい。
菜々海が良しとするのは美咲と花さんくらいだろうか。
「リーナさんは何歳なの?」
「私は19歳です」
「へぇ、そうなんだ。何処から来たの?」
「その……」
リーナが困った顔をして俯いてしまう。
「菜々海、言ったはずだよ。事情があって預かったって」
「ずるい、そんな言い方されたら何も聞けないじゃん。パパは何処の誰かも知らない人を簡単に預かったりするんだね」
「判った、それじゃ……」
ため息を付いて僕が言いかけたところでリーナの顔が歪み、立ち上がり家を飛び出してしまった。
「さて、どうするかな」
「えっ、パパ。追いかけなくていいの?」
「菜々海ならどうする。言葉だけ通じる異国の地で身分を証明するパスポートもお金も無く、ましてや誰かに襲われたりしたら」
「そんな、探さなきゃ!」
菜々海が慌てて立ち上がり玄関に向かって走り出した。
一息つく間もなく菜々海がリーナの手を引いて戻ってきた。
「玄関先でしゃがみ込んで泣いてた」
「だろうね。右も左もわからない世界じゃ怖くて何処にも行けないからね」
「ゴメンね、リーナさん。酷い事を言って」
リーナは俯いたまま小さく首を振っている。
「それじゃ、リーナはここに居てもいいんだね」
「うん、了承」
「リーナ。僕達が言っている意味は判るよね」
「グラッチェ」
「うわぁ、イタリア語だ」
「それじゃ、今日は外で食事をしようか」
「了承!」
「リーナ、酷い事をしてゴメンね」
菜々海に聞こえないようにリーナに耳打ちするとハッとしてリーナが僕の顔を見た。
少しだけ痛み分けかな、強引だったけれど菜々海にも判ってもらえたようだった。
だけど、僕の心に痛みがあるかと言うとそれは別の話だ。
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