第4話 原宿&表参道

 原宿の裏路地にある知り合いの店にベスパを止めさせてもらい情報処理課にいる花さんに電話を入れる。

「もしもし、仕事中にすいません」

「あら、珍しいわね。皇君が電話してくるなんて、今度は何に巻きもまれたの?」

「あの、出先で外人に捕まって人気の美容室を教えてくれって」

「仕方のない人ね。現在位置は?」

「原宿、表参道界隈です」

 即答で数件の名前と場所を教えてもらえた。

 花さんは事務員さんにしか見えない容姿をしているけれど、もの凄い情報通でホームページやブログを開いていてネット上では神と崇める信者がいるほどファッションやそれに付随する事柄に長けている。

 理由は判らないが大事な人を連れていくならアリスにしなさいと言われてしまった。

 何でも双子の女性オーナーがやっている小さなお店だが常に予約でいっぱいらしい。

 私の名前を出せば一発よと付け加えられた。


 そのお店は表参道から脇道に入った場所にあった。

 店の前は小さな庭になっていて花や木々が茂っている。

 その向こうにガラス張りのお店があり庭のわきを通ってドアを開ける。

「すいません、花さんの紹介で来たのですけど今から大丈夫ですか?」

「いらっしゃい……もしかして」

「はぁ?」

「八雲さん?」

「ええ、そうですけど」

 店内にはお客さが1人だけ椅子に座って外を向きながらカットをされている。

 色白のナチュラルメイクをしたセミロングの女の人が俺の名前を言うと、奥からそっくりな顔をしたショートカットの女の人が顔を出して俺の顔をまじまじと見ていた。

「あの、僕じゃなくて彼女のカットを頼みたいのですが大丈夫ですか?」

「もちろんよ。花ちゃんの紹介で花ちゃんが良く話している八雲さんがいらっしゃったのだから出来ないなんて言えないしね」

 どんな話を花さんはしているのだろう、慌てて黒縁のメガネをかけると2人ともあからさまに肩を落として残念そうな顔をした。

 するとショートカットの女の人がリーナを椅子に案内して彼女の髪を触っている。

「もう、女の子の髪は命なのだからもうちょっと大事にしないとね。まさかとは思うけれど八雲さんじゃないわよね」

「僕じゃないですよ。ちょっと事情があってですかね。綺麗にしてあげてください」

「もちろんよ。でも彼女は日本の人じゃないわよね」

「イタリア系ですよ。でも日本語は普通に話せますから」

「それにしても綺麗な髪ね」

 そう言うと日本語でやり取りしながら髪型を決めているようだった。

 でも、あそこまで大雑把に切ってしまったらショートにするしかないだろう。

 後はプロに任せるだけだ、なんて考えて店の奥にあるソファーに腰を掛ける。


 セミロングの方がお姉さんの蓮さんでショートカットの方が妹の凛さんらしい。

 そしてカットもそれぞれするが蓮さんは主に髪の毛が長いお客さんを凛さんが髪の毛が短いお客さんを担当することが多いと教えてくれた。

 先に居たお客さんが帰ると質問攻めにあってしまう。

「彼女との関係は?」

「ホームスティで僕の家に来ることになったんです」

「それじゃ、恋人じゃないんだ」

「違いますよ、僕みたいなおじさんじゃ釣り合いが取れないでしょ」

「また、謙遜を」

 そんな会話の中から花さんが俺の事をどう話しているのが判ってきた。

 何でも不思議な男と言うのが花さんの評価らしい。

 仕事は出来るのに惚けたキャラで居るのか、もう少し清潔感のある髪型をしてメガネを外せばかなりいい男になるのになんて事を話しているようだ。

 小一時間もすると彼女の髪が仕上がったようだ。

 見るとソフトな感じのショートヘアーが良く似合っている。

「綺麗になったでしょ。彼女のグリーンの瞳も綺麗だけど八雲さんの不思議な色の瞳も見てみたいなぁ」

「それも花さんが?」

「まぁ、そうね」

 予約があるのに嫌な顔をせずカットをしてくれて、そのお礼になんてならないだろうがメガネを外しクセ毛の前髪を手で掻き上げた。

「うわぁ、不思議な色ね。琥珀色と言えば良いのかしら」

「純粋な日本人ですけど隔世遺伝らしいです。祖母が僕と同じ瞳をしていたと聞きました。あの、もう良いですか」

 リーナも蓮さんと凛さんに釣られて俺の顔を覗き込んでいる。

 そして3人ともどことなく顔がほんのり赤く、リーナに目をやると真っ赤になっている。

「う、うむ。何だか凹むな」

「自信を持って良いと思うわよ」

「そうね」

 蓮さんと凛さんがそんな事を言うが何に自信を持てと……

 アリスを後にしてリーナの洋服などを買うために原宿方面に向かう。


 カオスの街・原宿奇抜なファッションが目を引くがどれを見ても菜々海には絶対にして欲しくないスタイルだった。

 リーナは興味津々なのだろう目を輝かせて走り出そうとしたので咄嗟に腕をつかむ。

「ロストしたらどうするんだ」

「あ、申し訳ありません」

 礼儀正しく深々と頭を下げるリーナを見ていると不意打ちを食らった気がする。

 浮かない男にリーナが頭を下げているのが場違いに思えてならない。

「僕に気を使う事は全く無いゴメンかごめんなさいで良いよ」

「はい」

「それじゃ、リーナの服を買いに行こう」

「えっ、うん!」

 大人びた表情が一瞬で少女の顔に変った、ファーストフードもあまり食べたことがない令嬢のリーナはこんな街に来ることも無いのだろう。

 はしゃぎながらウインドウを覗き込んでいる。

 無論、原宿みたいな街は世界の何処を探しても無いのだろう。

 日本特有と言うか原宿特有の雰囲気があり変化の激しさは劇的と言っても過言ではなく情報量の多さも異常なのだから。

 人を隠すなら人の中に。

 それでも警戒は怠らない、それがミッションだから。

 そして相反する事も課せられている。

 彼女を退屈させない事、それは彼女を楽しませてやって欲しいと言う事なのだろう。

 普段は格式ばった場所が彼女の居場所なのだろうと容易に想像でき、リーナを見るとカジュアルショップのウインドウに張り付いて中を見ている。

 ウインドウの中にはブルーのストライプのシンプルなシャツワンピを着ているマネキンがポージングしたままで。

 値段もおそらく令嬢に着せるには気が引けるような値段なのだろう、原宿は若者の街なのだから。

「あれが気になるのか」

「う、はい」

 申し訳なさそうに俺の顔を見上げているが申し訳ないのはこちらだ。

 経費として計上するのだから。それでもそんな事はおくびにも出せない。

 リーナの手を引いてショップに足を運び店員にウインドウの中のワンピースを見せてもらう。

「試着してみたら」

 そう言いながらフィッティングルームを指さすと嬉しそうに駆け込んでいった。

 この店は当たりかも知れないと思う扱っている洋服の素材にもこだわっていて値段も周りから比べれば割高かも知れないがそれは仕方がない事なのだろう。

 リーナがフィッティングルームから顔を出した、着替え終わったのだろう。

 ゆっくりカーテンを開けて出てくる。

「似合っているよ」

「ヤクモ、グラッチェ」

 咄嗟の時にはイタリア語になるようだ。

 ワンピを購入することを告げ値札を外してもらうとリーナが腕に抱きついてきた。

「1着じゃ足りないだろうから他にも選びなさい」

「はい!」

 リーナはワンピースやボトムスを楽しそうに選びながら店員にアドバイスを受けている。

 俺は店員にインナーを扱っている店を店長に聞いていた。

 これだけ素材にこだわっている店だ、そういう店の紹介ならまず間違いがないと言うのが俺の見解だ。

 数点の買い物をして竹下通りを散策する。


 リーナは俺に付かず離れず店を見て回っている。

 そして今はサングラスを見ていた。

 今朝していたサングラスを持っていないのはどこかで失くしたか落としたのだろう。

 色々なサングラスを掛けては外し、俺に同意を求めるが俺は首を縦には振らなかった。

 カジュアルショップで紹介してもらったインナーを取り扱っている店に向い店員にアドバイスをお願いする。

 何処となくリーナの瞳に寂しさが宿っている様な気がする。

 店を出るとリーナはそんな不安を率直に口にした。

「ヤクモは仕事だから優しくしてくれるの?」

「仕事と言えばそうだが僕自身も君といると楽しいよ」

「本当に」

「ああ」

 ミッション上、対象物に踏み込んではいけない。

 それでももう一つのミッションは踏み込まずに出来ない事でバランスが難しい。

 全く持って後者は俺の専門外で…… 請け負った時点で美咲に嵌められたような気がしてならない。


 しばらく歩き大きな名の知れたメガネ専門店に入る。

「リーナ、サングラスを選んでくれるかな」

「どうしてここなの?」

「目は大切だからね。ちゃんとしたサングラスを掛けた方が目には良いんだよ」

 リーナが選んだのはフレームがブラウンラメでレンズがブラウングラデーションの大きめのサングラスでサイドに可愛らしいプレートが付いたものだった。

 清算をしようとするとリーナが声を掛けてきた。

「ヤクモ。私にはあなたに買ってあげられるお金を持っていない。でもこれをあなたにプレゼントしたい」

 それはリーナの精一杯の気持ちなのだろう事が汲み取れる。

 彼女の手にはネイビーのフレームにブルーミラーのレンズが付いた精悍そうなメンズのサングラスが握られていた。

「ありがとう、リーナ。一緒に清算しよう」

「うん!」

 ベスパを預けておいた知り合いに礼を言い自宅に向かう。

 数日は菜々海と顔を合わさなくて済む、その間に言い訳を考えないといけない。

 そんな事を考えながらベスパの足元には紙袋に入ったリーナの服があり背中にはリーナの温もりと柔らかい何かを感じながら帰宅する羽目になった。


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