第15話 写真同好会夏合宿・後編
夕食は清見と香苗が作ってくれる事になった。
手伝おうかと言うと『女の意地だから』と断られてしまう。
「どう、美味しい?」
「味、変じゃない?」
「ん、美味しいぞ」
「「早生には聞いてないの」」
清見と香苗に早生が駄目だしされている。
2人が作ってくれたのは定番中の定番のカラーライスだった。
ノア先輩は美味しそうにカレーライスを食べている。
清見と香苗が感想を聞きたいのは俺と柚子先輩なのだろう。
「ねぇ、遥。感想くらい言いなさいよ」
「ん、可も無く不可も無くかな」
「そうね、家庭的な味って言えば良いかしら」
「そうがっかりした顔をするなよ。清見も香苗も家庭的な女の子だっていう事だろ」
「そっか」
カレーの味は至って普通の味だった。
それでも清見と香苗が心を込めて作ってくれたのだから感謝すべきで、前向きな表現をすると2人の顔が明るくなった。
片づけを買って出るとノア先輩が手伝うと言ってくれた。
俺が食器を洗った物を軽く洗うとノア先輩が食器洗浄機に並べてくれる。
「はる君って優しんだね」
「ああ、さっきのカレーの味ですか。大切な友達ですからね」
「あ、あの、私ははる君の事が、その好きだよ」
「俺も好きですよ」
俺が告げた瞬間にお皿が盛大に割れる音がキッチンに響いてリビングに居た皆が驚いてキッチンに駆け込んできた。
「ノアちゃん、大丈夫なの? 怪我はない」
「ノア先輩に怪我させたら遥をぎったんぎったんのボッコボコにするからね」
「もう、はる君が気を付けなきゃダメでしょ」
「遥、形無しだな」
ノア先輩が皆に謝りながら割れた皿を手で拾おうとしたので手を掴んで止めるとノア先輩が真っ赤になった。
「俺が片づけますからノア先輩は触らないでくださいね」
「う、うん、ありがとう」
「香苗、ノア先輩をリビングに連れて行け。清見は箒と塵取りだ」
「はーい」
「はいよ」
幼馴染組の連係プレーが発揮され柚子先輩が感心していた。
割れた皿もあっという間に片づけられて洗い上がった食器も綺麗に拭かれて食器棚に収められた。
「しかし別荘もデカいけど風呂も半端なかったな」
「そうだな。早生が何をしているのか聞いてみろよ」
「お前の口癖通り普通が一番だよ」
先に早生と俺が風呂に入って今は女の子達が入っている。
リビングで俺は今日撮った写真を確認して早生は寛ぎ切っていた。
しばらくして風呂から女の子達が髪をタオルで拭きながらリビングにやってきた。
「よし、ゲームでもするか」
「あら、それは後でね。これから皆が撮った今日の一枚を発表しましょ」
「うっ、マジですか」
「私は冗談は言わないわよ」
柚子先輩の言葉に早生と清見の顔が青ざめていく。
恐らく適当に写真を撮って2人で別荘周辺をを探検と称して探索でもしていたのだろう。
香苗は綺麗な花の写真を自慢げに柚子先輩に見せ、俺はローアングルで撮った波の写真をみせた。
「ノアちゃんの写真は本当に好きな物を撮ったのね」
「はる君が好きな物を撮ればいいって香苗ちゃんに教えていたから」
「とても素直で素敵な写真だと思うわ」
「ありがとう、柚子ちゃん」
難なく俺と香苗にノア先輩は課題をクリアーして残るは清見と早生だけど……
「この平々凡々で一切何も感じない写真を初めて見たわ。どう見てもやっつけで撮った様にしか思えないのだけど一体何をしていたのかしら」
「あの、清見とこの辺りを被写体を探して」
「探していたのね、判ったわ。2人で探検ごっこをしていた訳じゃないのね」
「「は、はい」」
恐らく柚子先輩は監視カメラで皆の行動をチェックしていたんだと思う。
それは生徒会副会長と写真同好会副会長として皆の安全に気を配っていたのだろう。
これで清見と早生が真面目に写真を撮ってくれればいいのだけど、2人の性格を知り尽くしているのでそれは無いと思う。
文化祭の前に慌てる2人の姿が目に浮かんでくる。
リビングでジュースを飲みながら皆とお喋りしているとメールの着信音が鳴り確認すると2件のメールが届いていた。
しばらくして立ち上がるとノア先輩が俺のシャツの裾を掴んだ。
「はる君、どこ行くの?」
「トイレです」
「本当に?」
ノア先輩には時々驚かされる事がある。
いつもとは違う何かを感じ取ってのかもしれない。
すると柚子先輩がノア先輩に話しかけた。
「ノアちゃん、今日撮った写真を見せてもらえないかしら」
「うん、良いよ。今日は沢山撮ったから」
柚子先輩が俺に行ってきなさいと目配せをしてゆっくり瞬きしてからリビングを後にした。
裏口からビーチに行くと月明かりに照らされて人影が見える。
「清見、こんな所に呼び出して何の用だ」
「遥に話があるの」
ビーチに居たのはメールで俺を呼び出した清見だった。
今まで見た事が無いような真剣な顔をしている。
「夕方、早生の写メを送ってあんな事を態々早生に聞いて香苗の背中を押したでしょう。もし駄目だったらどうするの?」
「香苗の気持ちは松山城の帰りに乗った観覧車の中で香苗の口から直接聞いたよ」
「でも、早生の気持ちなんて誰にも判らないでしょ」
「そうだな」
清見は親友である香苗の事を思って言っている事が痛いほど判る。
それでも俺には確信があった。
「あと一歩踏み込む勇気があれば世界が変わるかもしれないのに、その一歩が凄く難しいってあの柚子先輩が言っていたよ」
「だからって」
「だから今なんだよ。来年はそれぞれ進路に向かって歩きだすんだぞ。後悔なんてしたくないだろ。それに今だから許される事もあるって思わないか」
「そうだね」
しばらく一言も言葉を交わさずにビーチを並んで歩く。
すると清見が立ち止り振り返る。
「ん、どうしたんだ」
「私も後悔したくないから凄く怖いけど一歩を踏み出す」
清見が真っ直ぐに俺を見ている。
その瞳には覚悟が揺れていて思わず息を飲んだ。
「私は遥が好き。ずーと好きだった」
「ゴメンな。好きな子が出来たんだ」
真っ直ぐな清見の気持ちに正面から答える。
沈黙が流れとても時間が長く感じた。
「ちゃんと答えてくれてありがとう」
「これからも清見は清見だからな」
「うん」
清見の頬を伝う涙が零れ落ちて砂浜に吸い込まれていく。
優しく抱きしめると清見が声を上げて泣いた。
リビングに戻ると早生が真っ先に俺をからかってきた。
「遥、遅いぞ。大きい方か」
「大きい方って言うな。少し風に当たって来ただけだよ」
「そう言えば清見はどうした?」
「さぁな。部屋で探検ごっこの反省でもしてるんじゃないか」
香苗の携帯が鳴って慌てて香苗がリビングから俺と入れ違いで出ていく。
もしかしたら清見が俺に告白する事を香苗は聞いていたのかもしれない。
しばらくすると俺の横でノア先輩が俺の横で舟を漕ぎ出した。
「さぁ、そろそろ寝ましょう」
「ノア先輩、部屋に行って寝てください」
「う、うん」
眠たそうにしているノア先輩を柚子先輩が体を支えながら部屋に連れて行った。
早生と片付けをしていると柚子先輩が戻ってきた。
「柚子先輩、ノア先輩は?」
「寝たわよ。心配なら添い寝してあげたら喜ぶわよ」
「あと少しだから早生は先に部屋に戻っていいぞ」
「そうか、判った」
リビングから鼻歌を歌いながら早生が出て行くと柚子先輩が呆れたように口を開いた。
「本当にあなた達は仲が良いのね」
「まぁ、幼馴染ですからね。知りたくない事や触れられたくない事も知っている仲ですからね」
「いつまでも変わらないと良いわね」
「変わらないといけない事もあると思うけど俺達は変わらないと思いますよ。たぶん」
片付けが終わりリビングの電気を消して部屋に戻ろうとして携帯を取り出した。
「あら、愛の告白かしら」
「俺じゃない事は確かですね」
「そう、それじゃおやすみなさい」
「おやすみです」
電気が消えたリビングでメールを送信してしばらくすると誰かがビーチに向かって歩いて行くのが窓から見える。
それを確認してから部屋に戻った。
翌朝、目を覚ますと太陽の光がカーテンの隙間から差していた。
どうやら今日も絶好の夏日の様だ。
起き上がると早生が声を掛けてきた。
「遥、だましたな」
「香苗の気持ちに気付いていて迷っていたのは誰なんだよ」
「怖かったんだよ俺だって。もし香苗に告って俺達の中が気まずくなったら嫌だろ」
「だから早生に確認しただろ」
早生が抗議の声を上げるけれど気にしないで着替えをする。
「遥はどうするんだ。清見の気持ちを知っていたんだろ」
「自分の気持ちを正直に話したよ」
「そうか、俺達はどんな事があっても遥の味方だからな」
「いやっ、ほ!」
穏やかな瀬戸内海の海にスポーティーな黄色いビキニの清見が飛び込んでいく。
「待ってよ、清見!」
「香苗、早く早く。ノア先輩も」
「はーい」
香苗がブルー系の花柄ワンピースの水着でノア先輩と手を繋いで海に駆け込んで行った。
俺がビーチに置いてあったサマーベッドで横になっていると早生が横に腰かけてきた。
「いや、絶景だね」
「変態目線で見れば絶景だろうな」
「遥は男として異常だぞ。あのノア先輩の水着姿に何も感じないのか?」
「ん、毎日、大差ない恰好でノア先輩が家にいるからな」
早生がいきなり俺の首を絞めてきた。
ちなみにノア先輩の水着は白いビキニタイプだけどトップがショートタイプのブラトップになっていた。
「家にいる時のノア先輩はどんな格好なんだよ。はけ」
「臍出しのブラトップにフレアパンツで。単なる姉ちゃんの嫌がらせだ」
「羨ましすぎる」
「あら、何が羨ましいのかしら」
後ろから柚子先輩の声がして早生がサマーベッドから転げ落ちて口をパクパクしている。
まるで浜に打ち上げられた小魚の様だ。
「柚子先輩って高校生ですよね」
「あら、失礼な事を言うのね。早生君は」
早生がいう事も判る気がする。
柚子先輩の水着は黒いワンピースの様に見えるけれど胸元から臍の下まで肌が露出している。
胸の下にあるリングで両側の布が辛うじて繋がっている感じだ。
そして普段でも大きな胸が水着から溢れそうになっている。
「遥君、日焼け止めを塗ってもらえるかしら」
「はぁ? 俺がですか?」
隣のサマーベッドに柚子先輩がうつ伏せになってさらに驚いた。
後ろから見た柚子先輩に姿はビキニ姿のそれだった。
「俺じゃなくて早生でも良いじゃないですか」
「別に構わないけれど私の気に障ったら墓標が立つ事になるわよ」
「早生、行け」
「お、俺。ごめん。香苗が……」
「弄りがいがないわね」
早生が半泣きになりながら後ずさりして唖然としている。
「弄るのは遥だけにしてくださいよ」
「もちろんよ」
「あの、俺も弄られるのは嫌ですけど」
「激しく却下させていただくわ。宜しくね」
柚子先輩に日焼け止めを押し付けられて、早生はその好きに海に向かって逃げ出した。
仕方なく柚子先輩の背中に日焼け止めを塗っていると背後からノア先輩の声がした。
「はる君、何をしているの?」
「ん、柚子先輩に頼まれて日焼け止めを塗っているんだよ」
「仲が良いんだね」
思わず手が止まり固まってしまった。
もしかして誤解されたんじゃ……
「ノアちゃんも遥君に日焼け止めを塗ってもらいなさい」
「えっ、うん」
「素直な子で良かったわね」
柚子先輩が耳元で囁いて清見達がいる海の方に向かって歩きだした。
完全に遊ばれていると言うか確信犯だと確信した。
ノア先輩は足だけしか海に入っていなかったので柚子先輩に言われた通り日焼け止めを塗っていく。
「ノア先輩、手を」
「うん」
ノア先輩の手を取り日焼け止めを塗っていく。
でも流石にお腹や足は先輩にお願いをした。
背中を塗り終わり海に行こうとするとノア先輩に手を掴まれてしまった。
しゃがみ込むとノア先輩が真っ直ぐに俺を見ている。
その瞳には揺らぎが無く今にも吸い込まれそうだった。
ゆっくりノア先輩の顔が近づいてきて心臓の鼓動が早くなる。
コツンとおでこに軽い衝撃をうけると間近にノア先輩を感じた。
「これは私の国のおまじないなの。はる君に出会えて良かった。楽しい思い出を沢山ありがとう」
「ノア先輩……」
別れの言葉の様に感じてしまいノア先輩の顔を見ようとするとシャッターの音がして咄嗟にノア先輩から離れた。
「柚子先輩、何をしているんですか?」
「うふふ、『好きな物を撮る』がノアちゃんにした遥君のアドバイスでしょ。私はノアちゃんラブだから」
「俺は含まれてないですよね」
「あら、遥君の事も大好きよ」
「先輩?」
ノア先輩と手を繋いで柚子先輩を追いかけ回す。
柚子先輩がキャーキャー声を上げて楽しそうに逃げ回っている。
初めて高校生らしい柚子先輩を見た気がした。
海で遊び倒す。
お決まりのビーチボールでバレーをしたり鬼ごっこをしたり。泳ぐと言うより走り回っていた。
ノア先輩が必死に水を掛けながら逃げ回っている。
清見は水なんかものともせずに走り回り、香苗が早生を突き飛ばすと早生が大げさに吹き飛んだ。
俺がビーチで小休止しているとノア先輩が海から上がってきた。
「はる君、楽しいね」
「そうですね」
「本当に硬いんだから」
少しノア先輩が拗ねた様な顔をしている。
海に目をやると香苗を先頭に早生と清見まで海から上がってきた。
遊び疲れて休憩しに来たのだろう。
「本当に楽しいね」
「まだまだこれからだぞ」
「そう言えば柚子先輩は?」
清見の言葉で皆が顔を合わせている。
そう言えば姿を見ていないし別荘に戻るなら先の戻ると声を誰かに掛けるだろう。
ビーチボールで遊んでいた時はビーチで俺達を見ていたはずだ。
「ちょっと別荘を見てくる」
そう言って清見が走って確認しに行った。
立ち上がってビーチを見渡しても姿が見えない。
すると清見が別荘から出てきた。
「中にもいないよ」
「何処に行ったんだ?」
すると香苗が沖を指さして俺の顔を見た。
「はる君、あそこで浮いてるの柚子先輩じゃ」
「香苗、何処だ」
「ほらあそこ、白いフロートマットみたいのが見える!」
確かに沖の方に白い物が見える。
瀬戸内海は島が多く入り組んでいて干満の差が激しく潮流が強い。
そんな事を柚子先輩が知らないなんて事は無いはずだ。
早生を見ると目が合った。
俺が海に走り出すと近くにあった円筒形のフロートを掴んで早生も走り出した。
「早ちゃん!」
「はる君!」
香苗とノア先輩の声が聞こえるけれど構わず海に飛び込んだ。
時々顔を上げてフロートの場所を確認しながらクロールで進む。
しばらく泳いで顔を上げると柚子先輩の姿が確認できた。
白いフロートの上でのんびり寝そべっていて僅かに顔の向きを変えている。
立ち泳ぎをしながらビーチの方を向くと早生がフロートを小脇に抱え手を上げている。
手を上げてビーチに戻れと合図すると早生がビーチに向かって泳ぎ始めた。
俺も柚子先輩が寝ているフロートを引っ張って戻ろうとすると名前を呼ばれた。
「遥!」
「へぇ? うわぁ」
何か柔らかい物で視界が遮られ少しだけ海水を飲んだ。
そして気が付くと柚子先輩の体を抱きしめていた。
とても柔らかい物を感じる。
「柚子先輩!」
「やっぱり見つかったか」
あまりの危険認識の無さに怒りの矛先を向けた柚子先輩には全く覇気を感じなかった。
柚子先輩の瞳に全てを儚む諦観の境地に似たものを感じた。
「やっぱり見つかったってどういう意味ですか。柚子先輩らしくないですよ」
「らしくないか。遥君に私はどういう風に映っているのかしら」
「いつも冷静で全てを見通しているのかなって思う時があるけれど高校生にしか見えませんよ」
「そっか、本当はねこのまま流されて何処か遠くに行ってしまおうかって思っていたの」
フロートを横向きにして柚子先輩につかまらせ、俺も柚子先輩の隣に並ぶようにフロートを掴んでビーチに向かって足で水を掻く。
そして俺の横で柚子先輩がとんでもない事をカミングアウトした。
遠くにってもしかして……
「変な事を言うとマジで怒りますよ。皆が心配しています。帰りましょう」
「ねぇ、遥君。遥君はUFOとか宇宙人って信じる?」
柚子先輩の口から思いもよらない言葉が飛び出し、驚きと共に幼い時の事が頭をよぎり思わず口を噤んでしまった。
「やっぱり遥君も信じてないんだ」
「俺は……」
「んん、良いの。ごめんね、突然変な事を言い出して」
「俺は信じていますよ。誰も信じてくれなかったけれどこの目ではっきり見ましたから」
両親を奪ったあの爆発事故の時に確かに俺ははっきりと見た。
青白い光の中に宇宙船の様な物を。
でも、誰も信じてくれなかった。
警察は子どもの戯言と処理し姉ちゃんですら口では信じると言ってくれたけど俺が居ないところで親戚には事故のショックでと言っているのを聞いた。
謎がとても多い事件で奇跡的に無傷で助かった子どもはマスコミの恰好の餌食に。
そして俺が宇宙船を見たと訴えた為に火に油を注いだ。
連日、ワイドショーで取り上げられ訳の分からない自称専門家が登場して好き勝手なことを並べ立て。
学校でも好奇な目で見られ嘘つき呼ばわりされ孤立し先生からも疎まれ転校を余儀なくされた。
それでも俺はあの日に見た事を今も信じて疑わない。
ただ一つ判らないのはあの大事故からどうして俺だけ無傷で助かったかという事だった。
「そう、信じているんだ」
「はい」
「それじゃ、もし私が宇宙人だったらどうする?」
「たとえ柚子先輩が宇宙人だったとしても何も変わらないですよ。柚子先輩は柚子先輩です。大切な俺達の仲間ですよ」
柚子先輩が海の水が掛かっているフロートに顔を押し付け俺の方に顔を向けた。
「私の一生の不覚かも」
「何がですか?」
「遥君を私のモノにしなかった事」
「はぁ?」
いつの間にか柚子先輩が笑顔になって冗談を言い出した。
「ああ、本気にしてないでしょ」
「当たり前です」
「本当に遥君には直球しか通用しないみたいね」
そう言い切った柚子先輩の顔がいきなり近づいてきて柚子先輩がゆっくりと目を閉じた。
そして口に柔らかい物が触れ真っ白になった。
「ほら、置いていくわよ」
「はぁ?」
気が付くと柚子先輩が1人でフロートにつかまってバタ足をしている。
「待ってくださいよ」
「嫌よ。私は意地悪が大好きなの」
「もう、待ってくださいってば」
慌てて泳ぎだし柚子先輩を追いかける。
夕飯は別荘の前で海を見ながらバーベキューが出来る様に既に用意されていた。
既にと言うのは今日の朝食もキッチンに行くとパンやスクランブルエッグにサラダが出来上がっていて。
お昼もサンドイッチやおにぎりがちゃんと用意してあった。
柚子先輩が用意してくれたのだけど柚子先輩が誰かに指示して準備させたんだと思う。
高校生にしか見えないと答えたけれど只者ではないのは確かだ。
「す、凄い!」
「美味しそう!」
「うわぁ!」
清見と香苗やノア先輩が驚きの声を上げている。
それもその筈で網の上には瀬戸内海で獲れた海の幸が炭焼きにされ、ジュウジュウと音を立て香ばしい良い香りが立ち込めている。
「はる君、この裏返しになっている蟹さんはなんて言うの」
「これはガザミです。ワタリガニですね」
真っ赤に焼けているガザミの隣で車海老が熱くて暴れている。
「あ、アワビなんて生まれて初めて本物をみたよ」
「あのな清見。本物じゃない鮑って」
「て、テレビでは見た事があるって意味だよ」
網の上で鮑が踊りサザエを壺焼きにする。
「早ちゃん、サザエって本当は突起があるって知ってた?」
「馬鹿だな香苗は。サザエに棘がある訳ないだろ」
「早生君はもっともっと色々な事を知る必要があるわね。波が荒い海に住む栄螺は流されてしまわない様に突起が発達するのよ。だから瀬戸内海や沖縄のサンゴ礁の様な波が穏やかな海の栄螺は突起が無いのよ」
「へぇ。流石、柚子先輩だ」
焼き上がった魚貝類を皿に入れると片っ端から皆のお腹に収まっていく。
まるで強力なサイクロンクリーナーに吸い込まれて行くようだ。
瀬戸鯛やメバルを塩焼きにしていると柚子先輩が耳元で囁いた。
「私、初めてだったんだから」
「…………」
頭の先まで熱が上がっていくのを感じる。
「おいおい、遥。穏やかじゃないな。沖で柚子先輩と何かあったのか?」
「ある訳ないだろ」
「それにしては真っ赤だぞ」
「炭で暑いだけだ」
早生がからかう様に俺の顔を覗き込んでいる。
これ以上突っ込まれるのが嫌なので焼き立てのイカの切り身をトングで挟み、徐に掴んで早生の煩い口に放り込んだ。
「あっち、はほうあふいはろ」
「早生は何を言っているんだか」
笑い声が上がり柚子先輩もお腹を押さえながら笑っている。
俺の隣ではノア先輩が笑いながら俺を見上げていた。
翌日、色々な思いを心に詰め込んでバスに乗り帰路につき。
写真同好会の夏合宿が幕を閉じた。
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