第14話 写真同好会夏合宿・前編


夏休みも半分が過ぎて昼飯を食べにノア先輩と大洲屋に来ていた。

「釜玉2つ」

「あいよ」

「イナリもね」

「あいよ、イナリ追加」

姉ちゃんの休み以外は殆ど大洲屋で昼飯を済ませていた。

時々は作って食べる事もあったけどここは冷房が効いていて過ごしやすいのが理由だ。

ノア先輩も釜玉を食べる姿が板についてきている。

「みぃ?」

「ん? 携帯が鳴ってるのか」

「みぃ!」

俺が風呂に入る時以外片時も離れないミミンの言う事もなんとなく判るようになった。

携帯を開くと柚子先輩からのメールだった。

「ノア先輩、海に行ってみたいですか?」

「海で何をするの?」

「泳いだり遊んだりですよ」

「はる君が行くなら行きたいな」

柚子先輩のメールは皆で海に泊りがけで行かないかと言うものだった。

とりあえず俺の一存では決められないのでノア先輩が行きたいという事と姉ちゃんに了承を得てから返事をする事を送信した。

夜、姉ちゃんに聞いてみるとすんなり許してくれた。

ただし条件付きで。

「宿泊先と連絡先を教える事と。お姉ちゃんも連れて行く事」

「却下!」

「ええ、お姉ちゃんもノアちゃんと海に行きたい」

「仕事しろ!」

「はる君、怖い」

「姉ちゃんを甘やかすとろくな事がないからな」

と言うわけで…… 写真同好会夏合宿が副会長と会長によって認可された。


「なぁ、遥。柚子先輩って何者なんだ? 別荘に執事だぞ」

「さぁな、マイクロバスを貸し切るくらいなら姉ちゃんでも」

「ってそこかぁ!」

早生の言う通り合宿先は柚子先輩所有の別荘だった。

そして迎えに来たのがマイクロバスで柚子先輩に仕える執事が運転している。

「ねぇ、遥。大丈夫なの?」

「何がだよ清見」

「だってこれから行くところって」

「ああ、海峡大橋かあれ以来だけど今は大丈夫だよ。ありがとうな」

皆を乗せたマイクロバスは松山自動車道を今治に向け走っていた。

いよ小松インターから今治小松自動車道に入り今治湯ノ浦インターから今治バイパスにおりる。

皆、遠足の様にはしゃいで騒いでいる。

「ノア先輩の水着ってどんなのですか?」

「瀬戸香さんが選んでくれた水着ですよ」

「セパレート? ビキニ? それともタンキニかなぁ?」

「皆はどういうのですか?」

女の子は前の方の席で水着の話で盛り上がり、早生は……最後尾のベンチシートで横になって寝ていた。

しばらくすると前の席から柚子先輩が後ろに歩いてきた。

「何してるんですか柚子先輩?」

「ノアちゃんが寝てしまうしつまらないんですもの。だからちょっと」

「昨日の夜遅くまで姉ちゃんとファッションショーしていましたからね」

あんな事になるのなら柚子先輩がいる時に居眠りなんてしないと誓った。

目が覚めて気が付いた時の顔を見てみたい。


バスが左折して今治インターから西瀬戸自動車道に入った。

近見山トンネルを抜け今治北インターを抜けると海が見えてきた。

尾道大橋を含めれば11の橋で瀬戸内海の島々を繋いでいる西瀬戸自動車道の愛称そのもののしまなみ海道を走り海峡大橋に差し掛かった。

「海だ、綺麗だね」

「初めて来たけど海も橋も綺麗だね」

香苗と清見が太陽の光を反射してキラキラ光る海を見ては興奮している。

そして今日来た道は父親の運転であの日に走ってきた道だった。

すると今まで頭の上で大人しくしていたミミンが暴れ出した。

「こら、ミミン。暴れるな」

「みぃ! みぃ!」

香苗や清見の興奮も俺の感傷的な気分もミミンと柚子先輩の声で吹き飛んだ。

「ノアちゃん、どうしたの? 大丈夫なの?」

「柚子先輩、どうしたんですか?」

シートを頼りにして柚子先輩の席に行くと窓際に座っているノア先輩が顔に両手を当てて泣いていた。

「急にノアちゃんが泣き出して、どうしていいのか判らなくて」

「ノア先輩どうしたんですか?」

「ノアちゃん、大丈夫なの?」

俺と柚子先輩が声を掛けてもノア先輩はただ首を振るだけだった。

清見と香苗も心配そうに後ろから覗き込んでいる。

「柚子先輩、ちょっと良いですか?」

「判ったわ、席を替わりましょう」

柚子先輩が空いている席に移りノア先輩の横に座り顔を覗き込み声を掛ける。

「ノア先輩?」

肩に手を回そうとした途端にノア先輩が俺の懐に飛び込んできた。

そして俺のシャツを握りしめ火が付いたように泣き出し声にならない声を上げている。

「はいはい、そろそろ到着するから席に戻りなさい」

「でも」

「それじゃ何が出来るのかしら。ノアちゃんは遥君に任せておけば大丈夫です」

柚子先輩の言葉はとても冷たく感じるけれど正しい判断だと思う。

ノア先輩が泣いている理由が分からないのだから周りが騒ぎ立てても何も解決しないだろう。


バスはインターに入りしまなみ海道を下りてしばらく走ると山道に入っていく。

柚子先輩の執事さんが運転をしているのだから間違ってはいないのだろう。

道が下りになり森が開けると平屋造りの別荘が見えてきた。

「な、何なのこれ。あり得ないでしょ」

「凄い素敵ですね。柚子先輩」

清見と香苗が我先にバスから降りて別荘を見ている。

「ゆっくりで構わないから」

「はい」

柚子先輩が俺に声を掛けてからバスから降りていく。

早生は相変わらず後部座席でだらしない恰好で寝ていた。

「ノア先輩、大丈夫ですか?」

「う、うん。着いたの」

「着きましたよ。行きましょう」

「うん」

ノア先輩は泣き疲れたのか寝てしまっていた。

先にバスから降りてノア先輩に手を貸す。

清見達がバスのトランクから荷物を出している執事さんから受け取っているのが見え、未だに爆睡中の早生に声をかける。

「早生、姉ちゃんがビキニ着てるぞ」

「うぉ! 瀬戸香さんビキニ……?」

ドタバタと音を立てながら早生がバスから飛び手てきた。

「スケベ」

「ド変態」

「ぷっ」

ノア先輩が噴き出して清見と香苗が腹を抱えて笑い出した。

早生は何が起きているのか判らずにポカンと間抜けな顔をしている。

「いやだ。早生君の顔可笑しいよ」

「はぁ? 俺の顔?」

笑い転げるノア先輩に言われて早生がバスのサイドミラーを覗き込んだ。

「なんじゃこりゃ! こ、怖すぎておちおち寝てらんないじゃんか」

「油性のマジックだからな。怖いよな」

「ゆ、油性?」

「頑張れ」

とりあえずエールを送っておく。


柚子先輩の別荘は凄いの一言だった。

とてもシンプルな造りなのだけど素人目にみても普通の家の建材とは明らかに質の違いが判る。

「すげ、ここが柚子先輩の親父さんの別荘ですか」

「あら、メールを見なかったのかしら。私の別荘よ」

「柚子先輩の家って何をしているんですか?」

「教えても良いけど知ったら最後普通の生活を送れなくなるけど、それでも知りたいかしら」

全身全霊を駆使して早生が首を横に振っていた。

「好きなように部屋を使って構わないわ。雑魚寝と言うのも良いわね」

「激しくお断りします」

「あら、それは残念ね。私はとても興味があるのだけど」

いくら幼馴染とはいえ女の子ばかりの中に混じって寝るなんて考えただけで寝れそうにない。

出来れば一人部屋か早生との二人部屋の方がゆっくり寝れるだろう。

女の子は柚子先輩の望み通り広い部屋で雑魚寝することにしたようだ。

「早生、どうする」

「そうだな、男は男同士が良いかもな。だけど抜け駆けは無しだぞ」

部屋を決める為に早生と部屋を見て回る。

「どの部屋も広いな」

「そうだな、落ち着かないと言うか」

「日本人の悲しい性だな」


とりあえずどの部屋も同じ感じなので適当に決めてリビングに向かうとローテーブルとモスグリーンのローソファーがあるだけで誰も居なかった。

部屋にでも行っているのかと思ったらキッチンの方から声がした。

「遥君、もう一度あなたの手料理が食べてみたいのだけど」

「俺の手料理より清見や香苗の方が上手いと思いますけど」

「私がお願いしても無理なのかしら」

「判りました。俺が作りますよ」

清見の家では清見が食事の用意をする事が多く、香苗は料理が好きで自分から率先して食事を作っている。

俺が断っても何も問題は無いと思うけどそうすることが躊躇われた。

それは何時もとは違う柚子先輩の瞳の中に何かを感じたからだ。

でも、それが何なのかと聞かれても答えられない。

俺がそう感じただけである種の直感の様な物だから。

「はる君、はいチーズ」

「ノア先輩、勘弁してくださいよ」

お腹が空いたと急かすのでパスタを作っているとノア先輩がカメラを構えていた。

料理をしている所を撮られるのは何だか恥ずかしい。

「何を作っているの?」

「夏野菜のパスタです」

「楽しみだな、はる君が作ったパスタ」

「もう少し待っててくださいね」

「うん」

ノア先輩が満面の笑顔で俺の手元を見ていた。

お湯を沸かしている間に野菜の下ごしらえをする。

トマトは湯向きして種を取り除いておき、いんげんは筋を取りオクラと一緒に湯通しして冷水に着けて水を切る。

パプリカとナスは食べやすいように切っておく。

パスタを茹でる間にベースを作る。

フライパンにオリーブオイルを入れて潰したニンニクと鷹の爪を入れて弱火にかける。

香りが立ってきたらベーコンを入れて茄子を炒めパプリカも入れる。

オクラといんげんを入れたら最後にトマトを入れて軽く合わせて顆粒のコンソメを入れて塩こしょうする。

その中に茹であがったパスタを入れて軽く炒め合わせ最後に塩こしょうで味を見る。

お皿に盛り分けてオリーブオイルを軽くふりかけみじん切りの大葉を散らせば出来上がりだ。

俺がパスタを作っている間に清見と香苗がサラダを作ってくれた。


「ん、美味しい」

「遥君は何処でこんな料理を覚えたのかしら?」

美味しそうに食べているノア先輩の横で柚子先輩が真剣な目で聞いてきた。

「テレビの料理番組も見るけどネットで調べる事が多いですかね。でも基本は自己流の所が多いですけど」

「自己流でここまで作れれば大したものだわ。私付きの料理人にスカウトしようかしら」

「勘弁してください。そこまでの腕は無いですよ。自分が一番分かっていますから」

「あら、謙遜し過ぎじゃないかしら」

何処まで本音で何処までが冗談なのか判らない。

もしかしたら柚子先輩はそんな事を区別なんてしていないのかもしれない。

ただ、柚子先輩には何か大きなものを感じる時がある。

それは時々俺やノア先輩を見ている時に違うものを見ているんじゃないかと思うほど深い瞳になるからだ。

「柚子先輩。俺もスカウトしてくださいよ」

「ええ、良いわよ。早生君には被験者になってもらおうかしら」

「すいませんでした。地道に生きていきます」

「あら、給料は弾むわよ」

清見と香苗はノア先輩を巻き込んで何か話している。

まぁ、晩飯のメニューでも考えているのだろう。

『女の見せどころ』なんて負けず嫌いの清見らしい言葉が聞こえてきた。


「泳ぎに行こうぜ」

「やったー海だ!」

「午後は撮影会とします」

「「ええ!」」

柚子先輩の宣言で早生と清見が顔を合わせている。

「あなた達はここに何をしに来たのかしら?」

「えっと、写真同好会の夏合宿です」

「海で遊びたい人は遊んでも構わないですけど、文化祭のコンテストで最下位には盛大に意地悪をしますから」

「カメラを取ってきます」

昼休みの後は柚子先輩の宣言通り撮影会になった。

撮影場所は別荘の敷地内と決められ各々がカメラを持って被写体を探しに出た。


「柚子先輩、別荘の敷地ってかなり広いんじゃないですか?」

「まぁ、狭いとは言い切れないわね。この辺一帯が全て敷地の様なものだから」

「迷子になったら困るんじゃ」

「大丈夫よ、遥君は心配性ね。至る所に監視カメラが取り付けられているからセキュリティーは万全よ。それに携帯を持っているんでしょ」

こんな広い別荘に監視カメラって柚子先輩の家は何をしているのか気になってしまう。

知れば普通の生活を送れなく仕事なんて確実に表の仕事じゃないのだろう。


カメラを持って外に出ると夏の太陽が照りつける。

とりあえず何を撮るか決めないまま砂浜に向かって歩きだした。

するとビーチの手前の木陰に香苗とノア先輩が座り込んでいた。

「何してるんだ」

「あ、はる君。あのね何を撮ったら良いのか判らなくてノア先輩と途方に暮れてたの」

「とりあえず自分が好きな物を撮ればいいんじゃないか。デジカメなんだから簡単に消去する事も出来るからな」

「なんか簡単なんだね。私にも撮れる気がしてきたよ。ありがとう」

俺と香苗の会話をノア先輩が聞き漏らさない様に聞いている。

香苗は早速綺麗な花を見つけてファインダー覗いていた。

ノア先輩は何を撮るのだろうと思っていたら俺の後をついてきた。

「ノア先輩、そういえば早生と清見は何処に行ったんですか?」

「ん、何だかどっちが早く撮るかって言って走って行ったけど」

「早く撮り終わって遊ぶ気満々だな」

「ミミン、こっちにおいで」

「みぃ!」

ミミンが俺の頭からノア先輩の肩に飛び降り少しだけ頭が軽くなった気がする。

可愛い物が好きなノア先輩はミミンでも撮るのだろう。

別荘の外観や海などを撮っているとノア先輩が楽しそうに打ち寄せては返す波を追いかけている姿が目に留まり思わずファインダーを覗いた。

その後も気付くとノア先輩の姿を追っている自分に気が付いた。

「好きな物を撮ればか」

香苗に言った言葉を思い出してなんだか照れくさくなった。


水分補給をしようと休憩がてら別荘に戻ると柚子先輩が居た。

「あれ、柚子先輩は外に出なかったんですか」

「サボっていた訳じゃないわよ。私は景色とか撮るより静物の方が好きなの」

「あら、ノアちゃんも休憩かしら」

「えっ、うん」

慌てて返事をしたノア先輩を見て柚子先輩が意味深な眼差しをしていた。

そんな事を気にしないでキッチンに行こうとすると柚子先輩に引き止められた。

「パスタを作ってくれたお礼に私がお茶を入れてあげるわ」

「それじゃお言葉に甘えてアイスティーをお願いできますか」

「お安い御用よ。ノアちゃんも遥君と一緒が良いわね」

「うん」

リビングのローソファーに座っていると柚子先輩がアイスティーを持ってきてくれた。

シンプルなタンブラーによく冷えた美味しそうなアイスティーが入れられている。

「どうぞ召し上がれ」

「ありがとうございます」

グラスを受け取ると氷がグラスに当たり澄んだ音がした。

「良いグラスなんでしょうね」

「お客様に出すのに恥ずかしくない程度の物よ。シロップは」

「ブラックティーで」

「あら、どんな手を使ってもあなたを傍に置きたいわ」

丁重にそして激しくお断りする。

柚子先輩の傍に四六時中いるなんて考えただけで気が休まらない。


真夏の太陽で火照った体がクールダウンしていつの間にか眠りに落ちていた。

体の右側に温かさを感じ。

遠くからヒソヒソ話の様な声が聞こえる。

そして強い光を感じて目を覚ますと香苗と清見がしてやったり顔をしていた。

「うふふ、可愛いね」

「香苗、何が可愛いんだ」

「子猫みたいだね、香苗」

「うん」

清見の視線と言葉で右を見ると俺の体に寄り添うようにノア先輩が体を丸めて寝ていた。

どうやら寝ている所をツーショットされたらしい。

俺が起き上がるとノア先輩が目を覚ました。

「あ、起きちゃった」

「おはよう、はりゅ君」

「もう、夕方ですよ」

「うん」

眠そうにノア先輩が目を手で擦っている姿を柚子先輩も優しそうに見ていた。


夕食の準備まで写真を撮る事になってビーチに来ていた。

傾いた夕日に照らされて蜜柑色に包まれている。

「なぁ、遥。たまには俺も撮ってくれよ」

「仕方がないな。一枚だけだぞ」

「カッコよく撮れよ」

早生が決めポーズをしていると左から日がさして結構いい感じになっていた。

「行くぞ」

「おう」

「はいポーズ」

カメラを下げて携帯で写メを撮る。

「な、何で写メなんだよ」

「ん、勿体無いからだかな」

「はぁ~ ぞんざいな扱いだな」

早生が砂の上で大の字になって空を仰いでいる。

横に座って携帯で写メを添付してメールを送信した。

「誰にメールしたんだ?」

「姉ちゃんに定時連絡だよ」

確かに姉ちゃんにも海の写真を添付してメールした。

少し離れた所で聞きなれた着信音がきこえて来た相手にも写メを添付してメールで送りつけた。

横目で確認すると写メを見て携帯を胸に当てている。

「なぁ、早生。卒業したら俺達どうなるのかな」

「馬鹿だな。何も変わらねえよ。たとえ今誰かが抜けても俺達の関係は壊れないに決まってるだろう」

「そうだな、何があっても変わらないか」

「当然だ、俺達はそんな柔な繋がりじゃねえよ」

心の中でエールを送りビーチを見ると少し離れた所でノア先輩がしゃがんで何かを拾っていた。

多分、貝を拾っているのだろう。

カメラを構えてファインダーを覗きピントを合わせシャッターに指を当てと俺に気付いたノア先輩が立ち上がり走り出した。

シャッターが連続音をたてて降りる。

「はる君!」

ノア先輩が手を振りながら駆け寄ってくる。

そして清見と香苗がフェードインしてきて3人で水を掛け合って遊んでいる。

水飛沫がオレンジ色に輝いていた。







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