第10話 夏はとべ動物園


虎がいる檻に行くとホワイトタイガーは寝たまま動かないし虎は落ち着きがなくうろうろしている。

「猫みたいで可愛いよね」

「いや、デカくないですか?」

「ええ、可愛いじゃん。はる君みたいで」

「俺って可愛いの?」

いまいちノア先輩のセンスが判らなくなってきた。

あまり興味はないけれどとりあえず先輩に確認してみる。

「猿がいっぱいいますけど」

「前に追いかけられて逃げ出すのに大変だったの。だから苦手なの」

「猿に追いかけられるって……」

「もう、笑わないでよ。本当に怖いんだよ」

思わず笑ってしまう、だって猿に追いかけられるシチュエーションって。

確かにニュースとかで野生の猿が取り上げられる事があるけれどノア先輩が猿に追いかけられている姿を思い浮かべるととてもコミカルだった。

カンガルーやラマにラクダやバクを見て回りカメラに収める。


ふれあい広場に行くと親子連れで賑わっていた。

「見て。はる君、凄く可愛いよ」

「はいチーズ」

カメラを向けると自然にVサインをして笑ってくれる。

ファインダー越しに見るとウサギを抱いている小動物にしか見えな。

俺も思わず笑うとノア先輩が直ぐに体当たりしてきた。

「どっちがウサギか判らないって思ったんでしょ」

「可愛いですよ、どっちも」

「私は先輩なんだからはる君より年上なんだよ。年下の男の子に可愛いって言われても全然嬉しくないんだからぁ」

先輩が頬をプクッと膨らませている。

しばらく写真を撮っていると親子連れから声を掛けられてノア先輩が更にヘソを曲げてしまった。

ノア先輩をベンチに座らせてソフトクリームを買いに行く。

ソフトクリームをノア先輩の前に差し出すと恨めしそうに見上げられてしまい思い出し笑いを必死に堪える。

「はる君まで酷いよ。親子連れに見られたんだよ。そんなに幼く見えちゃうのかな」

「俺がデカいからじゃないですか。あんまり高校生に見られた事ないし」

「はる君はどのくらいに見られるの?」

「えっと大学生くらいかな」

肩が床に転がりそうなくらいノア先輩が肩を落としている。

いきなりお嬢さんと一緒に撮りましょうかは破壊力が有り過ぎたかな。

笑い過ぎた俺にも責任の一端はあるのだろう。

それでもあまりに衝撃過ぎて思い出しただけで笑いそうになってしまう。

「良いな、はる君は大人にみられて」

「良し悪しじゃないですか。体が大きいだけで偉そうに見られたり。体が小さいだけで子供料金で色々なところに入れたり」

「それって慰めになって無いじゃん」

「ソフトクリームが解けちゃいますよ」

「ずるい」

アヒル口でノア先輩がソフトクリームを食べている姿は鳥の雛を想像してしまう。

俺ってもしかして親目線なのか?

そして動物園で一番人気の動物に会いに行く。


「うわぁ、凄い人気だね」

「親子連ればっかりだな。あっ」

「もう、意地悪」

何だか今日は意地悪と言われる回数が多い気がする。

スター選手並みの大人気らしく人垣が出来ていてなかなか見れそうになかった。

隣のクマがいる獣舎は閑古鳥が鳴くくらい閑散としているのに、ここだけに人家族連れやカップルが集まっている。

「ノア先輩、あれに」

「あれだけは絶対に嫌だからね」

「でもこの状況じゃ見えないですよ」

「私は大人だから見えなくても我慢します」

あれとは小さな子ども用の台で大勢のちびっこが台に乗って後ろから親に支えれれる様に親と一緒に見ていた。

先輩が見る事が出来る方法があるのだけど流石に躊躇ってしまう。

周りで歓声が上がるたびにノア先輩が背伸びをして必死に覗き込もうとしている。

俺には見えているのにこの身長差がもどかしい。

大きくため息を付いて羽織っているシャツを脱いでTシャツ姿になった。

「ノア先輩、少しだけ良いですか?」

「えっ、何をするの?」

ノア先輩の腰に脱いだシャツを巻きつけると流石に驚いた顔をしている。

一度でも動きを止めたら恥ずかしくなって二度と出来ないと思い一気にノア先輩を抱き上げた。

悲鳴に似たノア先輩の声で一瞬だけ視線が集まるけれど観客は直ぐに前に向き直って動物を見ている。

「もう、恥ずかしいでしょ」

「言ったはずですよ。ノア先輩が楽しくないと俺も楽しめないって」

ノア先輩が俺の首に腕を回していてノア先輩の顔が俺の顔のすぐ横にある。

お姫様抱っこがこんなに恥ずかしい物だなんて思わなかった。

それは多分ノア先輩も同じなのだろう。

暑さの所為じゃない汗が背中を伝う。

「白熊ってあんなに大きいんだ」

「寒い地方の動物は保温の為に体が大きくなるって聞いたことがあります」

皆が見ていたのはこの動物園で一番人気のホッキョクグマのピースだった。

のんびりくつろいでいる姿や外のプールで遊ぶ姿に愛嬌がありここの動物園の目玉になっている。

「うわぁ、はる君、見てみて凄く可愛いよ」

ノア先輩が指さす方を見るとピースが黄色いブイで遊んでいる。

水遊びするピースを見ていると川遊びした時の事を思い出してしまった。

「ああ、また思い出し笑いをしているでしょ」

「川で遊んだ時の尻餅をついたノア先輩を思い出しちゃいました」

「ぶぅ、でもピースってはる君みたい」

「体の大きさだけで判断してないですよね」

するとノア先輩に笑ってごまかされた。

ノア先輩の笑顔が輝いて見える。


楽しい時間はあっという間でもう直ぐ姉ちゃんと落ち合う時間が近づいていた。

売店を覗いて駐車場に向かう。

「今日はありがとうね」

「俺も楽しかったですよ」

「えへへ、嬉しいな、はる君にそう言ってもらえると」

少し早めに駐車場に行くと既に姉ちゃんが待っていた。

車に乗り込むと姉ちゃんが直ぐにノア先輩に感想を聞き始めた。

「ノアちゃん、今日は楽しかった?」

「はい、はる君はとっても優しいし動物は可愛いしすごく楽しかったですよ」

「そうなんだ」

「でも、はる君に怒られちゃいました」

あくまでノア先輩の感じた事であって俺は叱り飛ばした覚えはない。

確かに少しだけきつく言ったけどそれは理由があっての上だ。

悪い事はしてないよな……

姉ちゃんの視線が気になるけど自分のした事は間違っていないと信じ、真っ直ぐ姉ちゃんをを凝視する。

「はるちゃんが怒ったんだ」

「履きなれないサンダルで靴擦れが出来ちゃって痛いのを我慢してたら何で言わないんだって。私が楽しめないんじゃはる君も楽しめないって」

「へぇ、でも靴擦れじゃ大変だったでしょ」

「はる君が私のスニーカーを持ってきてくれていて」

感心しながらノア先輩の話を聞いている姉ちゃんが俺に対して何も言わないのが逆に怖い。

それでも自分から飛び込む勇気なんて持ち合わせていなかった。

大人しくやり過ごそうとすると姉ちゃんが動いた。

「まぁ、色々と聞きたいことがあるけれど今は許してあげる。でもちょっと寄り道するわよ」

「どうせ俺には拒否権が無いんだろ」

「無くは無いわよ」

そう言って姉ちゃんが拳を握りしめている。

それこそが有無を言わさずと言う証だと明言したかったけど、経験上から体が無意識に拒んだ。


姉ちゃんが寄り道した場所は動物園の近くの焼き物を扱っているお店だった。

「ここら辺の焼き物は砥部とべ 焼と言って少し厚手の白磁に薄い藍色の手書きの図案が特徴なの」

「何だかぽってりしてて可愛いですね」

ノア先輩が焼き物を手に取って見ている。

俺は姉ちゃんとノア先輩の後ろをしかたなくついて歩く。

「ノアちゃん、マグカップを選んでもらえるかな」

「はーい」

全幅の信頼を寄せている姉ちゃんに言われてノア先輩が真剣な眼差しでマグカップを選んでいる。

多分、姉ちゃんはノア先輩が使うマグカップを選ばせているのだろう。

俺はする事も無いので店内を適当にブラブラしていた。

「瀬戸香さん、これが可愛いです」

「ノアちゃんは中々センスが良いわね」

「本当ですか?」

「それじゃこれにしましょう」

どうやら決まったみたいで姉ちゃんとノア先輩がレジに向かっている。

店を出て先に車に乗り込んで待っていると直ぐに姉ちゃんとノア先輩が乗り込んできた。

「瀬戸香さん、本当に良いんですか?」

「良いのノアちゃんは妹みたいなものだから」

「でも、はる君とお揃いなんて嬉しいな」

お揃い? 

姉ちゃんはノア先輩のマグカップを買いに来たんじゃないのか?

それに俺の普段使いのマグカップは砥部焼じゃないし。

「はる君、瀬戸香さんにペアのマグカップ買ってもらったの」

「ペアって……」

「はる君は私とお揃いじゃ嫌だったかな」

まるで姉ちゃんと俺みたいと言おうとすると隣で般若がハンドルを握っている姿が目に飛び込んできて息を飲んだ。

「良いんじゃないですか記念に」

「ええ、何の記念なの?」

「とりあえず記念です」

ここは言葉を濁しておく。

記念の理由を柚子先輩にでも聞いてノア先輩がどう言う反応をするのか少しだけ気になる。

それでも予想は裏切らないだろう。

顔が大きなミカンになっていて体がちっちゃなミカンちゃんと言うゆるキャラの縫いぐるみにノア先輩の関心は既に移っていた。

なんでも姉ちゃんの友達がくれたらしい。

ご当地キャラか何かだろうか?




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